第46話
幾ら考えても、切っ掛けすら掴めない。元々殿下は自分のこととなると酷く口が重くなるし、勝田さんの事も殆ど知らない。
「ボクもあんまり、勝田さんとは親しくないですから」
そう翌日の情報交換ミーティングで、鳥取は肩をすくめる。二人の性格から事件を読みとろうとしていたのだが、結局私たちはプロファイラーでも心理学者でもない。グダグダとした雑談が続くばかりで、何も進展はなかった。
私と岡は、運営チームに片っ端から当たってみたりもした。
まずは一番崩しやすそうな克也だが、そもそも彼は殿下との繋がりが薄かったし、勝田さんとは話したこともないという。
「でも、マスドライバーをいじられたじゃないですか。佐治さんから何か聞いてないんですか?」
尋ねる私に、彼は困惑したようにため息を吐いた。
「さぁ。オレは別に何も。いじられたのは制御プログラムだろ? 羽場は何か聞いてるかもしれんが」
そう、羽場は羽場でガードが弱いから、少し叩けば何か出てくるかもしれない。早速彼を探そうと克也の工場を出ようとした時、そういえばと思い出して私は振り向き様に尋ねた。
「そういえば、ジャクソンさんでしたっけ。具合はどうなんですか」
「ん。あぁ。ドクターのおかげでな。まだ仕事は無理だが、大分いいらしい。心配させてすまんな」
続けて見つけた羽場は、酷く暇そうに外周通路を漂っている所だった。
「だってさ、証拠保全か何か知らないけど、マスドライバーが封印されちゃってて。何にも出来ないんだもん」
「それで、佐治さんから何か聞いてないですか。オレら、とても殿下がテロリストだなんて思えなくて」
「いやぁ。ボクも別に何も聞いてないなぁ」うなだれる岡に、彼は気の毒そうに声を落とした。「力になれなくて悪いんだけどさ。殿下ちゃんがマスドライバーをいじってたのは確かなんだ。言い逃れ出来ないよ」
続けて尋ねに行った農家の二人は、まるで何も知らないし佐治と話したことすらないという具合だった。最後の望みのドクターも、大きくため息を吐いて頭を振る。
「残念だけど、私も何も知らないわ。事件の捜査の進捗自体、隊長にしか報告してないみたいだし」
「でもドクター、勝田さんも定期的に検診されてたんですよね。何でもいいんです。こんなこと話してたとか、ないですか」
「いえ? 全然雑談とかしないから」
即答されて、残るは隊長への直訴くらいしか手はなくなってしまった。
「駄目だ」繋ぎを頼んだ克也は、僅かに力を込めて断言した。「あの人も暇じゃあない。何か証拠があるならまだしも、ただお願いしますって頭下げに行ったって何にもならん」
「でも、とても殿下がテロリストだなんて」
弱々しく云った岡に、克也は困惑したように頭を掻いた。
「そりゃあ、オレもそうは思うが。問題は疑われていることなんだよ。しかも二人は完全に黙秘してるっていう。隊長としても、地上に強制送還するくらいしか手はーー」
しまった、と口を噤む克也に、岡はすぐさま噛みついた。
「強制送還? 殿下、地球に送り帰されるんすか? いつ」
仕方がない、というように、克也はため息を吐いた。
「三日後。アームストロングにテロの調査団が来る。その帰り便に乗せてもらうつもりらしい。当然、アメリカには単なる帰還という扱いでしか説明していないが、佐治が同行して、そのまま」
「刑務所に?」
尋ねた私に、曖昧に唸った。
「どうかな。監視カメラ映像といっても、証拠の一つに過ぎん。もっと確実なテロ計画の証拠でも出ない限り、立件するのは不可能だとは思うんだがな」そこで真っ直ぐに、私たちを見据えた。「とにかく、オマエらは余計な動きはするな。考えてもみろ、今の基地には怪しいヤツを抱えている余裕はない。下手にヤツらの弁護をして、オマエらにまで疑いが降りかかってきたらどうする。これ幸いにと一緒に強制送還されるぞ?」
まったく、克也の云うとおりだった。
