第4話
たどり着いたのは、通称〈工場〉。上井克也が管理する、様々な工作機械が設えられた一室だ。月面基地で一番天井の高い施設で、ちょっとした体育館ほどの広さがある。内部は油臭く、相変わらずゴミゴミしていて、まるで種子島で見たロケット組立工場のようだ。一同が足を踏み入れると、そこには基地の水耕栽培施設担当である、戸部と木村が待ち受けていた。戸部は相変わらずの痩せぎすな顔を渋そうに歪めて私たちを眺め、木村はいつも通り、肉付きの良い頬をニコニコとさせている。
「あら。珍しいっすね。戸部さんと木村さんがここにいるなんて」
見咎めるなり云った岡に、二人は顔を見合わせ、軽く頬を歪ませ、目の前に積まれた麻袋を見上げた。それは何かの資材らしく、本当に山のように積まれていて、鉄くずや建築資材といった大柄な物体が置かれている一角の半分を占めている。
「オレも迷惑してる」簡潔に克也が云って、麻袋の山を堅い顎で指し示した。「でもよ、他に置くとこがねぇんだ」
「何なんです?」
尋ねた私に、彼は無表情に答えた。
「餅米、一トン」
「いっ?」
一斉に口にする私たち。そして岡が突っ込みの先陣を切った。
「いやいや、なんでそんなに一杯あるんです? そりゃあ正月に基地で餅つき大会があるって聞いてましたけど。なんで一トンも?」
「いいかオマエ等、重要なのは過程じゃなくて結果なんだよ」渋い表情で、相変わらずの少し枯れた声で、戸部が云った。「ここに餅米が一トンある。それをどうにかしなきゃならない。わかるか?」
「オレ、学校で先生に真逆のこと云われたっすけど」と、未だにキュベレイを抱えたままのテツジ。
「あ? じゃあ何だ? 過程を重視すれば、これから結果が変えられるとでも? それは宇宙の法則に反してる。時間の流れは不可逆、一方向にしか流れないんだ」
「要するに失敗したんだ」戸部の相棒、木村が、普段通り楽しげに云う。「何ヶ月か前から、お正月にみんなを喜ばせようと、こっそり餅米を作ってたんだけど。それが筑波も同じ事考えてて、前回の輸送船で沢山餅米を送ってきたんだ。で、この通り」
そして戸部が大きくため息を吐いた。
「隊長はカンカンさ。食料の調達に関しては、オレら二人が責任者だからな。だから『オマエら二人で何とかしろ』って。仕方がないから餅つき大会を企画して、他の基地の連中も呼んで、多少無理しても消費しようって事にしてたんだが、そこに来て超新星爆発だろう? どうするんだって」
「ベテルギウスが、何の関係があるんです?」と、私。
「馬鹿馬鹿しい話だが、誰がこんだけ大量の餅をつくんだって話。最初はオッサンに餅つき機を適当に作ってもらう手はずだったんだがな。ベテルギウスのおかげで、そんな馬鹿馬鹿しいのに電気や資源を使ってる場合かと。隊長に見直しを命じられた」
ははぁ、と、私たち四人は顔を見合わせる。
「でも、それなら無理に、全部食べる必要なんてないのでは?」殿下が首を傾げながら。「米は保存が利く。この非常時なのですから、食料計画に織り込んで徐々に消費すれば」
「馬鹿。オマエは相変わらず石頭だな」
優等生の殿下に面と向かって馬鹿と云えるのは、戸部くらいなものだろう。驚きに目を白黒させる殿下に、戸部は何度目かの大きなため息を吐いた。
「要するにこれは罰ゲームなんだよ。隊長のな。あの人の考えそうな事さ。だからこの非常時だってのに餅つき大会はやれって。まったく、他の基地の連中も合わせたら数百人分の餅だぜ? オレらにどうしろと」
「二人で頑張って、ペッタンペッタンやればいいだろと。オレは云ったんだがな」
笑いながら云う克也に、戸部は真顔で怒声を発した。
「ふざけるな。オレらはただでさえ、低重力で足腰が弱ってるんだ。んなことやったら、間違いなくギックリ腰になるぞ」
相変わらず戸部はキレやすい。だが克也は慣れたもので、笑いながら彼の怒りを受け流し、私たちに顔を向けた。
「ま、そんなワケで。何かいいアイディアはないかと思ってな。あ、一緒に餅をつきます、とかいうのはナシだぜ? んなことする必要はねぇ」
「いいか、そもそも一トンの餅ってのは、普通に臼でついたら二百回分だ」ひどく真に迫った表情で、戸部が説明する。「これを正月の餅つき大会に併せて供給しなきゃらなない。蒸したりするのは考えなくてもいい。それは基地の厨房で何とかなる。問題は、蒸しあがった餅米を、どうやって練り上げて餅にするかだ」
沈黙。
岡はおもむろに、私、殿下、テツジ、そして不思議そうな顔をしているキュベレイを眺め、云った。
「なんか、あんまり役に立てそうもないんで。帰りますね。じゃあ頑張ってください」
「おいおい、そりゃあないだろう! ウサギ牧場には、農場からも食料提供してるじゃないか! しかも無料で!」
「ウチからも堆肥を提供してるじゃないっすか」
「いいか、重要なのは結果じゃなく過程だ。オレたちは持ちつ持たれつの関係だろう?」
「オレ、さっき誰かに結果が重要だって云われましたわ」と、テツジ。
「戸部、諦めよう。二人で頑張れば、二、三日で終わるよ。どうせ暇なんだし」
ニコニコとして云った木村に、戸部は目を剥いた。
「馬鹿。それじゃあ隊長の期待を裏切ることになる。違うか?」
「いや、良くわからない。何でそうなるの?」
「隊長はな、これでオレたちの知性を試そうとしているんだ。ゴリラ並の知性と体力を使って、力任せに片づけるか? それとも霊長類の力を発揮して、スマートに、効率的に片づけるか? それが試されているんだ!」
「もうどっちでもいいよ。知り合い連中に頼み込んで、一緒についてもらった方が絶対早いって」
呆れた風な木村。それに戸部は何だかんだと反論していたが、それを遠くに眺めつつ、克也が私たちに云った。
「ま、そんなワケでな。ウサギと餅繋がりだ、何か名案があったら、二人に教えてやってくれや」
じゃ、オレはこれ以上関わるのも馬鹿馬鹿しいから、と身も蓋もないことを云って、克也は片手を振りながら工場を去る。
ホント、馬鹿馬鹿しい話だな、と私は思いながら、山と積まれた麻袋を再び見上げていた。農場と筑波、その二つの善意の空回りとはいえ、一トンもの餅米は、明らかに想定外だった。
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