第2話 回想~出発

 耳元で何かが鳴っている。僕は起きる直前の虚ろな時間でそれを聴いた。

 母さんのベッドの脇に置いてあった呼び鈴の音だ。あの頃もう母親にはモルヒネも効かなくなっていた……彼女はおっさん先生に『この子……の事を……頼みます……』と途切れ、途切れに言っていた。僕は彼女の傍らで、何も言えず突っ立ていた。

 その後、母親の暮石を前におっさん先生が僕の手を握り『帰ろう』と行った時、彼は僕の保護者になった。

 彼は僕にこの世界の様々な事を教えてくれた。


 荒地の事

 旧世代の事

『ヤツら』の事

 これからの人類の事

 そして、僕の未来の事


 そして知識だけでなく、バイク技術・サバイバル技術も教えてくれた。


 おっさん先生は、ハゲ散らかした怪しげな風体で、薄汚い白衣を常時身に纏っている為僕は子供の頃観たレトロな映画を思い出した。

死体を電気で生き返らせる博士の話……

マッドサイエンティスト……


 そんな、外見とは裏腹に、おっさん先生は理路整然とした話口調の優しい男性だった。時に彼は僕に、

『正しい事をしなければならないと思うより、したい事が正しい事になる様に生きなさい』と言った。未だによく判らない内容だが事あるごとに思い出す。

 彼は僕の両親であり、先生であり、旧世代の知識・知恵を知る偉大な記憶装置だ。荒地に散在する旧世代のデバイスは彼無くして活用できない。

 少なくとも、僕の住むこのエリアでは……


《ジリジリジリ》

《ジリジリジリ》

 小型PC のアラームが鳴っている……


 暫くして、僕は目が覚めた。

 昨夜は動体センサは作動しなかった様だ。

 お陰でよく寝れた。

 虚ろな中で思い出した記憶がもう既に、何枚ものフィルターを重ねた様に細部が曖昧になっていく。

 それと同時に、荒地にいる現実が認識され、今日は日暮れまでに、I市に戻らなくてはいけない事を思い出した。

 時間は有限だ。

 僕は簡単な朝食を済ませ、バイクのエンジンを始動した。小型PCをセットすると充電モードになった。


 僕のバイクは、おっさん先生から貰った排気量125ccで黒色フレームにオレンジ色のガソリンタンクという配色のデカいリアキャリアが付いた国産オフロードバイクだ。この仕事が円滑に進む様に様々なカスタムが施されている。

 バイクは原付に毛が生えた程度の馬力しか無いが、おっさん先生がバッテリーとのハイブリッドに変更した為モーターの出力も足されて非常にパワフルだ。また、貴重なガソリンを使いたくない場合はモーター駆動のみも出来る。

 又、バイクの風除けスクリーン、僕の背負うバックパックの外装は太陽光パネルになっており、微小ながら常にバイクのバッテリーに蓄電していくシステムになっている。

 様々なインフラが断絶した今はガソリンを手に入れるのも一苦労だから、こんな仕様にしてあるのだ。

 当初、バイクを貰う時、僕はカウル付きのレーシーでカッコイイのが欲しいとおっさん先生に注文を付けたものだが、出来上がったバイクは無骨なオフロードバイクだった。

 その事について、おっさん先生にクレームを入れたが、案の定、聞き入れられなかった。

 後にして思えば、アスファルトの道路が至る所で寸断されている荒地で、オンロード前提のバイクが効果的な訳が無かった。

 僕は渋々、見た目を我慢しながらそのオフロードバイクに乗り始めた。

 しかし、乗ってみると、コレが面白かった。

 元々オフロードバイクは軽量なモノが多いが、コイツはおっさん先生が、ハイブリッドにする為にバッテリーを大型化してある。

 そのままでは単純に重量アップであるが、マフラーやフレームの軽量化でノーマルより更に軽量になっていた。

 軽い重量は悪路運転時のコントロールに効果的だったし、転倒時の引き起こし時にもありがたかった。なにせ、オフロードバイクは、転倒してなんぼである。バイク技術習得にはもってこいだった。

 コイツを自在に振り回せる様になった頃、僕はコイツがいたく気に入ってしまった。

 よく見れば、スリムな車体もゴツゴツしたブロックタイヤを引き立ててカッコイイし、黒とオレンジ色の車体も他のバイクには無いカラーリングで気に入った。バイクに跨りながら、ふとそんな事を思い出した。

 その後、いつもの様にブレーキやアクセルの調子を確認して、簡単な点検を行い、昨夜からセットしていた動体センサをバイクのサイドバッグに収納しバックパックを背負った。そして、アクセルを開けて、荒地に走り出した。

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