7、リベンジ
『いた。たぶんさっきのヤツだ』
休息を終え、移動を開始した三人のナビゲートをしていた俺は、広い空洞内を徘徊していた闇騎士を発見した。相変わらず黒い甲冑姿で、右手の大剣を肩で担ぎ、左手に大盾を持ったまま一定の速度で歩いている。
『それじゃあ、さっき言った作戦通りに』
頷き、素早く行動を始めるネフィーとリンド。しかし手に入れた剣と盾を持つマリアだけは頬を膨らませている。
『なんだ? まだ剥れているのか?』
「……別にそういう訳じゃないけど」」
『おいおい忘れのたのか? 闇騎士を倒す為なら、俺の言うことは何でも聞くって……』
「だからやるわよ!」
ぶっきらぼうに言い捨ててようやく動き出すマリア。
その様子を見ながら、先ほどの休息中のことを思い出す。
『二つ目は、不意打ちだ』
「あの闇騎士を不意打ちしろっていうの、卑怯じゃない?」
俺の提示した二つ目を聞き、騎士道全開の聖騎士様が露骨に嫌な顔をする。
『なに言ってんだ。だいだい最初にゴブリンの集団と戦った時に自然と奇襲仕掛けていたじゃねぇか』
「あ、あれは……妖魔を倒す効率的な戦い方。兵法よ、兵法!」
必死に反論を試みるお姫様の言葉にニヤリとする。
『そうだよ。これは効率的な戦い方。兵法ってヤツだ。とにかくなんだっていいんだ、勝てればな。逆に言えば勝たなきゃ全部意味がない』
「だ、だけど……」
『いいか。今回のダンジョン探索には、周囲の様子を広く確認できる俺という存在がいることで、マリアたちにとってかなり有利なことがある。それは敵と遭遇した場合、ほぼ間違いなく相手の不意を突けることだ』
近くにいる敵をいち早く補足出来るのだから、こちらから戦闘を仕掛けるのは容易い。
『常に先制攻撃。このアドバンテージを生かさない手はない。先手必勝は戦いの極意だ』
するとネフィーが感心したような表情を浮かべる。
「驚いたな、異界人のフウセイが兵法に精通しているとは。フウセイの国は戦が強い国なのか?」
『俺が住んでいる国は平和好きで戦争とは無縁だ。ただ頭を使う対戦ゲームが流行っていてな。そのほとんどのゲームで先手は有利とされ、後手には何かしらのハンデが付くんだ。そうしないと対等な勝負とならないってな』
「平和好きの国の娯楽ゲームが兵法に精通しているとは。はてさて、いったい風星の国はどんなところなのか、およそ想像もできないな」
「えっと、それで? 三つ目はなんなのよ?」
恐る恐るといった様相で尋ねてくるマリアに、俺は答える。
『三つめはもっと明確だ。数の暴力で押し切れ。つまり三人で一人の敵をフルボッコにしろってことだ』
「でもそれじゃあ、私が倒したことにならない……」
『なんでもやるって言ったよな?』
マリアは「むぅ」と押し黙り、最後には「分かったわ」と頷いた。
「兵法に精通した異界人は口も達者なようだ」
準備を始めるマリアを眺めながらネフィーが楽しそうに呟くのを聞いて、魔法のマイクの台座にある『2』のスイッチを押す。
『聞き分けのいい素直なお姫様で助かるよ。それより……』
「ああ分かっている。今回は勝つことよりマリアに分かって欲しいことがあるからな。上手くやるさ」
そんなことを思い出しているうちに、三人の準備が整った。
先ほどから変わらず歩を進める闇騎士に対して、まず最初に仕掛けるのはリンドだ。
隠れた場所から闇騎士に攻撃をする為の魔法の詠唱をし始める。
魔法使いが離れた場所から強力な魔法で一方的に攻撃することができれば、どんな敵にでも必ず勝てるのではないか?
