第15話
「へぇ。それはいい考えかもしれんねぇ」
岡は卓袱台の前から立ち上がって、パソコンを操作する。間もなく通信ソフトが起動して、呼び出しを始めた。
画面に現れたのは、小さな狭苦しい部屋の風景。そして少しカメラが傾くと、狭い床に腰を下ろしてカードゲームをやっているらしい三人の男たちが映し出された。
そのうちの一人、克也は無理に首を捻って、リモコン片手にこちらに目をやる。
「おお、岡か」そう云って、再び手札に目を戻しながら続けた。「丁度、オマエらの話をしてたとこなんだよ。この二人は、云ったかもしれんが水耕栽培の担当をしてる木村と戸部だ」
「ちぃっす」軽く頭を下げる岡。紹介された二人の青年は、軽く手を挙げただけで元の姿勢に戻った。「で、オレらの話って。何です?」
「いやな。母さんから聞いたんだが、ウサギの飼育をしようとしてるって? 面白いことを考えるもんだ、ってさ」
男の一人、木村と紹介された小太りの男が顔を上げて、親しげな声で云った。
「いいんじゃないの? オレも肉は食いたいし」
「オレもだ。トンカツ、ステーキ、牛丼」と、戸部という目つきの悪い痩せぎすな男は、夢見るように云った。「でも、あの公募じゃ難しいんじゃないか? 肉はエネルギーの変換効率が悪すぎる。そのまま食えば十キロの米でも、それを餌に家畜を育てて肉に変えようとしたら、せいぜい五百グラムがいいとこだ」
「実はそれで悩んでまして」丁度いい、というように、岡は卑屈そうな笑みを浮かべた。「実は水耕栽培をしているっていう話を聞いていて、余った藁や根や、そういう食べられないものって、どう処分してるのかなぁと」
三人は手を止めて、一斉にこちらを見つめた。
「なるほどねぇ。それをウサギの餌にしたいって?」木村はニヤニヤしながら云った。「今の所は、そういったものは微生物に分解させて肥料にしてる。けど全部を使う必要もないから、倉庫に溜まる一方さ」
「それをボクらが、有料で引き取るといったら。基地としては嬉しいですかねぇ?」
「有料? こっちが金を払うってことか?」
驚いて云う克也に、岡が慌てて付け加える。
「いや、要項にあったんですよ。廃棄物の処理費用は、一キロあたり二十万円を支払うこと、って。ってことは、基地でいらない物を処分するには、それくらいの費用がかかるってことですよね? それをボクらが処分すれば、基地側から対価があっても変じゃないですよね?」
「そんな項目あったか?」
眉間に皺を寄せて、首を傾げる克也。今度は戸部が顔を上げて、無表情に云った。
「あの項目は、懲罰的な意味合いがあって入れられているだけさ」
「懲罰的?」
「そ。本来、資源の乏しい月面で、廃棄物が出るということ自体が間違いなんだ。だから資源を無駄にするヤツは許さん、ってだけで、実際に処分にそんなに金がかかる訳じゃない。埋めるだけだからな」
「あ、なるほど。そういうことで」
肩を落としながら、岡が云う。
駄目か、と私もため息を吐いていたが、こちらの落胆をフォローするように木村が明るい声を上げた。
「でも、オレたちが使いもしない肥料を大量生産するよりは、肉に化けてくれたほうが嬉しいだろ? それにウサギの堆肥があれば、野菜の生産性も上がるし」
そりゃぁね、と同意する戸部。木村はこちらに目を向けた。
「だから、こちらから余分な藁や何かを提供するのは、いい案だと思うよ。もちろん、無料で、だけどね」
「それって、どれくらいの量なんです?」
「あとで調べておくよ。それでいいかい?」
「いや、もう、超助かります!」
お金はもらえなくとも、無料で餌が少しでも手に入れば、それだけこちらは助かる。その量次第でどれくらいコストが下げられるかな、と私が考えていると、先ほどから顎に手を当てて考え込んでいた克也が不意に云った。
「しかし、はっきりさせておいた方がいいと思うんだが。公募に応募するのはオマエらだけじゃない。まぁ多少の情報提供はいいかもしれんが、今の時点で物品の提供に関して確約するのは、どうかと思うんだがな」
それはそうだ。
慌てて岡が何か云おうとしたところで、険しい表情を崩さないでいる戸部が口を挟んだ。
「それはそうだけどな。でも彼らは、応募にあたって月面基地の状況を知ろうとした。前回の公募の時、そんなことを考えたヤツがいたか? 単に金儲けをしたいベンチャー企業のヤツとか、研究のネタにしたい偏屈な学者ばっかりで。その中に、実際基地で暮らすオレたちのことを考えてくれたヤツがいるか?」
「そりゃあ」
困惑したように言葉を濁す克也に、戸部は不機嫌そうな表情を崩さずに云った。
「対して、彼らは基地の実状を知ろうとした。それも立派な前提条件になると思うけどね、オレは。聞かれた。だから答えた。別に要項で禁止されてることじゃないし、別に競争じゃないんだから。互いにとっていい仕事が出来るんなら、それに越したことはないじゃないか」
「わかった、わかった」うるさそうに手を振って、克也は云った。「じゃあアイツらが提案書に、月面基地から無料で藁をもらうって書いても構わないし、それでアイツらが不利になることもないっていうんだな?」
「オレはいいさ」と、戸部は木村を顧みる。「キムもいいだろ?」
「いいよ。公団の事務方は文句つけてくるかもだけどね。戸部とペアなら避けられない運命さ。もう慣れたよ」
「なんだ? オレとペアなのが嫌だっていうのか?」
「そうじゃないさ。退屈しないって話だよ」
なにやら言い争いを始めた二人にため息を吐いて、克也はカメラを引きつけて小声で云った。
「悪いな、こいつら、いつもこうなんだ。性格がいいのか悪いのか、さっぱりわからん」
「いえ。でもオレらが何か面倒を持ち込んでるみたいで」
しおらしく云った岡に小さく笑って、彼は更にカメラを顔に近づけた。
「そうじゃない。元々戸部は誰に対しても反抗的だってのはあるんだが、別の事情もあってな」
「別の? なんすか?」
「例の墜落事故の前に決まってた、多目的モジュールの事業遂行者とな。上手くいってなかったんだよ。戸部は。まぁ些細な誤解が起因してるんだとは思うが」
そこまで云った所で、彼の手から小さなカメラが取り上げられた。グラグラと天地が揺れた挙げ句、当の戸部と木村の顔が映し出された。
「キミらもな、こんなオッサンじゃなく、何でもオレたちに相談してくれよ。土建屋よりは、農家の方が役立つ話だろ?」
「オッサンって云うな!」
云いながら克也はカメラを引ったくり、再び頭の禿上がった顔が映し出された。
「ま、そんな訳だ。他に何かあるか?」
いえ、特には。
そう云いかけた岡を押し留めて、私はパソコンに付いたカメラの前に顔を突き出した。
「すいません。さっきの農家さんのだけじゃなく。基地全体の廃棄物のリストとかって、存在するんでしょうか。鉄くずとか、生ゴミとか。そういったもの全て」
彼は首を傾げたが、すぐに笑みを浮かべて云った。
「なるほど。使える物は何でも使う、か。探しておくよ。見つかったら母さんに送っとくから」
「いい隣人になるよ、キミらなら」
そう、カメラの見えない所から戸部の声がした。克也は一瞬そちらに目を向けて、再び笑みを浮かべながら顔を戻した。
「オレもそう思うよ。じゃあな」
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