第二話 秘密の欲望

1、三人に関するレポート(1)






「全てのことには意味がある。あらゆることには理由がある」

                       ――タガルの森の守人 ネフィー



   

 





 謎の犯人Xに攫われ、魔王のダンジョンの奥深くに放り込まれた三人(プラス俺)。


 当初こそ衝突(俺が変質者の犯人扱い)が絶えなかったものの、多少の和解を得て、改めてダンジョンを攻略すべく地下20階層を出発した。

 ここは地下深くにあるダンジョンではあるが、狭い通路が入り組んでいるという訳ではなく、広大な地下空間となっている。その構造も階層が下へ下へと積み重なっているのではなく、隣接する別の地下空間が繋がっている、という風になっているようだ。

 敵を蹴散らしながら危なげなく進む三人は、地下21階層、続く地下22階層をなんなく越え、現在は地下23階層へと続く階段を下っている所である。


「そういえば、私たちがここに攫われてきてからしばらく経つけど、やっぱり騒ぎになっているのかしらね」


 足を進めながらお姫様で聖騎士のマリアがそんなことを口にする。


『マリアは確か妖魔討伐の遠征中だって言っていたよな?』

「遠征の目的は、王国内を回りながら最近増えた妖魔を排除することだから、私が一人いなくて大丈夫だろうけど」

『お姫様が突然消えたら、そりゃ大混乱が起こっていてもおかしくわないわな』

「私も姉さまに心配をかけてしまっているかもしれんな」


《タガルの森の精霊皇女》と呼ばれる有名な姉を持つネフィーもまたそう呟く。


『リンドもそうだろうな。小さい女の子が突然いなくなったら大騒ぎだろう』

「うーん。もしかすると攫われたこと自体気付かれていないかもしれません」

『えっ? ……いや、そんなことはないだろう』

「これでも図書館では特別な権限を与えられていまして、好き勝手に動くことを許されていたんです。それを良いことにずっと一人で研究室に籠ったり書庫の奥で本を読んだりしていたので。私の姿がちょっと見当たらなくても、たぶんどこかにはいるだろう、くらいにしか思われていないかもしれませんね」


 どうやら魔法の総本山である図書館における天才魔法少女の扱いは、大事に管理するのではなく、好き勝手にやらせる放任主義であるらしい。


「そういう風星はどうなのよ? 突然、異世界から攫われてきたんでしょ?」


 マリアに尋ねられ、どこかの密室内で映像を見ている俺は腕を組んで考える。


『俺もリンドと同じで気付かれないかもしれないな。攫われたのは休日前だったし、いつもみたいにフラリと遊びに出かけただけだと思われたら、それまでだろうしな』

「いい年なのにフラフラして、だらしのない男ね」


年下のお姫様に注意されてしまったが、これに関しては、周囲に散々言われていることなので返す言葉がない。

 そうこう話しているうちに、長かった階段の終わりが見えてきた。


「ようやく到着したわね」


 隣の地下空間(地下22階層)から長い階段を下り終え、マリアが大きく伸びをする。


『とりあえず、休息できそうな場所に向かうか』

「そうね」

『なら今マリアが見ている方角に進んでくれ。ほどなく進めば地下水の川がある』


 犯人Xに用意された《㊙魔王のダンジョン攻略本》の地図を見ながら指示を出す。

 マリアたちにダンジョン攻略させるべくXが用意した攻略本によると、魔王のダンジョンは地下27階層まであるらしい。攻略本には、マリアたちが目を覚ました地下20階層から地下25階層までの地図が描かれており各階層についての詳細も記載されている。全てに目を通した魔王のダンジョンのイメージは、魔物たちが徘徊する広大な地下世界。攻略本には先へ進むのに役立つ情報が多く載っているが、Xの思惑が見えそうな記述は何も載っていない。

だからもし何かあるとすれば、ここには載っていない地下26階層、地下27階層にあるのだろうと考えている。


「ここはこれまでとは少し雰囲気が違うな」


 周囲を見渡すネフィーが言う様に、この地下23階層には崩れた建物の廃墟が所々に点在している。


『攻略本によると、この階層にある建物は、かつて住居として作られたのではないかと予想できるが、その一方で誰かが使っていた形跡がないらしい』


 俺の説明を聞いて、マリアが眉を潜める。


「住居として作られたのに、使われた形跡がないってどういうこと?」

『この階層にある建物の並びは、地上にある多くの街の配置と似ていることから、居住目的で作られたと予測が立つが、反面、ここで誰かが生活していた痕跡がまったくないらしい』

「街として用意されたのに使われなかったってこと?」

『そうらしい』

「生きた人間が使っていた痕跡がないだけなら、もしかしたら他の存在、それこそ闇騎士たちの家なのかもしれないな」


 ネフィーが冗談めかしてそんなことを言う。


「だったらこの階層には敵はわんさかいそうね」

『発見したら声を掛けるから安心しろ』


 そんな話をしながらダンジョン内を歩き出す三人。

 一方の俺はと言えば、相変わらずどこかの密室中で三人の様子が映し出された映像を見ながら敵が近づいてこないか確認すること以外、基本やることはない。

 他にできることと言ったら、考えを巡らせることと本棚にあるXが準備したと思われるファイルに目を通すくらいである。

 このダンジョンに関する情報が記載されている攻略本にもひとしきり目を通し終えたこともあり、今は別のファイルにも目を通している。

 それらの主な内容は、マリアたちが住んでいるアルタジスタ大陸に関する情報だ。

 大陸内にある地域、それぞれの国、そこに暮らす数多の種族。文化、風習などなど。

 まったく知らない世界の情報は読んでいて飽きないし、色々なことが読み取れる。

 どうやらマリアたち三人は、住んでいる国も地域もバラバラのようだ。種族や風習の違いなどもある中で、それでも互いの肩書きや呼び名を知っていたということはやはり相当な有名人なのだろう。

