8、そして俺に関する重要な発見 

「悪くないわね、この大剣と大盾」


 マリアは闇騎士から手に入れた大剣と大盾を嬉しそうに眺めている。どうやらゴブリンから奪ったモノを使うよりかは精神的にも楽であるらしい。

 闇騎士を無事に倒した三人は、先ほどと同じ地下水が流れる川沿いに結界を張った。

今夜(といっても朝夜は分からないが)はここで休み、明日から本格的に魔王のダンジョンの攻略へと乗り出すことになったのだ。


『……随分と大きいけど重くないのか?』

「多少は重いけど、いつも使っているのはこれくらいの大きさだから、しっくりくるわ」


 その言葉が偽りでないことを示すように、大剣と大盾を構えるマリアは、軽く動いて見せる。若干の動きの遅さはあるが、それでもその重さに振り回されることなく、きちんと使いこなせている。


「《白盾のマリア》の剣と盾は、神の加護を受けた特別なモノだと聞く」


 たき火の前でその様子を見ていたネフィーの言葉に、マリアが頷く。


「聖剣ラズールと白盾カナン。鎧も特注で作られてモノを使っていたわ。私は王女として聖騎士として生きてきたからこそ、装備で困ったことなんて一度もなかった。それが私にとっての当然だったの。だから今回のことは、本当に良い経験になったわ」


