第一話 どこか知らない世界のダンジョンの中で

1、自己紹介








『リセシア王国の王女にして聖騎士であるこの私に向かって、あんな罵詈雑言を浴びせかけたアイツのことは絶対に許さない。必ず見つけ出して、首を刎ねてやるんだから』


             ――リセシア王国 第一王女 マリア・リナ・リセシア








   


「とにかく自己紹介をしあいましょう」


 赤毛の彼女が笑顔を浮かべる。

 それは当然、どこからか映像を通して視ている俺へ向けられた笑顔と言葉ではない。

 彼女の目の前にいる、他の二人に対してのモノだ。


「まずは私から名乗らせてもらうわね。私の名前はマリア・リナ・リセシア。リセシア王国の第一王女よ」


 胸を張る赤毛の彼女の自己紹介に、他の二人は目を見開く。


「リセシア王国のマリア王女……ではあなたが、あの有名な《白盾のマリア》なのか?」

「ええ、そうよ」


 そう頷く赤毛の彼女・マリアの姿に、金髪の美女はただただ唖然とし、小さな黒髪の少女もまた羨望の眼差しを向けている。

 映像を見ていた俺もまた、密室内で一人驚いた。自分のことをお姫様だと言い張る女の子を生まれて初めて見たからだ。


「こんな場所でなければ、アルタジスタ大陸中に名を轟かせる聖騎士との邂逅を素直に喜びたいところだが……。それだけの有名人ならば、攫われる理由は十分という訳か」


 金髪の美女の言葉に、マリアは「そうね」と苦笑を浮かべる。


「確かにこんな状況で自分の名を出すのは、騎士としては恥なのかもしれないわね」

「そう悲観しないでほしい。あなたが一緒にいてくれることは我々としては心強い」


 金髪の美女の意見に同意するように黒髪の少女も首を縦に振る。


「そう言ってくれると嬉しいわ」


 なるほど。まったく分からないが、とにかく彼女はリセシア王国? のお姫様で、聖騎士? で、しろたて? なんてカッコイイあだ名が付いた有名人らしい。

というか、そんな国、まったく聞いたことない。唯一納得できたのは、彼女があんなに高飛車で高慢ちきなのは、お姫様で騎士様だからなのだろう、ということだ。


「では次にキミの名前を聞かせてもらってもいいだろうか?」


 金髪の美女が黒髪の少女にそう尋ねる。


「はい。私は図書館に所属していますリンド・カンターベルと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 他の二人に対して丁寧にお辞儀をする、黒髪の少女。


「リンド・カンターベル……って、あの!」

「若干9歳にして魔道の総本山である《図書館》が保有する全ての魔法を極めた《魔道を終わらせる者》!」


 マリアが目を見開き、金髪の美女が茫然と黒髪の少女リンドを見つめる。


「そ、そんな大層なものではありません。は、恥ずかしいです」


 もじもじしながら本当に恥ずかしがっているが、どうやらこの子は図書館の小さな司書さんではなく、天才的な魔法少女であるらしい。


「……いや、怖れいった。大陸に名を轟かせる傑物二人とこうして居合わせることになろうとは」

「そういうあなたはどうなの、エルフの方? もしかしたら《タガルの森の精霊皇女》ではないのかしら?」


 期待に満ちた瞳を向けるマリアの言葉に、「えっ、そうなのですか!」とリンドも瞳をキラキラさせる。


「そう言われてしまうだろうと思ったよ。しかし期待させて申し訳ないが、生憎と私はただのエルフだ。私の名前はネフィーという」

「あっ、ごめんなさい」

「構わない。当然の推測だ。それに《タガルの森の精霊皇女》とは知らぬ間柄ではない」

「そうなの?」

「全ての精霊王たちと会合し、盟約を結ぶことに成功した稀代のエルフ・リリィは私の姉なのだ」

「つまりあなたは、精霊皇女の妹さんなの?」

「いかにも。マリア王女の名前を聞き、私自身すぐに名乗らず、先にリンド様の名前を尋ねたのはそれが理由だ。マリア王女と同じ傑物本人か? あるいは私と同じただの血縁者か? それを確認したくてな。名乗るのが一番遅くなったことを深くお詫びしよう」


膝を突き、頭を下げる、エルフ? のネフィー。

 なるほど、この美女だけがこの中で唯一、有名人ではない訳か。

 というか、エルフって、あのエルフだよな? ……マジで?


