第45話

 一体、何がどうしたというのか。


 私、岡、テツジ、それに総研チームの鳥取、変態豊橋の五人で、額を寄せ合って情報交換する。尤も、今のところ殿下がくれたパッドについては、自然と伏せておいた。


 だがわかったことといえば、急に佐治が来て連れ去られたということだけ。そして誰もが頭の中で考えていたことを最初に口にしたのは、どうもデリカシーに欠落があるらしい豊橋だった。


「驚きだねぇ。まさか基地に、本当にテロリストがいたなんて」


 へっへっへ、と気味の悪い笑い声で追従するテツジ。岡はため息を吐きながら頭を振った。


「悪い冗談っすよ」


「いや、でも、少なくともその容疑で拘束されたのは確かじゃないか? 他に考えようがない。ま、仮に無罪だったとしても、暫くはあのヒステリー女と関わらなくていいのは十分に嬉しいことだけどね」


「そういえば、いいんです? こんな風に私たちと相談したりして」


 私の疑問に、鳥取は大きく肩を落とした。


「他に、どうしようもないじゃないですか。この基地の知り合いなんて、あなた方くらいなんですから」


「そうだ、克也さんとかに聞いてみるか」


 ウチは友だち一杯いるしね、というような岡の台詞に、鳥取は更に肩を落とす。しかし岡が通信パネルに向かっていった丁度その時、扉が開いて佐治の部下の一人が姿を現した。


 順番に呼んで話を聞くから、ここから出ないようにとのことだった。通信も不可。そして最初に岡と豊橋の名前が呼ばれ、不承不承後についていく。


 残された三人は、これといって想像を膨らませるネタもなく、ぼそぼそと勝田さんと殿下のひととなりなんかを話す。


「そういえばこの間、殿下と勝田さんが一緒に資料室に入っていくのを見たんですけど。何か関係あるんですかね」


 思い出して云うと、鳥取は首を傾げて唸る。


「さぁ。それは何とも」


「殿下も趣味悪いわ、あんなキツい女なんて」


 テツジの下世話な台詞に、苦笑いした。


「それはないと思いますよ」


「なんで」


「それは」と一瞬口ごもったが、別に黙ってなきゃならないほどの恩がある訳でもないと思い直したのだろう。殊更に声色を低くして云う。「あの人、男で酷い目に遭ったらしいんです」


「あ、ひょっとして会社で降格させられたとかいう」


 訓練中の話を思い出して云うと、彼は小さく頷いた。


「えぇ。不倫しちゃったらしくて。相手の奥さんから会社にまで電話がかかってきて、どうにもならなくなったとか」


「ダメ女じゃん」


 吐き捨てるテツジに、鳥取は表情を曇らせた。


「まぁ、実際は色々あったんでしょうけどね。まぁそんなワケで、一度失敗してるワケですから、勝田さんと佐藤さんに関係があるってことはないと思いますよ」


「そうかね。その手の女はよ、何回でも同じことするんだわ。馬鹿だから」


 少し黙れよ! と鋭い視線を送ったところで、扉が開いて岡と豊橋が姿を現す。彼らは一様に厳しい表情で、私たちを認めると豊橋が背後の扉を指し示す。


「ゴッシーちゃん、それに鳥取クン。お呼びだよ」


 私は鳥取と顔を見合わせてから、仕方がなく佐治の部下に従って通路を移動する。そして管理区画に差し掛かると、それぞれ別の部屋に入るよう促された。


 中にいたのは佐治で、彼は手元の資料をめくりながら私を椅子に促す。


「手早く済ませよう」そう、彼は顔も上げずに言い放った。「オマエは何を知っている? 佐藤について」


「えっと」思わず、口ごもる。「みんなに殿下って呼ばれてる。それくらいです」


 ここのところ妙な動きはなかったか? 誰か知らない人物と面会しているようなことは? 反社会的な言動はなかったか?