 王女として身に着けるモノは常に最上級のモノを用意されていたのだろう。

 装備によって強さは変わる。

 だがそれだけで戦いの強さが決まる訳ではない。

 マリアの強さが才能に奢ることなく積み上げてきた鍛錬の賜物であることは、戦う姿からも疑う余地はない。

 本当に大したお姫様である。


『……そういえば、よかったのか? 上へ行く階段を探さなくて』

「どうせ探したってないんでしょ? だったらさっさと攻略する方が早いわ」

『……そうだな』

「それに……今回のことで、アンタの意見も少しくらい聞いてもいいと思っただけよ」

『……』

「? ちょっと、聞いているの?」

『……あっ、悪い。少し眩暈がして聞いてなかった』

「聞いてなさいよ!」

『……すまないが、もう一回言ってくれ』

「言わないわよ! 二度と! 二度と言わないわよ! フンだ!」


 そっぽを向いてむくれるマリアだったが、そこで「ん?」と顔を上げる。


「ねぇ、眩暈って大丈夫なの? 心なしか声にも元気がないみたいだけど」

『……ああ、マリアたちは気にしなくていい』

「そんな風に言われて、気にならない訳ないでしょ。隠し事はなしにしなさいよ」

『いや本当に……ぎゅるるるるっ……くていい』

「「「……」」」


 しまった、マイクのボタンを放すタイミングを見誤った。


「なによ、単にお腹が空いただけ? 脅かさないでよ」


 呆れた表情を浮かべるマリア。


「いや、不味くないか?」


 だがその一方で、ネフィーが神妙な面持ちで立ち上がる。


「どうしたのよ、ネフィー?」

「なぜこんな初歩的なことに気付かなかった。いや、私たちがそうであるのだから当然、用意されていると思っていた。だがもしそれが準備されていないとしたら……」


 ネフィー呟きを聞き、一人密室の中で苦笑を浮かべる。

 そして当然の質問が来る。


「フウセイ、お前が閉じ込められている密室に水と食料はあるのか?」


 質問を無視するように黙り込む。


「答えろ、フウセイ!」


 しかし心配そうな表情をする三人の顔を捉えた映像を見てしまい、観念したようにマイクのスイッチを入れる。


『ない』


 そう。この密室に食べ物はない。

 俺はこの部屋に閉じ込められてから、何も口にしていなかった。

 だから当然、今も激しい飢えと渇きに襲われていた。


『安心しろ、喋れなくなる前に攻略本の情報は出来るだけ教える』

「安心できるわけないでしょ!」


 叫んだのはマリアだった。


「なんでそんな重要なことを黙っていたのよ!?」


 誰よりも真っ先に、条件反射としか思えないほど迅速に、黙っていた俺に対して怒りを露わにするマリア。


『気にするな』

「気にするわよ! 何よ、アンタ! なに良いヤツぶっているのよ! アンタは最低のゲス変質者で、私たちが苦しむ様を見て悦っている筋金入りの変態でしょ!」


 空腹で死にそうなヤツに対して、語弊を生むようなレッテルを貼らんでくれ。


「そんなに……私たちが信用できなかったの?」


 怒っているが同時に悲しそうな表情を浮かべるマリア。

 マリアのそんな顔を見せられたら本音を言うしかない。


『よく考えろよ。俺がやっていることなんて、一人こうして安全な場所にいて、お前たちに対してあーだーこーだ命令しているだけだぞ? マリアたちが命懸けで戦っているのに、ただただ見ているだけ。こんなふざけた状況ないだろ。……だからせめて、俺にもこれくらいのリスクを背負わせろ』

「別にアンタがそれに付き合う必要なんてないじゃない」

『そうかもな。だけどこうして出会うはずがなかった違う世界の俺たちが、こんな風に言葉を交わしているなんて、なかなか面白いと思わないか? これも何かの縁ってヤツだ。俺もマリアたちと一緒に命を張りたい。そう思ったんだよ』


 それが俺の素直な気持ちだった。


「今すぐ、出発しましょう」


 マリアが荷物に手を伸ばす。

 ネフィーも頷き、鞄に手を伸ばす。


『ダメだ』


 しかし、俺はそれを止める。


「何を言っているの! アンタの命がかかっているのよ!」

『俺が限界なんだよ。ちょっとベッドで横にならせてくれ』

「別にアンタのナビゲートがなくったって……」

『頼むよ、マリア』


 俺の絞り出すような言葉を聞いて、マリアは俯き、声を絞り出す。


「……分かったわよ。だけど、辛かったら言いなさいよ」

『ああ。もう隠し事はなしにするよ』


 俺がそう言うと、マリアは渋々と言った表情で腰を下ろした。

 そうだ。それでいい。マリアたちの道のりはまだまだ長い。少しでも休むべきだ。

 だがそれにしても失敗した。余計な心配をかけたくなかったから、ギリギリまで黙っているつもりだったんだが。


「ど、ど、ど、どうしましょう!」

 マリアやネフィー以上に、小さな女の子であるリンドなど、慌てふためき完全にパニックになってしまっている。頭を抱えて大きな道具袋に手を突っ込み、「何か無いか、何か無いか」と、中身を手当たり次第に放り出している。

