2、敵襲

 どこにあるか分からない密室内。

魔法のマイクを通して映像の向こうにいるネフィーたちと会話を試みようとしていた俺は、壁に浮かび上がる16枚の映像の中の一つ、三人が映っているのとは別の映像に奇妙な生き物が映っているのを見つけた。


『妙な生物とはなんだ?』


 映像の向こうにいるネフィーに尋ねられ、目を細め注視する。


「青にも緑にも見える肌。体躯は子供くらい。あと鼻が妙にデカい人型の化物だ」

『ゴブリンか』


 ネフィーが矢筒から矢を引き抜き、弓を握る手に力を籠める。

 ゴブリン? これが?

 本などで名前くらいは知っていたが、実際に見るとこんなに気味悪い生物なのか。


『数は?』

「一匹だ」

『恐らく偵察だな。奴らが襲ってくるなら集団でくるはずだからな』

『というか、本当にいるの? 少なくとも私たちからは見えないわよ』


 映像の中で周囲を見渡すマリアを横目に、16枚の映像を比較しながら三人とゴブリンの位置関係を推測する。


「おそらく……マリアの正面にある崩れた柱の瓦礫、その裏側だ」

『ちょっと! 誰の許しを得て、この私を呼び捨てにしているの! 首を刎ねるわよ!』

「そういうのは後にしろ」


 緊張感が混じった俺の声色に、マリアが不機嫌そうに口を閉じ、目を凝らす。


『フウセイが言っているのは、たぶんあの瓦礫だろう』


 映像の中でネフィーが、軽く指差す。


『嘘でしょ。あんなに離れているのに、なんで分かるのよ?』


 その場にいないので距離感がイマイチ分からないが、どうやら三人からだいぶ離れた場所であるらしい。


『試してみるか』


 ネフィーはそう呟くと、スッと構えた弓に矢を添えて、引き放つ。

それは視ている側からすれば、まったく無駄がない、流れるような動作だった。

 弓の弦が弾かれる音と共に、やや高めに放たれた矢は見事な放物線を描きながらまっすぐ飛んで行き、遠く離れた柱の残骸の向こう側へと到達する。


『ギギャ』


 すると奇怪な声と共に何かが転げ出てきた。映像に映っていたゴブリンである。

 ゴブリンを映していた映像にも、まったく警戒していなかった中、突然、頭上から飛来した矢がゴブリンの肩に突き刺さる様子がバッチリと映っていた。


『本当にいた』


 ネフィーの後ろに隠れるようにして立っていたリンドが思わず声を漏らす。


 ――だが、それよりも先に迅速に反応していた者がいた。


 マリアである。

 二人の元から弾かれたように疾走するマリアは、瞬く間にゴブリンの前に到達。

 そしてその時には抜き放った剣を頭上に掲げていた。

 問答無用で振り下ろされた一撃を受け、ゴブリンは断末魔の悲鳴を上げて、地面に倒れ、動かなくなった。


『なによ、この剣。全然、斬れないじゃない』


 不機嫌そうに手にした剣の文句を言いながら、周囲に警戒の目を向けるマリア。

 他の二人も、荷物を手にマリアを追いかけてくる。


『流石だな、マリア』

『あなたの弓の腕前も素晴らしかったわよ、ネフィー』


 その時、密室内にいた俺は、また別の映像に不気味な姿が映っているのを発見した。


「おい、またゴブリンだ。今度はうじゃうじゃとやって来るぞ」

『仲間の悲鳴を聞いて、集まってきたのだろう。フウセイ、数は分かるか?』

「10匹……いや、12匹だ」

『なかなかの数だな。さて、どうするマリア?』


 ネフィーにそう尋ねられ、マリアがニヤリと笑う。


『当然、全て斬って捨てるわ』

『いいだろう。なら私は後方から矢を射つつ、リンドの護衛に付こう』


 行動を先読みしたようなネフィーの提案に、マリアがクスリと笑う。


『なら安心して敵に突っ込めるわね』

『わ、私も魔法でお手伝いします!』

『ええ勿論、あなたにも期待しているわよ、リンド』


 頷き合う三人は、先ほど偵察ゴブリンが隠れていた柱の瓦礫の逆側に隠れ、こちらに向かってくるゴブリンの一団を待ち構える。


「もうそろそろだぞ」

『ああ。こちらでも確認した』


 映像を見ていた俺の言葉にネフィーが応えたのとほぼ同時に、ゴブリンの一団が三人の視界に姿を現す。

連中の手には剣にオノ、弓といったように、思い思いの武器が握られており、身に着けている服や鎧もバラバラだ。

 そんな敵を見据え、まず動いたのはネフィーだった。

 柱の陰から顔を出し様に、素早く矢を射る。

 真っすぐ放たれた矢は一匹のゴブリンの眉間に突き刺さり、一撃でその命を奪う。

見事なヘッドショット。

 仲間の死に驚いたゴブリンたちが柱の瓦礫に目を向けた時には、別のゴブリンの脳天に矢が刺さっていた。奇怪な声を上げるゴブリンたちは、矢を射たネフィーに向けて突撃を始めるも、ネフィーのヘッドショットが三度決まる。

