第三話 Xの導き出し方

1、最後の休憩







「風星さんが良い人だったこと。それが私にとって最大の幸運でした」

               ――図書館の天才魔法少女 リンド・カンターベル







『もうすぐ地下水の泉があるみたいだから今日はそこで休もう』


 地下25階層に入ってすぐ、密室内で犯人Xの攻略本を見ていた俺はそう提案する。

 三人は思い思いに頷くと、俺が示した方角に向かって歩き出す。


「この分なら明日はすぐにでも地下26階層に続く階段に行けそうだな」


 先頭を歩いているネフィーの言う通り、三人の道のりは順調だ。特に魔弓を手に入れてからのネフィーの活躍は著しい。敵を発見したと報告すれば即座に向かい、ヘッドショットで仕留めてくる。

率先して敵を倒しに行くその姿をマリアもリンドも流石だと褒めているが、実は新しい魔弓を使って敵を倒して倒して倒し捲りたいだけだと知っている俺としては、ネフィーのやる気はなんとも猟奇的な行動にしか見えないのだが……まあそこは黙っておく。

 魔王のダンジョンは地下に進めば進むほど階層自体の広さも小さくなっているようで、この地下25階層も当初出発した地下20階層に比べると半分くらいの広さしかない。自然と目的地までの道のりも短くなり、ほどなくして目的の泉に到着。

 リンドが結界を張り終えると、三人は火を起こし、腰を下ろす。


「なんだかんだで、あっという間だったわね」


 これまでのことを思い返すようにマリアが呟く。


「とはいえまだ油断はできないぞ。フウセイが見ているXの攻略本の情報は、この階層までしか載っていない」

「それに次の階段の前には、何か奇妙な門があるということでしたよね」


 映像の向こうにいるネフィーとリンドの言葉を密室内で聞きながら、手元にある攻略本に目を落す。

 確かに地下25階層の広さはこれまでに比べて広くはない。ただ唯一特徴らしい特徴として記載されているのが、続く地下26階層へと続く階段の前にあるモノ。


『攻略本には【赤き門】とだけ書かれていて、それ以上は何も書かれていない』

「なぜこれまで魔王のダンジョンに関する情報を細かく記載していたXが、その赤き門以降に関する情報を書けなかったのか?」

「Xがどうにもできなかった問題が、その門にあるってことなのかもね」


 口々に感想を零すネフィーとマリアの言葉によってどこか重苦しい空気が流れ始める。


「と、とにかく、考えるのはこれくらいにしましょう! 私が頑張って美味しいごはんを作りますから!」


 必死に場を和まそうとするリンドの姿に、マリアたちが笑顔を浮かべる。


「そうね。期待しているわよ、リンド」

「はい」


 そう言うとリンドは鍋の準備を始め、ネフィーもまた「何か食材となりそうなものはないか」と立ち上がる。(主にケケセラの木と地下水の中を泳ぐ魚)

 そしてマリアはただ見ているだけ(王族だから)。


 とはいえ、それは未だどこかにあるか分からない密室内で映像を見ているだけの俺も同じだ。リンドやネフィーが料理や食材を探している間(マリアはスルー)も、三人が探索を進めている間も、ただただ映像を眺めているしかない。

 食事ができれば、例の布袋を通して天井から分けてもらう。しかも少し前からはスープを入れた水筒を入れてくれるようになったので、温かい食事が食べられるようになった。(使い終わったら天井に開いた隙間に向かって水筒を投げ返す。すると、布袋の口から俺が投げた水筒が飛び出す)


 残念ながら、この辺りに関してはまったく何も手伝えない。

だから代わりに動かすのが頭である。

 映像に映る三人の様子を眺めながら、今、気になっていることを考える。

 それは俺たちを攫ってきた犯人Xのことである。

 ダンジョン攻略は順調に進んでおり、こうして攻略本が掲載されている最後のページまできたというのに、犯人Xから未だ何の音沙汰もない。

 俺たちを攫い、魔王のダンジョンの奥深くへと放り込み、攻略するようにこの密室内にメモを残しただけで、それ以降、接触してくる気配が一切ない。


「本当にこのまま、マリアたちがダンジョンを攻略するまで出てこないつもりなのか?」


 密室内で、独り言が零れる。

 これまで得た情報などから、Xに関しては気になっていることが幾つもある。

 例えば、この魔王のダンジョンについて。

 マリアたちの住むアルタジスタ大陸の常識において、およそ300年前に実在した魔王に関する一切のことは、発見され次第、即抹消される。実際、マリアたちの様子からもそれは見て取れ、魔王に関して知らないことが非常に多いようだ。


 そんな常識の中、Xはどうやってこの魔王のダンジョンについて知ったのだろうか?

