第2話

「いやぁ、あの、昨日の中継は。お見苦しい点が多々あり、大変申し訳ありませんでした。本日は月面通信号外ということで、諸々事情がありましてサウンド・オンリーでお届けします。司会は例によって五所川原、そして昨日に引き続きゲストとしてディーさんにお越しいただいています。どうもどうも」


 私はマイクを前にして云いながら、隣のディーさんに頭を下げる。恐らく彼女は一睡もしていないのだろう、浅黒い肌のおかげでわかりづらかったが、目が充血して隈が出来ている。だがその大きな瞳は爛々と輝いていて、まるで寝てなどいられないといった興奮が見て取れた。その彼女は私に頭を下げつつも、ニコニコとしながらも、昨日の失態を恥じるような声を発した。


「はい。すいません。どうも。私も昨日は大変お見苦しい点を」


「いや、でもわかるよ。興奮するなって方が無理な話さ」と、羽場が割って入った。「ってゴッシーちゃん、ボクの紹介忘れてる」


「あ、そうですね。どうでもいいですが例によって羽場さんもいます。さて、ニュースでも報じられているように、昨晩ベテルギウスが超新星爆発を起こしました。超新星爆発」


「重要なことだから何回云ってもいいね。超新星爆発。活動期にある恒星ってのは水素を燃料として燃えてるワケだけど、それが尽きちゃうと、燃焼と重力のバランスが崩れて大爆発を起こす。それが超新星爆発。星の一生の終わり。ちなみにこれって、太陽の何倍も大きな恒星じゃないと起きない現象だから、地球のみんなは心配しなくていいよ!」


「ま、太陽は太陽で別の形で燃え尽きますけどね。何十億年も先のお話です」


「でも昨晩ってのも変な話だよね。ベテルギウスは地球から六百光年も離れてる。だからホントに超新星爆発を起こしたのは室町時代。そしてその光がようやく今になって月と地球に届いたってワケ。壮大な話だよね」


「はい。私も記憶が曖昧だったので昨晩調べたんですが、この銀河で起きた超新星爆発の最後の例が、千六百年。かのケプラーが観測したSN1604」


「ケプラーの法則。有名な惑星運動の法則だ」


「はい。でもその爆発は、二万光年先の、遙か彼方の星です。ざっくり云って、天の川銀河の直径が十万光年。その五分の一の距離があるワケですから、凄い遠いですね。それに比べて今回のベテルギウスは、たった六百光年先。これでその重要性を理解していただけるんじゃないかと思います。この天の川銀河には数千億の恒星があると云われていますが、それだけの数があっても、超新星爆発は数百年に一度しか起きないとされています」


「生きているうちに、しかもこんな近くの星が超新星爆発を起こすなんて。これはまさに奇跡ってワケ!」


「ということで、昨日のディーさんの狂乱具合もご理解いただけるのではないかと。しかもディーさん、天文学が本職ですもんね」


 話を振った先のディーさんは肩を竦め、苦笑いしながら云った。


「はい。まぁ、えぇ。それは以前からベテルギウスの爆発が近いんじゃないかと云われていましたが、それは宇宙規模の時間で近いというだけで、百年先か千年先か、って状態でしたからね。とても私が生きているうちに。しかも月面基地にいる間に見れるなんて。思ってもいませんでした」


「で、天文台はどうなってます?」


「調整が完璧に出来てはいませんけど、とにかく観測を続けています。こんな機会、今後数世紀はないでしょうからね。超新星爆発の仕組みは、色々と理論が提出されてはいましたが、その実体は未だ謎に包まれています。だからこの機会に、可能な限りのデータを取得しなければなりません」


「いや、マジでノーベル賞物の観測になるかもよ?」と羽場。


「ですね。そんなお忙しい中、来ていただいて本当にありがとうございます。それでそもそもなんですが、超新星爆発というのは数百年に一度しか見られない、という点以外に、天文学的に重要な点って。何なんでしょう?」


「宇宙の成り立ちの根本に関係しています。この宇宙には様々な元素があります。水素から始まって、炭素、鉄、酸素、窒素。でも宇宙が出来たばかりの頃は、軽い元素、水素などしか存在しなかったと云われています」


「じゃあ、どうやって炭素や鉄が出来たんですか?」


「恒星の活動によって出来た、という理論が主流です。ものすごく簡単に云うと、恒星はとても大きくて、重力が強い。それによって電子や原子が凝縮されて、より重い元素が出来たんじゃないかとされています」


「なるほど」


「そして超新星爆発。これはもの凄い輝きを発しているベテルギウスを見ていただいてもわかるように、もの凄い高温エネルギーを発します。今、宇宙に存在している鉄よりも重い元素全ては、この超新星爆発のエネルギーによって出来たんじゃないかとされています。さらに別の面では、超新星爆発は、まるで菌類が胞子を蒔くようにして、恒星の内部に出来た重元素が、宇宙全体にばらまかれるという現象でもあります」


