1章10話 新入生代表の才女が、勝利のために素肌を晒す件について(3)



「手荒い招待の上に焦らしプレイか」


「人聞きの悪いことを言わないでください!」

「人目に悪い姿を晒しているヤツがよく言う」


「ですが! これで先輩を潰せればそれでよし! もし潰せなくても、先輩は体力を消耗したその最後に――ッッ」

「あぁ、導かれるだろうな、君の待つ場所へ」


 演習場全体が大きく揺れ、激しく床を砕き、勢い良く破片が飛び散り、ステージの原形さえ徐々に崩れ始めた。


「やむを得ない。これを返してやろう」

「っっ!?」


 アンナから奪った模造剣を、その本人向かって投擲する。

 真剣ではなく贋作とはいえ、重量は2kg程度。


 致命傷には絶対にならないが。仮に当たれば攻撃として確かに成立するだろう。

 が――、


「失せろ!」


 アルベルトは柄の部分を叩き折ったようだが、それは些末なことだった。

 当然のように、彼女は柄以外の部分も触れ終えていたのだから。


 必然、模造剣は本来の持ち主の手にようやく戻ってくる。

 しかし――、


「いいのか? 毒を塗られた可能性さえ考慮しなくて」

「えっ!?」


 声がすぐ近くから聞こえた。

 たった一瞬、敵よりも剣に意識を向けた間に接近を許したのだろう。


〈万物を光に還す理法〉は空間転移ではなく、触れたモノを光に変換する神託だ。

 ゆえに、前提となるのは物質の高速移動よりも、輝くことそのもの。


 戦闘序盤でアンナが自分の神託を閃光弾フラッシュグレネードとして使ったのと同様、アルベルトの方もそれをしてみせる。それも、敵が神託を使うように完璧に誘導してみせて。


 しかも、それだけではない。


 毒――。その言葉がやたら耳に残った。

 意識が手元に向いた瞬間、今度、アンナは胸を殴られる。

 

 そして慌ててアルベルトから離れると――、


「な、っっ、ななななな!? なにしちゃっているですか!? どこ触ったと思っているんですか!?」

「チッ、女性の方が男性よりも脂肪が多い。それは承知の上だったが、あまり効果的な攻撃にはならなかったようだな」


「年頃の女の子の胸に触った感想がそれですか!?」

「実戦でそんなことを恥ずかしがっていたら、その隙に殺されるぞ? 君はどうやら、揺さぶり合いが苦手なようだな。自分でも、動揺しているのがわかるか?」


「~~~~ッッ」

「あぁ、安心しろ。流石に騙されていないと思うが、毒なんて塗っていない。ただ1回きりのブラフだ」


 赤面するアンナ。

 しかし、彼女にはやるべきことが2つあって、そのうちの1つはクリアできた。


(毒のブラフはともかく! 女の子の胸を触っておいて、効果的な攻撃にはならなかった、ですって!? こっちは本気で勝つために水着姿まで晒しているのに、その無関心……ッッ! もう! さっきは無理だったけど、今なら背後に――ッッ)


 刹那、移動、着地。

 だが――、


「カ、ハァ……ッッ!?」

「所詮は新入生。揺さぶり合いに負けて、それを自覚できても、それがもたらすマイナスを分析できない、か」

「く……ッッ!」


 また殴られた。

 今回は先刻ほどではなかったが、それでも3発も。


 翻り、引き際を弁えているアルベルトは、『〈万物を光に還す理法〉を使わせない刹那』が過ぎ去ったのを理解すると、やはり高速バックステップでアンナから距離を稼ぐ。


 刹那、ステージの上には息を呑み、瞬きさえ忘れ、身体の表面が痺れるほど張り詰めた空気、緊張が広がる。


 なぜか?

 アルベルトは引き際を察し後退した。

 アンナは未だ、その場から動けずにいる。


 つまり、どの程度続くか観客に知る由はなかったが、今は互いに互いの出方を覗っている状況だった。


「あまりこういうことを言いたくはないが、君のために言わせてもらおう」


 が、そこで策略を張り巡らせない最強ではない。

 演者のような言葉は、蛇の毒のように――、


「俺は君の事情をなにも知らない。言わずもがな、出会ったばかりだからだ。しかし、君と出会ったばかりの俺にも、1つだけ、アンナ・ハーフェンフォルトについて言えることがある」

「そ、それって……」


「君は一度も、俺に攻撃を届けていない」

「…………ッッ」


「よって君の熱意は、微塵も俺には届いていない」


 いつの間にか、唇を切っていたのだろう。超えるべき強敵、憧れの最強を睨み、アンナは口元から紅い血を流し、零す。荒く浅く短い呼吸を意地でも整えながら、鬼気迫る双眸で、嗚呼、未だ勝利を諦めない。

 いや、厳密には、諦められない。


 翻りアンナの正面では、勝利の化身が悠然と、しかし真剣な無表情で挑戦者のことを視界から逃がさず、そう、すでに勝利を確信していた。

 そして――、


「――、〈万物を光に還す理法〉、発動」


 アンナが言葉を紡ぎ、事実、おのが神託を発動しようとしても、現実は残酷なほどなにも起きず、なにも変わらない。自分が望んだとおりに神託が発動しなかった。

 この結果を受け、心も体もボロボロになった彼女は苦渋に塗れた表情かおでアルベルトを睨み、ついに、気持ちだけは負けていなかったのに、一歩だけ後退あとずさってしまうではないか。


 畢竟だ。むしろ今まで後退らなかったのは頑張った方である。

 アルベルト・ナハトヒューゲルと決闘の舞台で相見あいまみえ、それでも戦慄し、恐怖し、最強に絶望し、自分に失望し、そして敗北した学生は数多くいる。学生でなくても、彼を相手に怯えた悪の神託者だって少なくないのだ。ゆえに、アンナが後退るのは恥ずべきことではない。


「なんで……ッッ!? どうしてッッ!?」

「――――」


「先輩はアタシを殴った! 何度も何度も! 何回も何回も! なら……ッッ、アタシが意図的に接触したわけではないけれど! 先輩の身体とアタシの身体は、確かに触れ合ったはず! なのに……っ! なのにぃ……なんで先輩に〈万物を光に還す理法〉が使えないの!?」


 アンナは慟哭さえ彷彿させる叫びを上げる。

 理解不能、否、理解するための取っ掛かりさえ見つけることが不可能であった。


〈いづれ世界に遺す墓標となる罪重ねた屍〉は『勝負に絶対に勝つ神託』であって『神託を無効化する神託』ではない。1人の神託者が複数の神託を持つことは稀にあり得るが、彼がそうだという事前情報はなかった。そしてそれ以上に、1つの神託が複数の効果を発揮するということは、稀にもあり得ない話だ。

 なのに――、


(本当になんで……先輩はアタシの神託を無効化できるの!?)


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