 Xの実力についても未知数である。

 マリアたち優秀な傑物三人を攫ってくることが出来るほどの実力の持ち主。

 以前、ネフィーとの会話でかなりの魔法の使い手ではないか、という予測は立ったが、それだけではなさそうだ。

俺が閉じ込められている密室をリンドが持つ布袋と繋いだり、三人とその周囲の映像をこうして見られるようにしたり、魔法のマイクを通して黒いイヤリングを付けた三人に語りかけられるようにしたりと、ただ魔法を操るだけでなく、これらの仕組みを形にする高度な技術力を持っていることも予想できる。

 本棚に並んだ攻略本を始めとした資料の数々。要所要所で感じられる綿密に練られた計画性。俺たちの行動を先読みしたような情報の配置からも、Xの高い知性が伺える。


 それらを踏まえた上で、最も重要な謎となるのは、やはりXの目的だろう。

 これほどまでの実力を有しているXが、なぜマリアたちや俺を使って魔王のダンジョンを攻略しようとしているのか? それによってXは何を成そうとしているのか?

 考えるだけでもキリがない。

 だがそれと同じくらい、俺にはXについてどうしても気になっていることがある。


「Xはどうやって俺を攫ってきたんだ?」


 気になり考えを巡らせるのだが、どうしたって答えが見えてこない。答えを導き出す為の情報、ヒントが足りなさすぎるのだ。

 そう分かってはいるのだが、どうしても考えずにはいられない。


「……あーダメだ。こればかりはX本人を問い詰めるしかない」


 一旦このことを忘れるためにも、改めて最初の議題に舞い戻る。

 Xは最初に目的を提示してきて以降、なぜ接触してこないのか?


「というか、そもそもなんでXは、俺たちが素直にダンジョン攻略をすると思ったんだ?」


 今でこそ、俺たちはダンジョン攻略に邁進しているが、そもそもそうならない可能性だってあった。それこそ最初にマリアがそうだったように、ダンジョン攻略するために奥へ進むのではなく、ダンジョン脱出に意見が偏り、外に向かって戻るという可能性も十分にあったはずだ。

 もしそうなった時、Xはどうするつもりだったのか?


「そうならなかったら出てこなかっただけ? いや、要所要所でイレギュラーが起こる可能性はいくらでもあったはずなんだ。それをまったく手を出さずにただただ傍観し続けているなんてことはありえるのか?」


 やはりたまたまXにとって上手くいっているから出てきていないだけなのだろうか?

 それとも、確実にこの流れになる自信があったからこそを傍観し続けている?

 あるいは……


「……そうか。そういう可能性もあるのか」


 映像に映る三人の様子を見ながら、これまでのことを思い出す。初めて出会ってから、一緒にダンジョン攻略を目指してきた三人との記憶を思い返す。

 幾つもの考えが交錯する。

 これまでの情報から、ある仮説が立つ。

確たる証拠はない。だが可能性がないわけではない。万が一はありえる。

 想定する限りの最悪が、そこにある。

 チラリと机で開かれた攻略本を見る。本棚に並ぶXの資料を見る。そして改めて映像に映る三人を見る。

 明日早くには【赤き門】に到達するだろう。そして何事もなく先に進めたとしたら、すぐにでも次の階層へと向かうことになる。先に進むにつれて階層の広さが小さくなっていっていることを考えても、そのまま一気に最後まで進むことも十分に考えられる。

 つまり今夜が最後の休息になると思って間違いはない。





「……仕掛けるなら今夜か」


 目的は、最悪な可能性の排除。


「やるか」


 決意を胸に、さっそくマイクのボタンに手を伸ばす。




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最強案内人の俺が異世界美少女を操り、死にゲークリアに導くまで 鳳乃一真/ファミ通文庫 @famitsu

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