3、ここはいったいどこなのか?(2)

『なあ、お前たち三人が、別の異世界にいるってことは考えられないか?』


俺の考えを聞いて、「ふむ」とネフィーが頷く。


「異界の住人であるフウセイがいるのだから、我々三人がどこか別の異界に飛ばされた可能性があってもおかしくはない、ということだな。しかし残念ながらそれはなさそうだ。私たちがこの場所で見つけた道具は私たちの世界の物だし、何より先ほど倒したゴブリンたちが持っていたある物が、ここが私たちの世界であると証明している」

『ある物?』


 ネフィーは先ほど戦闘があった場所まで戻ると、ゴブリンの死体の傍に落ちていた一枚の銅貨を拾い上げる。


「おそらくどこかで旅人からでも奪っただろう。ジェル硬貨、これは私たちの住むアルタジスタ大陸で流通している通貨だ」


 ネフィーが差し出した銅貨を見て、マリアとリンドが「そうだ」と頷く。


『つまりそこは、ネフィーたちの住むアルタジスタ大陸のどこかにあるダンジョンの中ということで間違いない、ということか』

「そしてこの場所がかつて実在した魔王が作ったダンジョンであるかは未だに疑わしい」

『らしいな』

「なんだ? 随分と素直に受け入れたな」

『反論しようがないだろ? 流通貨幣が証明しているなんて明確な証拠を提示されたら』


 そう素直な感想を伝えると、ネフィーは「そうか」と答えながら、何故か楽しそうな笑みを浮かべる。


「ここが私たちの世界であるなら、これ以上問題はないでしょ。ノゾキ変質者は放っておいてさっさとこんなダンジョンから脱出しましょう」


 俺たちのやり取りを聞いていたマリアが、変わらぬスタンスでそう言い切る。


「で、でも、私たちはこのダンジョンに対して何も知りませんよ」

「そうね。だけど私たちをここに連れてきたXは、私たちにこのダンジョンを攻略させるのが目的なんでしょ? なら今いる地点はダンジョン内でも比較的浅い階層に違いないわ。だったらわざわざ言うことを聞いて、一番下まで潜る必要はない。さっさと引き返して、地上へ向かった方が早いに決まっているもの」


 この至極もっともな意見に、リンドは口を閉じてしまい、ネフィー「確かに」と頷く。


「とにかく! 私はアイツの為になるようなことをするなんてまっぴらなの! 絶対、絶対に嫌なの!」


 心底嫌われている感が半端ない。逆にここまでくると怒りや戸惑いを通り越して、楽しくなってきた。しかも、そんなお姫様に対して、これからもっと嫌われそうなことを言わなければならないらしい。


『マリアの考えは正しいと思う。だが残念ながら、Xの方が一枚上手だったようだ』

「? どういう意味よ?」

『どうやらマリアたちは、そのダンジョンのかなり奥にいるらしい』

「……なんですって?」

『マリアたちがいるのは地下20階層。しかも上に行く階段はないそうだ』

「な、なによ、それ! 適当なこと言うんじゃないわよ!」

『攻略本にそう書いてあるんだよ』


 冗談でもなんでもなく、本当にそう書いてあるのだ。しかもご丁寧にここより上の階層の情報はないときている。


「フウセイ、なぜ上層への階段がない?」

『えーっと、なんでも魔王の侵入者避けの罠らしく、地下20階層より下に入ると、自動的に上へ戻る階段が消えるそうだ』

「じゃあ出られないじゃない!」

『いや、そうでもない。どうやら最下層に行けば外に転移出来る魔法装置があるらしい』

「最下層って何階よ?」

『攻略本によると地下27階らしい』


 さて問題です。上に行く階段がない地下20階から地上に向かうのと地下27階まで潜ってダンジョン攻略するの、いったいどちらが建設的な選択でしょうか?