 残念ながらどうにもならないだろう。

 それこそ、誰だか分からない犯人Xからの施しでもない限り……





 ――その時、部屋の中に光が差し込んだ気がした。





 いや、気のせいではない。ベッドの上から見上げると、捻じれ上がった天井に光の差し込む隙間が出来ている。

 すぐにマイクのスイッチに手を伸ばす。


『……おい、今、何かしたか?』

「? どうした、フウセイ?」

『突然、天井に隙間ができた』


 慌てて部屋の中を見回す。

 なんだ? どうして突然? 何か原因があるはずだ。


『なにか、そっちでもなかったか?』


 マリアたちもまた周囲を見回し、その原因を探す。

 その時、映像の向こうで、地面に落ちた奇妙な布袋をネフィーが拾い上げる。


「リンド、この口の開いた布袋はなんだ?」

「えっと、確か道具袋の中に入っていた物です。用途が分からず、後で調べようと思っていてすっかり忘れていました」


 その布袋には宝石が散りばめられ、奇妙な模様が縫い込まれている。

 何かを感じたらしいネフィーが中を覗き込もうと、布袋の口を開いたのと同時に、密室の天井に差し込む光の形が変わる。


『ネフィー、その布袋の口を閉じてくれ』


 天井が閉まる。


『開けてくれ』


 天井がゆっくりと開く。


『その袋だ! その袋の中に、俺がいる!』


 俺の叫びに、ネフィーが手に持った布袋を覗き込もうとしていた三人が驚く。


「アンタ? 小人だったの?」

『違う……と思いたいが、そうなのか?』


 異世界から連れてこられたのなら、そもそも大きさが違っていてもおかしくはない。


「それにしても……なんだ、この布袋は? 中が見えないぞ?」

「不思議ね。たき火の光で照らしているのに、靄みたいのが見えるだけで、奥がまったく見えない。とにかく引き裂いて、アイツを助け出して……」

「待ってください!」


 そう大声を上げたのは、リンドだった。

 真面目な表情を浮かべたリンドは、布袋の装飾を、真剣な表情で確認する。


「……やっぱり。これはただの布袋ではありません。何か特殊な魔法が施されています。下手に破ったり壊そうとしたりするのは危険です」

「魔法って、いったいどんな魔法なの?」

「私たちがいるこの結界と同じです。この布袋は宝石を媒体とし、幾つもの魔法陣を複合的に組み合わせた魔法装置になっているようです」


 布袋を彩る宝石と幾何学模様の刺繍を指でなぞりながらリンドが言う。


「リンド、どうすればいいの?」

「詳しいことは調べてみないと分かりませんが……とにかく何か食べ物を入れてみましょう。もしかしたら風星さんに渡せるかもしれません」


 言うが早いか、リンドは置いてあった黄色い木の実を手に取ると、布袋の口の中に、そっと落とす。

 映像を見ていた俺は、思わず頭上を見上げる。

 すると天井の光の隙間から、何かが降ってきた。

 救いを求めるように手を伸ばし、落ちてきたそれをキャッチする。

 そして一口齧り、思わず笑ってしまった。

 心配そうにしている三人にマイクを通して報告する。


『瑞々しく仄かな甘みがある。なるほど確かに美味いな、ケケセラの実』


 途端、三人が笑顔になる。


「この布袋の大きさを考えると、入れた実はだいぶ大きいけど食べきれる?」

『それだけあれば腹いっぱいなんだろうが、生憎と俺の手に収まるくらいの大きさだ。どうやら俺はマリアたちから見て、小人ということはないらしい』

「ということは、この布袋の口は風星さんが閉じ込められている密室の天井に繋がっているのではないでしょうか?」

「その可能性はあるな。リンドがケケセラの実を入れたのに、布袋の重さは先ほどと変わってはいない。それに隣で見ていたが、実を入れた衝撃も無かったように見える」


 リンドから布袋を受け取ったネフィーが中を覗き込みながら、そう口にする。


「なんにしても私たちが食べ物を入れれば風星は飢え死にすることはないってことね」


 ホッとした表情を浮かべるマリア。

 それを聞いて、ケケセラの実を齧っていた俺は思わず嬉しくなる。


『ようやく名前を呼んでくれたな』


 途端、マリアの顔が真っ赤になる。


「か、勘違いしないでよね。ただずっとアンタって呼ぶが面倒になっただけよ」

 なんだ可愛いところもあるじゃないか。

「それよりも、いいこと! 風星はこれから私たちに絶対服従なんだからね! 口答えしたら食事抜きよ!」


