第21話

 不可能、不可能。


 そんな言葉が繰り返され、場の空気は次第に焦りに包まれていく。


「八方塞がりか。じゃあ克也さん的に出来そうな手は?」


 尋ねた佐治に、無線越しの克也は渋い声を上げた。


「考えてはいるが、イマイチいい手がない。カーン博士に意識があって、天文台に備え付けの宇宙服を着てくれているなら。どうとでもなるんだが」


「そこが問題ですね」そしてウロウロと落ち着きなく歩き回っている羽場に目を向けた。「どうだ。何とか天文台と回線を開けないか」


「考えてるよ。考えてるけどさ。ネットワーク的には全部死んでるんだ。あとは物理的に線を引き直さない限り」


「線が切れてるってことは、天文台って電力も切れてるってことですか?」ふと思いついて、私が尋ねた。「そうなったらヒーターが切れて、温度がどんどん下がっちゃうんじゃあ」


「いや、電力は」そこで羽場は、パチンと指を鳴らして飛び上がった。「そうだ! 電力だよ! ゴッシー天才!」


「え? 何です?」


 戸惑う私に構わず、羽場はコンソールに向かっているオペレータの一人に駆け寄った。


「電力供給網を忘れてた。アレは地下通路とは別の経路で引かれてる。天文台の電力消費量は見えてる?」


 オペレータは画面に操作を加え、様々な色彩の線が無数に延びている電力消費量マップを表示させた。


「副回線は死んでますが、正回線は生きてます! 現在八百アンペアほど利用されています!」


「それだ! 電力監視ネットワークから、向こうのLANに入り込めるかもしれない!」


 早速別のコンソールに飛んでいこうとした羽場の袖を、佐治が掴んだ。


「どういうことだ?」


「いいから任せて! 二分で向こうの監視カメラと接続するから!」


 次いでヘッドセット経由で、別の声が届いた。


「ジョーだ。天文台に到着。外観に異常は見られない」


「映像が来ます!」


 オペレータの声。すぐに司令室のスクリーンには、パワードスーツのカメラ映像が映し出された。


 灰色の大地に、ぽつんと存在している真っ白なドーム。直径は約十メートル程だが、今はそれが開いて内部にある円筒形の大型望遠鏡装置が窺える。更にドームの脇には換気口のような筒と、その口から覗いているパラボナアンテナ。


「さて、コイツは何処かに覗き窓とかないのか?」


 ジョーは云いつつ、ドームに近づいていく。佐治は大急ぎでテーブル上の図面を改め、云った。


「ドームの内部に、幾つかある。入ってみてくれ」


「了解」


 間もなく、ぐん、と映像の視点が高くなる。スラスターで飛んだのだろう。カメラはドームの割れ目を正確に捉え、その内部の暗がりに落ち込んでいく。


 ぱっ、と、パワードスーツの照明で辺りが照らし出された。細かい砂が散らばる床には望遠鏡用の稼働架台が設えられていて、工事用の足場らしき物が幾つか転がっている。そうしたものを避けながらスーツが進んでいくと、足下にうっすら明かりが漏れている部分があった。近づくカメラ。それは直径十センチ程度の小さな丸い窓で、室内の天井部分に設えられている物だった。


 ジョーは薄く積もった砂を払いのけ、下を覗き込む。そこは見覚えのある天文台の観測室に違いなかったが、視野が狭く、コンソールの一つが窺えるだけだった。


「駄目だ。姿は見えんな」ジョーは呟き、更に周囲の砂を払った。「軽く叩いたら、助けが来たことがわかるかもしれん。いいか?」


「軽く、な」


 パワードスーツの力を心配してか、慎重に云う佐治。すぐにカメラにはスーツの無骨な手が現れ、軽く何度か、窓を叩く。


 何も、変化はない。


「これは不味いな。意識を失ってるのかも」


 ジョーが云った時だった。窓の奥に、小さな人影が現れた。科学班を表す青いツナギを身にまとい、黒い髪を首もとで結わえ、その大きな瞳で窓を見上げる。


 おお、と、指令室内に安堵の声が響いた。


 しかし間もなく、周囲は再び緊張に包まれる。軽く手を振って見せるジョーに、何故だかディーさんは必死な面もちで手を振るのだ。頭を振り、眉間に皺を寄せ、左右を見渡す。そして一時彼女の姿が見えなくなったかと思うと、何かを手にして再び現れ、天井の窓に向かってジャンプする。


 彼女は架台の一つに取り付き、手にしていた紙を窓に突き出し、激しい調子で何かを叫んでいる。


 紙には、こう、殴り書きされていた。


〈about after 15~30min 10Sv GRB!〉


「十シーベルトの、ガンマ線バーストだって?」


 怯え、呟くジョー。


 それは遮蔽の弱い天文台にいるディーさんにとって、致死量に違いなかった。

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