6、何を思い、矢を放つ
三人との作戦会議を終え、いよいよ決行の時を迎える。
『リンド、頼んだ』
一人街の外にいるリンドは「はい」と頷き、荷物から掌サイズの人形たちを取り出す。
「土塊に込めるは、従順なる仮初の魂」
それは地面に落ちると同時に土を纏う様にして大きくなり、すぐさま巨大な岩人形・ゴーレムへと変貌する。
リンドが生み出したゴーレムたちは、次々と廃墟の街へと入っていく。
当然、それを見逃す弓騎士ではない。
街の端から入ってきた侵入者を視界に捉えると、手に持つ紫色の弓を構え、矢を放つ。
『なるほど、確かにあれは魔法の弓だな』
映像を通して、改めて弓騎士の持つ紫色の魔弓の効果を目の当たりにする。
確かに矢は一本しかない。だがその一本の矢が放たれ、標的となったゴーレムを爆散させ、地面に刺さり動きを止めると、弓騎士が握る魔弓が光り出す。すると遠くで地面に突き刺さっていた矢は忽然と姿を消し、弓騎士の手の中に再びその姿を現す。
そして魔弓の魔力によって引き寄せられた矢は、再び強力無比な一撃として弓騎士の手元から放たれる。
もしかすると弓だけでなく、あの矢にも何か魔法が掛かっているのかもしれない。
なんにしても弓騎士相手に矢切れは存在しない。いつまで待っても攻撃が止むことはないだろう。
そう思いつつも、映像を見ながらニヤリと笑う。
弓騎士がまんまと囮に引っかかってくれたからだ。
確かに矢切れは存在しない。だが隙が無いわけじゃない。
この広い廃墟の街を弓騎士は自分の縄張りとして守り、侵入者を排除している。
しかしその責務を行っているのはヤツ一人しかいない。
つまり弓騎士は、全ての侵入者に対してたった一人で対処しているのだ。
それこそが俺の見抜いた弓騎士の特性。
だからこそ街外れに出現したゴーレムに気を取られている今、ヤツの足元は完全にお留守である。
『いいぞ、ネフィー』
俺の合図に合わせて、隠れていた場所からネフィーが姿を現す。
ネフィーが立つ場所、そこは塔の傍にある三階建ての建物の屋上。
そしてネフィーは自らの弓を構え、集中し始める。
この場所から弓騎士を狙う、それが俺の提示した作戦だ。
一応他にも、リンドのゴーレムを囮にしている間に、このまま一気にヤツがいる塔に侵入し、接近戦に持っていく方法も考えた。しかし弓相手に接近するのは常套手段と思いつつも、その状況で、あの魔弓の特性がどのように作用するか予想が付かない。
ならば不用意に近寄らず、当初の予定通り、ネフィーの一撃で仕留めるのが最も確実で勝算が高いと判断したのだ。
飛距離と高低差を考慮して、塔に次いで最も高さのある三階建ての屋上を狙撃場所に指定した。
ただ難点があるとすれば、先ほど以上にネフィーの姿が丸見えである、ということだ。
弓を構えるネフィーの周りには、今度こそ遮蔽物は一切ない。
さらにもう一つ、先ほどとは違うことがある。
それはネフィーの肩に矢筒ないことだ。
ネフィーは今、弓で狙いを定めている矢一本しか持っていないのだ。
これはネフィーの言い出したことだった。本人曰く「その方が集中できるから」ということらしいのだが、正直理解に苦しむ。
弓騎士とは違い、この一発を外せば、本当に終わりである。
ネフィーにはなんとしても決めてもらうしかない。
街に侵入しようとするゴーレムたちに向かって、塔の上に立つ弓騎士は絶え間なく矢を放ち続け、その一撃ごとにゴーレムたちは次々と爆散していく。
『風星さん、もうゴーレムの予備がありません!』
リンドの報告と合わせるかのように、弓騎士の攻撃が止んだ。
そして全てのゴーレムを撃退した弓騎士が何かに気付いたように振り返り、三階建ての屋上で弓を引くネフィーを発見する。
先ほどと同じく塔の高台を移動し、ネフィーの真正面に立った弓騎士が、呼び戻した矢を添えた魔弓を構える。
ネフィーは塔の上の高台に立つ弓騎士に狙いを定め続けるも、やはり先ほど同様、すぐに矢を射ることができないでいる。
先ほどとは違い、カウンター狙いという訳ではないはずだが、そんなに射られないものなのか? 高低差のハンデ、標的との距離、的の小ささなど、条件が厳しいのは分かるが、ネフィーならばどうとでもなるのではないのか?
