1章8話 新入生代表の才女が、勝利のために素肌を晒す件について(1)



 刹那、――――ッッ、と、アンナの姿がその場から消失した。

 残響はなく、残像もない。


 それと同時に白熱。

 弾け瞬き、広がり輝くそれは、目が眩み、網膜を灼くような純白の閃光だった。


(なるほど。開幕から一手で2つの効果、か)


 アルベルトは薄くとはいえ確かに笑う。嗚呼、新入生にしては上手い作戦だった。疑似光速移動の副産物――即ち、自らの肉体を光に変換するゆえに光ってしまう、その必然的現象を閃光弾フラッシュグレネードとして活用するか、と。


 だが、それは想定の範囲内。

 彼は戦闘が始まった瞬間、すでに右目を閉じていた。


 そして実際に、いくつか想定していた展開パターンの1つに進むと、閉じた左目に代わり右目を開ける。

 並行して、閃光が完全に消滅するよりも疾く、アルベルトは競い合うようにバ――ッッ、と、勢いよく振り返った。


 振り向いた身体の正面、動かした視界の中央。

 そこには模造剣で襲いかかるのではなく、左手でアルベルトに触れようとしていたアンナの姿があった。


(読まれた……ッ!?)


 一瞬だけアンナは焦燥を自覚する。

 だが、彼女の方だってこれは想定の範囲内だった。EXランクならば、こちらの初手程度、必ず対応してみせるだろう、と。


 即効で気持ちを切り替える。彼女はやはり、左手をアルベルトに向けて、呼吸すら惜しむほど速く突き出した。

 果たして挑戦者の左手が速いか、王者の迎撃が間に合うのが速いか。


 無論、アンナの狙いは〈万物を光に還す理法〉を使うこと。ひいてはアルベルトの身体を光に変換し、決闘の舞台から除外することだ。

 ルール上、10秒以内にステージの上に戻ってこない、あるいは各々10秒以内でも合計10回、ステージから離れてしまうと敗北だ。このルールは彼女にとって非常に都合がいい。


 が、アルベルトの方もそのようなことは重々承知。

 だからこそ、王者は次の一手を撃つべくして撃った。


「――まずは、剣でもくれてやろう」

「その余裕、絶対に後悔しますよ!?」


 迫りくる凶手に、アルベルトは剣での迎撃を試みる。

 翻り、アンナの方も眼前の剣を掴もうとした。


 風を切る音を鳴らす剣、残像さえ魅せる左手。

 そして――、


つたない、な」

「…………っっ」


 アンナはアルベルトの攻撃を掴み損ねて、彼の一撃を手首に喰らいそうになる。


 完璧に掴めると確信していた。

 速度さえ、変わらなければ。


 十中八九、攻撃速度を意図的に遅くしていたのだろう。途中で空気を唸らせるように速度が上昇して、加えて、軌道の方まで変則的にされてしまったのだ。


 しかし、アンナは今度、読み負けたがそれに焦燥を覚えない。

 戦慄もなければ、深い絶望もなかった。


 なぜか?

 自明だ。


 剣が手首に直撃した瞬間――、


「光化瞬動ッッ!」


 ――それは光に変換されて場外に飛ばされる。

 アンナは最初からこれを狙っていたのである。失敗に終わったが、アルベルト本人を触れれば、彼の身体を場外に飛ばすのは前述のとおり。同時に、彼自身に触れられなくても、剣の方が自分の肌に触れれば、彼の武器を1つ、早々に使用不可能に陥らせることができる。


 けれど、次の瞬間、彼女は骨身に染みるほど思い知った。

 結局、上を往っていたのは向こうだった、と。


「ボディがガラ空きだ」

「えっ?」


 警告。

 その時だった。


 腹部から背中まで貫通するような、並びに内臓が揺れるような衝撃。

 アンナの腹部にゴスッッ、と、回し蹴りが撃ち込まれた。


 まるで胃の中身を、全て吐瀉としゃしてしまいそうなほど、強烈な蹴りだった。彼女の視界が一瞬、パンッ、と、風船が弾けるように点滅する。彼女はその意識の不規則な断絶を、背中に奔るバウンドの痛みに頼って捻じ伏せた。

 とはいえ、身体は腰から折れ、数回ステージの上をバウンドしながら、彼女は苦悶の表情を我慢できない。開幕早々、気絶しなかっただけ幸いか。


「注意を逸らすために剣を代償にして、靴底で攻撃ですか……」

「悪く思うなよ。俺は戦場に立った以上、老若男女を問わず、必要なら、あらゆる攻撃を実行すると決めている。女性だからと手加減されるのは、君にとっても本意ではないだろう?」


「当然です。差別しないでください」

「なら、慈悲も遠慮も躊躇いも、すべからく、アンナ・ハーフェンフォルトに対する無礼と心得よう。しかし――」


 これでは彼我の距離は約7m。

 王者は悠々と立ったまま、挑戦者のことを睥睨した。


 倒すべき相手に見下されるのは気に喰わない。翻り彼女の方は、口元のよだれを手の甲で拭いながら、幽鬼のようにフラ……ッッ、と、立ち上がる。


「言っては悪いが、君の行動は全て想定内だった。神託を使い俺の背後に回ることも。その絶対的死角から襲いかかることも。当然だろう? 俺だって君の立場だったら同じことをする。だからこそ――この瞬間は必然だ」


 否。必然なわけがない。口で言ってみせるのと実際に現実にするのとでは、天と地ほどの差があって然るべきだ。〈万物を光に還す理法〉の技の1つ、光化瞬動は人間の動体視力では追えないほど、ハイスピードで移動をこなしてみせるのというのに……。

 しかし――、


「アタシの方も言っては悪いですが、EXランクってこの程度なんですか? なにか越しの攻撃なんて、アタシと戦った9割以上の人が思い付く作戦ですよ?」


「なら、そろそろ本気を出そう」

「今までの決闘が本気じゃないというのなら、本気を出したらどうなるんですか?」


「水着の上から攻撃されても不服だろう。お望みどおり、その肉体を直接撃たせてもらう」

「光になりたかったら、どうぞご自由に!」


 アンナはアルベルトのことを挑発する。

 実力で劣っているのだから、決闘に臨む態度だけでは負けられない。


 彼女は相手が最強ということを無視し、否、最強だからこそ、意固地にも生意気な決闘相手の少女を演じてみせた。


 続く刹那、アンナは一度静かに瞑目する。

 だが、すぐに開眼し――、


「光化瞬動!」


 再度、アンナは自身の肉体を光に変換して、ステージの上を縦横無尽に翔け巡る。今回は単発ではない。早く、速く、より疾く。自分で自分の動きを制御できる限界まで、彼女は敵を攪乱かくらんしてみせる。


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