3、寄り道
結界内での休息が終わり、この後のルートについて相談する。
『このまま次の地下24階層への階段に向かうつもりだが、直進せずに迂回ルートを取ろうと思う』
「なぜ直進しないの?」
眉を潜めるマリア。
『攻略本によると、ここから目的の階段まで真っすぐ進もうとすると、その途中に廃墟の街があるらしい』
「街? この階層の中に? ……まあこれだけ広ければ、街くらいあっても可笑しくはないわね。それで?」
『どうやらそこに強力な敵がいるらしいんだ』
「強力な敵?」
『闇騎士のように魔王に作られた存在らしいんだが、どうやら相当な弓の腕前らしく、自分の縄張りである廃墟の街に侵入した者を誰彼構わず射殺そうとするらしい』
「ほう、相当な弓の腕前か」
ネフィーが反応する。
「迂回するのは構わないけど、その縄張りから出てきて背後から襲われるかもしれないし、退治した方がいいんじゃないの?」
『いや、コイツは自分の縄張りから一切出ないらしいんだ。ただただ自分の縄張りだけを守っている。だから迂回すれば、コイツと戦わなくて済むんだそうだ』
「目的はダンジョン攻略ですし、ここは迂回するでいいのではないでしょうか?」
リンドもそう口にし、マリアがこれに頷く。
「そうね。なら迂回しましょうか」
だがしかし、ここでスッと手が上がった。
「いいだろうか」
「? どうしたの、ネフィー?」
「その強敵とやらがどれほどの弓の使い手か気になる。是非、見に行きたい」
予想外の反対意見に、思わず驚く。
『おいおい、ネフィー』
「フウセイの考えも分かるし、無理をするつもりもない。ただの興味本位というヤツだ。敵が自分の縄張りから出てこないことは分かっているのなら、それほど危険はないと思うのだが?」
「で、ですがネフィーさん、万が一に何かあったら……」
「心配するなリンド。危険を冒すつもりはない。もちろん自分がワガママを言っていることは自覚している。だがどうか聞き入れてくれないだろうか?」
「でも、でもでも……」
「いいんじゃない」
「マリアさん!」
「最初の闇騎士の一件もあるし、正直、私に拒否権はないもの。Xの為に行動するのも風星の為に行動するのも癪だけど、ネフィーに付き合うことになんのためらいもないわ」
満面の笑みを浮かべる。
「ですが……」
『行こうぜ、リンド』
「フウセイさんまで」
『こう言うのもなんだが、Xの情報はかなり信憑性が高い。その弓騎士に関しての情報も嘘があるとは到底思えない。なにせXの目的は、リンドたち三人にこのダンジョンを攻略させることだからな』
「……」
『Xの思惑通りにダンジョン攻略に勤しんでいるんだ。途中でやりたいと思ったことが見つかったんなら、やったって文句を言われる筋合いはない』
「へぇ。風星の癖に、たまにはいいこと言うじゃない」
『マリアがたまには良いことを言ったからな。俺も尊敬する聖女様を見習おうと思っただけだ』
「ふふん。ようやく風星も私の偉大さが分かる様になったみたい……って、今、さらっと悪口言わなかった?」
「いや、気のせいだろう」
「……そうよね。うん、気のせい気のせい♪」
ああ、そんな愛らしいニッコリ笑顔を浮かべて、本当に素敵なほど揶揄えるな、この
「分かりました。ですがもしもの時はすぐに逃げましょう」
慎重な意見を崩さないまでも、ようやくリンドも納得してくれたようだ。
話が纏まり、出発する三人。
攻略本の地図によれば、次の地下24階層へと向かう階段があるのは、ちょうどこの階層の反対側。件の強敵がいる廃墟の街はこの階層の中央に広がっているようだ。
そこへ向かう途中にも、廃墟の建物が所々目に入る。
「それにしても、魔王はいったいなんのためにダンジョン内にこんなに建物を建てたのかしら?」
「魔王が考えることなど、私たちには到底理解できないさ」
呆れた表情を浮かべるマリアの疑問に、ネフィーが蔑むように吐き捨てる。
両者の態度には明らかに魔王に対する侮蔑の感情が見て取れる。
今から数百年も前に実在し、今はいないはずの存在なのにも関わらず、二人からは魔王に対する嫌悪感が露骨に見て取れる。
『その大昔に実在した魔王っていうのは、今じゃどういう風に伝わっているんだ?』
密室内の本棚に並ぶXの資料。そこにはアルタジスタ大陸に関する情報が纏められていたのだが、なぜか魔王に関するモノだけはなかったので、気にはなっていたのだ。
