二十九章
妹男爵の
「そ、それ……長門さん、それっ、その匂いは白米よね!」
「……そう」
差し出すが早いか
「おいしい……お米がおいしいわ」
「……それはよかった」
その様子をじっと見ている俺と長門の口も梅干しである。まあこないだハルヒのにごり酒を取り上げた埋め合わせなのだろう。……梅だけに、うまい。
「ここでも作れたらいいのに。日本の梅と紫シソが手に入らないかしら」
それは難しいんじゃないだろうか。イングランド王宮と鎌倉幕府は付き合いがないですから。
「……スモモを品種改良すれば似た味は出せるかもしれない」
「えっホントウ!?」
「……でも交配を繰り返すのに十年は必要」
梅干しを食うために十年は待てないだろう。いっそのことシルクロードを
「味噌汁……ネギのたっぷり入った味噌汁が飲みたい」
体育座りの
「ハルヒに聞いてみますよ。あいつなら酒どころか味噌でも
俺達の中で地味に農業を続けてるのはあいつだけだしな。古泉は騎士装備で馬を乗り回してるし、長門はドラッグストアの経営者だし、俺は十字架をかかげてお
「人をバイキンマンみたいに言うなあ!」
噂をすればだ。バイキンってお前、世界中の
「何の用だ?」
「用がなきゃ来たらいけないの」
「昼飯なら今日はサーモンのムニエルだぞ」
「そっ、それはおいしそうね……じゃない、キョンちょっとそこに座りなさい」
レディの前では立ってるのがマナーだろ。ハルヒはポケットからくしゃくしゃになった羊皮紙をいくつも取り出して、
「紙くずよ、全部紙くず。今の金融政策やったのキョンでしょ。この、ド素人めが」
「そうだが。財政再建するために必死で発行した金券だぞ。おかげで流通する
「流通だあ? バッカじゃないの。あんたイングランド中がインフレになってんの知らないの? お金があってもモノがない、うなぎの滝登りで物価倍増中よ」
「ま、まあ予想はしてたけどな。うへへ」
強引にグローバル化経済をやって景気を低迷させた経済学者のように冷や汗タラタラである。
「涼宮さん、わたしがキョンくんに財源確保を頼んだの」
っていうか、なにがなんでも金を作れとせっついたのはもともとハルヒじゃなかったですっけ。
「あのねえ。農林水産が未熟な国にいきなり債券経済を導入すればどういうことが起こるか、分かってたはずでしょ」
「
「チガウチガウちがーう、キョンちょっとそこに座れっちゅーの!」
「だから座れねえっちゅーの!」
「もともと農村は自分で作って自分で食べる
「まあそういうことになるわな。それのどこが問題だ」
「あんたには二十世紀型経済の頭しか無いんかい」
「すまんが、お前の頭は十二世紀でも俺の頭は二十一世紀のままなんでな」イッテテ耳ひっぱんな。
「利益が一部に集中する、売るものがある金持ちはどんどん金持ちになっていく、生産力のない小作人はどんどん貧乏になっていく。この単純な
「あー、つまりなんだ、産業革命以降じゃないと一か所に大金が集まるような仕組みはだめだってのか」
「あったりまえよこのハゲ」
いやこれでもだいぶ髪伸びてきたんですがね。
ハルヒが言いたいのはだな、債券でお金を多重化するのは、ロンドンみたいな金とモノが集まる都会に住んでる商人にとっては都合のいい方法だったかもしれないが、ほそぼそと自分で植えたものを売って小銭を稼いでるだけの農夫にとっては、返って生活が厳しくなる、ということだ。日用品を買うためには小麦を金の代わりにするわけだからな。マージンを取る小麦の買い付け業者は
ハルヒは、やっと理解したかこの石頭、とペシッと頭を叩いた。
「待って涼宮さん。もう走り出しちゃったんだし、元には戻せないわ」
そうそう。世の中には元には戻せないこともある。
「む~、どうすんのよ。フランスとスペインの貴族が安い債券を大量に買い付けて、
「その債権を買い戻すためにまた債券を発行すりゃいいんじゃね」
「日本式か! まあそれも悪くはないけど」
いやいや、生産力も未熟で
「もう、最後の手段で増税するしかないか」
