第5話
「さっき云ったように、手元にあるのは蒸しあがった餅米一トン。それをどうにかして〈こね上げる〉のが目標だ。ちなみに臼や杵を使うなら、どうにかして用意しなきゃならない。使えるのは基地の廃材のみ。それがルールだ。いいか?」
ルールとか、ワケがわからない。
「アレ、実際、戸部さんもゲームか何かで楽しんでるんじゃないの?」
農家の二人組が去ってから、餅米の山を見上げつつ云った私。岡は楽しげに応じた。
「だろうな。向こうもベテルギウスのおかげで暇なんだよ。隊長にしても、害にならない課題を与えて暇つぶしさせようって腹なんじゃねぇの?」
その推理は当たっているように思える。
「ま、確かに。テツジの暇つぶしにはいいかもしれないですわ。〈月でお餅をつく方法〉。考えたら?」
そう私がテツジに振ると、彼は大欠伸をして見せた。
「悪リイ、オレ餅嫌いなんだわ」
「なんで! 美味しいじゃん!」
「ウチ、男、オレとオヤジだけだからよ。毎年正月に工場の従業員集めて餅つき大会やっててよ。マジで死ぬほど、つかされたんだわ」
「じゃあ戸部さんと木村さんの気持ち、一番わかるじゃん」
「わかるよ? 関わっちゃ不味いわアレ。マジで腰が折れる。キュベレイ、お前ならわかんだろ? 男だからとか、ウサギだからとかで、死ぬまで餅をつかされるなんて。ありえねぇよな?」
問われたキュベレイは、相変わらずの無表情で、ひくひくと鼻を動かしている。
ホント、この男はどうしようもない。普段からグウタラだし、基本的に自分の利益しか考えない。
「まぁ、そもそも。杵も臼もないってのは。どうしようもねぇよな」
岡は呟いてから、工場の隅に積み上げられている廃材を改め始めた。切断された金属の破片、有用なパーツを取り払った、無人輸送船の残骸。そんなものをひっくり返しながら、私は云った。
「杵は適当に溶接すれば作れそうだけど。臼っぽいのは、ちょっとないかなぁ。ていうか、この辺の金属で臼を作ったら。味が鉄っぽくなっちゃうかな?」
「なりそうだなぁ。表面に何か塗って保護しないと」と、岡。「けどそしたら、塗料の化学物質が溶け出したりして。ヤバいかもなぁ」
それは伝統的に、杵と臼は木製と相場が決まっている。プラスチックなら代替も出来るだろうが、そもそも月面というのは樹脂が不足している環境だ。有機物に近い物体は、宇宙線の影響で、すぐに劣化してしまうからだ。廃材の中にもプラスチック自体は少なく、うーん、と私たちは頭を悩ませる。そこで腕を組み、無人補給船の残骸を見上げていた殿下が、困惑した風に呟いた。
「強いて云えば、このJTVの先端部が。お椀状でFRP製だがな」
云われ、私たちは殿下の脇に寄っていく。JTV、通称〈J型こうのとり〉。まだ月面基地もなかった頃、国際宇宙ステーションに資材を送るのに使われていた〈HTVこうのとり〉の後継機で、全長十メートル、直径五メートル。巨大な砲弾のような形状をしていて、月面基地への物資の輸送に、もう何十回と送られてきている。だが地球に送り返して再利用、なんてことは、戻りの燃料や大気圏再突入のコストを考えたら見合わない。だから月面基地到着後は工場に運び込まれ、基地で利用できるパーツは全て取り除かれ、今では骨組みばかりが残っている。
殿下が指し示したのは、辛うじて残されている、先端部のドッキングハッチをカバーするための覆い。直径五メートルほどの円錐型、炭素繊維強化プラスチック製だ。岡もそれを見上げ、ふむ、と唸る。
「削って直径一メートルくらいにすれば、臼に使えるかね。土台は適当に作って」
