錬金術入門

 よーしみんな、今日は俺が特別に錬金術の基礎を教えてやるので心するがいい。近ごろではやれ情報技術だ、やれ人工知能だと、やたらエレクトロニクスがもてはやされているが、俺に言わせればあんなものはただ石を細かく砕いてパイ皿の上で焼いて電気を流しただけだ。バカにするでないぞ、賢者の石しかり、オリハルコンしかり、半導体はなくとも中世には中世の、そこに生きる人達が十分に満足するテクノロジーがあったのだ。かの有名なアイザックニュートンもだな、最初は錬金術をたしなんだのだよ。


 諸君の中には魔法使いを志している厨二病患者もいるかと思うが、あれは三十歳まで修行が続くし、仙人並みに辛いからやめとけ。一方錬金術師は花形だ。商売が当たれば金持ちになれるし、腕が確かなら貴族や王様にだって雇ってもらえる。医者になるよりは簡単で、年齢制限なし、経験不問、チャラ男でもいいし、彼氏持ちでもいい。

 そういうわけで、錬金のイロハを教えてやるが、賢者の石なんてものは材料費もかかるし失敗するとへこむんでベテランになってからやることにして、初心者でも作れる秘薬の製法だ。そこ、なんで修道士が錬金なんかやってんだよとか突っ込まない。


さーて今回のレシピの材料は以下の通り:


スウェーデンの山奥にむワイバーンの卵・一個

パーリジャータの木の幹から精製した砂糖・百グラム

バロメッツの実の粉・百グラム

カソリックの大司教様が聖化した聖水・大さじ一杯

乳房ちぶさが七つあるカーマデーヌから取れたバター・三十グラム


ミノタウロスから絞った生乳・カップ一杯半

百年に一度だけ花を咲かせるアシフォデルスの実・一パック


 熱を使うので、あらかじめ暖炉かストーブに火を起こしておいてくれ。


 まず第一段階だ。大きめのボールに竜の卵を割り入れる。スウェーデンまで行く金がなくて鶏の卵しかないなら二個だ。ここでかき混ぜるが、フードプロセッサーとかハンドミキサーなんて便利なもんは自力で錬金するエネルギーが注入されないので却下だ。まあ桃の枝とか菜箸さいばしまでなら許そう。

 秋冬で室温が低いなら、お湯を入れた鍋の上で少し湯煎ゆせんしてもいい。ひたすら筋肉痛になりそうなくらいかき混ぜる。おかゆくらいのトロ味が出てきたら砂糖を少し入れ、かき混ぜながらさらに入れる。

 砂糖がまんべんなく溶けたら、今度は冷ましながらかき混ぜる。中世には氷なんて贅沢ぜいたくなものはないから、おけに水を張ってその上でボールをかき混ぜる。温くならないように水を入れ替えながらな。もし冷蔵庫なんてものでバターを冷やしている軟弱者はこのへんで室温に戻しておくがいい。


 次に、卵の入ったボールに聖水を注ぐ。このとき十字を切っておごそかに聖水をかかげ、使徒信条を唱えながら注ぐように。まあ信教上の都合でマントラとかを唱えてもいい。


 次にバロメッツの実の粉だが、なるべくふるいにかけて、さっきの卵の表面を薄く覆うようにふりかける。ゆっくりかき混ぜる。混ざりあったらまた表面を覆うようにふりかける。少しずつ混ぜ合わせ、これを繰り返す。あー、ユキリン、バロメッツの粉の在庫が切れてるんだが知らないか? え、錬金に使った? しゃあない、もう小麦粉でええわ。


 その上に溶けたバターを入れる。続く工程で溶けていくのであんまりかき混ぜなくてもいい。


 ここで金属の皿にバターを塗っておき、ボールの中身を流し込む。耐熱性なら陶器かガラスの皿でもいい。暖炉の火を弱め、炭火か弱火にしてスタンドの上に置く。覆いをかぶせておく。パン焼きストーブの場合はそのままでいい。ペンタグラムの上で焼くとこの世に存在しない恐ろしいもんを召喚しょうかんするらしいので素人にはおすすめできない。温度は勘が頼りだが、温度計なんて便利なものがあればまあ百八十度が最適だ。だいたい三十分このまま置いておく。


 火が中まで通っているか串か箸を刺して確かめて、鍋つかみで取り出し、布の上に皿ごとトンと落とす。よくは知らんがなにかのおまじないらしい。皿をひっくり返して取り出すんだが、もし無理ならふちにナイフを入れて少しずつ剥がして取り出す。ちゃんと焼けてないと生焼けのレンガみたいに崩れるので注意な。うまく取り出せたら、金網の上に置いて冷めるまで待つ。


 さてミノタウロスの生乳だが、あれは一般的には雄だと思われているものだが、迷宮の中に一頭だけ雌が紛れ込んでいるのでそれを探し出してもらいたい。まあこいつに乳をしぼらせてくださーいなんていうのは悪魔に忠誠を誓って千年間くらい下働きをしても聞いてくれるかどうか分からないし、そもそも勇者以外には無理な話なんで、無謀なやつ以外は牛かヤギの生乳をかき混ぜて生クリームを作ってくれ。


 運良くミノタウ子に殺されずに済んで無事生還し、生クリームが出来たら、これをボールに入れて、砂糖小さじ三杯を混ぜ、冷やしながらかき混ぜる。最初はトロミがつくくらいだが、スプーンですくったとき尖って立つくらいならOKだ。ホイップクリームみたいに固まらなくてもいい。


 さっき焼いた丸いレンガの上に、丁寧にナイフでクリームを塗っていく。まず上面に、次に側面を塗る。ロクロみたいなやつがあると便利だが、皿を回しながら滑らかになるように形を整える。ナイフを底に差し込むように回すと底面にもクリームが塗れる。


 仕上げはアシフォデルスの実のヘタを取り、クリームの上に、輪になるように丁寧に並べる。アシフォデルスの実が手に入らない場合はイチゴとかブルーベリーなんかでも代用できるが、その場合の効能は保証できない。


 最後に触媒しょくばいとしてロウソクを立てなくてはならないが、人によっては本数を気にするものなので、まあ一本あればいいだろう。大聖堂のある教会で聖火をもらってきて、呪文を唱えながらロウソクに火をつける。ここで唱える文言もんごんはかなり重要で、間違えるとすべてがオシャカになるので気をつけてくれ。チョコレートを溶かして輪の真ん中に文字を書くと効果倍増する。


COR NEUM TUUM EST.

私の 心は あなたのもの


「おーい出来たぞユキリン。ハッピーバースデーだ」

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