2、野営中に知的なエルフとのこっそりトーク

ほどなくして目星の場所に到着すると、すぐにリンドが背負っていた道具袋から媒体となる魔法道具を取り出し、結界を張る。

 たき火を囲い、食事を終えると思い思いにくつろぎ始める三人。やがてマントに包まり横になったマリアとリンドが寝息を立て始める。

 だがもう一人は、二人が寝静まるのを待ってたき火から離れ、川の麓へと移動する。


『寝ないのか?』


密室内でその様子を見ていた俺は、適当な川岸に一人座るネフィーに声を掛ける。


「これが終ったら横になるつもりだ」


 手に持った弓と矢筒を軽く上げる、ネフィー。


『弓の手入れか』

「日課みたいなものだ。タガルの森にいた時はいつもしていた」


 そうして慣れた手つきで弓を弄り始める。


『達人は道具の手入れも怠らないってところか。誰かが弓を使う様子を見るのは初めてだから本当に興味深いよ』

「フウセイの国には弓はないのか?」

『ないわけじゃないが、俺の周りに使っている奴がいないせいか、あまり見たことがなかったんだ。だけどネフィーの腕前を見ていると、弓はどんな遠くの敵も一撃で倒せる最強の武器に思えてくる』

「矢を当てられることができればな。それに問題がないわけじゃない。弓は剣とは違い、矢が尽きれば何もできなくなってしまう。Xが用意したこの弓もあまりよい弓ではない。自分が愛用していた弓を使いたいというのが本音だな」

『自分で作るのか?』

「もちろん。弓も矢も自分で作る。特徴も癖も把握できるからな。この弓矢のように、使う時にイチイチ神経を使うこともない」


 劣ると評価する弓であの命中率なのだから、ネフィーが弓の達人であることは疑いようがない。

 丁寧に矢の状態を確認しながら、気になる場所をナイフで削ったりしている。


『随分と細かくチェックするんだな?』

「手入れの意味もあるが、こうやって触れていると落ち着くんだ。弓矢は手を掛けたら掛けただけ答えてくれるからな」


 そんなものか。


『しかしこうしてネフィーと二人きりで会話するのは初めてかもしれないな』

「そういえばそうだな」

『聞いてみたかったんだが、ネフィーは今回の一連の出来事をどう考えている?』


 謎の犯人Xによる自分たちの誘拐。そしてネフィーたち三人にダンジョン攻略をさせようとしている現状について、このエルフはどう考えているのだろうか?


「やはり犯人Xの目的が気になるところだな。Xは私たちをこの場所まで攫ってきて魔王のダンジョンを攻略させようとしているが、それはあくまで手段であって、目的ではない。私たちに魔王のダンジョンを攻略させる、その結果、Xは何を手に入れるのか?」

『やっぱり目下、それが一番の謎だよな』


 未だ姿が見えない犯人Xがやりたいこととはいったいなんなのか?


「戦力としては申し分ないだろう。《白盾のマリア》と《魔道を終わらせる者》がいる」

『ネフィーだっているじゃないか。《タガルの森の守人》』

「いや。私が選ばれたのはついでだと思っている」


 手に持った矢を調整しながら、ネフィーがそんなことを言い出す。


『? なんでそう思うんだ?』

「フウセイは私たち三人のバランスを見てどう思う?」

『……いや、特に悪くはないと思うが?』

「そうか。だがもし私がXの立場で、マリア、リンドという強力な二人が確保できたのなら、もう一人は回復魔法が使えるヒーラーを置く」

『なるほど。強力な聖騎士と魔法使いがいる時点で攻撃の手は足りているから、もう一人は回復もできる後方支援がいい、というわけか』

「そしてその役にうってつけの人物を私は知っている」

『それは?』

「《タガルの森の精霊皇女》、私の姉・リリィだ」


 話が見えてきた。


『つまりネフィーは、Xの当初の狙いは姉のリリィさんだったが、何かしらの理由でそれを断念せざるを得なかった。そこで白羽の矢が立ったのが、たまたま傍にいた自分だった、と言いたいわけか』