それに合わせるように、続いて木の杖を持ったリンドが姿を現す。

小さな天才魔法少女は、念じるようにして杖を掲げる。


『炎よ、爆ぜよ』


 リンドの言葉に合わせるように杖の宝石が光り出し、周囲に炎の球が生まれる。それらは『えいっ』と、杖を振るうリンドの動きに合わせてゴブリンたちに襲い掛かる。

 飛び出した火の玉は着弾と共に爆発し、ゴブリンたちを次々と炎で焼いていく。

 直後、一気に飛び出したのがマリアだ。

 完全に浮足立ったゴブリンたちに肉薄し、剣を振り抜いていく。

 ゴブリンたちは次々と薙ぎ倒されていき、あっという間に残るは一匹となる。

だが後方に控えていたその一匹は、他よりも一回り大きな体躯に派手な鎧を纏い、手には立派な剣を握っている。見るからに親玉といった様相だ。

 劈くような奇声を発する親玉の前に立ち、マリアがニヤリと笑い、剣と盾を構える。


『来なさい』


 親玉ゴブリンは掲げた剣を、マリアに向かって勢いよく振り下ろす。

 しかしマリアはこれを盾でなんなく受け流し、即座に剣撃を放つ。

 マリアの攻撃を受け、苦悶の表情を浮かべる親玉ゴブリンも、すぐに反撃を試みる。

 だが振り回される親玉の攻撃は、マリアの盾と身のこなしの前に、まったく当たる気配がない。逆にマリアの剣撃は一撃も外れることなく全て叩き込まれていく。

 一方的な攻防は最後まで変わらず、ついに親玉ゴブリンが地面に倒れ動かなくなった。


『まったく、本当に斬れないわね、この剣』


 敵を倒したことよりも自分の剣の切れ味に悪態を吐くマリア。逆に言えば、勝つことなど当然と言わんばかりの態度だ。

 そんなマリアの元に、ネフィーとリンドが走ってくる。


『凄いです、マリアさん! とっても強くてカッコよかったです!』

『あなたの魔法もね、リンド』

『いえ、私は全然たいしたことは……』

『初期の火炎魔法であの威力は驚嘆よ。ウチの城にいる宮廷魔術師の魔法なんて、あなたの前ではロウソクの炎みたいなものだもの』


 マリアの賞賛に『そ、そんなことないですよ』と恥ずかしそうにモジモジしている。


『でも私がそうできたのは、ネフィーさんのおかげです』

『そうね。まずは弓を持ったゴブリンだけを狙う冷静さ。そしてそれを確実に遂行できる腕前は素晴らしいの一言だわ』


 頭に矢を受け地面に転がるゴブリンたちを見ると、確かに全員が弓を持っている。

 どうやら敵の遠距離攻撃を先に潰したネフィーのファインプレーがあったらしい。


『弓はエルフの嗜みだからな』

『とんでもない。あれほどの弓の腕、アルタジスタ大陸中を探しても、そうあるモノではないわ』


 互いを勝算しあう、三人。

 まあそんな三人の様子を映像で見ていて言えることは、ただ一つ。

この三人が、恐ろしく強いということだ。

 もし喧嘩になったら勝てる気がしない。というか、もしマリアの前に出るようなことになれば、抵抗する暇もなく首を刎ねられてしまうかもしれない。


『さてと。……ねぇ、聞こえているんでしょ? アンタの忠告を聞いて敵を片付けたわよ。そろそろ姿を現したらどうなの?』


 周囲を見回すようにして、俺に声をかけてくるマリア。しかしその手にはしっかりと血の滴る抜身の剣を持ったまま。マジで怖い。絶対に首を刎ねる気だ。

 そんなとても強いお姫様に向かって、密室に閉じ込められている俺は、魔法のマイクを通して話しかける。



「出て行きたくても出ていけない。なにせ俺はどこかの密室内に監禁されているからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る