十三章
俺と長門は中世版SOS団を残して一旦は店に戻った。なんだかえらく長い間留守にしていたような感じもあるが、気のせいだろう。
ロンドンに戻ったのは、あいつらがなるべく人様の財産に手を出さずに済むように
数日後に荷馬車で森に行ってみると、あたしたちもう働きたくないでござる仕事したくないでござる状態で、金が続くだけ食いに食い飲みに飲んでいて、食料が尽きるまでは毎日ゴロ寝状態だった。太古の
「そういや古泉、領主のやつ兵隊を集めてるみたいだぞ」
とうとうヤツ呼ばわりされちまってるぜ殿様。
「なんですと!?」
「こないだ来るときもだったが、城内に百人くらいは見た気がする」
「涼宮さん、至急司令部を招集してください」
「あいあいさー」
寝っ転がったままエールを飲んでいたハルヒがうぜーだりーもうやだー的な敬礼をした。この部隊は誰が隊長なのか分からんな。と古泉の顔を見ると、命令系統を
SOS団司令部が招集され作戦会議となった。司令部ってハルヒと古泉と朝比奈さんだけかよ。これじゃお山の大将じゃないか。
「キョン、説明して」
「説明っていうかまあ、さっき言ったとおりだ。領主が大量に兵隊を集めてる。あれは近々なにかをやらかす気配だった」
「とうとう来るべきものが来たようね」
「ええ、僕もそう思います。森に進軍してアウトロー狩りをはじめるつもりでしょう」
「そこまで兵力を
「あんたどっちの味方なのよ!」
いやまあ、一般論でだな。
「本当にわたしたちを捕まえに来るつもりかしら」不安げな朝比奈さんが言った。
「まあ中世ですし、支配する側はハルヒみたいに民衆を惑わすボス的存在は嫌がるでしょうね」
「涼宮さん、せめて子供たちだけでも
「そうね。みくるちゃんは面倒を見てくれる
「分かったわ」
「あたしは様子を見てくるからキョンと有希は留守番お願い。もしものときは
そう言い残してハルヒと古泉は馬を駆って偵察に出た。
「あの、キョンくん、
「えーと、ハルヒが言ってるのはたぶん、むかし戦争中に子供だけ空襲の少ない田舎に
「三十人を受け入れてくれるところって、この辺にあるかしら」
「三十人ですか……。マナーハウスとかじゃ無理でしょうねえ。なあ長門、三十人の子供をどこかに隠しておく方法はないだろうか。量子冷凍とか一時的に時間凍結するとか、コールドスリープするとか」
妙に冷凍にこだわる俺を、長門は指さし、
「……お坊さん」
ボソリと言った。おぉそうだった。我が故郷の修道院があるではないか。俺が世話になった修道院まで子供を歩かせるのは遠すぎるので、
荷馬車に乗って村の境界線を超えて隣の領地に入り、どこかに修道院がないかとほうぼうを訪ね歩いた。道の途中で見かけた村人が森のなかにあるよと指差してくれた。両側が
「ほいっ、うちになにか用かな?」
建物のドアが開いてひょっこり顔を出した。
「えーと、こちら修道院でよろしいんですよね」
「そうだよ。あれれ~もしかしてキミ、ブラザージョーンかい?」
なんで俺の名前を知ってるんですか、しかもごく一部でしか通用していない
「いやぁ、ここいらを神がかった若い修道士が旅をしてるって風の噂に聞いたのさぁ」
なんか全部お見通しみたいですが。この人は別に鶴屋さんでもなんでもなくて、まあ確かにチラっとのぞいた八重歯はかわいいのだが、魔法使いがふり回しそうな木の杖を持ち、ケルト風の魔法使いみたいな深いフード付き白装束を着ていて、胸のところに何かの紋章が入ったペンダントを下げている。戦ったら速攻でメラゾーマとか唱えてきそうで、僧侶の俺だとマジックポイントの差であっさり負けそうである。
「えっと、こっちはミス・ミクル・オブ・アサヒナといって、」
