第8話

 ムーンキーパーの噂は瞬く間に広がり、暇を持て余していた隊員たちが続々と見物に現れた。その中には農家の戸部と木村もいたが、彼らはそれを一瞥した瞬間、口元をニヤリと歪ませていた。


「アホだな」


 過ぎたるは尚、及ばざるが如し。幾ら素晴らしい成果でも、やりすぎというのは馬鹿馬鹿しく見えてしまうものだ。ムーンキーパー誕生の秘密が餅米にあると知っている人々は、大笑いしてから去っていく。しかしそれを知らない面々は、真面目にテツジを賞賛するから具合が悪い。


 そんな中に、かなり真剣に、一番長くムーンキーパーを眺め続ける人物がいた。


 月面基地の駐在武官、空軍から宇宙公団に出向している、佐治中佐だ。彼は厳つい表情を強ばらせ、鋭い瞳を各所に向け、大柄で筋肉質な身体を屈ませ、ムーンキーパーの細部まで確認していた。


「こいつは」と、彼はムーンキーパーの調整していたテツジを捕まえ、尋ねる。「五本指、全てを使えるのか? どの程度の精度で?」


「え。まぁ、若干遊びがあるんでアレですけど。蝶々結びくらいは出来るんじゃないすかね」


「背骨も曲がるのか。全身の自由度は幾つだ」


「えっと。片手だけで十五だから」宙を見上げ、指折り数える。「五、六十くらいなはず」


「面白い。乗ってみてもいいか?」


「いや、無理っすよ。佐治さん、でかいもん。百九十はあるでしょ?」驚きに口を開きかける佐治に、付け加える。「だからさ、コイツは身体の動きを検出するのに、操作モジュールの長さとか大きさを、操縦するヤツの身体の寸法に合わせなきゃならないもん。コイツは百七十センチくらいのヤツじゃないと無理」


「じゃあ、オレ用のを作ってくれ!」


 そういえば、この人もロボット好きな人だったな、と思い出す。確かマクロス好きで、変形戦闘機に憧れて空軍に入ってしまったとか。また厄介な人に絡まれたものだ、と思いながら私が眺めていると、テツジも面倒くさそうに目を細め、口を開け放っていた。


「えぇ、なんで。何に使うの?」


「武器はないのか? ビームサーベルとは云わんが、刀とか斧とか」そして、傍らに置かれていた巨大な槌を見つけ、喜びに表情を開かせた。「あるじゃないか! ハンマーか。まぁ選択としては悪くない。コイツでドカンと基地の天井をぶっ叩けば、簡単に潰せる」


「そいつはハンマーじゃないっすよ。杵」


「キネ? キネって何だ」


「それは餅を」


 言い掛けたテツジを、私は慌てて遮った。何も自分らから馬鹿にされるネタを開かす必要もない。


「い、いや。工事用の道具ですよ! これで地面を叩いて整地したりとか」と、適当な説明をする。「っていうか、佐治さん、なんでそんな戦う気満々なんですか。そういうの、宇宙条約で禁じられてるんじゃなかったです?」


「馬鹿、コイツは月面での戦力地図を大きく塗り替えかねない発明だぞ? コイツが五体もあれば、アメリカのアームストロング基地だって速攻で半壊させられる」


「い、いや、さすがにそれは無理なんじゃ。ほら、ミサイルとか打ち込まれたら終わりですし」


「そんなもの、ジャンプして避ければいい」


「そんな、アニメじゃないんですから。誘導とかで追ってくるんじゃあ」


「そこが重要なポイントだ」と、佐治は私に人差し指を突きつけた。「こいつにエンジンはないんだ。だから、ミサイルの自動誘導。熱源追尾は不可能。なら、軍人が操作すれば、初速の遅いミサイルを避けるのなんて簡単だ。さすがに砲弾や銃弾は難しいかもしれんがな、それも多少装甲を施して、ポンポンジャンプしながら移動すれば、まぁある程度は防げるはずだ」


 あ、成る程。


 またしてもムーンキーパーの、新たな素晴らしさが発見されてしまった。一方のロボット物大好きなテツジは、彼の作ったムーンキーパーが月面で戦闘している光景を思い浮かべてか、酷く興奮した表情を浮かべている。


