1章9話 新入生代表の才女が、勝利のために素肌を晒す件について(2)



 一方、アルベルトは後方に連続して跳躍し、ステージの端、そこから2m弱の地点まで引き下がった。端的に言えば背水の陣である。


 無論、自暴自棄になったわけではない。

 敵の着地点の候補を、己が視界内に全て収めようとしただけだ。


 そして――、


(まだギリギリ、先輩の左目は死んでいるはず! なら!)

(引っかかるだろうね、わざと左目を煩わしそうにしている演技に)


 アンナはアルベルトの左側に着地する。


「…………ッッ」


 が、気付いたら殴られていた。

 平衡感覚が曖昧になり、足元が崩壊するような感覚がアンナを襲う。


「遅い」


 ただ至極簡潔な宣告。

 だが、アンナの耳にそれは聞こえていなかった。


 いや、聞こえている否かなんて些末なこと。アルベルトは特に慈悲も容赦もなく、敵の顔面や腹部に、何度か拳を叩き込む。


 ゴズッッ、と、肉を撃つ音が響いた回数。

 その分だけアンナは数秒、意識を刈り取られる。正真正銘、それは負の連鎖。痛みによって生じた隙に、再度、アルベルトが殴る蹴るなどの攻撃を乱発した。


 いざ、繰り返すこと9回。

 そう、宣言どおり、全ての攻撃を『肉体』に。


「く……ッッ!」


 殴られても意識を保ち続けられる状態。

 必死の想いでそこに辿り着くと、衝動的にアンナは片腕を大きく振った。自分の能力を鑑みれば、これだけで充分な牽制になるはずだから。


 無論、アルベルトは余裕でそれを躱す。しかし『〈万物を光に還す理法〉を使わせない条件』が満たされなくなったのも事実。必然、高速バックステップで敵との距離を稼いだ。


 敵の後退を理解すると、再度、彼女の方も光化瞬動を使い彼我の距離を多めに取る。

 そして痺れるような、焼けるような痛みを放つ、『頬』を手でさすった。


「演習用の銃の出番はなさそうだな」

「――なんで? どうして?」


「――――」

「素肌を殴られたのに、先輩を、光に変換できない……?」


「言っておくが、俺に神託を無効化する神託なんてない。俺にあるのは、勝利し続ける道だけだ。敗北は、許されない」

「ぐっ」


 ヤバイ。なにが起きたのかわからないが、だからこそヤバイ。

 衝動的に、アンナは再三、光化瞬動でアルベルトの目から逃れる。

 わずかでも臆して止まれば、捕捉され敗北するという直感に確信があった。


(指先まで覆うアームストッキングでもハメていた? わからない。でも、まず、今やるべき最善手は、自分の方から! 先輩の両手以外の部位に触れること!)


 今度こそ、アンナはアルベルトの絶対的死角に移動した。


「やはり拙い。君の動きは露骨すぎる」

「なっ……!?」


 目と目があう。

 戦場に静かにアルベルトの声が響き、アンナの短い驚愕がそれに続いた。


 言うと、アルベルトは自分の『頭上』に移動していたアンナの手を悠々と躱す。次に、流水のように滑らかな動作で、重力に従って落下する彼女の背中に蹴りを撃った。今の一連に関してなら、直接の迎撃は不可能でも、回避という一動作で余裕を作ってからの迎撃は可能だった。


 刹那、衝撃。初回よりも絶望的な体勢で蹴られたことにより、アンナは激痛で持っていた剣を放す。全身を刺すような激痛に喘ぎながら、繰り返すように無様にもステージの上をバウンドした。


 気を緩めたら失禁しそうなほどの激痛。当たり所が悪ければ気絶するほどの横転。

 片やアルベルトは空中に放られた剣を掴む。その1秒後には、ステージの端に柄を叩き付けて、一応、彼女が常に持っていた部分を割ってみせた。


(一応、柄は折った。けど当然、ハーフェンフォルトさんは他の部分にも触っているはずだ。なら――)


「ウぇ……、ゲホ……っ! ゴホ……っ! ア、ァ、っっ」

「君が常に触れていた部分は折らせてもらった。取り返したければ、君が直接、俺から奪え。光にして引き寄せるなど、今や不可能だろ?」


 反抗的な目で向こうは睨んでくる。

 先ほどからあった彼女との会話。彼女からの反発。それが、今はない。恐らく向こうは吟味ぎんみ、精査したのだろう。こちらの発言から匂う戦況が、なにを意味しているのか、を。


「――それにしても、芸がないな。光化瞬動が君の全てなのか?」

「ゲホ……っ! ゴホ……っ! ウソでしょ……っ! なんとなくわかったけど、今、先輩はアタシの動きを目で追えていた……ッッ!? 一体どうやって!?」

「馬鹿め、教えるわけがないだろう。ちなみに、視線で動きを先読みした、という答えなら30点程度だ」


 苛立たしげにアンナは奥歯を軋ませる。

 とはいえ、転んでもただで起きる気はない。

 今しがた、一縷の望みだけは手に入れてみせた。


「――光化瞬動」

「ほぅ」


 瞬間、神託者本人ではなく、アルベルトの靴が光に変換されて場外に落とされた。

 それを確認すると、アンナはまだ諦めていない、と、言わんばかりに立ち上がる。


「先輩は、アタシを何回か蹴りました」

「そうだな」


「1回目は右足で、今のは左足」

「――――」


「そして今、アタシは左足の靴を光に変えられた」

「あぁ、察しのとおり、接触を許容できる場合とできない場合、その両方がある」


「なら……ッッ」


 再度発動する〈万物を光に還す理法〉。

 その瞬間、ステージの一部が1m四方に切り抜かれて、消失した。


「やはりそうきたか」

「えぇ! 転べば転んだ分だけ! アタシは多くのポイントを光に変えて、疑似的な隕石を落とせる!」


 比較的緩やかだった戦闘が一変、ステージの上では局所的な天変地異カタストロフィが猛威を振るう。

 1m四方の石が目測、5~10mの間に出現し、必然、重力に従い、瞬きの間よりも疾くステージの上に連続して堕ちた。


 火山の噴火時のような振動。落雷のような轟音。縦横無尽に奔るひび割れ。

 破壊、暴虐、死滅の隕石が、アンナの激痛と屈辱を叩き返すかのように、アルベルトを潰そうとする。


 不幸中の幸い。初手を躱せば次の手も、さらにその次の手も、ある程度だけ躱しやすくなる。あとから出現した石が、前に出現していた石、その攻撃を妨害してしまうのは得策ではないから。

 落石が別の落石の威力を削いではならない。エレオノーラはこれを理解しているし、その理解をアルベルトは理解している。


 それに、自分の手応えよりわずかに多く身体を床に叩き付けていた彼女を見て、この展開に相手が持ち込みたかったことは察していた。


 とはいえ、これは事前に覚悟していても、かなり回避行動に集中力を割かれる。

 臆して足の動きをわずかにでも緩めれば、即行で潰されてしまうだろう。


 そして最後に――、


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