「口を開けば増税増税と、あんたは財務省か」
いやまだ一度しか言ってないけどな俺。それ以外に解決策があるんだったら教えてくれ。
「農家の生産を増やすわ」
「え」
三人が
「わたしが生産性を上げるように
「それは散々やった気もしますが……」
「まだまだ土地を開拓できると思うの。この際だから森林が丸ハゲになってもかまわないわ」
ハゲという言葉に耳ピクする俺である。まあ数年後には森林保護法みたいなのが
ハルヒは腕組みをして、
「いいわ。品種改良、
「そのための債券を発行しないとな」
「またそれなの……」
ハルヒは
ハルヒがズカズカと出ていって部屋の中は妙にしんと静まり返った。
「だいたいストッパー役の俺がハルヒにクレームを入れるのが普通なのに、立場逆じゃん」
「それもそうね」
朝比奈さんが笑っている。
「……ある意味警報かもしれない」
なに、錬金術殿、今ヤバいこと言いましたか。
「……あなたの指摘どおり、これまで涼宮ハルヒの行動の後処理はわたしたちがやっていた。それが今回涼宮ハルヒ自身による修正、保守が二度続いている」
「あれかな、嫁さんの世話を焼いてみたい暇なお
「……自らの行動に飽きて他人のフォローにまわるのは一理ある。でも今後の経済と産業に与える影響を
通俗的って、お前が俺のあだ名を口にするのはあんまり通俗的でない気もするが。
「まあアレが怒鳴り込んできたからには、なにか危機感みたいなもんがあったのかもしれんな」
「そういえば妹ちゃんのときもそんな感じだったわ。既定の縁談が破談になった
たしかにあのときのハルヒはお
凡人には理解できないだけで、一見しただけでは
「ここは俺達でもフォローしといたほうがいいでしょうね」
「そうね。
「長門、ちょっとケミカル学の知恵を貸してくれ。この際だしありえない錬金術でもいい」
「……了解した」
長門には本物の錬金術の知識を応用してもらい、超強力バクテリアで
長門の試算では、気候がいつも通りで雨の具合も変わらなければ、来年の収穫は二割増し程度にはなりそうだということだ。
季節は夏。日照時間が伸びているこの頃では夜明けも早く、あくびとともに早朝のミサをしながら、天にまします我らが父よ、日本じゃそろそろ夏休みですなあなどとノスタルジーに
「おい古泉、朝っぱらからなにやっとるんだ」
「ラジオ体操らしいです」
古泉が古風なバイオリンをケルト調の物悲しい湿った音程で
「新しい朝がキタワァァ。グロースターの皆さん、おはようございます。天気
ラジオ体操参加者はフンフンッと鼻息も荒く空手の構えのように腰のところで手を握り、全員が一心に宙を見つめたままじっと動かない。
「古泉、もう一度聞くけど朝っぱらからなにやっとるんだ?」
「ええと、僕の口から申し上げるのは
しょうがなく付き合ってます的な古泉がバイオリンの弓をリズミカルに弾きながら
「なんで女しかいないんだ?」
「皆さん妊婦さんですよ。シスターのご指導です」
そういえばそろそろ六ヶ月を
「ブラザージョーン、あんまジロジロ見ないでおくれよ~。あたしたち恥ずかしいにょろ」
「あっすいませんシスター。なんかずいぶんと風変わりな体操だなと思ったもので」
朝比奈さんはどうやら体型が気になるらしく、ゆったりしたワンピースを着てなるべくお腹の部分が丸く見えないようにと、ウエスト周りを真っ直ぐに伸ばし伸ばしに苦労している。
「みくるちゃん、あなたはもっと自分の体に自信を持ちなさい」
「は、はいっ」
最近ではハルヒがマタニティドレスをあれこれ仕立てて、朝比奈さんを着せ替え人形にしているようだ。なるほど今日はギリシャ風編み込みアップヘアにアテネ
その日の夕方、執事さんがやってきてディナーに呼ばれると、伯爵が朝比奈さんの手を取りエスコートしている。朝比奈さんは大丈夫歩けますからと何度も言うのだが、転んではいかんのでと握った手を離さなかった。
「マイレディ、そろそろご自分の部屋で