「問題は武器だが。多少は投射兵器が欲しいところだな。サイズがサイズだから、人用のは無理だが。戦闘機の機銃を流用出来るかもしれん」佐治はムーンキーパーを見上げつつ思案顔で云い、私たちに顔を戻した。「わかったか? こいつの重要性が。こいつは是非、軍での採用を検討するべきだ」


「いやいや、さすがにこれ、そういう目的で作ったのじゃないですし」


 余りにきな臭い言葉に私は辟易して云ったが、佐治は私など完全に無視して、一歩、テツジに近づいた。


「幾らだ?」


「は?」


「オレ用のムーンキーパー。幾らで作れる?」


 テツジは軽く首を捻り、暫し思案した後、云った。


「じゅ。いや、百万」


 コイツ、ふっかけやがった!


 私は心の中で叫んで、慌ててテツジの肩を掴んで佐治に背を向けさせる。


「なっ、何云ってんだよ! ムーンキーパーなんて元は廃材だし、せいぜい十万がいいとこだろ!」


「馬鹿、値段交渉なんて、最初は強気じゃなきゃ駄目だろ」


「っても、いきなり百万だなんて」


 云ってる私たちの背後で、佐治は別に驚いた風もなく、淡々とした言葉で応じた。


「そんなもんか。意外と安いな。それならオレの経費で落とせる。じゃあ、設計図は? 幾らで売る?」


 あんぐり、と口を開け放つ私とテツジ。ちょっと軍事予算を甘く見過ぎていた。そう思っていたところで、テツジが急に私を指し示した。


「そういうのは、ウチの法務経理担当に相談してもらわないと」


 いきなり丸投げかよ! と再び心の中で叫ぶ私に、佐治は鋭い瞳を向ける。


「ふむ。まぁ権利を売るとなれば、そうだろうな。それで? 幾らだ?」


「いやいやいやいや」私はもう、連呼するしかなかった。「さ、さすがに月面でそういう取引をするのは、如何なものかと。宇宙条約に引っかかりますし、だいたい隊長に何て云われるか」


「じゃあ、地球でやろう。オマエら、地球に代理人はいないのか? 帰還予定はいつだ? コイツの権利、まさか宇宙公団にあったりしないよな? なら是非、軍で優先的に交渉させてもらいたい」


 参った、どうしよう。


 ここは適当に言葉を併せて帰ってもらうしかない。そう渋面を浮かべながら考えていた所で、不意に佐治を呼び出す館内放送が鳴り響いた。


 彼は軽くスピーカーを見上げ、小さく舌打ちしてから、云った。


「続きはまた今度だ。くれぐれも、公団と先に交渉を始めたりしないでくれよ」


 厳しい口調で釘を刺し、床を蹴り、出口に向かって飛んでいく佐治。私はそれを見送りながら、ため息を吐く。


「ちょっと。軍事転用だなんて。勘弁してよ」


「いいじゃん! コイツ、腕に機銃とか付くんだぜ? カッチョ良くね?」


 喜々として云うテツジ。


 それはそう、格好いいかもしれないが、それはあくまでアニメや映画で見るから良いのであって。さすがに自分たちがその片棒を担ぐというのは、とても考えられなかった。 


「アンタ、コイツが人殺しの道具に使われてもいいっての? 冗談じゃない」


「あ? 別にいいじゃん。それに佐治さんのあの様子だと、オレら超金持ちになれるんじゃん? 一億とか、十億とかもらえるかもしれないぜ?」


 ホントにコイツは、どうしようもない。


「ダメダメ! それより、さっさとディーさんの所に行くよ!」


 工場にきた用件を思い出して云う私に、テツジは例によって面倒くさそうな顔をする。


「何よ。こないだ冶具作ったじゃん。まだ何かあんの?」


「アレだけじゃ駄目だったんだって。ほら、工具持って! 行くよ!」


 ぶつくさと不平を云うテツジの尻を蹴っ飛ばして、とにかく基地の本体から少し離れた天文台に向かうため、私たちは地下通路を漂っていった。

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