 そのどれにも否定の回答を続けていると、彼は軽く息を吐いて視線を机の上に戻した。


「わかった。もういい」


 帰っていいぞ、というように片手をひらひらとさせる。元から私から何か情報が得られるとは思っていなかったのだろう。


 それにしても、あまりにも無礼な対応だ。


 そう後藤の気性がムクムクと頭をもたげてきて、私は椅子から立ち上がらずに尋ねた。


「それより、何があったんです? 殿下が何を?」答えない彼に、口調を厳しくする。「何だか知りませんけど、殿下がテロをするなんてワケがありません。何かの間違いです」


「オマエは佐藤について、何を知っている?」


 冒頭の質問を繰り返されて、何も云えなくなる。それでもじっと睨みつけていると、佐治は大きくため息を吐き、リモコンを操作して壁際のディスプレイに明かりを灯した。


「監視カメラの映像だ」


 その少しぼやけた薄暗い映像の中心にあるのは、どうやら一度見学させてもらったマスドライバーらしかった。長大で砲塔に似た、電磁カタパルト。まもなくその制御卓に、一つの人影が近づいていく。彼は軽く周囲を見渡し、異常がないのを確認すると、制御卓の前に座って操作を始める。


 佐治はそこで映像を止め、影の横顔を拡大する。


 今更確認するまでもない。その真っ直ぐに伸ばした背筋、大きな背中からして、殿下に間違いはなかった。


「彼は度々、試験中のマスドライバーに工作を行っていた」


「工作?」それは映像を見せられれば、否定のしようがない。「でも、一体何を」


「射出システムを書き換え、自由にターゲットを変えられるように」


「何のために」


「彼は幾つかの座標に向けての射出シミュレーションを行った。確認された座標は、いずれも毒ガス戦争における戦略拠点」言葉を継げない私に、彼は思いがけない事を口にした。「〈月は無慈悲な夜の女王〉って小説、知ってるか?」


 云うまでもない、月面コロニーの独立戦争を描いた、名作SFだ。


「その中で戦力に劣るコロニーは、マスドライバーで月の岩を地球に発射し、隕石爆撃する作戦を実施する。ヤツはまさに、それをやろうとしたのさ。そうとしか考えられん」


 殿下が、そんなことをするはずが!


 とはいえ、私が殿下のことをどれだけ知っているかと問われると、何も答えようがない。結局そのまま解放された私は、牧場に戻って岡たちに内容を報告することしか出来なかった。


「へぇ。よくそこまで聞き出したな」岡は感心して、「こっちが聞き出せたのは、勝田さんのことだけだった」


「彼女、何を?」


「基地の衛星通信システムをハッキングして、無断で極秘通信を行っていたらしい。その宛先が」


「戦闘地域?」


「あぁ」と、豊橋さんが引き受ける。「だが、とても彼女にそんなスキルがあるとは思えなかったんだが。佐藤くんが力を貸していたんなら頷ける。きっと二人は共謀して、どちらか一方の戦力に壊滅的な打撃を与えるつもりだったんだろう。やれやれ、恐れ入るね。マスドライバーで爆撃だなんて。戦術核並みの破壊力だよ。もし実施されていたなら、テロどころの話じゃなくなる。日本は中東全部から宣戦布告されていただろうね!」


 続けて戻ってきたテツジの話を総合しても、それ以上のことは何もわからない。岡は内線を使って克也らから何か聞き出せないかと試みていたが、彼らにしても佐治たち保安チームの動きは全くわからないらしい。