「そ、そんな、頭を上げてください、ネフィーさん!」

「そうよ。私たちは気にしていないから。それに私のことを王女なんて畏まって呼ぶのは止めにしない? 私もあなたのことをネフィーと呼びたいから」


 笑顔を浮かべるマリアの申し出に、ネフィーが顔を上げる。


「よろしいのか?」

「たった17年しか生きていない私よりも、エルフであるあなたの方が長く生きている。むしろ敬意を示さなければならないのは私の方でしょ?」

「私に対してそのような気遣いは不要だ」

「なら私に対してもその必要はない、これでお相子でしょ?」

「わ、私もそれでお願いします」


 リンドが必死に手を上げる様子を見て、ネフィーが微笑む。


「ではリンドも私のことを気軽にネフィーと呼んでくれ」

「い、いえ、私はその……マリアさんとネフィーさんでお願いします」

「まあ確かに、小さな女の子にそれを強要するのは難しいかもね。ええ、それでいいわ。では改めて二人ともよろしくね、ネフィー、リンド」


 三人は手を取り合い、お互いに頷き合う。

 こんな状況でも早々に一致団結する姿勢を見せる三人。皆の気持ちが強いというのもあるだろうが、率先して動いたマリアの行動力が大きく働いたとみるべきだろう。

 ……まあ、その適正は、俺に対しては敵愾心全開で向けられたわけなのだけれど。


「さてと。とりあえず問題なのは、ここがどこかってことよね」


 マリアが辺りを見回す。


「天井は遥か高く、周囲も遠くを見渡せるほど広い。おそらくどこかの洞窟内にある大きな空洞なのだろうが、明らかに普通ではない」

「うっすらと周囲が確認できるくらいの明るさがありますが、外から光が差し込んでいる訳ではないでしょう。壁や天井に群生した苔が発光しているようです。それに所々、人工物と観られる残骸も見えます。おそらくどこかの古い遺跡あるいはダンジョンではないでしょうか?」


 天井を見上げるネフィー、しゃがみ込んで地面に手を伸ばすリンドが、そう推察する。


「ダンジョンか。そうなると何か武器になるモノがほしいところね。まったく、こんな状況になるってわかっていたら、剣と盾を持ってベッドに入っていたのに」


 肩を竦めるマリアの言葉にネフィーが笑う。


「同感だ。しかしマリア、キミはいつもそのような恰好で寝ているのか? 姫君というのは、もっと上質な寝間着を着ているとばかり思っていたのだが?」

「妖魔討伐の遠征先の砦で休んでいたから。夜襲があってもすぐに鎧を纏って戦えるように最低限の恰好はしていたのよ。だけどこうなると、ネグリジェ姿で攫われなかったのは唯一の救いだったと思いたいわ」

「なるほど」

「そういうネフィーもやっぱり寝込みを襲われたの?」

「おそらくな。だがまったく記憶がない。寝所で横になり、起きたらここにいた、というのが私の認識だ」

「まったく同じね。リンドはどうなの? あなたは普通の恰好みたいだけど?」


 唯一、普段着(魔法使いっぽい恰好)しているリンドが恥ずかしそうに俯く。


「実は夜遅くまで図書室で本を読んでいたら、いつの間にか寝てしまったみたいで。……よくあるんです。本を開いたまま、机で寝てしまうことが。先日も大事な魔導書をヨダレ塗れにして、老師様に大目玉を食らったばかりなんです」