実際に明らかになっていることといえば、殿下がマスドライバーをいじっていたことと、勝田さんが極秘通信を行ったこと。それだけならば単に興味本位でやってしまっただけかもしれないし、言い訳の仕様は幾らでもある。テロ未遂として立件するのは不可能だろう。
だが問題は、二人が完全に黙秘しているという状況だ。やっぱり何かあるとしか考えられないが、かといっていつまでも月に拘束しておくことも出来ない。強制送還というのは、妥当な対応なのだろう。
「参ったな。確かに克也さんの云うとおりだ」岡も完全に行き詰まっていた。「これ以上下手なことしたら、オレらも強制送還になっちまうな」
「でも、何か手が」
私は呟いたが、まるで何も思い浮かばない。そしてテツジは相変わらずのドライさで、早々に考えることを放棄してしまったようだった。
そうして何の手も浮かばないまま、一日が過ぎ、二日が過ぎ、克也の情報による強制送還が間近に迫っていた。
卒業の危機に始まってからの、この半年。難題が絶え間なく私たちを襲ってきたが、これほどまでに何の手がかりもない状況は初めてだった。私はすっかり不眠症になってしまって、あぁでもない、こうでもないと考えているうちに朝を迎えてしまう。
そもそも問題に取り組もうにも、明らかにヒントが不足しているのだ。解が求められる連立方程式は、変数の数が幾つ以下と決まっている。だが私が今取り組んでいる問題は、変数の数が絶対的に多すぎるのだ。
どうして殿下が、マスドライバーの制御プログラムを書き換えたのか? その目的は? 動機は? 勝田さんとの関係は?
これだけで、もうお手上げだ。
かといって勝田さん側から攻めようにも、私は彼女について何も知らなさすぎる。調べようにも誰も二人の計画について小耳にも挟んでおらず、殿下と勝田さんの口を割らせる以外には手詰まりなのはわかりきっていた。
それでも、今まで何とかしてきたじゃないか。
何か手が。
そう、眠れぬ夜も三日目に達し、タイムリミットの最終日になろうとしていた。さすがに疲労も限界に達しつつあり、僅かな眠気に促されて、意識を失いかけていた時だった。急に何か大きな音が響いて、ビクンと身を震わせてしまう。
何だろう。凄く近くで、何かを叩きつけるような音がした。
身を強ばらせて、何か異常がないかと耳を澄ます。すると再び大きな振動がして、今度は扉が叩かれる音だと気づく。その音は断続的に続いて、その度に私の心臓はバクバクと高鳴った。
何だろう。呼び出すならインターホンが付いてるのに。
ただならぬ事態を感じ取って、私はズボンのポケットから防犯スプレーを取り出す。そして相変わらず断続的に叩かれる扉に近づくと、壁に身を潜めながら、〈開く〉のボタンを押した。
途端にするすると開く扉。それと同時に部屋の中に転がり込んできたのは、こともあろうにテツジだった。
まるで訳がわからずに、立ちすくむ私。一方、狭い床に転がったテツジは、起きあがろうともせず、四つん這いになりながら奇妙な呻き声を上げていた。更に首筋には大粒の汗が浮かび、ツナギの背中もべったりと変色して貼り付いている。
さすがに異常を感じて、彼の顔を覗き込む。
「ちょっと。どうしたの。大丈夫?」
彼は声に反応したのかしないのか、ぶるぶると体中を震わせながら横たわった。真っ青になった唇からは、訳の分からない言葉が漏れてくる。
「やべぇ。やべぇよ」
「え? 何? 何が?」
「やべぇって。眼鏡がねぇよ。どうするよ」
彼の薄汚れた眼鏡は、いつもどおり眉間に乗ったままだ。それでも彼は転がるように四つん這いに戻ると、何かを探すように床を這いずり回る。
「やべぇって。マジやべぇって。眼鏡なきゃ何にも見えねぇ、どうするよ。ひでえよ姉ちゃん、マジ冗談なんねぇって」
完全に錯乱している。まるで私は何をどうしていいかわからなくなったが、すぐに目に留まった内線電話に取り付いた。
「あ、ドクター? すいません、すぐに私の部屋に来てもらえませんか? テツジの様子が変なんです!」
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