4、射程

 街の中央にある塔へと向かうネフィーは、その塔の上にいる弓騎士から隠れるようにしながら、建物の影を移動していく。

 現在地は、街の端から中央にある塔までの距離を四分の一ほど進んだあたり。


「どうやらヤツの縄張りに入ったからといって、こちらの動きが筒抜けという訳ではないようだな。視認されなければ塔に近づくことは問題なくできそうだ」

『だが実際、このまま距離を詰めてどうする?』

「先ほどヤツの姿を確認したが、ベースは闇騎士と同じタイプのようだった。ならこちらの射程まで近づき矢を放ち、ヤツを一撃で仕留める」

『狙うは赤い瞳ってことか』


 ここまで闇騎士と幾度か戦ってきた結果、奴らの弱点が兜から覗く、赤い一つ目であることは分かっている。

 闇騎士と同じ大剣と大盾を駆使し戦うマリアや魔法を感知されてしまうリンドでは、その急所を的確に狙うということはなかなかできない。

だが、ネフィーの矢は違う。狙い澄ました一撃は、確実に敵の急所を貫く。

現にこれまでネフィーが放った矢によって闇騎士が三体、一撃で仕留められている。


『実際に塔の上にいる弓騎士を狙うとしたら、どこまで距離を詰める必要がある?』

「そうだな……せめて、あそこに見える三階建ての建物の辺りまでは行きたいな」


 ネフィーが示したのは塔の近くに頭を出す建物。ここからはまだまだ遠い。

 見定めた場所へと向かうべく、気配を消して建物の影を進んでいく、ネフィー。

だがある地点に到達した所で、順調だった足取りがピタリと止まる。


「……これは、参ったな」


 塔までの距離は残り半分。街の端から塔までの丁度真ん中の位置に、かなり道幅の広い大通りがあったのだ。

 さらに映像を見ていた俺は、その大通りが円形の街と同じように、塔がある中央の区画をぐるりと囲っていることに気付いた。

 つまり、ここからさらに塔に近づこうとするのなら、絶対にこの大通りを横断しなければならない、ということらしい。


『奴に見つからずに通り抜けられそうか?』

「無理だろうな。この道幅では全力で走ってもそれなりに時間がかかる。ヤツも私が街に侵入していることには気づいているはずだ。確実に目を光らせている」

『ならどうする?』

「とはいえ、このまま行くしかないだろうな」


 言うが早いが、ネフィーは物陰から大通りへと飛び出す。

 一切遮蔽物のない大通りを疾走するネフィー。

 案の定、塔から矢が飛んでくる。


 バン


 大きな爆発音と共に土煙が上がる。

煙が消えた後、そこにあるのは、凹んだ地面と突き刺さった一本の矢。


 バン


 走るネフィーの背後で次々と爆発が起こる。

ネフィーを追いかけるようにしてテンポ良く飛んでくる弓騎士の矢。


「それにしてもなんて威力だよ」


 密室内で映像を見ていて、思わず言葉が漏れる。

 街の隅にいた時に飛んできた矢は、飛距離もさることながら威力も十分なモノだった。

 だが今飛んできている矢の威力は、その比ではない。あきらかに振動も爆発も大きい。


『塔に近づけば近づいただけ威力が上がるってわけか』


 バン


 再び響く爆発音と土煙。

あの威力だ。下手をすると爆発に巻き込まれただけで即死すらありえる。

 しかしそんな弓騎士の矢を、ネフィーに見事に避けていく。

 大通りを真っすぐに突っ切るのではなく、斜めに走り抜けるようにしながら、ジグザグに駆けてゆく。

 そしてそのまま大通りを越え、中央の区画の物陰に滑り込んだ。


「ふう。なんとかなったな」

『凄いじゃないか、ネフィー! よくあんな開けた場所であの矢を避け続けられたな』

「飛んでくるのが、あの塔からだということは分かっているからな。矢のテンポも一定だった。ならその矢を避けることくらい造作もない」

『当たったら一発でやられそうだけどな』

「当たればな」


 楽しそうに笑うネフィーは、再び建物の陰に隠れるようにしながら中央の塔へと向かって進み出す。

 それに合わせ、映像でも塔の全容が見えてきた。

高さはおよそ七階立て。最上階は柱で屋根を支えているだけの高台といった様相だ。

 そしてようやく、件の弓騎士の姿を捉えることができた。


『ネフィー、こちらでも弓騎士の姿を確認した』


映像に映った弓騎士の姿は、黒騎士を彷彿とさせる黒い甲冑を纏っており、兜の隙間から見える赤い光も同じ。ただしその両腕が極端に膨れ上がり、如何にも筋力が凄まじいといった感じだ。

