二十七章
ロウソクの
「どうしました、マイロード。悩み事ですか」
「ああ修道士殿か、気が付かなくてすまない。実はリチャード陛下からの手紙が……、これがまた頭の痛む内容でな」
机の上に山のように積まれた羊皮紙と巻物の間から
「国事にかかわるようなことですか」
宮廷の政治には関わらんほうがいいのだが、俺はなんとなく好奇心から
「そういうわけでもないんだが、いや、まあ関係なくもないというか」
「なるほど」
なにがなるほどなのだか分からんが、俺はただニコニコと黙ったまま伯爵が自ら秘密を
「王領に所有が
「ふむふむ」
「この
「婚約権ってことは、その相続人は女の子ですか」
「そうだ。貴族の親が他界して遺産を相続すると、成人するまでは
なんというピンはねだ。俺も誰かの
「身内に身寄りのない
自分はじっと座ってて農地の上がりだけ全部もらってるんでしょう。俺が言うのも何ですが、それって
「で、問題というのは?」
「ああ、手紙によると、婚約権を買いたいという
「物好きというか、金を持て余してるというか」
「その娘は爵位を
「それこそあれですよ、国王裁判所に任せればいいんじゃないですか?」
「ところがそうもいかんのだ。その
「なるほどー、王様自らオークションに入札してるとは。そりゃ頭痛の種だ」
王様は
「その競売、いや話し合いが明日あるんだが。司会を頼まれている以上は出席しないわけにはいかんだろうな」
「その女の子って何歳なんですか?」
「十四歳だ」
「じゅ、十四歳ですって!?正気なのアナタ!」
背中から突然怒鳴られて二人とも飛び上がった。立ち聞きしてたらしい朝比奈さんが部屋の
「ま、マイレディ、いらしたんですか」
俺と伯爵は
「マイロード、十四歳の女の子を
「ま、マイレディこれは
並んでまあまあとヘラヘラ笑いをしつつなだめに入る二人である。
「キョンくんも何ですか、あなたいつもはモラルのかたまりみたいな顔をしてるのに、この
も、モラルのかたまりっていったいどんな
「朝比奈さ、いえマイレディ、この時代にはこういう風習が定着しててですね。昔からよく言うでしょ、
「微妙に違う気もするが修道士殿、そうなのだマイレディ。別に彼女を
「しょ、商品だなんて、もういいです! この件は私にお任せください」
ミクル・オブ・アサヒナは
「話は聞かせてもらいました!」
問答無用で
「これはこれはレディ・イザベラ・オブ・アングレームじゃないの。随分とひさしぶりだね、聞くところによるとおめでただそうじゃん」
「ええそろそろ三ヶ月に……、そんなことはどうでもよろしいのですよ陛下!」
固い床と壁にワンワンと響き渡る朝比奈さんの声に、そこにいる全員がたじろいだ。ビシ指で刺されたその先に、大きな丸いテーブルに
「もしかしてレディアングレームも入札したいのかな。今からだと呼び
「そんなわけないでしょう。私は夫の代理でこの会合を切り捨てに、いえ、裁定に来たのです」
「えと、激オコなのは分かるんだけど、どういうことなの」
「紳士の皆さん、全員そこに座りなさい」
「さっきから座ってるけど……」
「弱きを助ける騎士道の誓いを立てた皆さんが十四歳の女の子を売り買いするなど、いったいどういうことですか。聞けばその子は両親を失い、今まさに途方にくれている身の上ではありませんか」
「い、いやあのね、僕たちは身寄りのない女の子を助けてあげようと思ってだね」
「身寄りのない大金を持たされた女の子を、でしょう陛下。その子の人生はいったいいくらなんですか。皆さんはご自分の私腹を
この中でいちばんの長老らしいご老体が椅子から立ち上がって、