「おーぅ、あんたがミス・ミクルかい、今世間を騒がせている山賊のボスだよね」
「ボ、ボスではありませんっ。研修生みたいなものです」
山賊に研修制度があるのかどうかは知らないが、真っ赤になってブンブンと否定する朝比奈さんである。
「あはははっ。で、お二人さん、今日は何用かい?」
「実はうちの村の子供達のことでご相談がありまして」
「うっとこ、カソリックじゃないけどいいのかい?」
「え、ここって修道院ですよね」
「修道院は修道院でも、うちはドルイド教だから。上を見てみなよ、十字架もないさ」
ありゃま、ほんとだ。教会のてっぺんにあるはずのシンボルがない。シスターの着てる衣装もぜんぜん修道服っぽくなくて、ソーサラーとかウィザードのほうが合ってる気がする。
「宗派は問題ないと思います。子供を一時的に保護していただけないかと」
「そうかいそうかい。んじゃ立ち話も何だから、中で聞くよ」
「ありがとうございます」
「ちょいと待った、ブラザージョーン。それ
いやー、これが刀だなんてよく分かりましたね。目の付け所が
シスターに
「あの……キョンくん、なぜ鶴屋さんがこんなところにいるんでしょう」
「あれは鶴屋さんのようで鶴屋さんではなさそうですが。髪が銀色ですし」
お歳を召した方のシルバーではなくて、仙人とか修行を積んだ魔法使いみたいな白銀の髪だ。
部屋の中に入ると狼の毛皮とか鹿の角、なにかごっつい動物の毛皮が飾ってあり、カソリックみたいなゴテゴテした金細工の装飾はなかった。
「ドルイド教って動物が神様なんですか」
「まあ、その一部が動物なんさね。どっちかっていうと自然そのものが神さんっていうかね」
なるほど。日本の自然信仰と似てますね。
シスターが運んできた
「それでさっきの話ですけど、実は今領主と
「あちゃー、そりゃ穏やかじゃないね」
「うちの村民が家族ごと土地を追い出されてしまいましてね。子供も三十人ばかしいまして」
「三十人かい。そりゃまた
「ほんとですか、ありがとうございます」
いやぁ話がわかる人で助かった。
「なんなら大人もうちにくればいいっさ」
「大人たちは食料の調達をしないといけないので、大丈夫だと思います」
「そうかいそうかい、そいつぁまた
「ところで、お礼はいかほど差し上げれば」
「お礼? お
いやー、世の中にはこういう奇特なお方がいるのだなあ。利権だなんだと自分のことしか考えてないどこぞの誰かに爪の垢を濃縮して毎朝飲ませたいくらいだ。
お礼はまたいずれ、ということで俺と朝比奈さんは早々にお
「あの、シスター、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「こいつはしたり、たまのお客様なのにすっかり自己紹介を忘れていたよ。あたしはクレイン、シスタークレインさ。森の門番と呼んどくれ、イェッサー」
軽く敬礼してみせる鶴屋さんだった。
「それにしても不思議な人だったわ。こんな山奥でなにをして暮らしてるのかしら」
帰りの道々、朝比奈さんが首を
「ほんと似てましたね」
俺も笑わずにはいられなかった。
「二十一世紀でもなにかと助けてくれて、もしかしたら鶴屋さんってイギリス人の血筋なのかしら」
「かもしれませんね」
鶴屋房右衛門さんはもしかするとそうなのだろうかと笑いつつ、モゴモゴとごまかしていると、
「前にもそういうことがあったの?」
「えーと」
俺はウウと詰まった。前にもというか未来にもというか異世界にもというか、いかん調子に乗って喋ってると明かしてしまいそうだ。
「禁則事項なのかしら」
「ええ、実は似たようなことがありましてね。朝比奈さん、もし過去や未来に飛んでしまって困ったことが起きたら、鶴屋さんに似た人を探すといいですよ。必ず助けてくれますから」
