1、三人に関するレポート(2)

『ああ、二人のことも書いてあるみたいだぞ』

「それは是非聞きたいわね」


 ニヤリと笑う、マリア。どうやら自分だけ恥ずかしい秘密を暴露されたのが嫌だったので、他の2人も道連れにしてやろうという算段らしい。実に心の狭いお姫様である。マリアのことを聖女だと盲信している国民たちに、この姿を見せてやりたいものだ。

 そんなことを思いながらも、Xのレポートを捲る。


『リンド・カンターベル、12歳』

「は、はひぃ!」


 名前を呼ばれ、メチャクチャびくつく魔法少女はガタガタと震え出す。

 えーっと、なになに……


『幼少期より類まれな才能を発揮し、6歳という若さで魔道の総本山である図書館に迎え入れられ、わずか三年で図書館が管理する全ての魔法を習得。さらに現在では魔法薬学や魔法鉱石学など幅広い分野にも手を広げ、独自の研究を行っている』


 若干12歳の少女のこととは思えないその内容に、改めて感心してしまう。やはりリンドは相当な天才少女でありマリアに負けず劣らずの存在であるようだ。


 ガタガタガタ


 まあ、その天才少女様といえば、今から何を言われるのか怖くて真っ青になってガクブルしているわけなのだが。

 とりあえず、ざっと先の内容に目を通す。

なになに……好きなモノは甘いお菓子。自分の研究に没頭する癖があり、一度集中すると周囲が見えなくなる傾向がある。また本人の内向的な性格に加え、周囲から向けられる嫉妬などから交友関係は非常に狭く、友人と呼べる存在はたった一人しかいない。

 その内容を見て、密室内でひとり、頬を掻く。


『……リンドはとてもいい子だけど本の読み過ぎがたまに傷と書いてあるな』

「そ、それだけですか? よかったですぅ」


 ホッと胸を撫でおろす、リンド。


「ちょっと風星! 本当にそれしか書いてなかったんでしょうね!?」

『なんだ、マリア。もっと別のことが書いてあった方がよかったのか? まさかリンドが嫌がることが書いてあって、それが発表されてリンドが泣いてしまう様を見てみたかったとか、まさかそんなことを考えていた訳じゃないよな? 聖騎士なのに? 聖女とか言われているのにぃ?』

「そ、そこまで思ってないわよ! そ、それを言ったら風星はどうなのよ! 私が嫌がることを散々言ったじゃない!」

『俺は別に聖騎士でも聖女でもないからな。それにマリアが嫌がることをすることにも何の抵抗もない』

「な、なんですって!」

『そもそも、さっきのマリアの話は嘘だったんだろ? 男にモテないことに悩んでいて床上手になる練習しているっていうのは嘘だったんだよな? だったらいいじゃないか』

「い、いちいち蒸し返さないでよ! そうよ! あれは嘘よ! だから私は全然怒っていないわよ! まったくもう!」


 いや、まったくもう、って。


「リンドは分かったわよ! ならネフィーは! ネフィーは何かあるでしょ! この中で一番年上だし! きっと恥ずかしいことの一つや二つあるはずよ!」


 もはやなりふり構わない聖女様のその姿は、見ていて涙が出てきそうなほど惨めだ。

 そんなマリアに急かされるようにページを捲り、ネフィーの項目に目を通す。


『ネフィー。エルフ年齢で19歳。《タガルの森の精霊皇女》リリィの妹。弓の名手であり、その比類なき腕前はエルフ一とも言われている。森を穢そうと侵入してくる妖魔たちを例外なく排除するその腕前から《タガルの森の守人》とも呼ばれている』


 エルフ一の弓の使い手という単語に、マリアが目を輝かせる。


「やっぱりそうよね! ネフィーの弓の腕前はあんなにも素晴らしいんだもの!」


 さっきまで抱いていた黒い感情はどこへやら。凄いと思ったことに対しては素直に目を輝かし、笑顔を浮かべるマリア。単純だとは言わないし、アホだとも思わない。この子は本当に真っ直ぐな心の持ち主なのだろう。

まだ他にも書かれているようだ。えーっと、なにない……


『弓の名手としてエルフ内で名が知れ渡るネフィーだが、それとは別にもう一つの理由でも有名だ』

「へぇ、ネフィーにはまだ他にも特技があるのね。なんなの、風星?」

『それは全ての精霊に愛された姉とは対照的に、全ての精霊に嫌われており、未だどの精霊からも加護を受けることが……』


 思わず口を閉じる。


「どうした、フウセイ?」


 そんな俺に向かって、当の本人であるネフィーが変わらぬ様子で尋ねてくる。


『いや、やっぱりこのくらいで……』

「構わん、読んでくれ。秘密をばらされたのがマリアだけというのはフェアではないからな。それにこの件に関しては、共に魔王のダンジョンの奥へと進む二人には知っておいてもらった方がいいだろう」