今回が初めての伯爵はハラハラドキドキで、大きなお腹をえっこらさと運んでいる朝比奈さんに、ささっと寝椅子を持ってきたり枕を用意したり、夏なのに寒くないかと肩掛けを持ってきたりと心配のし通しである。
「こら伯爵、あんまり過保護にしちゃだめよ。妊婦はできるだけ動いて回ったほうがお腹の子のためにいいんだから」
ハルヒは酒蔵で仕込みをはじめたようで着ている服から酒臭い匂いをプンプンさせている。
「しかしだなあミス・スズミヤ、彼女にもしものことがあったらと心配で心配で……」
「あと三ヶ月もあんのにそんなオロオロしてて、
「普通は家でじっとしているものだと聞いているのだが……」
この時代の妊婦はまるで今にもヒビが入って割れんばかりのハンプティダンプティを上回る扱いで、部屋の外に出ることも許されないらしい。まあ流行性の病気が多いし、流産とか出産時の死亡率が高いので納得できなくもないが。当の朝比奈さんはあんまり気にしてもないようで普通に領内を走り回っていて、今のところはまだ馬にも乗っている。
出産が近づいたらもっとしんどいことになるだろうに、夜も眠れないらしい伯爵は少し
「あれれ、乳製品は大丈夫なんですか」
テーブルの上には珍しくシチューと温めたミルクが並んでいた。
「レディシップが問題ないとおっしゃったのでな、メニューを戻してもらったのだ」
なるほど、いつの間にかつわりがエンディングを
大広間のテーブルで俺が
この山のような盛り具合はお腹の子のためにもっと食えという伯爵のゼスチャーなのかと思ったが、そうではなく、焼いた七面鳥、野うさぎのシチュー、巨大なベーコンのかたまり、鮭のムニエルなどなど、腹にもう一人いるとはいえ朝比奈さんの食べっぷりのすごさがどういうものかは、あの長門ですら
「執事さん、お肉! もっとお肉ください!」
「恐れながらマイレディ、今晩ご用意できるものはそれだけでございます」
朝比奈さんはテーブルをドンと叩いて、
「もう、ぜんぜん食べ足りないのに」
「申し訳ありません。明日のメニューには牛を一頭ご用意いたします」
執事さんの口から皮肉が飛び出すほどがっついている朝比奈さんに、俺達はおずおずと自分のデザートの皿を差し出して、
「ど、どうぞ」
「あら、わたしはそんなつもりじゃ……」
「いえいえ、いいんですよ。僕達の胃よりレディシップのお体のほうが大事ですから」
などと古泉がご機嫌を取っている。たぶんここで
「
などと建前上のマナーを取り
「みくるちゃん食べないの? だったらあたしが、」
「わだすがいただきまス」
なんでなまっているのか分からんが、皿に向かって伸ばそうとしたハルヒの触手に
晩飯が終わると鶴屋さんが検診にやってきた。ハルヒは居間のソファに座った朝比奈さんのお腹を
「赤ちゃんまだかしらねぇ、早いとこ出てくればいいのに」
「あはは、まーだ四ヶ月も先だよハルにゃん」
朝比奈さんも笑いながら、まさかとは思うけど的な冷や汗が一粒浮いている。
「きっとみくるちゃんみたいな男をメロメロにさせるダイナマイトボディな子が生まれてくるわよ。待ちきれないわ~」
男かもしれんだろ。長門に聞けば性別くらい分かるだろう、と尋ねる視線を投げてみるが、首を横に振って拒否された。禁則事項らしい。
「ハルにゃん、そんなに待ちきれないなら歌でも歌ってやんなよ」
「へ?」
「赤ちゃんはそろそろ外の音が聞こえてるはずだから」
「へーそうなんだ。じゃあたしが一曲。オホン」
ハルヒは朝比奈さんのお腹を両手で抱えて、イギリスの
一曲といいつつもハルヒが続けてカブトムシみたいな名前の五人組が歌う、赤子よそれはお前だを歌おうとしたので慌てて俺が止めに入り、
「待て待て、ここはひとつ俺にも歌わせてくれ」
「なによ
「よろしければ僕にも歌わせてください」
これ以上の情報漏えいはやめさせるべきだと思ったのか、古泉が参加を申請したのでハルヒもマイクを
「動いたわ!」
お腹に耳を当てながら軽いヘドバンで節を取っていたハルヒが突然叫んだ。
「なにがだ?」