「どこのどなたか知らんが、お若いお嬢さんがつべこべと申すものではない。あんたは知らんだろうが、ここにおわす方々は皆高貴な家の出で、」
「あなたのことは存じています、修道院院長。
「ロリ……わ、わしゃ女が欲しいわけじゃないわい、願わくば神の御心により修道院にささやかな寄付をじゃなあ、」
「黙りなさいこのハ……、
今ハゲって言いかけたぞ、ハゲって言いそうになったぞヲイ。朝比奈さんの気迫に押されたのか院長の爺さんは椅子に座り込み、
「はい……マリア様」
フードを深く被ってぶつぶつと
「れ、レディ・アングレーム、これは昔からやっている
「ならばその
「今から
皆は軽くうなずくフリをしたり互いに眼と眼を合わせたりしているが、手を挙げて賛同の意を表す者は一人もいない。
「リチャード陛下。あなたはイングランドの王なのです。あなたが一言言えば皆それに従うのです。それを使わずしていったい何のための王冠でしょうか」
「あ、あの……なんというか。ごめんなさい」
「ひとりの娘の人生を値付けするなど
口あんぐりの衛兵をよそ目に、
「いやー、あのときのレディ・アングレームの
この話を伯爵、俺、長門、古泉の四人が笑い
「陛下、妻がとんだご無礼を」
「いやいや、しょうがないよ。ボクたちも金になりゃなんでも売るみたいなところがあるしね。んむんむ、このライチョウの照り焼きはイッピンだ」
おっさんそれ天然記念物やから。
「それで、その子はどうなるんですか」
「
イケメンの、というところで長門の耳がピクと動いた。俺の耳元でぼそぼそとささやき、
「……修道士殿」
「なんだ改まって」
「十四歳という年齢はそれほど法外ではない」
「どゆことですか錬金術師殿」
「……一般に貴族の女性は十歳を過ぎると家同士の契約で婚約する。十六歳ですでに
「まあ平均寿命三十六歳の世界ではそういうもんかもしれんな」
「……今回の件で既定事項が破れた」
「イケメンと結婚するのが既定だったってことか」
「……そう」
なんとまあ、運命とはいたずら好きであることよのう。オークションにかけられて不幸な身の上かと思ってたら福引で一等賞の玉の
この事実を知らされた朝比奈さんは顔を
「やだ……わたしったらとんでもないドジを……どうしましょう」
「いいんじゃないですか。一人くらい逃しても白馬の王子様は一ダースいるわけだし」
俺が精一杯皮肉ってみせると的を直撃したようで、
「もうキョンくんまで。そんなつもりじゃなかったのにわたし、ごめんなさいごめんなさい」
髪をブンブンとふり回して謝る朝比奈さんである。俺に謝られても困ります。
「まあまあマイレディ、良かれと思ってなさったことですから」
古泉がなだめてみせるが、朝比奈さんの顔は青くなったり赤くなったり紫色になったり目まぐるしく変化した挙句、突然キリっとした顔つきで、
「この縁談、わたしが仕切らせていただきます」
どうやったらその結論に至るんですかマイレディ、という皆の視線をプツプツと背中に刺されながらまたもや王宮に出かけていった。いやー、結婚して落ち着いたと思ったのにまた誰かに似てきたわ。
王様に会いに行った朝比奈さんはというと四日目にやっと帰ってきた。正式な手順で面会を求め
「皆さんの前で
「王様怒ってましたか」
「陛下はああいうお方だから、笑って
やれやれ参加費まで取ってたのか。自分の葬式のチケットも先行予約で売ってしまいそうな勢いだな。
「だが、どうなさるおつもりかマイレディ。ご自分で仕切る、とは」
伯爵も笑うしかないようだ。朝比奈さんのこういうところに
「陛下にはお許しいただいたのですけど、マイロード、あの子の結婚が決まるまでうちで面倒見てもいいかしら」
