3、ここはいったいどこなのか?(1)

 という訳で、改めて今、自分がいる状況を三人に説明する。


「……なるほど。つまりアンタも私たちと同じように何者かによって攫われてきて、今は出口のない部屋に閉じ込められている。そしてそこから私たちのことを見ていると」

『そういうことだ』

「信じられないわね」

『信じろよ! というか速攻で否定するなよ!』


 本当に腹立つわ、このお姫様!

 そんな中、顎に手を当て、考えを巡らしていたエルフのネフィーが口を開く。


「フウセイ、お前には私たちの周囲の状況が見えていると言ったな?」

『ああ。えーっと、分かりやすく例えると、壁に16枚の額縁が飾ってあって、それぞれにネフィーたちや、その周囲の様子が映し出されているんだ』


 この説明で伝わるか?


「遠見の魔法ということですか?」


 そう口にしたのはリンドだった。


『遠見の魔法というと?』

「離れた場所の様子を見ることが出来る魔法です。特定の媒体に、見たい場所の様子を映し出すことができるんです」

「私もリリィ姉様が水精霊の力を借りて同じようなことをしているのを見たことがある。あの時は集落内の池に、遠く離れた森の様子を映していた」

「ウチの城にもあるわね。遠見の水晶と言って、近隣国の王族とやり取りするのに使われているわ。かなり希少なモノで、特定の場所としかやりとりできないけどね」


 どうやらマリアたちの住んでいる場所にも、そういったモノがあるらしい。気を使った説明をしたつもりが杞憂だったようだ。


「なんにしても、アンタはどこからか汚らわしい目付きで私たちのことを監視しているって訳ね」

『だから人を変質者扱いするのは止めてくれ』


 どうやらこのお姫様には、とことん嫌われてしまっているようだ。

 そんな不機嫌そうなマリアに代わり、ネフィーが尋ねて来る。


「フウセイ、つまりお前の目的は、メモに書かれた内容に従い、私たちにこのダンジョンを攻略させることなのだな」

『この密室から出るにはそうするしかないらしいからな』

「なるほど。それで? 私たちがいるのは、いったいどこのダンジョンなのだ?」

『分からない』

「分からない?」

『ついでに言えば、俺には目の前の映像の中にいるお前たちのことがさっぱり分からない。生憎とこれまで人生の中で、エルフやらゴブリンやら聖騎士なんて連中は実在していなかったんでな。アルタジスタ大陸だったか? そんな大陸も当然知らない』

「ならフウセイ、お前は何者なんだ」

『ただの一般人だよ。名前は海凪風星。大学生。歳は21だ』

「ダイガクセイ? それは何かの役職か?」

『いやそうじゃなくて、単なる学生だ』


 それを聞いていたマリアが眉を潜める。


「というか21歳にもなって学生というのは可笑しくない? それはつまりのどこかの王国が抱えている宮廷学者ということなの?」

『そうじゃないんだが……』


 疑問を挟んできたマリアの言葉を聞き、改めて自分が住む場所とマリアたちが住んでいる場所では、根本的な価値観に違いがあるのを感じる。

というか、なんでそんな俺たちが、こんな状況で、こうして映像を通して会話をしているなんて奇妙な事態になっているのだろうか?


「……もしかしたら風星さんは、異界の方かもしれませんね」


 そう呟いたのは、天才魔法少女のリンドだった。


『異界?』

「異界とは、この世界とは別の世界。有名なモノで言えば、天界、冥界、精霊の住まう精霊界もその一つです」

「つまりフウセイもそういった別の世界から精霊たちのように召喚されたと?」

「あるいは、異界から私たちのことを見ている可能性もあります」


 リンドの推測に、一瞬、皆が黙り込む。


「到底信じられない話だが、先ほどからフウセイとの会話が微妙に噛み合っていないことを考えれば否定はできないな」


 ネフィー同様、俺もまたリンドが口にした理由が今の状況では一番しっくりくる気がしていた。

というか、そうでも思わなければ、この不可解な状況に納得が出来そうにない。


「ああ、もう。そういう小難しい話は止めにしましょう。とにかく、私たちはこのダンジョンからさっさと脱出することを考えるべきよ」


 思考を巡らせている中、むくれた表情を浮かべたお姫様がそんなことを言い出す。


「で、ですけど、マリアさん。風星さんを救う為には、このダンジョンを攻略しなければならないのでは……」

「おかしなことを言うわね、リンド。なぜ変質者の為に、私たちが手を貸す必要があるの? そんなヤツは閉じ込めていた方が世の中の為よ。後は勝手に野垂れ死ねばいい」

『滅茶苦茶言うな、お前』

「で、でも、風星さんは先ほどゴブリンの接近を教えてくれましたし、決して悪い人ではないと……」

「悪くない人間が、私に対してあんなひどいこと言うと思う?」


 睨みつけるようなマリアの眼光に、リンドがさっと目を反らす。

 険悪な空気を払うかのように、ネフィーが「おほん」と咳払いをする。


「一旦状況を整理しよう。まず私たち三人はどこかのダンジョン内に攫われてきた。そして同じく異界の住人と思われるフウセイもまた同じように攫われてきて、どこかにある密室内に閉じ込められている。これらは全て何者かによる犯行であると考えられる」

