第18話

 戦時捕虜の如く捕らえられ、JTVの前に座らされるジョーとベン。彼らのパワードスーツは佐治の持っていたトリモチの溶解剤でJTVから剥がされてはいたが、手足は相変わらずベトベトな物体に覆われ、更にはそれに砂礫が付着し、酷く無様な様相になっていた。


「ちくしょー。殺すなら殺せ」


 苦々しく云うジョー。もはや身動きできない二号機から降りた私は、しげしげと彼らのパワードスーツを眺めていた。


「いやー、すんげー。かっちょいいなぁ。これ、装甲って何で出来てるんです? 強化チタン? ガンダリウム合金?」


「ヴィブラニウムだよ。それより佐治よぉ」と、彼はJTVのコンソールを操作しようとしている佐治の背中に向けて云った。「二台くらい、こっちに回してもバチは当たらんだろう。ほら、着陸の際の衝撃で壊れてたから、破棄してきたとか。そんな感じで」


「勝った方が全てを得る。違ったか?」佐治は楽しげに云い、ふと、振り向いた。「そうだ。取引の材料が、一つだけある。オマエが云っていた協力者だ。誰だ?」


 そういえばジョーは、そんなことを云っていた。ムーンキーパーの(不十分な)スペックをアームストロングに垂れ流した、かぐや基地の裏切り者。


「そうだ! 誰それ! おかげで私の二号機、あんな事になって! どうしてくれんの! スパイって誰なのさ!」


 私が宇宙服の手でパワードスーツを小突くと、ジョーは僅かに身を縮めさせた。


「悪いが黙秘する。弁護士を呼んでくれ」


「何云ってんの。こっちの大切なロボット、ボロボロにしといて。ちゃんと誠意見せてよね!」


「そうだな。それを吐いてくれたら、PS7の一台や二台、渡してやってもいいぞ?」


 佐治の言葉に、沈黙するジョー。そして彼は軽く隣のベンと視線で会話すると、顔を上げて私たちを見上げた。


「三台だ。LRVの運転手がいる。ヤツも買収しなきゃならない」


「いいだろう」


「いいでしょ」


 まるでゲーム機になんて執着のない私と佐治が、同時に云う。


「で、誰なの?」


 腕組みし、重ねて問う私。だがジョーはなかなか裏切りという行為に踏ん切りが付かないらしく、肘で隣のベンを押す。


「おい、オマエが云えよ」


「あ? 何でだよ! オマエの取引だろ!」


「交渉はオレがした。結果はオマエが出す。それがチームワークってもんだろう」


「知るか! オレの祖母ちゃんが云ってたぜ? 〈簡単にチームとか仲間って言葉を口に出すヤツは信用するな〉ってな」


「適当な事を云うなよ。オマエの祖父さん祖母さんなんて、オマエが生まれる前に死んでるだろ」


「父方はな。母方の祖母ちゃん。これが凄いヒトでさ。ただちょっと目が悪くて。あ、あの感動的な話、知ってるか? 〈目の見えない盲導犬〉っていう」


「あぁもう、何時間稼ぎしてんのよ!」私は叫んで、二人の無駄話に割り込んだ。「いいから、さっさと吐きなさいよ!」


 その時不意に宇宙服内蔵の無線が小さな音を立て、次いで月面基地のオペレーターの声が響いた。


「司令室よりJTV回収班。司令室よりJTV回収班。至急応答せよ。繰り返す」


「佐治だ」と、彼が応じた。「どうした?」


「数分前より、ベテルギウスからのX線、ガンマ線の量が増加しています。現時点では危険な線量はありませんが、超新星爆発における未知の現象が発生している可能性もあるとのことで、大至急帰投せよとのことです」


 ぞっ、と、背筋に冷たい物が走った。地下でもない、対放射線防護壁もないこんな所で、強力な宇宙線の直撃なんて食らったら。神経が焼き切れてしまったりとか、とにかくヤバいに決まっている。見上げれば相変わらずベテルギウスの残光が神々しく輝いていたが、それは出発の時と比べ、多少強くなっているような気もする。


 素早く無言で、ジョーとベンに溶解剤を吹き付ける佐治。どうやら彼らも同じ指令を受け取ったらしく、機敏に立ち上がり、こちらに迫りつつあるアームストロングの大型LRVに無線で指示を下していた。


「二号機は廃棄。五所川原はオレのケツに乗れ。テツジ、行くぞ」素早く三輪車に飛び乗り、スターターを入れる佐治。だがその瞬間、パッとエンジンあたりから閃光が発し、三輪車のヘッドライトやパネルの明かりが一度に消えた。「クソッ! これもベテルギウスの影響か? これは本格的にヤバい!」


「佐治・・・X線・・・増加が・・・危険・・・大至急・・・」


 無線からの声が、途切れ途切れになってきた。


「佐治さん、私の無線が!」


「ウチの無線もヤバい。何だか知らんが、かなりヤバそうだ」ジョーは云って、片手を振った。「全員、ウチのLRVに乗れ。ムーンキーパーも乗るだろう」


 まるで先ほどまでとは打って変わった、鋭い口調で云うジョー。そしてベンは佐治、ジョーは私を後ろから抱えると、バックパックのスラスターを全開にして宙に飛ぶ。


 おぉ、と、私は思わず声を上げた。見る間にJTVが小さくなっていく。数百メートル先では、砂塵を上げながら巨大なLRVが走っていた。それは既に進路をかぐや基地に向けていて、その荷台にドスンと降り立つと、私と佐治を脇に寄せ、二人は再度スラスターを吹かせた。


