4、探索開始、そして魔王のダンジョンに相応しい雑魚敵との遭遇
話が纏まり、さっそく出発することになったのだが、エルフのネフィーが手を上げる。
「すまないが、矢を回収させてくれ」
そう言って、先ほど全滅させたゴブリンたちの死体を漁り出す。
「そんな追剥みたいこと止めなさいよ。しかも汚らわしいゴブリンのモノを奪うなんて」
お姫様であるマリアが露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「矢には限りがある。私だってこんなことはしたくないが、この状況だ。手に入れられるのなら、それにこしたことはない」
ヘッドショットで頭を射抜かれた弓ゴブリンたちが背負っていた矢筒から状態の良い矢を抜き取っていく。その様子を見ていると、もしかしたらこうして矢を手に入れる為に、弓ゴブリンが矢を放つ前に仕留めたのかもしれないと邪推してしまう。
「このナイフも貰っておくか」
さらに落ちていたナイフとゴブリンの腰にあった鞘を取る。
『マリアも剣の切れ味がどうとか言っていたんだったら、さっき倒したヤツの剣を貰ったらいいんじゃないか?』
先ほどマリアがぼやいていたことを思い出し提案する。
「ふざけたことを言わないでくれる? この私がそんなことする訳ないでしょ」
王女であり聖騎士としてのプライドからか、本気で嫌そうな表情を浮かべる。
だけどそれを言ったら、今お前が使っている剣も、誰だか分からないXが用意した剣なんだけどな、と思ったのだが黙っておく。口に出したら間違いなくキレられる。
「待たせたな、出発しよう」
一人、武器の補給を終えたネフィーが戻ってくる。
Xから支給された大きな道具袋の中身を確認していた天才魔法少女のリンドもそれを背負い(一人だけリュックのようになっている)、準備万端。
『とりあえず下に進む階段までの方向を指示すればいいか?』
「いや、まずはこの階層をくまなく調べたい。ダンジョンの特徴が分かるかもしれないし、何よりマリアを信用させたい」
ネフィーの返答を聞き、なるほど、と思う。
どうやら俺に対して敵愾心丸出しのマリアをダシにして、俺が提供する情報を精査しようということらしい。上手い言い方だ。流石は知的で狡猾なエルフといったところか。
『ならまずは……今、マリアが視ている方に向かってくれ。その先に水源があるはずだ』
「あっちか?」
ネフィーの指差す方向を見て、「ああ」と答える。
「そういえば、先ほど攻略本に地図が載っているという話だったが、そもそもフウセイには今、私たちがその地図のどこにいるのか分かっているのか?」
『いや。ネフィーたちの周囲に見える風景や岩陰から推測しているだけだ。もしかしたら違っているかもしれないが、まずは位置確認をする為だと思って従ってほしい』
「分かった」
こうして歩き出した三人。
一方の俺はといえば、相変わらずどこかの密室内でベッドに座り、攻略本片手に映像を見ているしかない。
だがそんな中で、歩き出した三人の動きに合わせて、壁に映し出されている16枚の映像が変化し始めたことに気が付いた。
その様子を観察し、その法則性も理解する。
まず前提として、この16枚の映像は三人の周囲を広く網羅している映像のようだ。
三人を中心とした映像が1枚。それぞれ各人を俯瞰する映像が3枚。さらにその周囲、それぞれの方角にある離れた場所を映す映像が12枚。
これら計16枚の映像により、密室内で映像を見ている俺は、三人を中心としたかなり広範囲の様子を知ることができるようになっているようだ。
映し出された映像と攻略本に描かれていた地下20階層の地図を照らし合わせる。
三人が歩く魔王のダンジョンは、狭く入り組んでいるという様子はまったくなく、むしろ大空洞内にある地下世界といった感じだ。
「フウセイ、端の壁が見えてきた」
ネフィーの声を聴き、攻略本の地図を差した指を動かしながら次の指示を出す。
『そのまま壁沿いに左に進んでくれ。そうすると地下水が流れる川があるはずだ』
三人の道のりは順調だ。最初のゴブリンから今のところ敵の気配もない。
途中、三人は休憩を挟み、道具袋に入っていた携帯食の干し肉を齧ったりしているのだが、それがとても美味しそうに見える。
再び出発。だがすぐにマリアが立ち止まった。
「何かしら、あの穴?」
マリアが見つけたのは、壁の下の方にあった狭い穴だった。
『ゴブリンたちの通り穴かもしれないな』
「どういうこと?」