「赤ちゃんが動いたわ、たった今! そうよねみくるちゃん」
「ええ、初めてだわ。今の赤ちゃんですよね」
鶴屋さんに尋ねるとうんうんとうなずいている。マイレディそれはマジかと伯爵は朝比奈さんのそばに寄り、
「ちょっと触ってもいいかな」
「どうぞどうぞ」
おずおずと手を触れようとすると朝比奈さんが手をむずとつかみ、丸っこいお腹にペタとつけた。
「いや……なにも感じないが」
「確かに今動いたのよ。ちょっとキョン、さっきのやつ歌ってみなさい」
「えーアンコールやんのかよ」
「いいから早くぅ」
しょうがないので、今度は小さめの声で語りかけるように、水夫が酔っ払って仕事しねーけどどうすりゃいいんだという歌詞を歌ってみせた。
「動いた! 今の分かったわよね」
伯爵の顔がぱっと明るくなった。「ああ確かに。ずいぶん元気な子だな」
歌がうるさくて眠れんと怒ってるんじゃなかろうか。
「ちょっとキョンも古泉くんも、有希もここに来なさい。キョン歌って」
アンコールも三度目となると歌詞を覚えてしまい、今度は伯爵も加わってのトリオ合唱となった。
「……動いた」
「でしょでしょ」
「もしかして歌に合わせて腕を振ってんのか」
「ここは足よ。赤ちゃんは上下逆になってんのよ」
ああ、足が上に向いてんのな、って蹴り上げてんのかよ。ハルヒがお腹に向かって話しかけるとピョコとなにかが動き、俺達はそのたびに笑い声が
さて麦畑が黄金色に輝くイングランドの夏となり、そろそろ収穫の季節である。伯爵の直営地では、朝比奈さんの命令、いや提案により、今年からは執事さんをはじめ騎士さんや兵隊さんなどの城の住人が
夜明け前のまだ暗いうちからマナーハウスの前で机を並べ、日雇い労働者を
やがて教会の六時の鐘が鳴り、俺は農夫連中にまじって
「朝比奈さん、大丈夫ですか。あんまり無理しないほうが」
「だ、大丈夫だけど、ちょっと体のバランスが……」
といいつつガニ股で一歩ずつよっこらせという感じに歩いている。
「俺やりますんで、休んでていいですよ」
「い、いえ大丈夫。お腹の赤ちゃんが大きくなってきて、重心が移動するからよろけちゃって」
照れ笑いをしながら、ときどき手を休めて腰を伸ばしながらやっている。
太陽が昇り九時の鐘が鳴ると、休憩となり揚げパンのおやつが配られた。朝比奈さんは数人前をムシャムシャとほおばりながらミルクをピッチャごと飲み干している。
休憩が終わって作業が再開したとき、朝比奈さんが急にお腹を
「し、シスターちょっと……」
「どうしたんだいミクル、ひょっとして
近くで刈り取りを手伝っていた鶴屋さんが
「ち、違うのシスター」
手招きする朝比奈さんは頭を寄せる鶴屋さんの耳元でゴニョゴニョとナイショ話をし、鶴屋さんはガッテンと大きくうなずいて麦の束をかき集めはじめた。
たしかまだ六ヶ月くらいだと言っていたが、ちょっと早すぎじゃないだろうか。鶴屋さんは朝比奈さんの周りに、三匹の子豚の小屋みたいな吹けば飛びそうな麦わらの
「しーしー。いいんだよブラザー、ミクルのことはいいから作業に戻っとくれ」
しーしーって、ああなるほど。おしっこか。赤ちゃんが
鶴屋さんの建築した
日も高くなり、三時の鐘が聞こえてくると、あちこちでハァーヤレヤレと大きなため息が聞こえてきた。肩を叩いて首を回す姿があちこちに見える。そこからは待ちに待った昼飯である。城の台所で用意した飯を運んできた荷馬車にメイドさんが待機しており、畑にテーブルを広げると
俺は労働者一人ずつに今日の分の日当を払って回った。日雇い
一日の労働を終えたほろ酔いの農夫たちは畑の真ん中でごろ寝したり、
「おう、おつかれさん」
「……おつかれさま。頼まれていたものができた」
「おおそうかご苦労」
長門に頼んでいたのは馬に引かせる
馬に
次々にできる麦わらの山を見ながら、
「さすがだな長門、よく出来てんな」
「……この時代で知られている機械工学のみを使った。
「まあ木製だしな。大工さんにメンテを頼んでおけばいいだろう」
