おまけ

 地下20階層の結界内でのやり取り。実はこの後に、もう一波乱あった。

 それは俺の食事問題が解消し、三人が睡眠を取り終えた翌日の出発前のことである。

 包まっていたマントからもぞもぞと這い出し、「ふぁ」と可愛らしく欠伸をするマリア。

 眠気眼を擦りながら、ひとり水場へと向かい、その美しいプロポーションを包む衣服を脱ぎ始める。どうやら一人、水浴びを楽しむつもりのようだ。


「それにしても本当にムカつくわね、海凪風星。この私に対して、あんな無礼な物言いをしてくる男なんて今まで一人もいなかったわよ。あの布袋から出てきたらどうしてくれようかしら。……だけどまあ、そんなに悪いヤツでもなさそうだし、ちょっとは信用してあげてもいいかもね」


 そう独り言を呟きながら、鼻歌交じりで身体を清めていたマリアだったが、水面に映った自分の顔を見て、あることに気が付いた。

 最初は気のせいかと思ったようだが、水面を凝視しながら自分の右耳に手を伸ばし、見覚えのないそれに触れた途端、慌てて衣服を纏い、二人の元へと向かう。


「どうしたマリア、そんな姿で?」


 起きてもこっくりこっくりしているリンドの隣で食事の準備をしていたネフィーが、水滴を垂らして戻ってきたマリアに気付き、顔を上げる。


「ネフィー、これ!」

「? その右耳のイヤリングがどうした?」

「自分にも付いているってネフィーは気づいていた?」


 一瞬、マリアの言葉に眉を潜めたネフィーだったが、すぐに「はっ」となって、自分の右耳に手を伸ばし、触れた感触に目を見開く。


「リンド、右耳を見せてくれ」

「ふぇ?」


 低血圧らしく、未だに微睡んでいるリンドの耳元に手を伸ばしたネフィーは、黒髪に隠れた小さな右耳に同じ黒いイヤリングを見つける。


「ネフィー、これって……」

「ああ。おそらくフウセイはこれを通して私たちに話しかけてきていたのだろう」

「こんなの付けられていたなんて全然気づかなかった! 私はてっきり、リンドが持っていた布袋の近くにいるから声が聞こえてくるんだって……ああもう、こんなもの!」


 マリアが自分の右耳に手を伸ばし、黒いイヤリングを無理矢理掴んだ。


「無理に取ろうとしちゃダメです!」


 だがそれを見たリンドが、慌ててマリアを止める。


「ど、どうしてよ?」

「それも風星さんが入っている布袋と同じ魔法装置かもしれません。ちょっと見せてください。……やっぱりです。これを外すにはきちんとした手順を行う必要があります。間違った手順や無理矢理外そうとすると、何かしらの魔法の仕掛けが発動します」

「魔法の仕掛けって何よ?」

「たとえば攻撃魔法が発動して、右耳が吹っ飛ぶ。あるいは強力な呪いに掛かってしまうなんてことも……」


 マリアの表情が真っ青になる。


「じゃ、じゃあ、いったいどうやったら取れるのよ?」

「正しい外し方が分かればそれにこしたことはありません。ですが最悪、きちんとした道具があれば外せるかもしれません。とはいえ、今の状況では……」

「つまり最も安全に外すのであれば、犯人Xに方法を聞くのが一番だということだな?」


 ネフィーの言葉に、リンドが頷く。


「ならそれまではずっと風星に監視されている今のままってこと? このイヤリングを通して一方的に話しかけられ続けるってこと?」


 心底嫌そうな表情を浮かべるマリア。

そしてさらに何かに気付いたように「はっ」となる。


「ちょっと待って。もしかして水浴びしている時も監視されているの?」

「……たぶん」

「トイレの時も?」

「おそらくは……」


 非常に言いにくそうに答えるリンド。

これにはマリアだけでなく、ネフィーまでもが顔を赤くする。


「ちょっと風星、聞いているでしょ! 応えなさいよ! いったいどうなっているの!」

『安心しろ。そういうシーンは映らないようになっている。自然と映像の視点がズレて見えないようになるんだ。おそらく犯人Xの配慮だな』

「本当でしょうね!」

「本当だよ」

「信用できない!」

『じゃあ諦めろ』

「ぐぬぬっ」と悔しそうな表情を浮かべるマリアだったが、すぐに別のことを思い出す。

「お、音はどうなの?」

『? 音? 映像からは聞こえてこないが、マリアたちの声は聞こえてくるから、その黒いイヤリングを通して音が届くのだとは思う。俺の声がそっちに届くみたいにな』

「やっぱり知っていたんじゃない、この黒いイヤリングのこと!」

『言うのを忘れていただけだ』


 マリアの反応が面白そうで見たかったから、というのは黙っておく。


「ね、ねぇ……さっきの私の独り言……まさか聞いてはいないわよね?」

『安心しろ、聞いていない』

「信用できないわよ、これっぽっちも!」

『さっきと言っていることが違わないか?』

「やっぱり聞こえていたんじゃない!」

『どうだったかな。眠くてよく覚えていない』


 そう答えながら、心の中で思う。

 やはりこのお姫様はからかい慨があると。




 そんなこんなで浮上した映像問題と音問題。

映像問題に関しては俺の言葉を信用するしかないという結論に達し、音問題に関しても三人が色々と試した結果、黒いイヤリングを指で挟むようにして塞げば、こちらに音が聞こえない、という俺の報告を聞いて、どこかホッとした表情を浮かべていた。

 映像のプライバシーも大事だが、音のプライバシーというのも女性にはとてもデリケートな問題であるらしい。

 とはいえ、そのどちらも、俺が嘘を言っていないということが大前提になるのだが。

 ……いや嘘は言っていないぞ。マジで。

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