5、プライド
「気が付いたか?」
ようやく目を開けたマリアがゆっくりと口を開く。
「……ここは?」
「目指していた水場の傍だ。リンドが結界を張ってくれた。ここなら安全だ」
マリアの顔を覗き込んだネフィーが応える。
「私……生きているの?」
「ああ。さっそく貴重なエスト薬を一本消費したがな。まったく大した薬だよ。あれだけの傷が一瞬にして綺麗に消えてしまうんだからな」
そう言って、空になった小瓶を掲げる、ネフィー。
マリアは上体を起こし、自らの身体を見下ろす。
ネフィーの言う通り、その美しい肌には傷一つ残っていない。あるのは、闇騎士によって割かれた服だけ。
だがそれこそが、マリアが闇騎士の大剣を浴びたという何よりの証拠だった。
「マリアさん、よかったです」
ホッとした表情で近づいてきたリンドが、マリアの首に手を回して抱き着く。
その頭を優しく撫でながら、マリアが口を開く。
「どうなったの、私?」
沈んだ声で尋ねられ、ネフィーもリンドも俯いてしまう。
『闇騎士にやられたんだよ』
だから俺がマイクを通してそれを伝えた。敗北したという事実を言葉にし、それをマリアに付きつける。
沈黙が続く中、ネフィーが言葉を繋ぐ。
「マリアが斬られたのを見て、私とリンドが介入したんだ。リンドが魔法で相手の足止めをしている間に、私がマリアの口にエスト薬を流し込み、そのまま抱えて逃げ出した。凄かったぞ、リンドの魔法は。地面から吹き上がる火柱というのを始めてみたよ」
リンドの魔法によって地面から吹き出した巨大な炎の柱。あれはもはや柱などではなく噴火と表現しても遜色ない。流石は天才魔法少女といったところだ。
「負けたの? この私が?」
呻くような声と共に、地面に拳を叩きつけるマリア。
その姿に、ネフィーもリンドも何も言えない。
だから俺が言う。
『負けて当然の勝負を挑んで何を悔しがってんだよ』
「なんですって?」
顔を真っ赤にしたマリアが周囲を睨みつける。
「許さない! 今すぐ出てきなさい! その首を刎ねてやる!」
『だから俺はどこかの密室に閉じ込められているんだよ。それによしんばお前の前に出ていったとして、いったいお前はどうやって俺の首を刎ねるっていうんだ?』
憤慨するマリアが無意識に隣の地面に手を伸ばす。しかし当然、そこに剣はない。マリアが使っていた剣は先ほどの戦闘で折れ、打ち捨てられてきている。盾も同じだ。
虚空を掴んだマリアが、悔しそうに唇を噛む。
そんなマリアを俺は鼻で笑う。
『なんだよ、さっきのアレは? 自分から敵の前に姿を晒して自分の名前を叫んで。騎士道ってやつか? それで無様に負けるんだから世話ねぇよな。白盾のマリアだかなんだか知らないが聞いて呆れる』
「あんなヤツ、ちゃんとした剣と盾があれば負けなかった!」
マリアが叫ぶ。その目の端にはうっすらと涙すら浮かんでいるが、一切容赦しない。
『それがないのに飛びだしたのはお前のだろうが』
「くっ!」
『なんで負けたのかって? 単純だよ。自分の力を過信して、装備も碌に揃えずに、相手の力量を見誤って突っ込んだ、お前のミスだ。全部お前が悪い。文句のつけようもないくらい完璧にお前ひとりの責任だ』
悔しさでぷるぷると震えるマリアに向かって、容赦なく辛辣な言葉を浴びせ続ける。
「フウセイ、それくらいにしろ」
『いや、止めないね。生憎と俺は怒っているんだ』
「アンタが何を怒るっていうのよ!? 無様な私を罵んで楽しんでいるだけじゃない!」
どこにいるか見えない俺に対して反抗的な瞳を向けるマリア。
『別にお前が悔しがっている姿なんてみても何にも面白くもなんともねぇよ。俺が怒っているのはな、お前のせいでネフィーとリンドが死にかけたからだ』
そこでマリアがハッとなる。
『さっきネフィーは簡単に言っていたが、弓使いと魔法使いが大剣を持った騎士の前に飛び出す危険を分からないお前じゃないよな?』