一緒についてきていた大工ギルドの親方は新しい工業製品を作れるようになったので感謝感激しており、盛んに長門さんブラボーを叫んでいる。俺は朝比奈さんを呼んで、農業生産力の向上になるかもしれない新しい機械を見せた。
「木材だけで設計するなんて、長門さんすごいわね! この時代は手作業でやるしかないかと思ってたわ」
「……可動部分の
「これでだいぶ楽にはなるだろ。
朝比奈さんは
俺達はしばらく試作機のテストを続けた。引く馬がまっすぐに進んでくれなかったり、いきなり麦ワラを食べ始めたり、
昼寝をしていた農夫がなにをやっているのだろうかと興味
それから数日間は収穫作業が続き、俺命名による
刈り取りが終わるとマナーハウスの倉庫で
今回俺は、学生の時分に日本史で習ったわずかな知識を
俺がその辺のことを朝比奈さんの部屋で報告していると、またもやドタ足の音が聞こえてきてやつが怒鳴り込んできた。
「こらキョン、
「まーたいちゃもんかよ。どんなお
「誰が
「
「んじゃ聞くけど、手作業で
一ブッシェルはだいたい三十六リットルなので、ハルヒが言っているのはそれぞれ百四十リットルと千百リットル。小麦の重さにするとだいたい百十二キロと八百八十キロである。
「作業が短時間で済んで楽になっただろ、何が問題なんだ」
ハルヒは大きくため息をついてみせ、
「あんたんとこの
するとなにか、うちだけがさくっと
「まーだあんのよキョン。あんたの
「お前、長門の前ではそんなこと言うなよな。あいつに設計してもらったんだから」
「だったらあんたがなんとかしなさいよ。イングランド中のマナーハウスがあれを導入したらどういうことになるか分かってんの? 人を
「
「あーっもうこの
実はこの時代、水車小屋は領主の収入源で、これ以外の方法で粉を
たぶん村のおばちゃん達から
「涼宮さん、わたしが農業の生産を増やすために頼んだの」
「石器時代が終わったらいきなり産業革命みたいじゃないの、いったいどうすんのよ」
「今はできることはなんでもやらないとお金が回らないの。農家の皆さんには必ず埋め合わせします」
「まーたキョンの一つ覚えで債券発行に頼るつもりなんでしょ。先送りの雪ダルマだわよ」
「来年の収穫までに新しい農機が均等に行き渡るようにします。陛下にもお願いするわ。来年もし作業が減って支払い額が変わるようなら、その分の仕事を用意します。涼宮さん、これでどうかしら」
ハルヒは口をとがらせて、
「むぅ……。ご主人様がそう言うなら、まあいいけど」
「これからは領内の経済だけじゃなくて国外とも
プスプスとくすぶっているハルヒはまだ不満があるという風に口をとがらせたままで、でも伯爵夫人という権力には従うつもりらしく不本意っぽくうなずいて見せてはいるが、
「しょうがないわね分かったわよ。みくるちゃん、あんた最近キョンに似てきたわよ」
このひと言で朝比奈さんの中のなにかがプチンと切れた。笑顔のままピクリと
「涼宮さん、あなたいつからキョンくんのお母さんになったのかしら」
うわー言っちゃったよこの人、笑顔で堂々と言っちゃったよ。いくら貴族の奥さんでもそれを言ったらあかんですよ。顔は笑っているけど目はまったく笑っていないハルヒの
「ちょっと、そりゃどういう意味よ。上等じゃないの、
「ごご、ごめんなさい今のは忘れて。最近なんだかイライラしてて」
両手で顔を押さえたまま長い髪をフリフリしている。
「イライラしてんだったら気持ちを吐き出しなさいよ。
「いえ、なんでもないの。たぶんホルモンのバランスが、」
「ホルモンなら一気に発散してしまいなさいよね」
なおもハルヒがにじり寄ると、朝比奈さんは突然お腹を抱え込むようにして、
「ううっ生まれるっ」
「ええっ大丈夫なの? 大丈夫なの? 救急車、キョン救急車!」
あのー朝比奈さん、なんか都合が悪くなったら生まれるを叫んでいませんか。
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