第7話

 これは何がなんだかわからないが、大事件だ。


 そう直感した私は、慌てて岡と殿下、そして克也を呼びつける。まもなく現れた彼らの反応も、私と似たようなものだった。


「テツジ、オマエ、アホか!」


 真っ先に叫んだ岡。一方の克也は、何だか感心したように顎髭をさすっている。


「何だか良くわからんが、良く出来てる」そう、二体のロボット風なオブジェクトに歩み寄り、その構造を確かめた。「ははぁ、なるほど。こりゃ面白い」


「でしょ?」得意満面なテツジが応じる。「使えますよコイツ、マジで」


「いやいやいやいや」未だに混乱が抜けきらない私は、慌てて二人に割って入った。「アンタ、勝手に、何やってんの? これ何? ロボット?」


「ロボットっちゅーか、何ちゅーか」


「こんなもの作って、一体何を」そこで彼の意図に思いが至って、更に頭に血が上ってきた。「アンタ、まさか、コイツで、JTVのでっかい臼で、餅を」


 にへら、と笑うテツジに、岡は呆れを通り越して、苦笑いしながら呟いた。


「アホや。最高にアホや」


 それは〈アホ〉という言葉は、時には誉め言葉に使われる。けれどもこの場合、そんな要素はゼロだ。


「つか、こんだけの資材、どっから持ってきたの? 勝手にこんなの作って! 隊長に何て云われるか!」


「いや、これ、オレも持て余してた中途半端な残骸しか使ってねぇだろ」


 克也の言葉に、テツジは応じる。


「そっすね。殆どJTVの骨組み」


「でっ、でもっ」何というか、粗を探さずにはいられない。「そうだ、これロボット? 動かせるの? 動力とか、どうなってんの? モーターとか何とか、電気とか。今はそういうの勝手に使ってる場合じゃあ」


「落ち着けゴッシーちゃん」克也に遮られ、私は彼を見上げる。「こりゃ、動力は一切使わない。正確には、ロボットって云うか、外骨格だな」


「外骨格?」


「あぁ」そして彼は、腹部にある搭乗席らしき場所を指し示した。「人は、ここに乗る。そして腕と足を、この操作モジュールに固定する。この操作モジュールに加えられた搭乗者の動きと力は、そのまま梃子の原理で、外側の骨組みに伝わっていく」


「梃子の、原理?」


「そう。簡単に云うと、そうだな」彼は僅かに頭を悩ませ、そしてパチンと手を叩いた。「マジックアームって玩具、あったろ。手元のグリップを握ると、棒の先に付いてるでかい手が動くヤツ」


「あ、あぁ、ありましたね、何かそういうの」


「これは、あれの全身版だ」


「つか、乗ってみろよ。その方が話が早いわ。二号機は姉さんの体格に併せて作ってあるし」


 テツジが、私に云っているとは思わなかった。彼の視線が私に向けられているのに数秒後に気づくと、慌てて胸の前に手を開いた。


「わっ、私が? なんで!」


「なんで?」


 まるでわからない、というように問い返すテツジ。


「だから、なんで勝手に、他人のサイズに合わせて作ってんだよ! どうして私が乗るって前提で」


「いや、だって」困惑したように、彼は云った。「そういや、何でだろ。何かいっつもこういう役、姉さんがやるもんだからよ。何となく」更に不平を挟もうとした私に、テツジは嫌そうに両手を振った。「いいじゃん! 何? 乗りたくねぇの? ロボットだぜロボット!」


 そう云われると、何だか、乗ってみたいという気はする。けれども私は昔から、こういう身体を動かして何かやるというのが苦手で、とてもまともに動かせる気がしないのだ。


「ちょ、と、とりあえず岡さん乗ってみてよ! こういうの得意でしょ?」


 振られた先の岡も、まるで自分が乗ることを考えていなかったのだろう。少し驚いたように身をそらせたが、すぐに笑みを浮かべ、腕まくりしながらムーンキーパーに歩み寄った。