「魔王はアルタジスタ大陸では禁忌とされる存在よ。例えば我がリセシア王国では、魔王に関するモノは発見され次第、すぐに廃棄処分される。他にも魔王に興味を持っただけで魔王信仰者と認定され、問答無用で死罪。近隣諸国も似たようなモノね」
弁明もできずに即死罪とかエグ過ぎるだろう。
「私の住んでいるナジーク公国では刑罰こそありませんが、魔王に関する詮索や言動に関しては一切してはならないというのが暗黙の常識となっています」
ナジーク公国というのは、確かリンドが所属する魔法の総本山・図書館がある国だったはずだ。
「タガルの森でも同じだ。魔王に関して口にすると穢れを呼び込み、災いが降りかかると、幼少の頃から長老たちからきつく戒められている」
『徹底しているな』
「あと近しい所で、母親が子供を叱る時の常套句ね。悪いことをすると魔王が攫いにくるとか」
「恥ずかしい失敗をすると、魔王魔王と後ろ指を差されたりもしますね。あれは泣きたいくらい凹みますよ」
「エルフの間では、魔王の名は恥ずかしい単語という扱いでもあるな。特に女性が言うなどもっての外だ」
国の刑罰から一般認識、果ては恥ずかしい言葉認定などなど。アルタジスタ大陸にかつて存在した魔王は昔から今でも筋金入りの嫌われ者のようだ。
マリアたちが魔王を嫌悪している理由にようやく納得がいった。確かにそんな環境で育てば、魔王に良い感情を持つなんてことは不可能だろう。
『だけどそうなると、余計に魔王のことが気になるな。ネフィーは実際に魔王と会ったこととかないのか? エルフは長命なんだろう?』
途端、ネフィーの表情が冷たくなる。
「面白いことを言う。フウセイには私が300年以上も生きているように見えるのか?」
どうやらエルフ女性にも年齢の地雷は存在するらしい。
『い、いや、エルフの時間間隔が分からなくてな。他意はないんだ……というか、魔王がいたのは300年前なのか?』
「正確には328年前だ。エルフの中で実際に会ったことがあるのは、長老を含む数人のお歴々だけだな。その誰もが魔王に関しては一様に口を閉じておられるよ」
『……』
「? どうした、フウセイ?」
『いや、そんな長い時間はまったく想像できないと思ってな。というか、魔王っていうのはいったい何者なんだ? それだけの強力な存在なら、やっぱりエルフとか強い種族なのか? それとも、もっと高次元の存在とか?』
「人間だった、という話よ」
答えたのはマリアだった。
「エルフでもドラゴンでもない、ただの人間。種族としては劣るはずのその男は、アルタジスタ大陸に住まう全ての種族たちより強く、全ての種族に忌み嫌われる存在だった」
思わず尋ねずにはいられない。
『その魔王の名前は?』
「魔王ヴァルフ・ア・レッド」
マリアがそう口にした途端、ネフィーとリンドの表情が引き締めらえる。
ヴァルフ・ア・レッド
それはどこか重々しく、心を揺さぶるような響きがあった。
『……というかさ、その名前って、エルフ的にはとても恥ずかしい名前だったよな。特に女性が口にするのは憚れるような』
「そうだ。私としてはそれを堂々と口にしたマリアの正気を疑ってしまうレベルだ」
「ちょ、な、なんでそうなるのよ!」
『あれか、穢れた聖女って感じか』
「城では夜な夜などんな勉強をしていたのか」
「ちょっと風星! というか、ネフィーまで! 二人ともなんでそんなに息ピッタリなわけ!」
『さあな?』
「気のせいだろう」
そんな楽しい日常会話(マリアを揶揄う)をしながら進んでいると、リンドがそちらを指差した。
「見えてきましたよ」
まず視界に入ったのは、一本の塔。さらに近づいていくと、その塔を中心に、円を描くように平地に広がる廃墟の街が姿を現した。
何の音も気配もなく、ただただ広がる街の入り口に到着した三人。
映像でその様子を見ていた俺は、改めてXの攻略本に目を向ける。
『Xの情報通りなら、あの塔の上に弓騎士がいて、縄張りの街を見張っているらしい』
「この廃墟の街全体が縄張りってことは、誰かが侵入してきたら塔から出てきて襲い掛かってくるってこと?」
『いや、ヤツは塔の上から一歩も動かず、縄張りに入った敵を攻撃してくるらしい』
「えっ? それってつまり、この廃墟の街全部がその弓騎士の弓の射程だってこと? いくらなんでもありえないわ。この街がどれだけ広いと思っているのよ」
マリアがそう言うのも当然だ。いくら中央にある高い塔にいるからといって、この大きい街の端まで矢が届くとは到底思えない。よしんば届いたとしても、その矢にどれほどの威力があるのか甚だ疑問だ。