「そりゃまあ、私は構わんが」
朝比奈さんは部屋のドアをふり返り、
「ロードシップにお許しいただいたわ。お入りなさい」
なんだもう連れてきてんのか。
「ジャンくーん、いいところに住んでるねぇ。置いてくれてありがとー」
じゃ、ジャンくん? なんだこの懐かしい響きは。俺は翻訳ナノマシンがおかしくなったのかと耳の中をかっぽした。
「お嬢さん、高貴なお方に呼びかけるときはマイロードと付けるのよ」
「わかったぁ、ありがとう、まいろーど。あれーこんなところにお坊さんがいるよー」
お坊さんじゃない修道士だから。ハサミ貸してといわれても持ってないからな。古泉と長門を伺ってみるとなんとなくノスタルジーを感じているようである。
「朝比奈さん大丈夫ですか。こんなのが嫁さんになったらご主人が大変じゃないですか」
「あたしのことこんなのとか言ってる、感じわるーい」
「なんたって十四歳だし、だからここで花嫁修業をして、仕込んであげようと思うの」
新婚のあなたが花嫁修業と言ってもあんまり説得力ないですが。伯爵はうんうんとうなずきながら、
「それはいい案だな。ここは城の切り盛りを習うのにはちょうどいい」
「でしょう。それに騎士さんたちは立派な方々だし、
「ま、マイレディ、うちの騎士から
「そうですけど、問題あるかしら」
「そうなると
「あら」
朝比奈さんはテヘペロとしておでこをペンと叩いた。この人も
「まあそのときはそのときで、うちとの同盟が生まれるのは悪い話じゃないが」
「そ、そうですよね。家族が増えるようなものですよね」
「そういうことだそうだ。コイズミ殿」
「僕に
「いやいや、むしろ
あーあ、そういうことか、という感じに今やっと理解した模様である。
「ぼ、僕はその……僕よりずっと功績のある先輩方がいらっしゃいますし……」
「どうかなお嬢さん、この紳士は今を時めく売出し中の騎士だ。年齢的にもちょうどいいのではないかな」
「ステキ……」
お嬢さんとやらはイケメンには目がないらしく、キラキラした目で古泉を見つめている。古泉のほうは珍しく口ごもっている。
「い、いえ僕などはその……つい先日
「コイズミ殿、結婚したら王宮にお抱えの身分だ、申し分あるまい」
伯爵はどうやら本気で仲を取り持とうとしているらしい。古泉があんまり煮え切らない
「おい古泉、ここで白黒つけとかないとお嬢さんも困るだろ」
「そうですね。ご本人の前で申し訳ないのですが、僕は故郷に想っている方がいましてね」
「なんとコイズミ殿、そうだったのか」
古泉が照れ笑いをしながらスイマセンと頭を
「え、なに? 皆
「ちょうどいいところへ、ミス・スズミヤ。こちらは男爵の娘さんでしばらくうちに滞在することになった。以後お見知りおきを」
なんだってエエェこいつ男爵だったのか。俺がみすぼらしいジャガイモみたいな坊主なのに、この、これ、こんなのが男爵だとは。
「へー、あれね、女なのに男爵ってやつね」
その
「レディミクルが
「乗ったわ、その話! 縁談話は
ハルヒにかかればどんな動かないものも動かしてみせるが、それがいいことなのか悪いことなのか、どっちに転ぶにしても七転八倒は
「ありがとう涼宮さん。縁談なんてまとめたことがないから、どうすればいいかしら」
あなた自分が取り仕切ると
「とりあえず候補者リストを出しなさいね。まずは書類選考からよ」
みたいな感じで、一方的な結婚
「まず大前提としてお金よね。農地で十バーケード以上は必須だわ。あと代々続く家柄じゃないとね」
「おいハルヒ、金で結婚させる気かよ。騎士さん達が全員尻込みしてんじゃねーか」
「おねーちゃーん、このお坊さん怖い」
