第3話 帰還

 午前中で、50キロを走破できた。ここままなら、4時過ぎには、伊賀市に戻れそうだ。

 この辺りは道路舗装がまだ綺麗で快適に走れた。

 伊賀市は僕とおっさん先生のいる町だ。関西とも東海ともどっちつかずの山中の町だ。

 大規模都市では無いが、それでも『ヤツら』の被害は甚大だった。

 市内のほぼ全ての人間が、感染し、残った人間は数名しかいなかった。

 発症当初は『ヤツら』に噛まれる事で、感染者が増加したが、旧世代には、全世界がネットワークで繋がっており、各地域で発見された情報や対処が直ぐに共有できた為、噛まれる等の直接的被害は二週間程度でほぼ無くなった。

 ただ、同時多発的に起きたこの感染は、全地球人口の約95%を保菌者にしてしまった。

 世界は断絶され残りの5%が何処に居るのかは、ネットワークが断絶して行くにつれ次第に分からなくなっていった。

 正直な所、『ヤツら』の真の被害は齧られ、感染する直接的被害では無かった。

 それより大規模感染による圧倒的な人類の人口減少で、旧世代の文明の利器を維持管理できなくなった事だった。

 電気・ガス・水道・通信、そして各地に物資を運ぶ物流も、管理する人間がいてこそだ。

 旧世代の技術は管理や維持に高度なメンテナンスとそれぞれの技術に精通した人材を必要とした。

 地球上のほとんどが『ヤツら』なってしまった今の世界では、メンテナンス人員の欠員により維持管理出来無くなった設備は徐々に老朽化し機能不全に陥った。

 今では、おっさん先生の様な旧世代の技術に精通している人間が住んでいる街に小規模な発電設備と街と僕とを繋ぐネット環境がある程度だ。

 街と街は物理的にもネットワーク的にも断絶し、遠方の人間と情報共有する事も無くなった。

 これにより、人類はじわじわと、小さい街の中で滅亡までの黄昏の時代を過ごしている事だった。

 おまけに『ヤツら』は死なない……こちらから、外的な損傷を与え生命活動を停止しなければ、ずっと生きていた。

(生きているのか?……それ自体も定かでは無いが……)僕が子供の頃に見たバリケードに挟まった、1人の『ヤツら』は驚く事に、食事も与えられないまま、今もバリケードに挟まりながら生きている。もう、10年は経った筈なのに…食事を全く摂っていない為、痩せて骨ばかりだが、それでも生きていた。このまま、永遠に生きるのかは定かではないが、おっさん先生はそいつを、生かしておいて、定期的にサンプルを摂って研究していた。


 おっさん先生は、「テロメアが……」と言っていた。僕には全く分からなかったが、彼にはそれが『ヤツら』の核心部分らしかった。


 結局のところ人間はいつか死ぬ、反対に『ヤツら』は、時間が止まった様に思考停止状態で、生き続けている。

 このままいけば、人類側の不利は明白だった。『ヤツら』は自分達が勝利しても理解出来ないだろうが……『ヤツら』は今も旧世代の設備の中で生きているに違いない。

『ヤツら』を排除しない限り、人類が逆襲する為の旧世代の設備も利用できない。


『ヤツら』の事を考えながら走る事しばし、伊賀市の外れまで帰ってきた。

 僕の今までの地図作成活動で、伊賀市の隣の名張市では生存者はゼロだった。家一軒一軒回った訳ではないが、出てきたのは『ヤツら』か、人間の死体ばかりだった。

 伊賀市といっても、総人口20人程度しかいない。市外から流れてきた人も数名いた。

 おっさん先生もその中の1人だ。

 漸く、伊賀市のバリケードまで、戻った。

 約3mの高さのバリケードの端に小さく門が、設置されており、門番のヨシタカが、僕を見つけて手を振っている。

 トロトロと減速して、バイクから降りずにスタンディングのまま、ヨシタカが街の門を開けるのを待つ、通過出来る程度、門が上がったのを見て、門をくぐった。僕が通過したのを見てヨシタカが門を閉めた。今日はベッドで寝れる。それが無性に嬉しかった。

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