「つまり私たちの地球。そもそも私たち自身も、恒星、ひいてはその超新星爆発のおかげで出来たと」


「と、いう理論が主流です。凄いお話ですよね。私は最初、このお話を聞いた時。頭がクラクラしました」


「まったく。凄いお話です」


「でもさ、超新星爆発。それっていい話ばかりじゃないんだよね」こちらも寝不足風な羽場。「爆発ってさ。そりゃあロマンがあるけれども、ヤバいよね大抵。太陽の何倍もの大きさのある恒星がぶっ飛ぶんだよ? 見てよあの輝き。マイナス十等星レベルの光が何ヶ月も残るくらいの爆発なんだ。六百光年も離れてるとはいえ、色々とヤバいのが、この月と地球にも飛んでくる」


「はい。それが今日の放送、サウンドオンリーな理由でもあります」と、私。「ニュースでご存じの方も多いかもしれませんが、ベテルギウスの爆発によって、この月と地球に飛来するガンマ線の線量が増加しています。ガンマ線」


「アルファ、ベータ、ガンマ。簡単に云うと放射線だね。ものすごいエネルギーがある電波みたいなもんで、こいつはボクらのDNAを簡単に壊しちゃう」


「細胞のDNAが破壊されると、ちゃんと機能しなくなって癌になります」


「今でも馬鹿なヤツが日焼けとかしてるけどさ、アレって自分で皮膚癌になりに行ってるようなもんよ?」


「そういう暴論は止めてください。とにかくベテルギウスに限らず、太陽もガンマ線を発していて、それをまともに浴びると色々と問題があります。地球上では大気がガンマ線を弱めるので日光浴をしても影響は少ないですが、月面、それに宇宙空間では、そうはいきません。なので月面基地も殆どが地下にあって、宇宙線を浴びないようにしています」


「でもね、問題は生物だけじゃない。電子機器もヤバいんだ」ため息を吐きつつ、羽場は背もたれに寄りかかった。「例えば人工衛星ね。当然宇宙線対策はしてるんだけれども、何百年に一度あるかないかの超新星爆発の影響って、良くわかってないんだ。ひょっとしたら地球を周回してる何百って人工衛星が、いっぺんにお釈迦になっちゃうかもしれない。そしたら地球文明はどうなっちゃうんだろうね? 天気予報も出来ない。衛星通信も出来ない。一気に中世に逆戻りだよ」


「だからそう不安を煽るのは止してください!」


「そう。ゴメン。ちょっと言い過ぎ。確かに最近の研究では、ベテルギウス級の超新星爆発が起きても、それほどガンマ線は飛んでこないんじゃないかって云われてる。その辺を確認するのも、ディーちゃんの重要な役目」


 振られたディーさんは、深刻な面もちで頷く。


「はい。今のところ、超新星爆発による宇宙線の増加量は、理論の枠を越えていません。今後も注意は必要ですが、恐らく人工衛星などには影響を及ぼさないと思われます」


「そこで理論屋と技術屋の差が出てくるんだな。技術屋ってのは、最悪の事態を想定して物事を動かさなきゃならない。だから他の国も色々と対策を考えてるらしいけど、宇宙公団も、運用を依託されている人工衛星のうち、重要度の低いもの、あるいは高すぎる物を、一時的に休眠させる計画なんだ」


「はいっ!」私はここで今日の放送の主題を明かすべく、声を高めた。「ということで、ぶっちゃけ月面通信なんか地球に送ってる場合か! って話になっています! ディーさんの重大で膨大な観測データも送らなければなりませんし、衛星の休眠でデータ通信帯域も細くなっています! 今日も音声データを送るのが精一杯だったんです!」


「ボクの所為じゃないからね!」叫ぶ羽場。


「今のところ、一ヶ月。超新星爆発の影響が見極められるまでの一ヶ月間、月面基地は重要な通信以外、行えない状態になります。ですから月面通信も暫くお休みです!」


「それより何より、ボクらこれから、どうやって生きていこう? 地球から映画や音楽なんかをダウンロードして楽しむのが、唯一の娯楽だったのに。ネットも禁止だって。信じられる? それに今、地球から月に向かってる無人補給船も心配だよ。こないだ発売されたばっかのプレステ7が乗ってるんだ。これが届かなかったら、ボクら缶蹴りでもして遊ぶしかなくなっちゃうよ」


「遊びに来てるんじゃないんですよ! 暇ならディーさんの研究でも手伝ってください! ということで、お休みの間も色々とネタは確保しておきますので、再開を楽しみにお待ちください! それでは一ヶ月後、早くて一ヶ月後。またお会いしましょう!」

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