「気にしないの。一生結婚できない修道士が
なぜか呼称が妹ちゃんになっちまってるぜおい。翻訳ナノマシンもそろそろ限界か。
妹男爵は
「んーっとね、イケメンで、ハンサムで、マスクの整った
お前は顔しかないんかい。ってこいつ、古フランス語がふつーに読めるのな、ああ
「オッケー、男はやっぱり顔よね。死ぬまで付き
お前ね、それを男の側が言ったら女性
「男の顔なんて、三十過ぎたら皆同じだろ」
「ちょっとそこの暇そうな修道士、今からあたしがいうことを羊皮紙にメモしなさい」
── 我がSOS騎士団は、最近領地を相続した爵位持ちのお嬢さん(十四歳)の
どこが厳正なる審査なんだか、金持ち独身イケメン
ところが、この文面を王様に送りつけた結果、続々とロリ、もとい物好きから縁談申し込みの手紙が押し寄せるようになった。
「キタワー!!エントリーナンバー一番、十九歳、スコットランドの王子様」
「まじかヲイ」
「の、
「なーんだ、売れ残りかよ」
「失敬ね、
お前まさか
「わーいタイシ様ってえ、王様になる人? かっこいい人?」
「妹ちゃん、太子じゃなくてただの王子様よ。かっこいいかどうかはわかんないけど、お金だったらけっこう持ってるらしいわ。資産価値はAAランクプラスね」
「わーい。お金大好きぃ」
終わりや。スコットランドの未来はもうあかん。
「AAランクって、スコットランド貴族全員の資産を調べでもしたのか」
「おうよ。スコットランドどころかヨーロッパ中の貴族を隅から隅まで調べてあるわ」
どこにそんな
「あたしの見立てでは、本命はこのフリードリヒ一世の孫娘の嫁ぎ先の長男ってやつね。資産もよし、家柄もよし、見てくれもよし、それが神聖ローマクオリティ」
「すごーい、それ欲しい、すごくほしーい」
「おーいハルヒ、そういう天は
「最初から割れた鍋を選んでどうすんのよ。最高の料理は
「そうだよお坊さん、お金があれば鍋なんていくらでも買えるよー」
だめだこいつ、早くなんとかしないと。
ハルヒの言う厳正なる抽選、いや審査がどういうものかというと、一人ずつ城に呼びつけて
「これはこれは
スコットランドの王子様の弟はまだ騎士身分だが、いちおう公爵予定の王族なのでこの敬称である。
「ロード・スマイト、それからレディ。お嬢さんの騎士、ここに参上いたしました。愛のためなら月にでも行ってみせます」
「殿下、ようこそいらっしゃいました。こちらが
王子様の弟はうやうやしく妹男爵の手を取って口をつける礼をした。
「うるわしいお嬢様、あなたの愛を射止められるならたとえ龍の住む穴にでも飛び込んでみせます」
「か、かっこいい弟様……」
目ン玉キラキラしてるがブラコンかよおい。かっこいいなどと、妹を持ちながらそんな言葉はついぞ聞いたことがない俺である。べ、別に
「長旅でお疲れでしょう、客室へどうぞ」
「かたじけない」
弟ちゃんが従者を連れて中へ入ろうとすると後ろから大声で呼び止める者あり。
「ちょーっと待ちなさい!」
「ハルヒ、相手は
「国賓でもジリ貧でも関係ないわ、このあと面接のスケジュールが押してるのよ。たった今から試験を開始するわよ」
スケジュールなど聞いてないし客は弟くんだけのはずだが。
「試験ってなんだ」
「妹ちゃんの旦那様にふさわしいかどうかをテストするに決まってんじゃないの。すでに試験官がスタンバってるんだから」
ビシ指の指差す方向を見ると古泉が
「テストってお前、まさか剣術試合とか
「そんな
古泉の足元には長いベンチが置いてあるだけである。
「なんだありゃ」
「
ネタがレアすぎて
「み、ミス・スズミヤ、ロードシップはお疲れのご様子なのだが……」