 何より気になるのが、その手に持っている立派な弓である。

紫色の装飾に彩れ、綺麗な曲線を描くその弓は、美しさと同時に得体の知れない何かを感じる。


「……ん?」


 映像を通してその様子を見ていて、それに気づき、すぐにマイクのスイッチを押す。


『ネフィー、朗報だ。ヤツは矢を一本しか持っていないぞ』


 弓騎士の左手には一本の矢が握られている。だがそれだけで、腰や背中に矢筒を付けている様子もなければ、近くに次の矢が用意されている様子もない。


「大通りを過ぎてからこちらに矢を射ってこないところをみると、ちょうど矢を打ち尽くしたのかもしれないな。ならどこかからか矢を補充してこられる前に仕留めるべきだろう。幸い、こちらの矢はまだまだある」


 肩から背負う、矢の詰まった矢筒に触れるネフィー。

 ほどなくして、目的地としていた三階建ての傍に到着。


『それで? どこから狙うんだ?』

「……あそこにするか」


 ネフィーが指差したのは、街の端から塔に向かって真っすぐ伸びる通りの真ん中。

 塔の上から微動だにせず街を眺めている弓騎士から見て、ちょうど真横辺り。


『そこから狙えるのか? あそこからだと最上階の柱が邪魔で狙えなくないか?』

「まずはこちらの姿を晒し、ヤツに最後の一本を射させる。それを躱した後に、狙いを定めて仕留めるつもりだ」


 どうやらカウンター狙いの作戦のようだ。


「では行くか」


 ネフィーは建物の陰から飛び出すと同時に弓を構え、通りの真ん中に立つ。

 その気配に気づいたかのように弓騎士の赤い瞳が横を向き、眼下に伸びる通りに姿を現したネフィーを捉える。

 弓騎士はゆっくりとした足取りで移動を開始。そして塔の上から、ネフィーと向き合うような位置取りに立つと、眼下に見えるネフィーに向かって、自らが持つ紫色の弓を構え、手に持った最後の矢を添える。

 狙いを定められたネフィーもまた矢を引き絞ったまま、弓騎士を見据えている。

 微動だにしないその姿は、先日、逃げるゴブリンを仕留めた時を彷彿とさせる。

 正確に狙いを定める為に全神経を集中している、というのがヒシヒシと伝わってくる。

 そんなネフィーに向かって、塔の上から弓騎士が矢を放つ。


 バン


 もはや目にも止まらぬ速度で放たれた弓騎士の矢によって、これまで以上の激しい爆発と共に地面が揺れ、高々と土煙が舞い上がる。

だがその土煙の中に、ネフィーはしっかりと立っていた。先ほどよりほんの少し左に立ち位置をずらし、衣服をやや破きながらも。

 ネフィーはあの驚異の速度で放たれた矢を、ほんのわずかにズレることで、薄皮一枚で躱してみせたのだ。

 敵が持っていた最後の矢は回避した。今度はネフィーの番である。

 しかしネフィーは未だ矢を放たない。弓騎士をじっと見たまま狙いを絞り続けている。

 焦る気持ちから思わずマイクに向かって「急げ」と叫びたくなった。だが一方で安心する気持ちもあった。なぜなら弓騎士はもう矢を討ち尽くしていたからだ。もはや弓騎士には何も出来ない。故に時間を掛けて狙いを定めるネフィーをジッと見守る。

 ――だが直後、ネフィーの目が見開かれる。

 矢を討ち終わった弓騎士が握る紫の弓が微かに輝き始めたからだ。

 それに合わせ、何もなかった弓騎士の手の中に何かが姿を現した。


『なっ!』


 思わず声が漏れる。

 それは一本の矢。先ほどまで何も握られていなかったはずの手に、確かに矢が握られていた。


「矢を生み出す魔法の弓、だと?」


 弓の弦を引いたままのネフィーの言葉が漏れる。

 そんな動揺など知らぬとばかりに、塔の上に立つ弓騎士が再び矢を添えた紫の弓を引き絞り始める。

 動揺が見えたネフィーもまた、慌てて集中し直す。

――そしてその時は訪れる。

 弓騎士が矢を放つとほぼ同時に、ネフィーもまた矢を放つ。

 ネフィーの矢は高々と弧を描くように飛んで行き、弓騎士の矢は一直線に飛来する。

 結果、ネフィーの矢が弓騎士の兜を掠め、逸れた。

 だが一方で。

 弓騎士の矢はネフィーの脇腹を貫いた。


『ネフィー!』


 強烈な一撃で脇腹に穴が空いたネフィーは、地面に崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。

 そしてその姿は、弓騎士の矢が舞い上げた土煙によって、すぐに見えなくなった。

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