そう考えずにはいられない。
かなりの時間的余裕があったにも関わらず、未だに矢を射られないネフィーの姿に、そんな焦りを覚えてしまう。
ネフィーはまだ矢を射られない。狙いを定めたまま動かない。
結果、強力無比な弓騎士の矢がまずは先に放たれる。
これに対し、ネフィーは避けることも逃げることもせず、ただその場で集中し続ける。
――その矢は絶対に自分には届かないと疑っていないからだ。
「ふん!」
弓騎士の矢が放たれる直前、ネフィーの前に姿を現した存在。
大盾を構えたマリアである。
ネフィーを狙う矢に対して、真正面に大盾を構え、歯を食いしばって受け止めるようとする。
バン
「くっ」
しかしその矢の威力は余りにも大きく、大盾を構えたマリアは、吹き飛ばされるように地面を転がる。
だがしかし、飛んできた矢の軌道は大きく逸れ、ネフィーの真横をすり抜け、飛んで行った先で爆発が起こる。
この結果に弓騎士は動揺する素振りはない。
再び、その手に握る紫色の弓が光り出し、空いた手に矢が現れると、変わらぬ機械的なモーションで弓を引き、ネフィーに向かって矢を放つ。
「こんの!」
しかしこの一撃も、立ち上がり再び大盾を構えたマリアによって阻まれ、逸れた矢が遠くで爆発する。
二射目、三射目と次々と飛んでくる矢を、マリアは大盾で塞ぎ続ける。
受ける度に吹き飛ばされ倒れるも、すぐに大盾を構え、ネフィーを守る。
「まだまだ! 絶対にネフィーには当てさせない!」
仲間を守るその姿は、まさに聖騎士。
そんなマリアの奮闘でかなり時間は稼げている。
だがネフィーは未だに矢を射られないでいる。
おかしい。なぜ放たない? どうして矢を射ない? 一本しかないから? そんなはずはない。だったら予備の矢を持ってくるはずだ。それをしなかったのはなぜか?
一撃で仕留められる自信があるからだ。
ならなぜ矢を射ない? 弓矢のせいで集中に時間が掛かっているのか? だからあれだけ手入れをしていたんじゃないのか? それでもダメだったのか?
それとも……何か待っているのか?
何を? 敵の隙を? 違う、そんなものはいくらでもあったはずだ。
ならなんだ? ネフィーは何を待っている?
これまでのことを思い出すように頭を回転させる。
記憶をたどり、ネフィーが待つ何かを思考する。
――その時、自分の中で何かが繋がった気がした。
確証はない。だが躊躇している暇もない。
だからマイクのスイッチを押して叫ぶ。
『ネフィー! もうマリアが持たない! お前が外したら、もうやられるしかない! 頼む! ここで決めてくれ、ネフィー!』
ニヤリ
ネフィーの矢が放たれた。
それはあまりにも美しい軌道だった。
まるでその結末が予定調和のように、高々と放たれた矢は、ただ真っすぐ、寸分違わず、ただただ弓騎士の顔へ。
そして兜の隙間へと吸い込まれ、その赤い瞳を貫いた。
「――!」
くぐもった甲高い声が廃墟の街に響き渡り、弓騎士は顔を押さえてもがき苦しむ。
そして新たに出現した矢を手から取りこぼした弓騎士は、そのまま塔の高台の上に膝を突き崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
「……やったの?」
その様子を見つめるマリアに向かって答える。
『ああ』
途端に、笑顔でネフィーに近づこうとするマリア。
しかし、そんなマリアを俺は止める。
『マリア。急いでリンドの元へ戻ってくれ。ゴブリンの一団が近くにいる。ネフィーは俺が見ておくから』
「それは大変だわ! わかった、すぐに向かう! ネフィー、また後でね!」
慌てて階段を駆け下りていくマリア。
しかし今のネフィーには何も聞こえていないようだ。
ひとり、屋上に立ち尽くすネフィーは余韻を楽しむように微動だにしない。
そしてその表情は、なぜか恍惚な笑みを浮かべていた。
映像を通してその様子を見ていた俺は、ある程度、時間を空けたタイミングで、【2】のスイッチを押す。