「いえいえロード・スマイト、是非やらせてください。私は試練を受けるためにここに来たのですから」
弟くんは愛の力かホルモンの力か、背筋をしゃきっと伸ばして騎士式敬礼のポーズを取った。試練つったか今。ハルヒの与える試練がどういうもんか、十年間耐えてきた俺ですら逃げ出したくなるほどだぞ。
ハイネス・弟くんは腕まくりをして古泉の横に立ち、
「ということは、私は彼と同じ格好をすればいいのですね?」
自ら苦渋の選択をしている。
「さっすがスコッチ、
弟くんは眉毛を上げて、エッそうだったの? という顔をしている。従者に手伝ってもらって胸を
「有希、三十秒計ってくれる?」
「……了解した。カウント開始する。
種子島宇宙センターの読み上げアナウンス嬢並みの正確さで三十を逆カウントで数え始める長門である。ベンチの上に両足で立つ、右足から降りて地上に立ち、足を
三十秒経ったらお
「よーし、そこまで」
「ど……どうでしょうか」
三分間の足踏み行軍をさせられた弟くんは肩で息をして声も出ないという感じである。
「あー、
「おい、なんで古泉まで計ってんだ。
「バカね、古泉くんの体力に
古泉の方はというと、ガパとカブトの面を上げると平然とした
「え、僕が選考基準だったんですか。だったらもっとがんばらないと」
なんかライバル意識を出し始めたぞこいつ。謎の諜報機関で養成を受けてる未来少年エスパー戦隊と十二世紀の王族の
「はい次の種目、二十二ヤードシャトルラン」
シャトルランは素人には複雑すぎて分からんだろ、っていうか音源がねーだろ、ってなんで競技大会になってんだよ。見たか、修道士のトリプルツッコミ。
お察しの通り、俺がリュートでポロンポロンと
「だらしないわねー。そんなんじゃ奥さんと城を守っていけないわよ」
「ま、まだまだ……もう一度やらせてくださ、ゴフッ」
「おーいハルヒ、ベンチの上下運動と二十メートルの往復運動にどんな意味があるんだ」
「意味なんてないわよ。体力を使い果たした上でもまだ妹ちゃんに尽くす余力があるかどうか見てるだけよ」
鬼だ。お前の前世ぜってー鬼だろ。きっと来世もだ。
「そうですよね。戦場から帰ってきて疲れていても、ちゃんと愛情を注いでほしいものよね」
さっきから一部始終を見ていた朝比奈さん、あなたもサドの気があります。長門、そこで
武士の情けよ、とハルヒがパクリのスコッチウィスキーを飲ませてやると弟くんは正気に戻り、毛細血管が急に開いたらしく、流れ出す鼻血を止めるために絹のハンカチを
大広間の
「あー、
「受けて立ちます、レディ・スズミヤ」
胸をドンと叩いてケホケホ言っているが、弟くん大丈夫か。
「いい返事だわ。あたしは
今のは弟ちゃんのお
「まず恋愛経験について聞くわ。第一問」ジャジャン、とクイズ番組のサウンドエフェクトが鳴ったような気がしたが気のせいか。
「
「な、なぜそれを!?」
おおげさに驚いてみせる弟くんだが、なーんだそんな質問かと鼻に栓をしたまま余裕で笑っている。
「メイドさんはあなたの領地の
「そのとおりです」
「では、そのメイドさんの父親の名前を述べなさい」
「エッ」
親の名前か……、うーんと頭を
「二十秒以内に答えなさい。ちっちっちっちっ」口で秒針をカウントするの聞くとイライラするんだけど。
「思い出しました。確かスティーブ、では?」
「ブー、残念。正解は、あのメイドさんには父親がいません」
ひっかけかよ。
「そうだったんですか」
「母親が
「そ、そうだったかもしれません。でも誰にも言ったことはありません」
「だがあなたは彼女の誕生日には必ずバラの花を贈っていた。これは認めますか?」
