6、準備
という訳で闇騎士を倒すための三つのこと。
その一つ目をさっそくマリアに伝える。
『マリアが闇騎士に対して圧倒的に負けているものは一つしかない、何か分かるだろ?』
「装備、剣と盾ね」
『そういうことだ。だからまず一つ目はそれを調達する』
「どうやって……って、まさか……」
『ああそうだよ、お前が思っている通りだ。さっきの場所まで戻って親玉ゴブリンが持っていた剣を回収する』
移動してくる前にマリアが倒した親玉ゴブリンが使っていたのは、なかなか立派な剣でマリアが使っていたなまくら剣より数倍はマシな代物だった。
「でも、そんな恥知らずなこと……」
『お前さっき言ったよな、俺が言うことなんでもやるって? なんだ、あの言葉は嘘か? ネフィーたちを守るって言った言葉も適当か?』
「そんなわけないでしょ!」
『ならやれ。嫌だと思ってもやってもらうぞ』
ニヤリと笑う俺の言葉に、マリアが心底悔しそうに歯ぎしりをする。
「嬉しそうに言わないでくれる。アンタ、本当に最低な性格ね」
抵抗の意思を示すように皮肉めいたことを言ってくるが、そんな言葉は痛くもかゆくもない。むしろ、そんな反抗的なお姫様に無理矢理言うことを聞かせるのはちょっと楽しいと思い始めているのは、ここだけの話である。
という訳で、そこからしばし二手に分かれて別行動を取ることになった。
マリアとネフィーは先ほどの地点まで引き返し、剣を回収。リンドは一人、水場傍に張った結界内で待機することになった。
これはそれなりの距離を急いで引き返す為に子供の足では大変だという判断からだ。
先ほどマリアが意識を失っている間に結界に関して詳しく聞いたが、結界とは、結界石と呼ばれる特別な石を媒体にして張られる防壁であり、外敵から姿を隠し、その侵入を拒む魔法の一種であるそうだ。さらにその結界を張ったのが《魔道を終わらせる者》と呼ばれる天才魔法少女なのだから、その強固さは折り紙付きとのことだ。
「お気をつけて」
リンド見送られ、足早に出発するマリアとネフィー。
その様子を密室から見ていた俺は、予め動作を確認しておいたマイクの台座にある【3】のボタンを押す。
『リンド、何かあったら言ってくれ』
「分かりました」
マイクの番号を押すことでそれぞれ個別に話せるので、今回のような別行動にも対応できる。ちなみに【2】がネフィーだったので、必然的に【1】はマリアとなる。また、ボタンを二つ同時に押すことで二人にだけ話すことも可能であることも実証済みだ。
「……ふーん、なるほどな」
さらに密室内で映像を見ていて、また新たな発見があった。
それは16枚の映像が、三人の別行動に対応して自動的に振り分けられたということだ。これまで三人を映していた映像は一定間隔で自動的に映り代わり、三人をそれぞれ映していた三枚はそのまま。ただ周囲を監視する12の映像のうち、一人残るリンドの周囲に4つ、先ほどの地点に引き返す為に移動するマリアとネフィーに8つ。それぞれ分割されている。当然、三人の時とは映像の見え方も範囲も違ってきているので、今後の為にも、その辺りの違いも把握しておく必要があるだろう。
攻略本の地図を見ながらナビゲートする俺の指示に従い、敵に遭遇することなく先ほどゴブリンたちと戦闘した地点まで戻ってきたマリアとネフィー。
そしてさっそく嫌がるマリアに、親玉ゴブリンの死体から目的の剣を剥ぎ取らせた。
『よし、次は手ごろな盾を手に入れるぞ』
「そうは言うけど、盾なんてどこにも落ちていないわよ?」
『ならやることは一つしかないよな?』
密室の中で楽しげに尋ね返す俺の声色に、マリアの顔が青くなる。
「まさか……」
『そうだよ。これからこの階層を徘徊しているゴブリンを見つけ出して、手当たり次第に倒し捲る。ゴブリンが良い盾を落すまでな』
「嘘でしょ! なんて最低なことを考えるのよ! このろくでなし!」
『だけどマリア。お前さっき、なんでもやるって言ったよな』
「ううっ……言ったけどぉ」
