第41話

 そうとわかれば、やることは一つだ。


「スパナ」


 それだけ云うと、テツジは工具箱に顔を突っ込んで、目的の物を探り当てる。そして聖域の前に二人で戻ると、隔壁のナットをクルクルと外していく。


 そして開いた、真っ黒な穴。


 この奥に、私とテツジの敵、というか同士、というか。そんな風な人物のための聖域がある。はずだった。


「うし、行ってくるぜ」


「行ってらー」


 やる気のないテツジの声に送られて、私は腕まくりして配線抗の中に這いだす。以前に入った時は昼だったからか、壁の奥から判然としない様々な音が木霊していた。しかし今は酷く静まりかえっていて、私はすぐに不安になってきてレシーバに語りかけた。この際、相手がテツジであっても仕方がない。


「ね。なんかさっきさ、云ってたじゃん」


「んー?」


「私みたいなの沢山知ってるって。いつの間にそんな女っ気があったワケ?」


「あー。そりゃウチの話だわ」


「ウチ?」


「四人兄弟でよ。姉貴が三人」


「へー、そうなんだ。ってか、頷けるわズボラなのも。どうせ末っ子で男だもんで甘やかされてたんでしょ」


「バーカ。女ってのはカッチョイイ男の前じゃ猫被ってよ、弟なんかゴミ扱いだわ。そんなヤツの云うこと、なんで聞かなきゃなんねぇワケ?」


 成る程、と、ほんの僅かだがテツジのパターンが読めた気がした。彼が色々ダメなのは、いわば異性に対する反抗心なのだ。


 しかしそんなことじゃ、彼女なんて出来ないんじゃなかろうか?


 いや、彼にとって女は須く敵で、彼女さんなんて作る気は微塵もないのだろう。


「でもさー、そりゃ私のことは弁解しないけどさ。いい娘も普通にいるよ?」


 という全世界の女性のために多少の弁護も試みたが、彼はもの凄く大きな欠伸をしてみせた。


「どこに? 連れてきて」


「んなの、自分で探しなよ」


「メンドクセ」


 面倒くさいのは、こっちの方だ。


 ともかくそうしてズルズルと配管の中を這っていくと、意外と近いところで煙草の吸い殻を発見した。銘柄はキャメル。だが落ちている場所からして、ここで吸っていたとも思えない。恐らく私が前に引っかけてきて、ここで落ちただけだろう。


 懐中電灯でよくよく床を照らしてみると、引きずった灰の跡らしいものが点々と奥に続いている。私は警察犬よろしく床に顔を近づけながら、灰の跡を追っていった。すると一番近い分岐点で跡は途絶え、隅の方の床に煙草をもみ消したような跡が点々と残されていた。更に周囲を探ってみると、配線の山の隙間に、数本の吸い殻が挟み込まれているのを発見する。


 レシーバに手を当て、小声で尋ねた。


「あった。ここだわ。ってか、ここ何処? 最初のT字路」


「ん。そりゃあここだろ?」


 間もなく、壁の一方がコンコンとスパナで叩かれる音がする。私はすぐに悟って、我々の同士が向かってきたであろう方向を凝視した。


「そっか、ここ総研チームとの壁の隙間か」


 そこで思い出した。前にここに来た時、総研チームの内情が探れないか、辺りをゴソゴソ這い回ったこと。それでケーブルの束の間に隠されていた吸い殻を、私は掘り出してしまったのだ。


「じゃあ犯人は」


「そうやねぇ。そこに入れそうなは、勝田って怖そうな女?」


「でも、設備担当の人。豊橋さん? あの人も小柄じゃん? あんた仲いいでしょ。違う?」


 とにかく私は一度配管から這い出て、テツジと共に隊員名簿に目を通す。あの配管に入るには、私たちのチームの男性陣で一番小柄な岡でも無理で、私なら多少の余裕はある。岡の身長は百七十、私は百五十八だ。肩幅の関係もあるだろうから一概には云えないが、身長百六十五センチくらいまでなら、無理なく入れるように思える。