「おう、任せろ。ってか一号機の方は、男用?」


「まぁ、オレの体格に併せて作ってるから。岡なら大丈夫だべ」


 そう云うテツジに促され、岡は胴体部にある操作席に身を乗せる。それはアニメでよく見るロボット物の操縦席と違っていて、立った状態で、全身を操作モジュールに固定していく。


「おっ? おっ?」岡は少し怯えながら、身を揺らす。「これ、ヤバくね? バランス取るの」


 確かに彼が身を揺らす度、ムーンキーパーの身体も揺れ始めた。今は座った状態だが、上半身がグラグラと崩れそうになる。


「まぁ結局、岡の動きを外側の骨組みがトレースするだけだからな。身体がでかくなったと思えよ」岡を固定し終え、離れるテツジ。「じゃあ岡、腕を上げてみ? ゆっくりな」


 岡は軽くモジュールに被われた右腕の調子を確かめたあと、ゆっくりと上げていく。


「お、おおお」途端に彼は顔を紅潮させながら呻いた。「重いぞ、おい!」


 それでも彼が腕を上げるに従って、全長五メートルはあろうかという骨組みの腕も上がっていく。


 それを見ながら私は、成る程、と思った。岡の腕に取り付けられた操作モジュール。それに加えられた力は、モジュールに繋がれた鉄棒や、様々なクランクによって、外側の巨大な腕に伝達されていく。確かにこれは、搭乗者の動き、力を、外側の骨組みに梃子の原理で伝えていくだけの物なのだ。


「岡、運動不足なんだよ」ヘラヘラとしつつ、テツジが云う。「いいか、腕の重さは、岡の腕の重さの六倍に抑えてる。だいたい三十キロくらい。なんでだかわかるか?」


「月の重力は、六分の一だから」


 呟いた私に、テツジは指を鳴らす。


「そ。つまりな、そいつで動くのって、地球上でオレらが身体を動かすのと同じ力で行けるってワケ。ま、実際はモーメントとかあるから、もうちょい力いるけどな」


「確かに。コイツは月だから動かせる。地球上じゃ、とても無理だろうな」と、克也。「地球上だったら、自重を支えるために、もっと強度をでかくしなきゃならん。そしたらその分重くなるし、とても人の力じゃ簡単に動かせなくなる。重力が六分の一の環境だから、実現できた外骨格システムだな」


「そういうこと。オレら、月面基地だと重力に対して六分の一の力しか使ってないじゃないすか。だから逆に、それを全開させるには、ってのを考えたんすよ」


 次第に慣れてきたらしい岡は、両腕を自在に動かし、腰を捻る。


「なるほど、なるほどな。ちょっと勢い付けて動かすとヤバそうだけど、ゆっくり動かす分には行けるわ。ちょっと立ってみても?」


「いいけど、気をつけろよ? 竹馬みたいなもんだから、バランス取るの難しいぜ?」


「倒れたら、壊れる?」


「そんくらいは平気」


「ほんじゃ、任せろ!」


 岡は叫んで、静止し、足腰に力を溜める。ムーンキーパーはグラグラと身体を揺らしはじめたが、折り曲げられた足は伸びる気配がない。


「おおお」岡は顔を真っ赤にしながら呻いた。「動かねぇ!」


「ちょっと前に重心入れて、スッと立つ感じだよ」


 テツジに云われ、岡は軽く身体を前後に揺らし、意を決したように上体を倒した。


 グラリ、と倒れ込んでくるムーンキーパーの上体。潰されそうになった私たちは慌てて逃げたが、その時、ドスン、と、巨大な右足が一歩前に進んだ。更にその膝に力を入れ、グッと足を伸ばす。