『ネフィー。今お前だけに話しかけている』
「……どうした?」
『お前、わざと矢を射なかったんだろ? ギリギリまで、どうしようもなくなるのをずっと待っていたんだろう?』
聞こえてきた俺の言葉に、ネフィーの表情が元に戻る。
「そんなことはない。ただ的を絞るのに時間がかかっただけだ」
『嘘を吐け』
「もし仮にそうだったとしても、なぜ私がそんなことをする必要がある?」
知的で大人びた笑顔を、映像を通して視ているであろう俺に向けてくる。
『単純な答えだ。そういうのが気持ちいいんだろ? ギリギリで決着を付けるのが?』
「何をバカなことを」
『隠すなよ。ネフィー、お前は極限の状況で敵を倒すことに喜びを感じるんだろう?』
ビクリとするネフィー。
「……何を根拠にそんなことを言っている?」
『だってお前、さっきまで、すごく恍惚とした表情を浮かべていたぞ』
俺の指摘に、ネフィーは驚いたように自分の顔に手を伸ばす。
「そ、そんなことはない!」
『なんだよ、自覚がなかったのか? まあ自分が一体どんな表情を浮かべているかなんていうのは、鏡でも見ない限り、自分じゃ分からないものだからな。ちなみにこれまでも敵にヘッドショットを決める度にメチャクチャ邪悪な笑みを浮かべていたぞ』
「そ、そんなこと、ある訳ないだろう! それではまるで、私が危険人物みたいではないか! 言いがかりはよしてもらおうか!」
『だけど改めてそう考えてみると、これまでのネフィーの行動は一貫しているんだよな。敵を仕留める時はいつも外す可能性が高いヘッドショット。先日の逃げるゴブリンを仕留めた時も、随分と時間が掛かったが、遥か遠くまで逃げた標的を見事討ち取ってみせた。これら全ては、わざと難易度を上げるだけでなく、常に高いリスクをチラつかせる為だと考えられる』
「……」
『そして今回、弓騎士に狙いを定め、すぐに矢を射られたのにも関わらず、お前はそうしようとしなかった。理由は自分がやられるかもしれないスリルをギリギリまで味わいたかったからだ。まあその結果、一度は敵の魔弓の効果に動揺し、不意を突かれる形でやられたわけだが』
「……」
『二度目の今回も矢は一本しか準備しなかった。それは外さない自信がある一方で、外したら終わりだというスリルを味わう為だ』
「……」
『その行為自体が、お前のモチベーションを高めているルーティーンであるみたいだから否定するつもりはない。とはいえ、絶対の自信を持つ弓の腕前を生かす為に、わざと危機的状況を作り出し逆境を一撃でひっくり返してみせようとするお前を見ていると、俺にはネフィーが非常にこじらせた戦闘狂にしか見えないんだがな』
マイクに向かってしゃべる俺の話を聞いていたネフィーが重たい口を開く。
「……随分と細かな分析ができるのだな」
『大学でそういう勉強もしてきたんでな。なんでネフィーがそうなったのかっていうのも、おおよそ検討は付く』
精霊の加護が受けることができず周囲から劣等種と蔑まれる現状、優秀な姉への信頼と負い目、そんな自分を証明できるのは弓しかない。だからこそ、窮地な状況であればあるほど、自らの必要性を実感することができる。
抑圧された感情に拍車がかかっていき、今のネフィーになった。
そして強いストレスを感じた時ほど、その気持ちに歯止めが効かなくなり、顕著に顔を出す。
自分を保つために。
今回、それが色濃くでたのは、間違いなく自分の境遇をマリアたちに知られてしまったことだろう。平気そうな顔をして、だけど内心ではとても辛かったのだろう。
俺の話を認めたかのように、ネフィーが自虐的な笑みを浮かべる。
「軽蔑しただろう。私は普通ではないんだ。何かのきっかけでスイッチが入ると止められないんだ。矢が敵の頭に突き刺さった時、無類の喜びを感じる。逃げる敵をギリギリまで逃がし、絶対に外せない状況を楽しみたくなる」
淡々と語るネフィーの目にはある種の狂気がにじみ出ていた。