二人を交互に見るマリアに俺は続ける。
『実際かなり危険だった。特にお前が斬られて真っ先に飛び出したリンドは本当にヤバかった。魔法の詠唱が間に合わなかったら斬り殺されていてもおかしくはなかった』
「だ、大丈夫でしたよ、マリアさん。ちゃんと間に合うって思っていましたから」
『その割には、生み出した火柱の後ろで腰を抜かしていたけどな』
地面に倒れたマリアに闇騎士が止めを刺そうと大剣を振り下ろそうとしたタイミングと呪文を唱えるリンドがその間に割って入ったのはほぼ同時だった。あとほんの少し呪文を唱えるのが遅かったら、リンドは頭から大剣を振り下ろされていただろう。
まさにギリギリだったと言わざるを得ない。
『騎士っていうのは誰かを守る存在じゃないのか? それなのに守るどころか危険に晒すなんて、笑わせるな』
「視ているだけの……ただ視ているだけのアンタに言われる筋合いはないわよ」
絞り出すような声で反論してくるも、その姿には先ほどまでの勢いはない。
そんなマリアの姿を密室の中で見てしまい、マイクのスイッチを放す。
「……視ているしかないから俺が言ってんだよ」
今、自分に対して心の底から苛立たしく思っているのは俺自身だ。
だからせめて言わなければならないことは全て俺が言う。
そう思い、改めてマイクのスイッチを押す。
『今回の一件は自分勝手に動いたお前のミスだ。二人に迷惑をかけた、それは自覚しろ』
「……ごめんなさい、ネフィー、リンド。私が愚かだったわ」
二人に対して素直に謝罪の言葉を口にするマリア。
まったくこいつは頑固なんだか、素直なんだか。
そして当然、俺に対する謝罪はない。まあいいけど。
『とりあえず反省が終わった所で、これからのことに関して提案がある』
「? なによ?」
「今後はあの闇騎士に関わるのは止めよう。幸い、俺は連中の接近を先んじて知ることができる。今後は奴らが近づいてきたら隠れてやり過ごす。勝てない相手に余計なリスクを背負う必要は……』
「ダメよ」
俺の言葉をマリアが遮る。
『……なんだと?』
「このまま逃げるなんてありえない。私のプライドが絶対に許さない!」
『お前、また、そんな自分勝手なことを……』
「それにアイツはこのダンジョンにぞろぞろいる雑魚敵の一人でしかないんでしょ? そんなヤツにイチイチ逃げ回っていたら、この先に進むなんて出来やしない」
『……』
「だから今度こそ私がアイツを倒す。そして今度こそ私がネフィーとリンドを守れると証明してみせる」
マリアの真っすぐな気持ちと言葉に、ネフィーとリンドが微笑む。
「フウセイが言っていたぞ、『マリアが一人で闇騎士に立ち向かおうとしたのは、一緒にいる私たちを安心させようとしたかったからじゃないか』とな」
「アイツが……そんなことを……」
「そうなのか?」
「……ごめんなさい、逆に不安にさせてしまったわね。だけど次は必ず……」
そう顔を上げたマリアの言葉を、ネフィーが手で遮る。
「まだ出会ったばかりだが、マリアならきっとそう言い出すと思っていた。だから私たちはどうすればマリアが闇騎士に勝てるか話し合っていたんだ」
その言葉にマリアが苦笑する。
「ネフィーたちには私の行動はお見通しだったみたいね」
「ちなみに言い出したのは、私たちではなくフウセイだがな」
途端、何とも言えない表情で口を噤んだお姫様は、どこか罰が悪そうに周囲を見渡しながら、どこにいるか分からない俺に向かって、ぼそりと呟く。
「それで? ……どうすればいいの?」
密室内の映像でそれを見ていた俺は口角を上げる。
『やることは三つある。マリア、お前にはその全部をやってもらう』
マリアはしばし考え、コクリと頷いた。
「いいわ。なんだってやってあげるわよ」
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