「そうなのね。覚えておくわ」
時と場所を問わず、俺達の周辺で影に
森に帰り着き、焚き火を囲んでボソボソとオートミールのお粥をすすっていると、夜遅くハルヒたちが神妙な顔つきで戻ってきた。
「ありゃーだめだわ。もう完全に頭が
お前以外にも
「弓兵にバリスタまで用意していました。
市民を皆殺しにする気か。なんだか話が夭安門じみてきたぞヲイ。
「作戦変更。もう王様に直訴するしかないわ」
「直訴ってたしか重罪だぞ」
「なによ、庶民に矢を向けるのは罪にならないっての!?」
俺に噛みつくなよ。後で聞いたら、直訴しても金さえ払えば重罪ではないらしい。
「難民として隣の領地にでも逃げたほうがいいんじゃないのか」
「まあ最悪そうなるだろうけど、逃げた先で生きていけるか分かんないでしょ。どうやってみんなを食べさせるのよ」
それは俺にも分からん。行った先の村で受け入れてはくれんだろうし、このままいけばハルヒたちは本当にジプシーになっちまうな。
「俺はとりあえずカソリックの修道院長に会って、偉い司教様に仲裁をかけあってもらえないか頼んでみるわ。大司教様の耳にでも入れば領主も
「さっすがキョン、出家しただけのことはあるじゃない」
いや出家とかしてないから。古泉が自分の
この領地でいちばん大きな修道院を訪ねてみたが、そこの修道院長は、かけあってはみるが今すぐにことを動かすのは難しいだろうと言った。教会というところはじわじわと何年もかけて政治が動くところだ。下っ端の司祭に話をつけ、その上の司祭に話を上げてもらい、またその上の、というように階段を登って
その日俺が森に戻ってきたのは三時の
ハルヒたちは翌朝になっても帰ってこなかった。これは困ったことになった。ハルヒが財布を持って行っちまったせいで山賊団に食わせるものがない。こんな森の中で百人分の飯をどうやって都合しろというのだ。俺と長門は相談して街道沿いに立ち、“通行税:領主”とフランス語で書いた木箱を持って立ち、
「じゃじゃーん」
じゃじゃーんって。イギリスならタラーだろ。
「キョン、裁判よ裁判!」
「まーたやんのかよ」
「ちがうわよ、今度は本物の
古泉の顔を見ると、違いますというふうに汗を一粒浮かせた。
「先日領主裁判のときに手紙をしたためていただいた長官ご本人に会ってきました。朝比奈さんに両目をパチパチしていただいて協力を
お前も朝比奈さんを安売りするな。
「それで、なにがオーケーなんだ?」
「長官を連れて宮殿に行ってまいりました」
「まじっすか、バッキンガムに!?」
「いえ、この時代はウエストミンスター宮殿です」
なるほど。ウエストミンスターは後日火災になるらしい。
「ロンドンってすっごいのよ! 大都会よ! お屋敷だらけよ! キョンも行ってみるといいわ」
おのぼりさんかよ。俺と長門はそこで暮らしてるんだよ。
「王様に会ったのか」
「ええ。五分ほどでしたが
「ということは、いやいやボクが、いやいやワタシが、どうぞどうぞを繰り返してたのか」
「微妙に違いますが、そういうことです。王家と伯爵家は当然ながら同じ家系で、相続の際に所有が
なるほど、そこにハルヒがつけ込んだというわけか。
「人聞き悪いわね」
なるほど、そこにハルヒが目をつけたというわけか。
「うむ、くるしうない」
俺のモノローグに率直なご意見を差し挟まないでもらいたい。
しかし王様に面会するのって何ヶ月も待ってやっと数分だけ会えるという、なかなか巡ってこないチャンスらしいのだが、こういうときに
「なんか面会待ちリストに急にキャンセルが入ったらしいわ」
言わずもがな。そのキャンセルとやらはお前自身が作り出したんだな。