『犯人Xってところか』

「エックス?」

『ああ、えっと。とりあえず分からない相手の呼称だと思ってくれ。そいつがこの騒動の黒幕って意味』

「なるほど。では、その犯人Xの目的というのは、私たちにこのダンジョンを攻略させることであり、フウセイにはそのサポート役をさせるつもりであると考えていいだろう。……ここまでおかしな部分はないだろうか?」


 聞いていたマリアとリンドが頷き、俺も『ああ』とマイクと通して答える。


「ではここから私たちが取るべき行動は次のどちらかだ。1、犯人の思惑通りにこのダンジョンを攻略する。2、そんな要求など無視し、このダンジョンからの脱出を試みる」


「当然、2番よ!」

 マリアが即答する。


「だがそうしたくても私たちはこの場所に関する情報をまったく持ち合わせていない。不用意に動くより、フウセイの手を借りる方が確実だ」

「あんなヤツの助けなんて誰が借りるものですか! 第一、アイツがなんの役に立つっていうのよ。ちょっと遠くが見えて、私たちにそれを教えるだけじゃない。そんなモノがなくたって、私たちの実力があれば、どうにでもなるわよ」

「……まあ、確かにその通りではあるな」


 強者であるマリアが口にするサポート不要論に、ネフィーも納得する素振りを見せる。

 なんだか嫌な空気になってきた。これはもしかしなくて、俺が見捨てられるパターンじゃないのか?

 そんな雰囲気が漂う中、リンドがおずおずと尋ねてくる。


「あの、風星さん。何か他にありませんか?」

『他に、というと?』

「もし風星さんの役目が私たちにこのダンジョン攻略させる手伝いであるなら、他にもXが用意した情報があるのではないのでしょうか?」

『他にも?』

「はい。ここにいる私たちには冒険の道具が用意されていただけで、Xからのメッセージなどは何もありませんでした。ですが風星さんの閉じ込められている密室には、目的が書かれたメモがありました。なら他にも、風星さんを通して私たちの手助けとなるヒントをXが用意しているかもしれません」


 確かにその通りかもしれない。

 何かないかと部屋の中を見渡し、すぐに目線が止まる。


『本棚がある。紙の束が纏められて、幾つか並んでいるな』


 さっそく手を伸ばし、とりあえず一番端にあった本を手に取る。

 その表紙には【㊙魔王ダンジョン攻略本】と書かれていた。



『……えっと、魔王のダンジョン、って書いてある』



「「「魔王のダンジョン?」」」


 三人が驚いた表情を浮かべる。


『やっぱり魔王もいるのか?』


聖騎士だのエルフだの魔法使いだのゴブリンなどがいるんだ、さらに魔王くらいいてもおかしくはない。


「存在はしました。ですがそれは数百年も昔の話です」

『随分と大昔の話だな。どんなヤツだったんだ?』


 俺の疑問にネフィーが語り出す。


「魔王というのは、かつてアルタジスタ大陸に実在した最凶最悪の存在のことだ。全ての種族の怨敵。あってはならぬ者。そう謳われ恐れられた魔王は、大陸全土を手中に治めるべく配下と共に暴れまわっていた。だがこれに対抗すべく全ての種族が手を取り合い、ついに魔王を撃退することに成功した。敗北した魔王は大陸の外へと追いやられ、やがて海の藻屑となって沈んだとされている」


 さらにマリアがため息を吐く。


「だけどそれで魔王の脅威が終わった訳ではなかったわ。魔王の配下だったゴブリンやオークなどの妖魔たちが残党となり、今もアルタジスタ大陸で暴れまわっている。奴らはどこからか沸いてきて、倒しても倒してキリがない」

『つまりマリアたちにとって魔王という存在は遠い昔に実在した脅威であると同時に、今尚続く厄介事の元凶って訳か』

「そう思っていただいて構いません。ですから魔王のダンジョンと呼ばれるものが今尚残っていてもおかしくはありませんが、そのようなモノがあるという話は今まで聞いたことがありません」


 そう締め括るリンドの言葉に同意するように、マリアとネフィーも頷く。

 三人の話を頭の中で反芻しながら、先ほど見つけた【㊙魔王ダンジョン攻略本】のページをパラパラ捲る。

 そしてふと、ある考えを思いつく。

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