高い知性を持ち、己の欲望を自覚した上で、それを隠すように一般人に擬態し、所々で内なる欲望を満たしている。完全にサイコパスの素質がある。
どうやらこの知的で物静かなエルフさん。ガチでヤヴァイ方であったようだ。
『まあいいんじゃないか?』
しかしそうだとしても、俺はそう答える。
「……いいのか?」
『別にネフィーの在り方を否定する気はない。自分のヤバさを自覚しているみたいだし。それにマリアたちを見殺しにしたり傷つけたりするつもりは別にないんだろ?』
「当然だ!」
即答するネフィー。その言葉通り、先ほどネフィーが一番気にしていたのは、大盾を構えるマリアの様子だった。仲間を守ることに力を発揮し、笑みさえ浮かべるマリアの姿に注視し、そのギリギリのラインを見定めようとしていた。自分の狂気を溢れさせながらも、それでも自分を守ろうとするマリアのことを気にかけていた。
今回垣間見えたネフィーの危険な欲望は本物だろう。
だが同時に、これまでマリアたちに見せていたネフィーの姿もまた本物なのだ。
そう見て感じ取ったからこそ、俺は言う。
『ならいいだろう、このままで』
「フウセイ」
『ちなみに、このことはマリアたちに教えるつもりはないんだろ?』
「もちろんだ! こんなこと、マリアたちに話せるわけがない!」
まあそりゃそうだ。秘密にしても、これは少々度が過ぎている。
『ならこのことは黙っておくよ』
「……本当か?」
『ああ』
元はと言えば、俺がネフィーに関するXの調査を安易に他の二人に喋ってしまったことが原因だろうしな。
『このことは俺とネフィーだけの秘密だ』
そう告げると、ネフィーの表情が一気に明るくなる。
「つまりフウセイになら、私の感情全て晒しても問題ないということだな!」
『……えっ?』
「たとえば、この前の逃げるゴブリンを討ち取った時も、私はゴブリンを見ながらヤツの気持ちを考えていた。もうすぐ逃げ切ることができる、ヤツはそう胸に希望を抱いたことだろう。だが私は、そんな希望をたった一本の矢で木っ端みじんに打ち砕いた。ヤツはどう絶望して息絶えたのか? ……どうだ、考えただけで興奮するだろう!」
『……お、おう。そうだな』
「そうか! フウセイは分かってくれるか!」
こんな感情を露わにして喜ぶネフィーの笑顔は初めてみた。
俺が考えていた以上に、ネフィーの狂気は日常の中に隠れていたらしい。
どうやら決して知ってはならない秘密を知ってしまったようである。やはり世の中には知らなければよかったということがあるようだ。
「ちなみにさっきの弓騎士の時はだな……」
『そ、それより、どうせだから、倒した弓騎士の魔弓を貰っちまおうじゃないか。あれは強力な武器になる。矢だって打ち放題だ』
「そうだな。あの弓があれば、もっと多くのシチュエーションを妄想しながら、敵を殺し続けることができそうだしな♪」
俺の前ではその欲望を一切隠す気がなくなったエルフが、目を輝かしながらとんでもないことを口にする。
もしかすると、非常に危険なエルフの手に、とんでもない魔法の弓矢が渡ってしまったのかもしれない。
言わなきゃよかったと己が勢いで口にしてしまった言葉を後悔しても仕方がない。
サイコパスなエルフ様はとてもご機嫌である。
紫色の魔弓を回収した後、街の外に出たネフィーはマリアたちと合流した。
「やったわね、ネフィー」
「お見事です、ネフィーさん」
近づいてきた二人をネフィーはそっと抱きしめる。
「これも全て二人のおかげだ、本当にありがとう」
そこにはこれまで通り、優しい姉を彷彿とさせる素敵な笑顔を浮かべるネフィーの姿があった。
……まあ、ここにくるまでの間に、ネフィーは散々、俺に対して自分の欲望(サイコパス全開の殺害美学)を語ってくれたわけなんですけどね。
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