「そこで王様の
おいちょっと待て、なんか新しい用語が出てきたぞ。
「権利令状ってなんだ?」
「権利令状というのはですね、」
主に土地絡みの権利侵害を訴えるときに、王様に金を払って発行してもらう命令書のことで『おい領主、ちゃんと公正に裁判せえ。お前がやらんのやったらワシとこの長官にやらせるで』みたいなことを書いてもらう。実は土地保有農だけはこれを書いてもらうことができる。領主裁判所で埒が明かないような民事のごたごたは、上訴裁判所ともいうべき国王裁判所に訴え出て王様に命令してもらえるようになっている。つまり王様からしてみれば、これで裁判権の横取りができるようになっているのである。
私信なので中身は読めないが、内容はだいたい以下のような感じだ。
── 神より
巡回裁判所とあるのは、別名が国王裁判所といって、その名の通りロイヤルのものだ。もともとは強盗や殺人などの重大犯罪を裁くための、有罪になれば死刑になるようなシリアスな裁判を扱っていたのだが、こういう具合に王様が裁判権を横取りする事例が増えてきて、いろいろな事件を扱うようになった。それというのも裁判をやると罰金やら没収やらで王様の
さらに裁判記録に残すため長官への命令書も書いてもらった。
── キング・リチャードよりオックスフォードシャー西部地方長官に命ずる。グロースターシャーで争われている
「へー、よく書いてもらえたな。王様もよっぽど暇だったのか」
「暇なわけないでしょ。これ高かったんだから。二シリングも払わされたのよ」
まあ弁護士費用と思えば、って二十四ペンス? 日本円で七万二千円? ペラ一枚の手紙書いてもらうだけなのに高すぎないっすか。書記官が代筆して王様は読みもせずサインするだけだろ、ボロ
「王様もこのところ戦争ばかりで財政難だそうですから」古泉はいつもの困った顔で、その王様の困った顔を再現した。
「長官にはいくらか払ったのか?」
「公式には僕達と長官との間には
「勝てばの話だろ」
「いえ、涼宮さんが勝っても負けても、森林の所有権が法的に明らかになることで長官と王様にそれぞれメリットがあります」
「なんと、裁判自体を取引のカードにしたのか」
この密約が結ばれたときのハルヒと長官の顔は、ふふふスズミヤよヌシも悪よのう、いえいえお代官様ほどではございませんわオホホホ、ばりに不気味な笑いを浮かべていたそうな。
国王裁判所から呼び出しが来た。
俺達の森を抜けて隣の領地にある巡回裁判所まで行軍することになった。国営でも地方のお役所なので造りは領主裁判所とたいして変わらなかった。たぶん司法の機能的には同じなのだろう。
建物の前には何台もの箱馬車や
硬い
そんな様子を、俺と長門と朝比奈さんはボロっちい荷馬車に乗って遠くから眺めていた。
「なんだかあっというまに
さすがタブロイドネタの国というか。
「イギリス人というのはこういう話題が好きみたいね」
「……英雄的存在が好まれる文化」
なるほどね、それがロビンフッドであり、キングアーサーか。
建物の前で長官が待っていた。キリリと引き締まった表情に、ドライヤーでも当てたのか長い
古泉が胸に手を当てて
法廷の造りは領主裁判所とほとんど同じで、真ん中に判事席、左右に原告と被告のベンチ、判事席の対面に
判事席の横のドアからカツラを被った判事が入ってきた。席につくと原告が来るのをじっと待っている。この裁判は長官の主催らしく、判事席の隣に長官専用の机がある。被告のベンチには俺達五人全員で座った。
しばらく待ってカツンカツンと硬い足音をさせながらそれらしい人物が入ってきた。
「あれがうちの領主なの? フン、たいしたこ……イケメンね」