「隊長なら把握してるだろうが」


「じゃあ、隊長と会えませんかね?」


 克也は難しく唸って、禿げ上がった頭を振る。


「今は無理だろうな。あの人は公平だが、私情は挟まない人だ」


 それ以上の手もなく、とにかく密に情報交換をしようということで、総研の二人とは別れる。残った三人の問題は、殿下が残した電子パッドのことだった。


「云ったか?」


 岡の短い問いに、私とテツジは頭を振る。


「まさか殿下、これを得るために、勝田さんに協力することにしたんですかね?」


 私の中で、もっとも有力になっていた推理だ。


 彼が進んで隕石爆撃なんて試みるはずがない。だとして考えられるのは、協力を強要されたか、取引を持ちかけられたか、どちらかだ。


「でも、あの殿下が。この牧場のために、そこまでするとも思えねぇよ」


 そう。そこで引っかかっている。たかだか十三匹のウサギ、そして私たちの将来のために、何千万人という人間を殺す計画に手を貸すとも。


「それに」と、私は更に自分で自分の推理の穴を広げていく。「勝田さん、平和主義者なんですよね。変じゃないです? そんな人が隕石爆撃だなんて」


「左翼は過激だからな。いつまでもケンカしてんなら、まとめてぶっ殺すぞ、とか。平気で考える」


「でも、それなら。狙うのはアメリカとかじゃありません?」


「なんで」


「反米だって。岡さん云ってたじゃないですか」


「それよか、どうするんのこのゲル」テツジがパッドをひらひらと扇いだ。「なんか持ってきた薬で簡単に作れそうだし、やっちまう? せっかくの殿下の遺品だしよ。そしたら牧場は完全復活だぜ?」


 それも考えどころだ。確かにこのデータを実用化して牧場の水をゲル化してしまえば、私たちの悩みは殆どなくなる。


「けど、出所がな」岡は僅かに考え込んで、「これ、佐治さんに持って行ったら。どうなるかな」


「どうにもならんだろ。取り上げられて終わりだわ」私もテツジの想像に同意する。「何の意味もねぇ」


「いや。でもな。やっぱり暫く、そいつは隠しとこう」


「暫くって、どんだけ?」


「それより殿下だよ。なんとか助けなきゃ。だろ? ヤツがいなきゃ、ウサギ牧場どころの話じゃねぇって。何のために、今まで一緒にやってきたんだ?」


「助けるって云っても。何をどうするんです」


 私の問いに、岡は苦笑いした。


「でも変だよ。何もかも。だろ? ゴッシーもそう思わねぇ?」


「それは。変な所だらけですよ。殿下の性格からして、っていうのもあるし、私の推理でも動機が弱いし。でも殿下に会って話を聞くことも出来ないし、そもそもの元凶っぽい勝田さんにも会えるワケもないし」


「何かあるって。きっと、何か」


 揃って考え込んだが、まるで何も思い浮かばない。さすがに行き詰まった感が出てきたところで、相変わらず岡は的確に間を挟んだ。


「とにかく、無駄に顔会わせてても仕方ねぇし。ちょっと一休みして考えようぜ。何か思いついたら、すぐに集合で」そこでふと、宙を見上げる。「あ、そうだ。今日は殿下の宿直だったな。代わりは」


「あぁ。じゃあオレやるわ」と、テツジ。「ゲルやんねぇなら、設備の改造済ましちまいたいし。いいだろ?」


 まったく、こんな時にも雑草煙草が吸いたいのか。


 私が呆れ切って何も云えないでいるうちに、そのままテツジの宿直が決定する。彼を残して牧場を離れて、私は自室に戻って今日一日の出来事を思い返していた。


 そこから次第に時間を遡っていき、何か妙なことがなかったか、事件に関係がありそうな出来事がなかったか、徐々に記憶を手繰っていく。


 一番最近の異変は。そう、殿下と勝田さんが、一緒に資料室に入っていった件。それと前後して、どうも殿下の様子が妙になっていた。微妙に気力が薄くなったというか、積極性に欠けるようになったというか。


 二人が出会ったのは、いつだろう。


 私が知る限り、それほど昔ではないはずだ。最初のプロジェクト発表会の時にはずっと私たちと一緒だったし、訓練も別日程だった。


 だとして。


「そういえば、種子島で」


 私は思い出すと同時に、呟く。食堂で二人が話し込んでいるのを見かけた。彼はあれを、何と云っていたろうか。


 確か、月面基地のコンピュータを使う順番がどうとか。その時は納得してしまったが、よくよく考えれば妙な話だ。基地のコンピュータは運用チームが握っていて、私たちと総研チームが折衝しなければならない点などない。


 あれがだいたい、二ヶ月前か。


 そこから先に、何があったろう。


 基地に来てからの殿下は、一見正常だった。妙になりはじめたのは、やっぱり資料室の頃。


 いや。そういえば何かの話をしていた時、妙に歯切れが悪かったことがある。


 あれは一体、いつのことだったろう。

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