 そして速攻でプラスを帳消しにするマイナス発言をしてくる。本当に残念なお姫様である。

 喉の渇き、空腹を同時に満たしながら、改めて天井から光が差し込む穴を見る。


「食事が降ってくるのはありがたいが、それ以前に、なんとか抜け出せないかな?」

 目測だが天井までは自分の身長の三倍程度。普通にジャンプしても届きそうにない。

 しかし、どうにかならない訳でもない。

 という訳で、意を決し、マイクのスイッチを押す。


『三人とも悪いが、袋の口をギリギリまで開けておいてくれ』


 俺の奇妙な指示に、三人は顔を見合わせながらも、言われた通りに布袋の口を外側から引っ張るようにして限界まで開けてくれる。

 それに合わせて、天井にあった皺も消え、光の大きさが限界まで開かれる。


「さてやるか」


 そこで俺が目を向けたのは、ベッドである。

 届かないのなら、乗る台を用意すればいい。

 という訳でベッドを立てることにする。ただし横に立てるのではなく縦に立てる。

 転がすようにベッドを動かし、なんとかベッドを縦に立てる。するとバランスは悪いが、自分の身長よりやや高めの足場が完成する。

 もちろん、このままベッドに飛び乗ろうとしても、先にベッドが倒れてしまうだろう。

 立てたベッドはあくまで最後の踏み台として使用する。そしてベッドに飛び乗る為に、マイクが乗った机を足場にする。


「いくぞ」


 ベッドが倒れないようにそっと手を放し、部屋の隅まで移動すると一気に走り出す。そしてまずはマイクが乗っていた机に飛び乗り、勢いそのままに縦に立てたベッドの上まで飛び上がり、そのまま一気に天井の光に向かって手を伸ばす。


「よし、いった!」


 タイミングも踏み込みもバッチリ。勢いよくジャンプし、近くなった天井の光に向かって手を伸ばす。

 グキッ

 しかし失敗した。

 確かに右手は光の中へと突き抜けた。しかしそもそも穴の広さが狭かったようで、右手が通った後、肩で引っかかり、その勢いで、顔面横を思い切り天井に打ち付けた。


「きやぁぁぁぁぁ」


 とても可愛らしい悲鳴が木霊する中、ひっくり返ったベッドの上に腰から転落。


「いだだだっ」


 あまりの痛さにもがき苦しむ。天井に打ち付けた顔面も落下時に強打した腰もメチャクチャ痛い。だが、それ以上に痛かったのが、密室の外へと抜け出せた右手だった。

まるで強烈な電気を流されたように、肌が捲れるような痛みと痺れが収まらない。


「やっぱりダメだったか」


 激痛に耐えながら、密室内で一人、ため息を零す。


「な、何を考えているのよ! 死ぬほど驚いたじゃない!」


 だが俺の落胆を掻き消すように、映像の向こうにいたマリアが怒鳴り散らす。

 その怒りはもっともだ。

 天井の隙間から右手だけ外に出しながらも、天井に顔面をぶつけた俺は、映像に映った外の様子をしっかりと見ていた。マリアたち三人が大きく広げていた布袋の口から、いきなり俺の手が生え出てきたというショッキングな光景を。

手の大きさの尺度は、やはり三人と変わらず。

 そんな腕が突然、布袋の口から生えだしたら、驚くのは当然だ。

悲鳴を上げた三人は、袋を放り出してへたり込んでいる。

リンドは完全に腰を抜かしてしまい、ネフィーですら茫然とした面持ち。そしてマリアは腕を振り回してお怒りモード全開だ。


「やるならやるって言いなさいよ!」

『いや本当に悪かった。……それにしても、マリアは随分と可愛い悲鳴も出せるんだな』


 マイクを通してそう口にした途端、頬を真っ赤にしたマリアが置いてあった大剣を手に取ると、地面に落ちていた布袋の口の中に、何の躊躇もなく突っ込んだ。

 大剣の刃は地面に落ちている布袋を突き抜けることなく吸い込まれ、密室内にいる俺が天井を見上げると、大剣の刃が天上の隙間から飛び出してきていた。

だが尺度が同じなので、その刃が俺の所まで届くことはなく、天井から出たり入ったりしている。


「そこから出てきたら、絶対にその首を刎ねてやる! 覚悟してなさいよ、風星!」

『そうだな。出られたら考えよう』





 様々な衝突がありながらも、俺たち四人の魔王のダンジョン攻略はこうして始まった。

目指すはダンジョンの最奥部。果たして俺は、マリアたち三人と共にこのダンジョンを攻略し、無事にこの密室から脱出することは出来るのだろうか?

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