古泉が右の眉毛をピクと動かした。ハルヒがなにか口走ってるようだが気にしないことにする。そういえば話題の人、領主様にお目にかかるのはこれがはじめてである。長い髪を後ろにまとめ、
伯爵様は足を組んでベンチに座り、機嫌が悪いのか眉毛をピクピクと動かしている。お連れの人はいつもの騎士、執事、それから重たい本を持った学者風の人を何人か連れている。法律家でも連れてきたのか。
判事席のじいさんがオホンと咳をし、
「皆さんお静かに。
「ハルヒ・オブ・スズミヤ、対、伯爵の裁判を始める」
ハルヒ対伯爵? 前に聞いたのと逆なような気がするが。古泉も
「原告、告訴状を読みあげなさい」
伯爵側の執事が一歩前に出て読み上げようとすると再び判事が、
「いや、ミスター・コイズミ」
「え、僕たちが原告ですか?」
「訴状にはそう書いておるがな」
判事は巻物を確かめるように
これはどういうことなのだろう、古泉は訴状の内容すら知らないはずだ。
「どうしたんだ古泉?」
「なぜか僕たちが原告になっています」
二人はハッと共通の得体の知れぬ何かを察して横を見た。ハルヒは下を向いたままクックックと震えながら笑っている。
「おいハルヒ、なにをやらかしたんだ」
ハルヒは何も答えず、笑いをこらえきれないふうに下を向いたまま、
「ミスター・コイズミ、さっさと読み上げて」判事が急かしている。
受け取った古泉が慌てて巻物を読み上げる。
── 裁判長閣下、オックスフォードシャー西部地方長官閣下、並びにお集まりの皆様。ハルヒ・オブ・スズミヤはグロースター伯爵に対し、オックスフォード境界上に所有する一ハイドの土地を、正当な権利と正当な相続によって請求します。それはキング・ウィリアム一世の時代に先祖が所有地として対価を払って買い取ったものであり、そこにいる伯爵によって不当に没収されました。
敵側の執事は
「静粛に、被告黙りなさい。原告、続けて」
判事は、わしは提出された書類に従ってるだけじゃからなと涼しい顔をしている。
── 昨年の七月、グロースターシャー、コッツウォルズに保有する家において、王様の平和のもとに暮らしていたところ、夜遅く六時課を過ぎた頃に伯爵配下の兵士一団がやってきて、国王の平和を乱さんとして住民を攻撃し、不法にも、
「ハルヒ・オブ・スズミヤはそれを、」
古泉が最後まで言い終わらぬうちに、ハルヒは古泉の
「裁判長、原告は被告の非道たる行いについて、宣誓と自らの身体によってそれを証明する用意があります」
おもむろにクシャクシャに丸まった靴下のようなかたまりをポケットから取り出し、オーバースローでそれを投げた。対面にいたのは伯爵その人だった。伯爵は
場内が一瞬シンと静まり返った。次の瞬間、百人の頑固爺さんがちゃぶ台をひっくり返しリングの外でパイプ椅子の投げ合いになり、蜂の巣を叩き落としたような
「えーっとだな」
たった一人だけ冷静な俺は、
「なにがあったんだ?」
真性のアフォか俺は。
「一切空気が読めてないキョンのために説明してやるとだな、」
ハルヒが俺のマネをして
「ハルヒ、あいつらいったい何を騒いでるんだ?」
「あたしが決闘を申し込んだからに決まってるじゃないの! そして伯爵は手袋を受け取ってしまったわけよ!」
ガーン。血の気が引いた。ウソぴょんでもなんでもないぞ。
伯爵様はベンチに座って貧乏
たしかに
「マイロード、今回のことはまったくお
騎士さんが汗だくになってペコペコと謝っている。
「国王裁判だからと帰ってきてみればなんというザマだ! 私が犯罪者になっているではないか!」
青筋を立てて怒るお殿様に、家臣はひたすらスイマセンスイマセンを繰り返していた。
「静粛に!