『攻略本によると、ここは魔王が作った密閉されたダンジョンだったそうなんだが、長い年月を経て、外部からの隙間が生まれたらしい。その原因は巨大樹の根だそうだ』
「あれね」
高い天井を見ていたマリアが、壁の所々からはみ出している太い樹の根を指差す。
というかデカい。映像を通しているせいで現実味が薄いが、根っこだというのに大木くらいの太さがある。明らかに普通の大きさではない。
「あれが神樹の根だというのなら、このダンジョンがある地域は限定できるな」
「アクラマーナ、レブリス、ジュザのいずれかね」
「ですが、その近くとも断定できませんよ。神樹はとても大きいですから」
驚いているのは俺だけのようで、三人は当然のように会話をしている。
『神樹って?』
「天に到達するほど高く聳える3本の世界樹で、アルタジスタ大陸の象徴だ」
『そんなモノまであるのか。まあとにかく、そんな巨大樹の根が地下深くにあるダンジョンまで伸びたらしく、その軋轢で本来の入り口とは別の隙間が生まれたらしい』
「ならこの穴、もしかしたら上に繋がっているかもしれないわね」
未だにダンジョン攻略を渋っているマリアがそんなことを口にする。
「だがこの穴は大分狭いぞ。せいぜい小さなリンドがギリギリ通れるか通れないかくらいだ。それにもしこれがゴブリン共の使っている穴なのならば、連中がこの中を張って移動してきたということになる。きっと穴の中は奴らの体臭と粘液だらけだろうな」
「やっぱり止めて、階段を探しましょう」
ネフィーの言葉を聞いて、さっさと歩き出すマリア。
「フウセイ、先ほどのお前の話を聞く限り、つまりゴブリンたちは最初からこのダンジョン内にいた訳ではないということか?」
『ああ。さっきの穴みたいな隙間を通って外から侵入くるらしい。だから元来、このダンジョンを徘徊している雑魚敵は別にいるそうだ』
「雑魚敵?」
『ダンジョンへの侵入者を排除する番人たちだそうだ。魔王の力によって魂を与えられ生み出された甲冑の騎士。攻略本には【闇騎士】と書かれている』
「へぇ、魔王が生み出した騎士なんてものがいるのね」
初めて知ったらしく映像の向こうでマリアが興味の色を示している。
そんな中、映像を眺めていた俺は、それに気づきハッとなる。
『三人とも隠れろ』
俺の言葉を聞いて、すぐに三人は近くにあった岩陰に隠れる。
「どうしたの、何があったの?」
『ゴブリンが近づいてくる』
「何よ、ゴブリンくらい」
『いや、ただ近づいてきているんじゃない。逃げているんだ』
マリアが映る映像の隣、ここより離れた場所を映した別の映像の中を、一匹のゴブリンが必死の形相で逃げている。
なにから?
背後から迫る漆黒の甲冑を纏った騎士からだ。
刃渡りのある大剣を肩に担ぎ、重厚そうな大盾を持つ漆黒の甲冑の騎士は、必死に逃げるゴブリンを規則正しい足取りで淡々と追いかける。持っている大剣と大盾の重さなどまるで感じさせず、追いかけるペースは不気味なほど変わらない。
そんな騎士から逃げていたゴブリンだったが、足をもつれさせ地面に転がる。
慌てて立ち上がろうとしたが、その時には騎士の兜の隙間から覗く、一つの赤く不気味な光に見下ろされていた。
まるで瞳のように蠢く赤い光に委縮するゴブリン。そして無情に振り下ろされた大剣の一振りによって、その首は宙に舞い、残った身体は地面に崩れ落ちる。
動かなくなった死体を見下ろす騎士。侵入者を処理したと言わんばかりのその動きには、まったく生気が感じられない。
直感的に理解する。ヤツこそ魔王によって偽りの魂を込められた闇騎士なのだと。
『これがこのダンジョンの本当の雑魚敵ねぇ。ゴブリンとはまた随分と差があるな』
映像の向こうに映るその姿を目の当たりにし、思わず本音が零れる。
岩陰に隠れるネフィーとリンドもまた、闇騎士の姿に難しい表情を浮かべている。
だがそんな中、俺たちとはまったく別のことを考えていたヤツがいたらしい。
マリアである。
「? どうしたマリア?」
「大丈夫だから二人とも安心して」
立ち上がったマリアは、戸惑うネフィーたちに笑顔を向けると、一人岩陰から出て行く。この行動には他の二人もただただ驚き、その後ろ姿を見送るしかない。
『お、おい。何も自分から出て行くことは……』
「生憎と敵の騎士を前にして、こそこそ隠れるのは私の趣味じゃないの」
闇騎士の首がゆっくりと動き、兜の隙間から覗く一つ目のような赤い光がマリアを捉える。
あいつ、何を考えているんだ? アホなのか? アホなお姫様なのか?