「無理無理」と、テツジ。「FRPってよ、元々そういう形に作るのは楽だけど、後から加工するの面倒なんだよ。すぐ割れたりするし」
そういえばそうだ。学校で習った覚えがある。FRPは少し柔らかいガラスのようなものだから、後から好きなように削ったり切ったりするのが難しい。
「いいじゃん多少割れたって。使えればよ」
という岡の言葉に、テツジは頑なに頭を振る。
「ばっか。そんなひびの入った臼、他の国の連中に見せられるかよ。日本の職人はヘボいって思われるんだぜ?」
「オマエ、文句ばっか云ってないで。少し考えろよ。暇なんだろ?」
テツジは嫌そうに表情を歪め、口を尖らせ、キュベレイを抱えたまま怠そうにJTVの残骸を見上げる。
「なぁ、オマエの親分なら、こんだけデカい臼でも余裕だよなぁ」
月面のウサギ模様。それが不意に動き出してペッタンペッタンしてくれたなら、一トンの餅米なんて一瞬で餅に化けるだろう。そのシュールな想像に私は苦笑していたが、不意に思いついてパチンと手を打った。
「あ、それ、行けるんじゃない? 今は六分の一重力で五キロくらいの子ウサギたちポンポン跳ねてるんだから、ヤツらの足下に餅米置いてさ」
「いやいやゴッシーさん」と、岡が苦笑いして応じる。「さすがに無理あんだろそれ。鞭打って跳ねさせるんならまだしも、好き勝手させてるだけじゃ、蒸しあがった餅米冷めちまうんじゃ?」
「そうかなぁ。行けると思うけど」
そこで不意にテツジが、両腕で抱えていたキュベレイを、ポーンと宙に放り投げた。
ゆるゆると漂って落ちてくるキュベレイ。それを私が慌ててキャッチした時、テツジは時に見せる鋭い瞳を私たちに向け、云った。
「ヤベエ、閃いた」
「何が。ウサギに餅をつかせる方法?」
あまり本気にしてなさそうな岡の問い返し。テツジはすぐに、彼を馬鹿にした笑みを浮かべる。
「ばっか。そんなん無理に決まってんだろ。ウサギ連中は結構力使って跳ねてるように見えるかもしれねぇけどよ。ここは重力六分の一なんだぜ? 子ウサギの体重はだいたい五キロだから、連中が一メータージャンプして落ちてきたとしても、餅米にかかる力は (5x9.8)/6ニュートンしかねぇ。地球上で二十センチ跳ねるのと一緒だぜ? そんなんで餅つけるかよ。無理無理」
そっか、と私は腕組みする。力を表す単位、ニュートンは、重さと加速度の乗算(kg・m/s^2)で表される。地球の場合は重力加速度が9.8m/s^2あるが、月だとそれが六分の一。
「月面だから連中は跳ねるけど、地球じゃ無理だもんねぇ。そんだけ連中のジャンプ力は小さいって事で、それは月でも地球でも変わらないか」
「そういうこと。でもな、それが重要なのよ。地球だと無理だけど、月だと動けるってのがな」
ん? と首を傾げる私たちに、テツジは工場全体を見渡してから答えた。
「おい、岡、オレ、餅米何とか出来るつったら、休みくれるか?」
「休みって。どんくらい」
「そうだな。一週間は欲しいわ」
岡は疑わしげな表情で、私と殿下を眺める。
「そりゃ、今の状況なら。三人でも牧場回せるけどよ。何だよ。何すんだよ」
テツジは青白い顔に笑みを浮かべ、真っ赤な唇を歪め、云った。
「ひ・み・つ!」
私たち三人は、互いに顔を見合わせあう。
それは個々にやりたいことがある私たちにとっては、面倒のかかるテツジを放逐出来るというのは、非常に理想的ではあったが。どうにも彼の場合、そう安心して放し飼いにして良いものか、難しい判断が迫られるのだった。
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