最後に一人だけハルヒの乾いた笑い声が響いてからようやく静かになり、判事は分厚い法律書をめくりながら、
「被告は、彼に対して申し立てられた犯罪に関して、有罪か否かを、審問と
「裁判長、これはまったく予期していないことであり裁判の延期を、」騎士が叫んだが、
「もうよい!」伯爵がそれを
「しかしマイロード……」
伯爵は立ち上がって一歩進んだ。
「裁判長閣下、並びに長官殿。私は国王の平和を乱した訴えに関し、住民を攻撃し槍と
伯爵はペーパーもカンペもなしで自分の言葉だけで、正確に抗弁した。つまり、自ら決闘を受けて立ったのである。そして伯爵はジロリと、ハルヒではなく長官のほうを
そして法廷は再び無法地帯と化した。
「マジで決闘するつもりなのか」
「あったりまえでしょ。なんでわざわざ国王裁判にまで持ち込んだと思ってんの」
「しかしだなあ……お前、死ぬぞ」
「百戦百勝のあたしが負けるわけないでしょ」
「おい古泉、そろそろ正気に戻れ」
「ハイ戻りました。大丈夫ですよ。決闘といっても
「どういうことだ」
「大陸とは違って、イギリスの決闘裁判は死に至るまで戦ったりしないということです」
俺がイメージしてる決闘ってのは
「決闘裁判はいわゆる果たし合いとも違います。軽装の皮の
「バトンってなんだ。運動会のリレーのやつか」
古泉は北高の体育祭を思い出したのか、苦笑しながら首を振った。
「違います。一・五メートルほどの棒の先に羊の角がついている、形はウォーハンマーですが、ただの木の棒です。時間制限あり、ドクターストップあり、いわば死なない程度に体力をぶつけ合う、理性的なプロレスのようなものです」
いい大人が棒でしばきあうことのどこが理性的なのか説明してもらいたいものだが、まあ死ぬまで殴りあうことはないということか。
「重装備の騎士が馬に乗って長い槍を持って突進するのとは違うのか」
「あれは
なんかいろいろとイギリス人が分からなくなってきたが、古泉の解説では、もともと決闘裁判というのはウィリアム一世が大陸から持ち込んだ慣習で、地元イングランド人の間では、残酷で血なまぐさい決闘は受けがよくなかったらしい。決闘裁判を廃止させるためにエリザベス女王が一芝居打ったこともあるくらいだ。
「それにしてもなんで伯爵は
二人で被告側のベンチに目をやると、伯爵様はまだ家臣を怒っているが半分くらい
「もしかしたら今回の件は領主様は関わってないのではないでしょうか」
「俺もそんな気がしてきた。部下が勝手に空回りしてる雰囲気だな」
俺たちのほうはというと上司の方が空回りして、それにふり回されている部下面々なのである。
「静粛に。判決を言い渡す」
ここでも判決が先らしい。
「原告が決闘による証明を求め、被告は決闘による
「ハルヒ・オブ・スズミヤよ、私が述べることを聞くがいい。私はお前の土地を違法に奪ってなどいないし、武器をもって家人を攻撃などしていない。お前はそれを見ていないし証明もできない。ゆえに神と
「では、続いて原告」
「伯爵、あたしの言うことを聞けい! あんたは偽善者だわ! それは以下の理由によってである。あんたの部下は去年の夏、夜遅くにうちに押しかけて金と銀の財産を強奪し、土地を奪い、あたしたちを村から追放した。そしてあたしは一部始終をこの目で見た。ゆえに神様、あたしに、あたしにこそ正義を!」
微妙に語尾が入り混じった宣誓だったがビシ指だけは一丁前だった。
「よろしい。双方が宣誓し、ここに決闘の開催が決定した。これより、決闘が行われるまでの間に取り下げるか、または和解することも許される。その場合は取り下げた側に二十シリングの手数料を課す」
なんだ、和解したのに罰金払わされるのか。だったら決闘を決行したほうがいいじゃないか。
「また決闘が行われた場合、敗れた闘士は六十シリングの罰金を払う。これは正義の立証を誓ったにも関わらずそれを証明できなかったからである」
いや待て、和解したほうが安く済みそうだぞ。
「被告が決闘に負けた場合、訴えられている土地とそこから得ていた利益を返済、奪ったものをすべて返却するものとする。原告が負けた場合は
「ハイ、先生、
「顔が近いですよ。
経理担当の俺は頭で計算した。最も安く済むのがこっちが勝ってすべてを被告に払わせる。次に安く済むのが被告に和解を申し立てさせるが、その場合土地がどうなるか分からない。その次がこっちから取り下げを申し立て、たぶん土地を失う。ということか。最も大きな損害は決闘に負けることだが、その場合は六十シリングと土地が飛んで消えていく。どっちにしてもハルヒが取り下げを認めるとは思えんが。
「決闘まで双方に二名ずつの護衛を付けさせる。決闘期日はええと日曜はミサがあるから、来週の土曜日でよろしいか? ではそのように。正当な理由により延期を申し立てる場合、原告の延期申し立て一回に付き、被告には三回の申し立ての権利が生ずる。以上、これにて閉廷」
ダンッ。なるほど、罰金には護衛の人件費も含まれてるわけだな。
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