「お、おおお!」


 岡が叫んだとき、彼の頭は急激に位置を上げ、私たちを見下ろすような所に向かっていた。


「すげぇ、これ行けるわ!」


 多少、グラグラと足腰を揺らしつつも、二本足で直立するムーンキーパー。それを唖然として見上げていた私の隣で、急にディーさんが黄色い叫び声を上げていた。


「凄い! 凄い! ホントにアニメのロボットみたい!」そしてニヤリとしているテツジに顔を向ける。「テツジさんって天才ですね! こんなの、見たことも聞いたこともありません!」


「い、いや、あんまり誉めちゃ駄目ですよ調子に乗るから」


 腕を捉えながら云う私。テツジはすぐに不平の声を上げる。


「何よ姉さん、まだオレの実力をわかってないワケ?」


「いやだって、餅つきするのに、わざわざこんなの作るなんて。馬鹿でしょ」


「いや、こいつはそんな馬鹿馬鹿しい物に使ってちゃ勿体ねぇ」と、克也。「身体を六倍の大きさに出来る。そいつを動かすには、地球上と同じくらいの力で済む。コイツがどんだけ使えるかわかるか? 月面じゃあ、幾ら重力が六分の一だからって、六倍の速度で動けるワケじゃねぇ。足の長さは変わらんからな。でもコイツを着れば、六倍早く歩ける。高いところにも手が届くし、でかい岩も一人で抱えられる。月面での人工物建設に革命が起きるかもしれん。加えて動力が不要ってのが最高だ」途端に鼻高々な表情をするテツジ。だが克也はニヤリとして付け加えた。「だがな、コイツはオマエの発明じゃねぇ。前にも似たようなこと考えたヤツがいるんだよ」


「えっ、マジっすか?」驚きに表情を歪め、叫ぶテツジ。


「あぁ。オレも忘れてたが、地球上で似たような外骨格を作った企業があってな。サイズはヒトの倍とか、その程度の大きさだが、多少実用化されてたはずだ」大きく肩を落とすテツジの肩を、克也はポンと叩いた。「まぁ、でもそいつを月面で再発明して、実際に作っちまったんだ。そいつはオマエの名誉だよ」


 確かに、聞けば聞くほど、テツジは凄い物を作ってしまったように思える。精密機械なんか一つも使っていないし、動力は不要だし、いくら徹夜しただろうとはいえ、たった一週間で二機も作れてしまう簡単構造だ。克也が云うように、月面での建築作業には大活躍するに違いない。


 目の前では、岡がかなり慣れた様子で、ドスンドスンと音を立てながらムーンキーパーを歩かせている。屈伸し、手を伸ばし、その辺の物を掴み取る。その動きの自由さを認識するにつれて、凄さを認識するにつれて、私は必死に粗を探そうとする。


 なにしろ、この性格に問題アリアリなテツジを調子づかせてしまっては。とにかく不味いのだ。だが喜びながら狭い工場を走り始めた岡を見て、とうとう諦める。仕組みは簡単。だから粗なんて、探しようもないのだ。


 だから私は、とにかく話を逸らすことにした。


「そっ、そういえばディーさん」と、目を輝かせながらムーンキーパーの動きを眺めている彼女に云う。「何か作って欲しかったんですよね? やりましょう、今すぐ」


「あっ、そう、そうでした。でも別に急いでは」


「そんなことないでしょ! 今はベテルギウスの観測任務が第一ですよ!」そして怪訝に首を傾げているテツジを呼び寄せる。「ほら、アンタ! 遊んでないで、手伝ってよ」


「あ? 何よ」ディーさんに説明を受け、差し出された簡単な図面を軽く眺め、彼はすぐに傍らの廃材置き場に向かった。「ちょい待って。十分で出来るわ」


 今度は岡は、興味深そうに眺めている殿下に巨大な手を伸ばし、掴み上げようとしている。殿下は相変わらずの仏頂面のまま、されるがままにされ、終いにはキングコングに掴み上げられた被害者のような状態になっていた。


 その間にも、溶断トーチに火を付け、あっという間に金属板を加工するテツジ。その彼を見るディーさんの瞳には、何だか酷く尊敬に満ちたような色があり、私はますます、何だかヤバい、としか思えなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る