 ネフィーは頷く。


「私だけ唯一傑物本人ではなく、その親族であることを考えれば、それが妥当だ」

『なるほど、そういう考えもあるか。俺としては三人とも攻撃特化のチームで悪くないと思うけどな。負傷したら、エスト薬だっけ? アレを使えばいいんだし』


 闇騎士に斬り裂かれたマリアの傷が一瞬で治ったのには本当に驚いた。


「あれはかなり貴重な代物だ。おいそれと用意できる物ではない。それに回復魔法の使い手が一人いれば必要ないモノだ」

『確かに。そうなるとネフィーの考えに筋は通っているな』


 そう口にしながらも、このエルフはどうも自分を下に置きたがる傾向がある様に思えた。それは姉が偉大すぎるせいなのか、はたまた種族内での立場からか。


『それを踏まえて聞くが、Xはどうやってネフィーたちを攫ったと思う? 明らかに物理的な手段ではないと思っているんだが』


 三人が攫われやすかったということはないだろう。特に一国の王女であるマリアに関しては警備が厳重だったであろうことは容易に想像できる。


「間違いなく何かしらの魔法を駆使して攫われたのだと思っている。それならリリィ姉様に手が出せなかったことも私を標的にしたことにも頷けるからな」

『というと?』

「リリィ姉様は全ての精霊王たちから強力な加護を受けている。言ってしまえば、魔法が一切効かないんだ。下手をすればリンドの攻撃魔法でさえ姉さまの前では全て霧散するだろう」

『スゲェな、ネフィーの姉さん』

「一方で私は精霊の加護を一切受けていないから魔法に対する耐性もなければ魔法を感知することもできない。物理的な手段であれば不審者が近づいただけで気付くことができるが、魔法となるとそうもいかない」


 以前、黒騎士と戦う前に聞いた魔法に関する話を思い出す。


『そう考えるとマリアも同じなのかもな。本人も魔法が使えないって言っていたし』

「マリアの場合、強力な加護を持つ聖剣と聖盾を授けられているから、それさえあれば戦闘中でも高い魔法耐性を持つことができる。しかしマリア自身には魔法の才能はないのなら、マナの流れを察知することはできない」

『それで聖剣と聖盾を外して寝ている時に魔法で攫われたって訳か。……だが、そうなるとリンドはどう考える? リンドは魔法の天才なんだろ?』

「リンドはマナの流れに関しては常人より遥かに敏感だ。だからこそ私は、リンドは物理的な手段を使われたのではないか、と考えている。例えば睡眠薬だ」

『なるほど。確かリンドは図書室で居眠りをしてしまったって言っていたな』

「私の見立てでは、Xは睡眠薬入りの飲み物か何かでリンドを眠らせた後、リンドを荷物か何かに忍ばせ、図書館から連れだしたのだと考えている」

『つまり今までの話を纏めると……怪しいのはリンドが所属する図書館の人間?』


 俺の答えに、ネフィーが満足そうに頷く。


「強力な魔法の使い手、リンドに接近できる立場を考えれば、それが妥当であると私も考えている」

『いや、流石だな。エルフというのは高い知性を持ち、聡明であると聞いたことがあったが、ネフィーはその中でも殊更、優秀みたいだな』

「そう言ってもらえると素直に嬉しいよ」

『Xについて当たりは付いたが、そうなるとXは今後どう介入してくると思う?』

「フウセイはどう考えているんだ?」

『どこからか様子を伺っていて、ネフィーたち三人がダンジョンを攻略したら、あるいはXの狙いが成就しそうなタイミングで介入してくると考えている』

「同意見だ。ただ、Xがどこから監視しているかについては、私の中で有力な説がある」

『へぇ、それは?』

「フウセイのいる密室だよ」


 ネフィーの指摘に思わずビクリとなって、狭い密室内を見渡してしまう。


『えっ、嘘? いるの、ここに俺以外の奴が? マジで? 超怖いんですけど』


 いや、ここって逃げ道ないですし、俺的にサイコパス指数が高そうなXとこんなところで二人きりとかマジ勘弁なんですけど。


「いるじゃないか、その中に、もっともXである可能性が高い人物がたった一人」

 思わず映像に映った、知的な笑みを浮かべるエルフを見る。


『つまりネフィーは俺がXであると思っているって訳か』

「考えてみろ。私たち三人は声だけしか聞こえない、自称異界人の男の言葉に従い、こうしてダンジョン攻略に勤しんでいる。その男は高い知性を持ち、口が上手いだけでなく、なぜかこのダンジョンに関する知識を多分に持っており、なおかつ、我々の周囲の様子をかなりの高範囲で監視している。その理由を尋ねても、『分からない』あるいは『Xが用意していたみたいだ』というようなことしか答えない」

『……』

「常に私たちを監視しているのは誰か? 私たちがこのダンジョンを攻略するのに最も協力的なのは誰か? それはカイナギフウセイという姿を見せない男だ」


 そこまで語ったネフィーの言葉を聞いた俺は、やがて『ふっふっふっ』と笑い出す。


『よくぞ見破ったな、ネフィー。そう私こそが犯人Xなのだ!』


「……」

『……って言ったら信じるか?』

「信じてもいいが、信じてほしいなら姿を現して、全てを語ることだな」

『それは無理だ。なにせ俺はXじゃないからな。……というか、リアクション薄いな。もっと信じてくれてもよかっただろ?』

「フウセイがいつ自白してもいいように心の準備は出来ているからな。ただ言葉だけで全てを鵜呑みにすることはしない。それならばXである証拠は見せてもらう必要がある」

『俺のことをXだと思っているんじゃなかったのか?』

「可能性は高いが断定はできない。今回の一件は、不可解なことが多いからな。確たる証拠が提示されない限り、私はフウセイがXであると信じるつもりはないし、Xではないと断定するつもりもない」