 淡々と語るネフィーと、そんなエルフに不安そうな表情を浮かべるマリアとリンド。

 映像に映る三人の表情を見て、意を決し続きを読んでいく。


『……全ての精霊に嫌われており、未だにどの精霊からも加護を受けることができていないことだ。エルフ社会において、一人前とされる年齢に至っても精霊魔法を使うことができないことは恥とされている。特に精霊信仰の強いタガルの森のエルフたちは、契約を交わした精霊の数が、そのまま彼らの地位と権力に反映されることから、ネフィーは劣等種であると後ろ指を差されている。ただ精霊皇女と呼ばれる姉・リリィからの献身的な愛情に加え、妖魔たちから森を守るという役目を積極的に担うことで、なんとか居場所を残している』


 静まり返るマリアとリンド。

「私の境遇については気にする必要はない。ただこれから先に進むに辺り、私は精霊魔法が使えないことは知っておいてもらいたい」

 そうほほ笑むネフィーを見て、マリアが口を開きかける。

 だがしかし、ここでタイミングよくというか悪いというか、三人の周囲の映像に映る影が目に入る。


『話の途中だが、ゴブリンの一団だ。数は15』

「なら片づけてしまった方がいいだろう。フウセイ、指示を頼む」

「分かった」


 積極的に動くネフィーとどこか元気のないマリアとリンドに指示を出していく。

 閉じ込められている密室内の壁に映る16枚の映像を見る事で、俺は誰よりも早く敵の存在に気付くことができる。そんな俺の指示に従い、素早く待ち伏せポイントに移動した三人は、集団で姿を現したゴブリンたちに対して奇襲を仕掛ける。

 リンドの魔法とネフィーの矢が敵に降りかかり、浮足立った敵に向かってマリアが突撃する。闇騎士から奪った大剣を振り回し、次々とゴブリンたちを倒していくマリア。そんなマリアに向かって、この一団を仕切っているであろう親玉ゴブリンが斧を振り上げ襲い掛かる。マリアは左手に構えた大盾でこの攻撃をなんなくいなし、右手の大剣を振り抜いていく。

 その最中、一匹のゴブリンがその場から逃げ出そうと背を向け走り出した。

 思わず指示を出そうとしたが、その必要もなく、ネフィーが弓を構えていた。

 逃げるゴブリンの背中に向けて矢を引き、狙いを絞る。

 しかしなかなか、その矢は放たれない。


「ネフィー!」


 親玉ゴブリンを倒したマリアの叫びにも、ネフィーは微動だにせず、ジッと逃げるゴブリンを見つめ、矢を引き続ける。

 その間にも逃げるゴブリンとの距離はどんどんと離れていく。

それでもネフィーは矢を放たない。

 もう間に合わない。

 映像を見ていて、そう思ってしまった次の瞬間だった。

弓の弦が震える音と共に、ネフィーの矢が勢いよく放たれる。

 高々と宙に放たれた矢は、綺麗な放物線を描き、まるで何かの力によって導かれるように、まっすぐにゴブリンの後頭部へと吸い込まれていく。


 ニヤリ


 頭に矢が刺さったゴブリンが地面に倒れるのを見て、マリアとリンドが諸手を浴びてネフィーに抱き着く。


「凄いじゃないネフィー!」

「あんな遠くの相手に充てるなんて、とってもとっても凄いです!」

 はしゃぐ二人に笑顔を向けられ、ネフィーも控えめな大人の笑みを浮かべる。

「これでも弓の扱いには少々自身があるからな」

「そうよ! ネフィーこんなに凄いんだもの。精霊魔法が使えなくたって関係ないわよ。私だって魔法が使えないんだし。ネフィーはネフィーよ」

「そ、そうですよ! ネフィーさんはカッコよくて優しいお姉さんです」


 そんな必死に励まそうとする二人の表情を見て、ネフィーは「ありがとう」と2人の頭を撫でる。


「まったく風星が変なことを言い出すのが悪いのよ」

『俺のせいかよ』

「そうよ。全部、風星が悪いの。私が聞きたかったのは、ネフィーの恥ずかしい秘密だったのに」


 フォローがフォローになってないが、そんなマリアの素直な言葉に笑ってしまう。


『へいへい、俺が悪うございました』

「分かればよろしい」

 そんなふんぞり返るお姫様の姿に、ネフィーも楽しそうに笑う。

「私の秘密が知りたいのなら、もっと仲良くなったら私自身の口から教えてよう」

「本当ね、ネフィー。約束よ」

「ああ約束だ」

「わ、私も知りたいです」

「リンドはもう少し大きくなってからの方がいいかもしれないな」


 冗談めかして笑うネフィーに、リンドの顔が真っ赤になる。

 そんなネフィーの口から語られるであろう秘密の内容には非常に興味があるが、このタイミングで「俺も、俺も」と名乗り出るほど、俺は空気が読めないヤツではない。





 黙って三人の姿を眺める。だが実はこの時、俺には別に気になっていたことがあった。

 それは先ほど、放たれた矢がゴブリンの後頭部を射抜いた時にネフィーが見せた表情だった。

 ニヤリという、不敵な笑み。

 それはただ敵を討ち取ったというだけの笑みだったのか?

 普段のネフィーとはどこか違うその表情が妙に印象に残っていた。

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