「なら、試してみればいい」
どこか楽しそうな笑みを浮かべるネフィーが一歩前に進み出る。
まあ弓騎士に興味を持った時点でこうなるだろうとは思っていた。
「だ、ダメです、ネフィーさん。危ないですよ」
心配そうな表情を浮かべるリンドがそれを止めようとするが、ネフィーはそんなリンドの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だ。無理をするつもりはない。ただ少し相手の力量を見るだけだ」
「で、ですが……」
「ここで見ていてくれ。私一人で行ってくる」
そうリンドを優しくどかしたネフィーは、街の入り口まで歩を進める。そして塔をジッと見据えながら、慎重な足取りで一歩、街に踏み入る。
その様子を固唾を飲んで見守るマリアとリンド。
「……特に変化なしか」
また一歩、もう一歩と街の中に足を踏み入れていくも、やはり変化はない。さらに進むも、これといって何かが起きる気配はない。
そのまま一人、街の中心にある塔の方へと進んでいくネフィー。
「どうやら、Xの情報は大袈裟だったみたいね」
街の外でネフィーの様子を見ていたマリアがホッとした表情を浮かべる。
――次の瞬間、ネフィーが勢いよく横に飛びのいた。
「えっ?」
バン
たった今ネフィーが立っていた場所が爆発し、土煙が上げる。
あまりのことに密室内で映像を見ていた俺も目を見開く。
『な、なんだ、今の! なにが起こった!?』
「矢よ。もの凄い速さで矢が飛んできた」
答えたのは警戒の色を濃くするマリアだった。
『矢? 今のが?』
まったく分からなかった。だが土煙が晴れると確かに一本の矢が地面に突き刺さっている。しかもその威力のせいなのか、矢が刺さった場所を中心に地面が抉れている。
全然分からなかった。というか見えたのか、マリアには? いや、それよりも……
『大丈夫か、ネフィー?』
「ああ。問題はない」
廃墟の物陰に隠れるネフィーが物陰から顔を出し、塔の方をジッと見つめる。
いち早く回避行動をしたネフィーにも、どうやら見えていたらしい。
「……ヤツか」
そう呟いたのと同時に顔を引っ込める。
バン
そして間髪入れずに、ネフィーが顔を覗かせていた建物の角が抉れ弾ける。
『見えたのか、弓騎士の姿が? この距離で?』
「まあな。それよりフウセイ、マリアたちに私の無事を伝えた上で、決して街に入ってこないように伝えてくれ。あの敵は厄介だ」
『ネフィーはどうするんだ?』
ニヤリ
「当然、ヤツを倒す」
ネフィーは立ち並ぶ廃墟の影に隠れるように移動を開始する。
映像でその様子を確認した俺は、しばし考えを巡らせると、マリアたちに指示を出し、映像を凝視する。
ネフィーが単独行動になったことで、ネフィーの周囲を映す映像は4つに減っている。さらに敵が塔の上にいると分かっていても、距離があり過ぎて、未だ映像では確認できていない。
「ちくしょう、映像を映す場所や角度が調整できたらな」
密室内でひとり悪態を吐きながら、ネフィーをフォローすべく映像を凝視する。
何かないか? 何かネフィーの助けになるような情報は? 何かないか?
移動するネフィーに合わせるように動く映像を食い入るように見つめる。
そして、それを発見した。
『ネフィー、朗報だ。この廃墟の中にはおそらくヤツしか敵はいない』
「というと?」
『少し離れた場所にヤツに射殺されたと思われるゴブリンの死体が転がっている』
「Xの情報でも、縄張りに入ったモノを誰彼構わず射殺そうとするという話だったな」
『ああ。だがそれはヤツにとっての仲間も同じみたいだ』
「? どういうことだ?」
『その近くに、倒された闇騎士の鎧も転がっているんだが、その原因は胸に空いた大きな穴みたいだ』
「先ほどの弓騎士の矢か」
『おそらくゴブリンを追いかけてこの街に入ったんだろう。そこで一緒に仕留められた』
「仲間も何もあったものではないな。……だがそれならば、この廃墟の街の中では、塔の上にいる弓騎士にだけ警戒を向ければいいということか」
『そういうことらしい。油断せずに行こう』
そう答え、映像の向こうに立つネフィーと共に、まだ見えぬ弓騎士に意識を向ける。
――それ故に同じタイミングでマリアが零した一言を、俺は聞き逃してしまっていた。
「あれ? さっき飛んできた矢がどこにもない?」
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