「どうやら私たちは最下層に行くしかないみたいですね」


 一番幼い少女でも分かる回答に、『そうらしい』と密室内で苦笑する。

ここまでの俺たちのやり取りを予想していたとしか思えない犯人Xの準備の良さと狡猾さには、正直、脱帽といった気分である。


「ちょっとアンタ。適当な嘘吐いているんじゃないでしょうね?」

『そう思われても仕方がないが、残念ながらXが用意したヒントにはそう書いてある』

「……最低な気分ね」

『だが悪い情報ばかりじゃない。攻略本には地下25階層までの地図は載っている』

「つまりそこまでは、フウセイによる的確なナビゲートが期待できるという訳か」

『そういうことだ。まったく準備がいいね、Xさんは』


 結局、Xが思い描くシナリオ通りに進んでいく状況に、ついついため息が零れる。


「仕方ない。フウセイの言葉を信じて、この階層を調べてみることにしよう」


 ネフィーの提案に、リンドも「そうですね」と頷く。

 しかし当然、それでは終わらない。


「はぁ? なんでよ! 私は嫌よ、あんなヤツの言いなりになるなんて!」

 断固拒否の意向を示すお姫様が全力で反対するからだ。

「まあ、落ち着け、マリア」

「私は落ち着いているわよ!」

「フウセイ、マリアを説得するからしばし時間をくれ」


 ネフィーはそう言うと、マリアを手招きし、リンドの肩を抱くようにして自分の傍に引き寄せる。

 そして三人は小声で話を始める。


「何考えているのよ、ネフィー。あいつの言葉を鵜呑みにするなんて?」

「鵜呑みになどしていないさ。私も全面的にあの男を信用している訳ではない。むしろフウセイこそが私たちを誘拐してきた犯人Xである可能性すら疑っている」

「そうに決まっているわ!」

「だが忘れてはならないことが二つある」

「? それは?」

「まず一つ、犯人Xは相当な実力者であるということだ。どんな手段を使ったかは分からないが、《白盾のマリア》と《魔道を終わらせる者》をこうして攫うことに成功している。私も気配察知には自信があったが、就寝中とはいえXの接近を容易く許し、気が付けばこの場所に連れてこられていた。それをやってのけたXの力量は測りしれない」

「確かに、その通りね」

「その犯人Xがフウセイだった場合、一筋縄ではいかないだろう」

「なによそれ? 変態の癖に実力者って最低すぎるじゃない」


 マリアが心底嫌そうな顔で呻く。


「同感だ。もし本当にそうだったらな」


 あくまで可能性だと示唆するネフィー。


「ネフィーさん、もう一つは?」

「一つ目にも繋がることだが、フウセイの居場所が分からないということだ。……いや、正確にはフウセイがどこに隠れているのか、私たち自身が見つけられていない」

「で、ですけど、それは風星さんが言ったように、どこか閉じ込められた部屋の中から遠見の魔法か何かで……」

「もしそれがフウセイの吐いた嘘だったら?」


 リンドは一瞬言い淀むも、すぐに反論する。


「で、ですが、現に私たちより先にゴブリンを発見して教えてくれました」

「もしフウセイがここから離れた場所で、私たちの様子を伺っているだけなら、その近くを通りがかったゴブリンの存在に私たちより先に気付くことは可能だ。あるいはゴブリンをけしかけたのがフウセイ自身などということも考えられる」


 ネフィーの言葉に、リンドはなんとも言えない表情を浮かべ黙ってしまう。


「もちろん、今のも可能性の話だ。ただこの状況において、唯一確かなことがある。それは私たちがフウセイに一方的に監視されている、ということだ」


 その言葉に、リンドは俯き、マリアは周囲に目を向ける。


「我々がフウセイの姿を確認できていないこと、何よりこのダンジョンに関する情報をフウセイだけが握っていることを考えても、今は明らかに向こうに分がある。だから私は信用したフリをしよう、と二人に提案したい。情報を引き出し、フウセイの居場所を探る為にな」


 ニヤリと笑うネフィーの提案に、マリアが「なるほど」と頷く。


「ネフィーの考えは正しいと思う。私としては癪だけど、確かに今はそう振る舞うのが得策かもしれないわね」


 信用するフリをして、俺がボロを出すのを待つ。

 マリアを納得させる為の方便か、あるいは本心か?

 どちらにしても、その選択は現時点においては最も有効的な手段だろう。

 俺の言葉が本当であったとしても嘘であったとしても。

 どうやらネフィーは、なかなかの策士であるらしい。

エルフだからなのか、はたまた本人の性質なのか?

 ただネフィーたちにとって残念なことがある。

 それは三人のこそこそ話が、全て俺に筒抜けである、ということだ。

 どうやらネフィーたちは、俺が三人の右耳にある黒いイヤリングを通して語り掛けていることに気付いていないらしい。先ほどからの様子を伺っていても、どこか離れた場所から声を響かせていると思っているようだ。

 なんにしてもこの状況で信頼関係を築くことは重要だ。極力隠し事はなしにした。

 三人に魔法のイヤリングのことを教えよう。


「いいわ、それでいきましょう。あの変質者、顔を出したら即座にギッタギッタにしてやるんだから」


……そう思ったが、嬉しそうに拳を握るお姫様の表情を見て、考えを改めることにした。教える気が失せたというのもあるが、それ以上に、いったいこのお姫さまが、どうやって俺を信用したフリをするのかに興味が沸いたからだ。

 こそこそ話が終わり、顔を上げたマリアが周囲を見渡し、どこからか視ているであろう俺を意識しながら咳払いをする。


「まあ仕方がないから、当分はあなたの言うことを信じてあげることにするわ。涙を流して喜びなさい」


 どうやらこれがお姫様の最大限の譲歩の姿勢であるらしい。

 しかしこのお姫様は、なんでもかんでも偉そうに言わないと気が済まないのだろうか? それはお姫様故なのか、はたまた本人がそういう性質なのか?


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