マリアが意識を失っている間、俺はネフィーとリンドにそう尋ねた。
しかしあながちそうでもないことを二人は俺に教えてくれた。
魔法は確かに強力だ。しかし気づかれやすいのだという。
魔法というのは神樹より生み出され大気中を流れるマナと呼ばれる力に干渉するそうなのだが、このマナの流れは特定のモノたちは敏感に感じ取ることができるそうだ。よく相手の気配を感じるというのがあるが、マナの流れを察知できるモノにとっては、他者が扱う魔法は、それ以上に明確な感覚として感じ取れるらしい。
それは魔法を扱う人間やエルフなどの種族だけに限らず、動物たち、ゴブリンなどの妖魔たちにも当てはまるらしい。そしてそれは魔王の魔法によって仮初の魂を吹き込まれた闇騎士であるならば尚更だろうと。
その言葉は正しかったようだ。
闇騎士からはリンドの姿は見えないにも関わらず、リンドが魔法の詠唱を始めた途端、一つ目のような赤い光がそちらを向き、大盾を構えて動き始めたのだ。
もしこのまま姿を現したリンドが魔法を打ち込んでも、あの立派な大盾によってガードされてしまうだろう。
まさに強力な威力を誇る魔法の欠点を見せつけられたような展開。
――だからこそ、別の場所からネフィーが放った矢の一撃は、闇騎士の側頭部になんなく突き刺さった。
見事なまでのヘッドショット。相変わらずの腕前だ。
まさかの一撃にグラついた闇騎士は大きく姿勢を崩し、赤い光が横を向く。
そしてその隙を突くように、姿を現したリンドが魔法を放つ。
「炎よ、爆ぜよ」
襲い掛かる火の玉は、大盾のガードが崩れた闇騎士に被弾すると同時に爆発する。
完璧なまでの連携攻撃。
そして満を持して、別の岩陰から飛び出したマリアが闇騎士に向かって剣を繰り出す。
「今度はさっきのようにはいかないわよ」
闇騎士に勝つ為にと俺がマリアに提示した三つのこと。
強い武器を準備すること、先手を取ること、敵より味方の数が多いこと。
それは別に特別なことではない。戦いを有利に進める為の基本的な要素でしかなく、おそらくマリアにとっても普段ならば自然と行えていることなのだろう。
だがそれが無自覚であっては意味がない。ましてや、騎士道だの聖騎士の誇りなんて精神論で揺らぐようでは話にならない。
それを自覚させること。そうすることで俺は……いや俺やネフィーたちは、マリアに伝えたいことがあった。
「……だったんだけど、やっぱり凄いな、あいつ」
密室内で、映像を見ていて思わず言葉が漏れる。
リンドとネフィーによる先制攻撃は見事に決まり、闇騎士はダメージを食らい、さらに大きく態勢を崩したことにより、マリアは有利に戦いを始められた。
だがいざ戦いが始まってみれば、そんな前準備などまったく関係なかったと言わんばかりにマリアは闇騎士を圧倒している。
見事なまでの盾裁きと身のこなしで、相手の攻撃を一切受けず。繰り出す剣撃を確実に叩き込む。
ちゃんとした装備があれば負けない。
自分が口にした言葉が正しかったと証明するように、闇騎士を一方的に攻め立てる。
マリアが手にした切れ味のある剣は、闇騎士の甲冑があっという間にボロボロにし、大剣が握られた闇騎士の右手を斬り飛ばす。
斬られた甲冑の中から血のように黒い靄が噴き出し、闇騎士がよろける。
「トドメよ!」
そしてマリアの握る剣が漆黒の甲冑の胸に深々と突き刺さった。
貫かれた甲冑の隙間からも黒い霧が漏れ出し、闇騎士の身体がガクガクと震え、左手にあった大盾が地面に落下する。
だがしぶとく、大盾を落した左手が、マリアの顔に伸びてくる。
マリアはこれに即座に対応しようとした。
しかしその前に、飛んできた一本の矢が闇騎士の顔面を真正面から射抜いた。
「―――」
兜の隙間を縫うようにして突き刺さった矢によって、赤い光を貫かれた闇騎士は、悲鳴のような金切り音を発する。
「マリア、下がれ!」
矢を放ったネフィーの叫びに、マリアは何かを察し、即座に後方へと飛ぶ。
「大地より吹き出すは、紅蓮の炎」
マリアが飛び去ったと同時に、地面から噴き出した激しい火柱が闇騎士を飲み込んだ。
炎はやがて消え、ぶすぶすと音と立てる闇騎士の甲冑だけがその場に残り、それもすぐに崩れ落ちて灰となった。
闇騎士を倒しきったことを確認し、マリアは振り返り、やや強引に介入してきた二人に対して、何か言いたそうに口を開こうとした。
「ありがとうございました、マリアさん。おかげで危なげなく魔法を使うことができました」
しかし笑顔を浮かべるリンドにお礼を言われてしまい、きょとんとした表情になる。
そんなマリアにネフィーが言う。
「どうだ、マリア。私たちの腕もなかなかのものだろう?」
それで全てを察したのだろう。
マリアが「あはは」と笑い出す。
「そうよね。大事なのは私が勝つことじゃなくて私たちで勝つことなのよね。二人は私が守るべき存在だけど、同時に背中を預けて戦える仲間でもある。……アイツも言っていたしね、私たち三人でフルボッコだって」
マリアの言葉に、ネフィーとリンドが笑顔で頷く。
どうやら俺たちが伝えたかったことをマリアに理解してもらうことができたようだ。
謎の犯人Xによって放り込まれた魔王のダンジョン。この先に何が待っているのか分からない。だからこそ三人で協力することが何よりも重要だということを。
「ありがとうね、ネフィー、リンド。改めてこれからよろしくね」
こうしてマリアは見事リベンジを果たすことができた。
そして何より三人の間に、確かな絆が生まれた瞬間でもあった。
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