 該当するのは、勝田さん、百六十二センチ。豊橋さん、百六十六センチ。あの下っ端の彼、鳥取さんは、百八十センチで明らかに対象外だ。


 私とテツジはそのデータを眺めながら、どちらからともなく唸り声を上げる。そして先に推理を口にしたのは、テツジの方だ。


「やっぱ勝田さんじゃね? あの人、すんげーストレス貯めそうだし」


「でもさ、あぁいう堅苦しい人って、絶対規則とか破んないよ。豊橋さんじゃない? あの人、なんか胡散臭いし」


「へ? どこがよ」


「変態じゃん。あんたもこないだの朝、いたでしょ。陵辱がどうとか」


「ただの冗談だべ。だいたい、あの人ガンダムオタクだぜ?」


「だから何なのさ。関係ないじゃん」


「ロボット好きに悪い人いねーもん」


「あんた頭にオイルでも詰まってんじゃないの?」


「んなワケねーじゃん。んなことなったら死ぬわ」


「とにかく」と、私は辺りを見渡した。「何か監視する方法ってないかね? カメラとか」


 面倒だなんだと渋る彼の尻を蹴っ飛ばして、今は稼働していない牧草層部分の監視カメラを取り外し、新たにケーブルを引っ張って配線管の中に設置する。これで犯人がのこのこと煙草を吸いにくればバッチリ撮影出来るはずだが、問題はカメラの電源だった。


「充電で動かすしかねーけど。それだと十時間くらいしか動かねぇな」


 それはそれで仕方がない。


「でもさ、犯人が勝田さんにしろ豊橋さんにしろ、チームの仲間には隠してるはずでしょ? なら吸ってるのは夜なんだし、その間だけ撮れればオッケーよ」


「あー、それ間違い。向こうは殆ど全自動だから、ウチと違って三交代で、普通は誰か一人しかいないとか云ってたぜ」


「へー、すげーハイテク」


「あ? んなこと云ったって箱に閉じこめときゃいい虫と、世話しなきゃなんねぇウサギじゃあ違うだろが」


「あ? 別にウチの設備担当がショボいだなんて云ってねーよ」


 問題はまだあった。岡と殿下への対応だ。


「何? 黙ってやんの? なんで?」


「んー、特に意味は。なんか説明すんのメンドいし」


 殿下は見たままだが、岡も意外と几帳面というか、慎重な所がある。私の計画を耳にした途端に浮かぶ、彼らの嫌そうな顔が目に浮かぶようだった。


 しかし彼らに伏せるとなると、カメラの回収するタイミングも二日後にしかやってこない。そして使える充電は、今から十時間分。犯人をファインダーに捉えることが、それで可能だろうか?


 運だな、と思いつつも、他に手も浮かばない。仕掛けはその程度にして、私は部屋に戻って寝支度をする。しかし名案というのは、得てしてそうした無関係の時に生まれて来るものだ。私はすぐに牧場に駆け戻って、早くも布団に潜り込んでいたテツジをたたき起こす。


「ねぇ、カメラってさ、等間隔に撮るのって出来ないの?」半分寝ぼけた様子で、首を傾げるテツジ。「わかんない? ほら、漫画みたいにさ。タイマー付けて、五分間隔で少しずつ撮ったりとか」


「んー、あー、そりゃ無理だわ。五分おきに電源入れたり切ったりは出来るけどよ、撮影開始は誰かがボタン押さなきゃ」


「そっかー。じゃあ無理か」


 のこのこと引き返そうとした私に、彼はベッドから起き上がり、頭を掻きながら眼鏡を手に取った。


「つか、何の話よ」


「何って。十時間しか撮れないのをさ、なんとか伸ばせないかなと」


「んー? それだったら動体検知モードにすりゃあいいんじゃね?」


「何それ」


「何って。監視カメラってセンサー付いててよ。何か動いたときだけ撮るとか出来んのよ。それだったら消費電力も少ないはずだし」


「何でそれ、先に云わねーんだよ!」


「何でって。忘れてた」


 これだから、ウチの設備担当はあてにならない。とにかくテツジから設定の変更方法を教えて貰って、再び穴の中に潜り込む。こう何回も潜っていれば勝手知ったるもので、レシーバはなしで懐中電灯のみで奥に進んで行く。


 だがその余裕は、何かが大きく叩かれるような音がした途端に、強烈な不安へと取って代わった。


 何というか、まるで隔壁の一つが力強く外されたような、バカンという音。それは沈黙に包まれる配管の中に木霊し、私は咄嗟に息を詰め、そして音の根元にある幾つかの可能性に思いが至ると、すぐに懐中電灯を消して身を床にへばりつけた。


 第一の可能性。真空空間との間にある隔壁が、何らかの原因で外れてしまった。だがこれは可能性としては一番低い。なぜならもし本当にそんなことが起きていたなら、とっくに私は減圧症で意識を失っているはずだし、周囲がこんなに静かなままなワケがない。


 第二の可能性。テツジが私を困らせようと思って、背後の隔壁を閉じてしまった。しかしそれもあり得ない。彼が私の強烈な仕返しに思いが至らないはずがないからだ。


 だとして、第三の可能性。


 誰か第三者が、この配管に潜り込もうとしている。

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