「み、認めます。ですが、あのメイドはもううちにはいません」
ハルヒは腕を組み、考え深かげに目を閉じるような仕草をして、
「そうでしょう。あなたの父親はあなたが恋心をいだいていることを察し、彼女にお金を渡して実家に帰したのです」
「し、知りませんでした。嘘じゃありません、本当です」
ハルヒは立ち上がってテーブルの前を端から端まで、腕組みをしたまま行ったり来たり歩いている。おいなんか逆転裁判じみてきたぞ。
「ええ。あなたは
「私からひとついいかしら」
「みくる
「殿下、高貴なご身分と愛を
「と、申されますと?」
「恋のために今の
「うーん……」
弟くんは考え込んでいる。
「まあ相手にもよるかもねぇ」ハルヒがニヤニヤと茶々を入れているが、真剣に考えてるんだからちょっと黙ってなさいね。
弟くんは部屋の隅にいる伯爵となにやら視線を交わしている。こういうのは貴族同士じゃないと分からないことらしい。
「マイレディ、その問いは貴族の男子の間では永遠のテーマなのです。もし
「あらまあ、どうしてなの!?」
朝比奈さんがピクと反応している。なにがあっても愛を勝ち取れと言いたいのだろうな。
「残念ながら、領地と身分を捨てて恋に走るわけにはまいりません」
「じゃあ捨てられた女性の方はどうなるのかしら!」
鼻息が荒い朝比奈さん、ちょっと、落ち着いてください。
「自分が治めている土地が他人のものになった場合、外交の取引に使われ、どんな領主の手に渡るか見当もつきません。自分の領民は自分こそが守れるのだと
未来、という言葉に朝比奈さんの髪の毛が数本ピクピクと反応した。さすがだ、という感じに伯爵は腕組みをしたままうんうんとうなずいている。そう考えると、庶民と結婚したとはいえ貴族としての体面は保たれた伯爵はラッキーだったのだなあ。
だがハルヒの鼻息は馬並みに荒く、
「愛より領地の方を取るだなんてアンタ、それでも男なの!?」
いやたぶん、この場にいる男どもはみんな同意していると思うぞ。
「議事録係は黙ってなさい。いいでしょう、この件はここまでにしておいて次の質問、」
「……待った」長門が右手を上げた。
「有希審問官、なにか聞きたいことあるの?」
「……殿下、あなたはメイド嬢の下着を自室のトランクの中に隠し持っている。これについての
下着ドロか! 下着フェチだったのかこの貴族のあんちゃん。これは有罪だぞ。
「な、なんだってー(AA略)。有希それほんとなの?」
ここで弟くんは真っ青になり、心なしか
「なぜそこまで……。本当です」
「なーんだ。殿下、あんた忘れられない人いるんじゃん。そんなんじゃ妹ちゃんの旦那になんてなれないわよ。ちゃんと別れを告げるなり、告白するなりケリをつけてからにしなさいね」
弟くんがうなだれている。
「はい……。実は私は、あの娘のことを忘れるために応募したのです。いつまでも過去にしがみついていては男として、騎士として成長できない、そんな思いでここに参ったのです」
「あんた、目的はいいんだけど方法が違うんじゃない。そういうことは直接本人に言って終わらせないとだめよ」
なにか吹っ切れたように顔を上げ、ハイネス弟くんはスクと椅子から立ち上がり、
「
皆に向かって深々と頭を下げ、日が暮れないうちに帰ると言い張るのを、伯爵がまあまあいいじゃないかとなだめて、その日は皆で晩飯を食った。その後ミニダンス会みたいなことを
夜も明けきらないうちに
「残念ねー、少年並みに純粋でしかも童貞で、育ちはいいのに。
なんで童貞とか知ってんだお前。
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