 モジモジするリンドの姿に、マリアたちがクスクスと笑う。


「よほど本が好きなのね」

「まあそのような訳なので、攫われてしまった状況はお二人と同じだと思います」


 寝て目が覚めたらここにいた。

やはり三人とも俺と同じらしい。


「さてこれからどうしたものかしらね?」

「……あれ? あそこに何か置いてありませんか?」


 マリアが腕を組んで悩んでいると、周囲を眺めていたリンドが何かに気付いたようだ。

 確かに少し先にある岩陰に、まとめて何かが置かれているのが見える。


「行ってみましょう」


 三人が近づき確認すると、それは三つに分けて置かれた武器とマントと道具袋。

しかもご丁寧にそれぞれの袋には、三人の名前が書かれているようだ。


「ふーん、随分と準備がいいじゃない。武器は貧相だけど」


 自らの名前が書かれた道具袋に重なるように置いてあった剣と盾を手に取り、マリアが鼻で笑う。

 ネフィーもまた弓と矢筒を横に置き、道具袋の中身を覗き込む。


「袋の中に入っているのは、携帯食料と……金色の液体が入った小瓶が二つ。これは魔法薬か?」

「エスト薬ですね」


 答えたのは、二人よりも大きい道具袋から取り出した小瓶の蓋を開き、匂いを嗅ぐリンド。


「エスト薬って、あれよね? 瞬く間に傷を癒す霊薬」

「はい。これ一本だけでも、瀕死の重傷を回復してくれるでしょう」

「話には聞いたことがあるけど、初めて見たわ」


 自分の道具袋から取り出した二本の小瓶を手に取り、マリアが感心する。


「大変貴重な品ですから。作ろうと思ったら、相当な日数と希少な素材を沢山使わなければなりません」

「リンドの袋は私たちよりだいぶ大きいみたいだけど、他にも何か入っているの?」

「魔法を使用するのに役立ちそうなアイテムが幾つか。結界を展開する為に必要な媒体、あとは小鍋なども入っていますね。これなら野営することも可能です」


 ごそごそと大きな袋に手を入れるリンドの報告に、マリアが「ふーん」と呟く。


「つまり、さっきの変態誘拐犯が私たちを攫ってきた理由は、身代金目的でもなければ、穢れた性欲を満たす為でもないってことかしら?」

「その可能性はあるな」


 手に取った弓を構えたり、張られた弦を引いたりしながら、ネフィーが応える。


「そ、その……あの人に聞いてみたらいいのではないでしょうか?」

 恐る恐るといった表情でリンドが提案するも、もちろんマリアが不機嫌になる。


「アイツに?」

「私もリンドに賛成だ。どうせどこからか私たちのことを見ているのだろうからな」

 そう周囲を見渡すネフィーの言葉に呼応するかのように、密室の中で映像を見ていた俺は、マイクのスイッチを押す。


『そろそろ話かけてもいいかな?』

「この変質者風情が。誰の許しを得て私たちに話しかけているの!」


 相変わらず喧嘩腰全開のマリアが誰もいない周囲を睨みつける。

そんなマリアの肩をポンと叩き、ネフィーが一歩前に進み出る。


「お前の名はフウセイといったな。それで? なぜお前は私たちを攫ったのだ?」

「攫っていない。むしろ俺も攫われてきた」

「へぇ、面白いこと言うわね。だったらこそこそ隠れていないで姿を現しなさいよ」


 マリアは口元に笑みを浮かべてそう言うが、その手はしっかりと鞘から引き抜かれた剣が握られている。姿を現したら問答無用で斬り捨てると、目が言っている。


『……ん? なんだ、これ?』

「? なによ? どうしたの?」

『妙な生物が物陰に隠れてお前たちの様子を伺っている』


 俺の言葉を聞いた途端、三人が周囲に目を向ける。

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