「ちょ、待ってよ、追いつけねぇって!」


 全力で駆け、喘ぎながら叫ぶテツジ。二機のパワードスーツはその脇に降りると、軽く打ち合わせをしてから、云った。


「動くなよ?」


「え? 何? うぉっ!」


 テツジが理解する前に、二機のパワードスーツは左右からムーンキーパーの股関節を抱え、スラスターを全開にしていた。さすがに軽いとはいえ、総重量は三百キロ近い。それでもムーンキーパーは十メートルほど宙に浮かび、放物線を描きながらLRVに向かってくる。


「うおー、すげー。一体どんだけ推力あんのよ、あのスラスター。だいたい、あんな物抱えてバランス取れるなんて。どんだけ凄い制御プログラムなんだろ」


 呟いた私に、佐治は大きくため息を吐いた。


「あの分野じゃ、日本はどう足掻いても勝ち目がない。歴史が違う」


 云っている間にムーンキーパーは荷台の上に達し、そこからゆっくりと降ろされる。息を喘がせながら、膝を付くテツジ。ジョーとベンは重々しい振動を響かせながらLRVのエアロックに向かうと、軽く振り向き、云った。


「キミらを中に入れるには、許可を貰わなきゃならない。悪いが少しここで待機していてくれ」


「許可?」と、佐治。「おいジョー、話はわかるが、宇宙線は待ってくれないんだ」


「ウチの観測だと、宇宙線のバーストは、今は小康状態らしい。大丈夫、見殺しにするつもりはない。急変したら、許可を待たずに入れてやる」


 そして姿を消す二人。私たちはゴトゴトと揺れる巨大LRVの荷台で顔を見合わせ、誰ともなくため息を吐いた。とりあえず危険な状態に変わりはないが、多少の目処が付いたことで、急に力が抜けてくる。


「やっぱアメリカは違いますねぇ。このLRV、まるで移動要塞じゃないですか」私はおもむろに云って、二十メートル四方程もある広々とした荷台を見渡す。「ウチのLRVには、エアロックなんてないのに。ひょっとしてこのLRV、パワードスーツ用の移動基地なんじゃないんですか?」


 どうもそれらしい装備を見咎めて云うと、佐治は苦々しく応じた。


「恐らくな。連中が宇宙条約をどう解釈してるのか知らんが、オレがムーンキーパーを欲しがる気持ちもわかるだろう」


「いやぁ、あのスラスター。ムーンキーパーに欲しいですわ。そしたら半分は歩かなくて済むのに」操縦席から降りつつ、云うテツジ。「JTVのスラスターとか、流用出来んかなぁ」


「無理だな。ムーンキーパーを飛ばすには推力が足りなすぎる」


「そうなんすか? そういや何か、歴史が違うとか云ってましたけど。何なんすか?」


 再び佐治は重苦しいため息を吐く。


「日本は辛うじて液体・固体ロケットエンジンは自作出来るがな。その推力は欧米の物には敵わない。何故だかわかるか? 戦争に負けたからだよ」


 戦争、と呟く私とテツジ。


「そう、二次大戦。アレに負けたおかげで、日本は航空宇宙産業分野での技術開発に様々な制約を受けることになった。それでも日本人は、知恵を絞って、それこそムーンキーパーのような、金のかからない、発想の転換でもって何とか進歩してきたが。そんなやり方じゃあ、どう足掻いても欧米には追いつけない。ジェットエンジンにしても、小型民生では国産化出来てはいるが、ジャンボジェットや、戦闘機のエンジンは未だに無理だ。国産の、小さくて、巨大な推力を持つエンジン。それは公団だって、喉から手が出るほど欲しがってるはずさ」


 酷く疲れたような息を付きつつ、彼は荷台に座り込んだ。


「ようやく世界も、日本はもう二度と、あんな無茶をしないだろうと見てくれるようになって。制約はなくなりつつあるが。とにかく開発の歴史が足りないのさ。だから、キミらの世代には。非常に期待しているんだよ。


 ムーンキーパーのような、小細工じゃない。そう、気分を悪くするかもしれないが、こんな物は所詮小細工だ! キミはコイツを、パワードスーツに負けず劣らない物だと云ったが、それは貧乏人や博打屋の発想だ! そういう発想が、日本を無茶な開戦、そして敗戦に導いたんだよ! 確かにコイツは便利に使えるかもしれないが、これで切り開ける未来は、月面の半分がいいところだ!


 いいか、キミら若い世代には、もっと高いレベルを目指してもらわなきゃ困る。キミらが本当に作らなきゃならないのは。本物の、しっかりとしたエンジン。機構。そうした物に裏打ちされた、素晴らしいロボットだよ。わかるか? あのパワードスーツにだって互角に渡り合える、最高の機動性と、最高のパワーを持ったロボット。そうした物を、早く創り出してくれ。そうすれば月どころか、火星だって、金星だって目指せるんだよ! わかるか? そのためにキミらは、月面基地に来たんだよ。違うか?」


 私たちは、そのために、月に来た。


 その言葉に、私は酷く動揺した。


 どうして私たちのような、半端者が。月面にいるのか。


 それは月に来てから。いや、月に来る前から、ずっと、考えていたこと。


 けれどもその答えが、不意に、パッと、目の前に示されたような気がした。


 そうだ、ロボットを作れ云々は、比喩に過ぎない。とても今の私たちに、あのパワードスーツのような洗練された物は、作れるはずがない。


 けれども、何年後か、何十年後か。この月面基地で見たもの、聞いたもの、感じたものを生かして、頑張って勉強して、頑張って仕事をすれば。いつかは、あんな物が。


 別にロボットじゃなくてもいい。マンガでもいいし、音楽でもいいし。とにかく何か、きっと、そんな世界を未来に導く素晴らしい物が。作れるようになるに、違いない。


 そのために、私たちは。月面に来た。


 そう、きっと、そうに違いないのだろう。

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