『じゃあ、やるしかないよな』
邪悪な笑みを浮かべ囁くように語りかける俺の言葉に、ぷるぷると涙目を浮かべながらイヤイヤする、マリア。
こちらを散々罵声してくるが、結局は俺の言うことに従うしかない。そんなお姫様の姿を眺めていて思う。
うん、なんだか想像以上に楽しいな、これ。
「ではフウセイ、余計なことは考えずしっかりと私たちを導いてくれよ」
そんな悦に入り始めていた俺に対し、同行するネフィーが冷やかな声色を浴びせてくる。おかげで正気を取り戻すことができた。危ない危ない、危うく新たに見つけた楽しみにハマるところだった。しばらくは自重することにしよう。
――という訳で、良さそうな盾を獲得する為のゴブリン狩りがはじまったのだが、幸いにも標的となるゴブリンの一団をすぐに発見することができた。最初に見つけた集団の中にいた体格のあるゴブリンが立派な盾を持っていたのだ。俺の報告を聞いたマリアとネフィーはこの一団に襲い掛かり、瞬く間に連中を殲滅。
『これで盾もゲットだな』
しかし盾を手に入れたはずの本人は、この世の終わりのような表情を浮かべながら、盾を指で摘まみ上げている。
「もうイヤ。本当にイヤ。こんな汚らしくて持ちたくもない」
涙目を浮かべるその姿は、視ているだけで楽しい。
目的を果たした二人は、俺のナビに従い、リンドの待つ川辺にある結界へと引き返す。
そんな二人を、リンドが笑顔で出迎える。
「お疲れ様でした。よかったら飲んで下さい」
「これは?」
「干し肉を使ってスープを作ったんです」
リンドは結界内で大きめの石を組んで土台を組み、水を汲んだ鍋を乗せて、魔法で火を焚き、道具袋に入っていたという鍋でスープを作っていたのだ。同じく道具袋に入っていた木の器に入れたスープを、二人は「ふぅふぅ」しながら口に運ぶ。
「美味いな」
「本当ですか! 良かったです」
「リンド、あなた小さいのに料理ができるの?」
「それほど難しくはありません。きちんとレシピに従って作るだけですから、魔法薬を作るのと変わりません」
なんというかいかにも魔法使いっぽい発言であると思った。
『そういうマリアは料理なんてできなさそうだな』
「当たり前じゃない。料理は料理人が作るものよ」
どうやらお姫様にはこの手の皮肉がまったく通じないようである。
「他にもありますよ。近くに実を付けた木が生えていたので取ってきました」
リンドはそう言って、丸みのある果実を二人に差し出す。
「こんな地下なのに木が生えているの?」
「ケケセラの樹です。暗い水辺に群生する樹です。その実は水気が多く、仄かに甘味もあります。あと川の中に魚もいましたよ。……まあ、これは取れませんでしたけど」
「それなら私がやろう」
立ち上がったネフィーは、そのまま川岸に立つと、弓を構える。
そして川に向かって矢を放つ。矢はすぐに浮かんできた、貫いた魚と共に。
「す、すごいです! ネフィーさん! 早速、焼き魚にしますね」
リンドが魚の下ごしらえをしている間、ネフィーはケケセラの実を齧り、マリアはゴブリンから手に入れた剣と盾をこれでもかというほど、川の水で洗っていた。
「あー、もう、なんだか匂いが残ってそうでヤダ」
それにしても三人がいるのは魔王のダンジョンのはずなのに、木の実を取ったり、魚を取ったり、意外と充実しているようだ。
ダンジョンというより地下世界。マリアたちの世界の魔王とやらは、いったいなんのために地下深くにこんな広い空間を作ったのだろうか?
ほどなくしてリンドが下ごしらえをした魚が焼き上がり、マリアたちが美味しそうに齧り付く。
非常に美味そうである。
「それで? アンタの言う通りに剣と盾を調達しただけど、他にも闇騎士を倒すためにやることが二つあるんでしょ?」
『ああ。だが後の二つは別に難しいことじゃない。戦いにおいて極めて基本的な行動をするだけだ』
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