 そんな考えを肯定するように、読んでいたファイルの中で面白い情報を発見した。


『《白盾のマリア》について』


 マイクを通して語りかける俺の声を聴き、映像の向こうで歩いていた三人が反応する。


「どうしたのよ、風星。急に?」

『Xの資料の中に面白いモノがあった。マリアたちに関してまとめられた情報みたいだ』

「我々のことをXが独自に調べた結果といったところか。それは興味があるな」


 ネフィーが関心を示す。


「それで? 私のことはなんて書いてあるのかしら」

『えーっと、なになに……マリア・リナ・リセシア。17歳。生まれ持った美貌と聡明さに加え、これまで上げてきた数々の功績により、国民から絶大な支持を得ている、リセシア王国第一王女である』

「ふふん♪」

『……これ、間違ってないか?』

「失礼ね! 事実よ、事実!」


 憤慨するマリアの声を聞き流しながら、続きを読む。


『マリア王女がひとたび聖騎士として戦場に立てば、人々を苦しめる妖魔を尽く討伐し、争いの火種が絶えない近隣国の兵士の前に姿を現せば、人間同士で争う無意味さを説き、敵兵に武器を捨てさせる。神より賜りし聖剣と聖盾を持つその姿は、いち王女、いち聖騎士という立場を超え、万人に救いと安らぎを与える聖女として神格化すらされているほどだ』

「きちんと調べられているみたいね」


 気分良さそうに胸を張るマリア。


『メチャクチャベタ褒めだけど、これ本当なのか?』

「当たり前でしょ! なんで信じないのよ!」

『俺が見ているのは、敵の騎士からかっぱいだ黒い大剣と黒い大盾を軽々と扱う女戦士だからな。清らかな部分はこれっぽっちも感じない』

「それはアンタの目が節穴だからよ。普通の人は私の内から溢れてくる気品を感じてしまうモノなのよ」


 ふふん、を胸に手を置き、偉ぶるお姫様。


『気品がある人間は、間違っても自分からそんなことは言わないと思うがな』

「風星が鈍感だから仕方なく説明してあげているんでしょ」


 ああ言えばこう言う。相変わらず自信満々なお姫様である。


「そうは言うが、フウセイ。そこに書かれていることは間違ってはいないぞ。《白盾のマリア》の話は、私たちにもそのように聞こえてくるし、マリアの活躍によりリセシア王国と新たに同盟を結んだ国は幾つもある」


 ネフィーの合いの手に、リンドも「そうですね」と頷き同意を示す。


『なるほど。ネフィーたちが言うんだから、本当ってことか』

「というか、なんで私の言葉は信じないのよ!」

『いや、自分のことを自画自賛しているだけの可哀そうな子かもしれないと思って』

「本当に失礼な男ね! 私に対してそんなことを言う人間なんて、これまで一人もいなかったわよ!」


 俺の悪態に対していちいち大袈裟に反応してくるところを見ても、本当にこれまでそういった扱いをされてこなかったことが伺える。頬を膨らませながらぷりぷりと怒るマリアは、どうやら俺が思っていた以上にとんでもない傑物であるようだ。

まあ、だからこそ、その反応は初々しく、見ているだけで非常に面白いのだが。


『なんにしてもこのレポートに書かれた情報はかなり信憑性が高い情報ってことだな』

「そうね。100%真実ね」

『ならこの続きに書いてあることも本当ってことか』

「? まだ続きがあったの?」

『国民から絶大な支持を受け、神格化すらされるマリア王女であるが、その圧倒的カリスマ性ゆえに、マリア王女に言い寄ってくる男性は一人もいない』

「なっ!」

『しかも本人は割とそれを気にしており、毎夜毎夜、男性にモテる秘訣はないかと、お付きのメイド長に相談し、手ほどきを受けている』

「ちょ……」

『最近では床上手な女性の嗜みについても学んでおり、恥じらいながらも必死に習得しようと努力しているようだ』

「で、デタラメ、言うんじゃないわよ!」

『だってここにそう書いてあるだから仕方がない』

「嘘よ! 大嘘よ!」

『えっ、でもここに書いてあることって100%真実なんだろ?』

「100%大嘘よ!」

『その反応を見る限り、どうやらモテたいと思っているのは本当みたいだな。いや、Xが何者か知らないがなかなかの情報収集能力だな』

「だから嘘だって言っているでしょ!」

『恥ずかしがるなよ、床上手のマリアちゃん』

「ぅぅぅう、刎ねる! その首を刎ねてやる、この変態!」

『変態呼ばわりは酷いな。俺はただXが調べた情報を読んだだけだぞ。刎ねるならXの首を刎ねろよ』

「……そうね。Xがどこの誰だか知らないけど、その首なら刎ねても文句はないわよね」


 大剣の柄を握り不敵に笑うマリア。その目はどうやって俺=Xであると証明しようか考えているように見える。あるいは仕立て上げるつもりなのかもしれない。


「覚悟していなさいよ、風星」


 いや、その本音は内心に留めておいてせめて「覚悟しなさいよ、X」と言ってほしい。


「ふふっ。まったくフウセイとマリアの会話は聞いていて飽きないな」


 俺たちのやり取りを聞いていた、ネフィーとリンドがクスクスと笑っている。

 そんなネフィーたちの姿が気に入らなかったらしく、床上手(練習中)なお姫様がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。





「ねぇ、風星。私のことが書いてあったくらいだから、当然、ネフィーとリンドのことも書いてあるのよね」


 自分たちに向けられた矛先に、思わずビクリとする二人。

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