『そこまで考えていたのか』

「こうなったのも何かの縁だ。フウセイがXであり、きちんとした理由があるのであれば、このままダンジョン攻略には協力しよう。ただし、マリアとリンドには死ぬほど謝ってもらう。これは譲れない」


 映像の向こうに映るエルフが獲物を狙う狩人の目になる。今まで見てきた中で一番恐ろしい目だ。


『なら逆に尋ねるが、俺がXである可能性が高いと思いつつ、そうではないかもしれないと思う根拠はなんだ?』

「カイナギフウセイという男の存在理由だ。Xは魔王のダンジョンを攻略させるべく実際に動く私たち三人を攫ってきた。だがそれだけでなく、私たちに姿を見せない身元不明の男も用意した。……それがどうも気に喰わない」

『というと?』

「簡単に言ってしまえば、フウセイが必要な存在であるとはどうしても思えないのだ。私たちのナビゲート役というのはいいだろう。だが、なぜそれが異界人の男で、しかもどこか別の場所に閉じ込められている必要がある? 私にはどうしてもXがカイナギフウセイを用意した理由が理解できない」

『単純に自分がXであることを隠す為に、海凪風星という架空の人物を偽っているってことでいいんじゃないか?』

「もしそうなら、もっとマシな嘘を付けたはずだ。攫われてきた私たち三人の信用を得るための細心の注意を払い接することもできたはずだ。だが実際は、いきなりマリアを怒らせて私たち全員に不信感を抱かせた」

『えーっと、Xは口下手で、単純にそれができなかっただけかもしれない』

「これだけ用意周到な計画を練り、実行した者がそんな杜撰な手抜きをするとは考えられない。そもそも無理ならば、やらなければいい」

『いや、案外ただのマヌケだっただけかもしれないぞ』

「私はXをそれほど低く見積もってはいない」

『ネフィーはあれだろ? 他者が完璧な行動をすると思って疑わないタイプだろ?』

「そんなことはない。私はきちんと相手を見る。例えばマリアだ。マリアに関しては、垣間見える英雄気質を高く評価している一方で、考えるのが面倒になって思考放棄する若干のアホさ加減もきちんと感じ取っている」

『なるほど。しっかり見ている。そしてマリアのことを若干アホだと思っていたんだな』

「別に悪口ではない。それがマリアの可愛らしさの一因だ」

『まあ否定はしない。俺も同意見だからな』

「そう思っているなら、揶揄うのは控えることだな」

『それが止められないのがマリアの魅力だ。叩けば響く、非常に揶揄い甲斐がある』

「本当に悪い性格の持ち主だな、フウセイは」

『その自覚はなかったから、たった今ネフィーに指摘されて非常に驚いたよ。そうか俺はとっても性格の悪い男だったのか』


 思わず笑い合う、俺たち。


『えーっと、なんの話だっけ? ……そうそう、俺が犯人Xじゃない理由を説明してみろってテーマだったな。仮に俺がXだとしたら、海凪風星の設定がおかしいって話だけど、意外性を持たせる意味では悪くはないんじゃないか?』

「すでにこの状況が意外なのに、これ以上、訳の分からない存在を演じる理由がどこにある?」

『いや、他にも俺が犯人Xである可能性は……って、なんでいつの間にか疑われている俺自身が、自分がXである可能性を提示しているんだ?』

「確かにおかしな話だ」


弓矢の手入れを忘れていた自分の手元を見下ろしながらネフィーが肩を竦める。


「いつの間にか夢中になってしまった。なかなか有意義な時間だった」

『こんな話、マリアとじゃ間違いなくできないな』

「だがリンドとなら出来るだろう」

『確かにできるだろうが、リンドはまだ小さいから、流石に過激な発言は躊躇するな。それにリンドは優しい子だから変に気を使わせちゃいそうだ』

「同感だがその言いようでは、まるで私の性格が悪いみたいではないか?」

『俺から言わせればほどよい性格だよ。非常に俺好みだ』

「なんだ、口説いているのか? だが生憎と姿を見せない男は対象外だ」

『ならもしここから出られたら一番最初に口説くことにするよ』





 ネフィーは満面の笑みを浮かべる。


「面白そうだ。その時は楽しみにしているぞ、フウセイ」

 そんなネフィーとの会話は、この後もしばらく続いた。

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