一瞬そう思ったが、すぐに別に考えが頭を過る。
マリアの実力があれば、コイツも倒せるんじゃないか?
「我はリセシア王国の聖騎士マリア。名乗る名があれば名乗ってみなさい、魔王の騎士!」
騎士道というヤツなのか、律儀に名乗りを上げるマリア。
だがもちろん、闇騎士がこれに応じることなく、問答無用でマリアに襲いかかる。
当然と言えば当然、だって相手は雑魚敵だし、そもそも名前があるかも怪しい。
闇騎士は右手に持った大剣を軽々と振り上げる。その迫力に普通なら物怖じしそうなモノだが、マリアはまったく臆することなく、剣と盾を構え、これに応じる。
振り下ろされた大剣の一撃をマリアの盾がいなそうとするも、強烈な一撃で、マリアの盾に火花が散り、態勢が大きく揺らぐ。
だがそれでも、まっすぐに突き出されるマリアの剣。
初撃こそ闇騎士が左手に構える大盾によって阻まれたが、軽やかなフットワークで次々と剣撃を放ち続けるマリアは、相手の大剣をかいくぐり、大盾の守りを縫うようにして、ついには相手の甲冑に鮮やかな一撃をお見舞いする。
――だがその一撃は、空っぽの甲冑を叩くような振動音を響かせただけだった。
まるで何事もなかったかのように闇騎士が剣を振り続ける。
親玉ゴブリンとの時と同じく、闇騎士の繰り出す激しい攻撃を、マリアは盾さばきと身のこなしでかいくぐり、逆に次々と剣撃を叩き込んでいく。
「くっ」
しかし状況は親玉ゴブリンの時とは、まったく違った。
マリアの剣撃は、大盾の守りの隙を突いたとしても、その甲冑に傷を付ける事すらできないのだ。
『マリア、分が悪い! ここは一度逃げろ!』
闇騎士の一撃を盾で防ぎながら間合いを取るマリアに向かって思わず叫ぶ。
「逃げる? この私が?」
マリアの視線が動く。その先には、岩陰から心配そうに見つめるネフィーとリンドの姿があった。二人の表情を見て、マリアが黒騎士を睨む。
「絶対にあり得ない! 私は逃げない! 必ずこいつを倒してみせる!」
叫びと共に強情に剣を振るい続けるも、やはり敵の甲冑には傷一つ付かない。
逆に闇騎士の大剣がマリアの盾を勢いよく弾き、その一撃にマリアの姿勢が大きく崩される。さらに良く見るとマリアの鉄製の盾も酷く拉げており、今にも壊れそうだ。
パキン
だがそれよりも先に壊れたモノがあった。
闇騎士に向かって勢いよく振り抜かれたマリアの剣である。
まったく斬れないとぼやいていたXが用意したなまくらの剣が、刃の途中から見事にポッキリと折れてしまったのだ。
「なっ!」
剣が折れた動揺が、マリアの動きを明らかに鈍くする。
『避けろ!』
その動揺は闇騎士の前では致命的であった。機械的に振り続けられる大剣の斬撃をさばき切れることが出来ず、ついにその一撃がマリアの身体を切り裂いた。
「……嘘、でしょ?」
鎧など着ていなかったその体から真っ赤な鮮血が飛ぶ。
白盾のマリアは地面に膝を突き、そのまま崩れ落ちるように倒れた。
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