第5話
「あら、やだ!何やってるのよ」
目の前が一瞬真っ白になった正体はなんとトイレットペーパーだった。
それがトイレットペーパーとわかるまでグリニッジ天文台時計ではおそらく1秒にも満たなかったと思うが、私にとっては10秒分くらいの思考プロセスがあった。
座ったばかりでいきなり白いヒラヒラヒラしたものが?
なんで?なんで?何がどうなってる?
ここはどこ???
私がそれはトイレットペーパーだと確認したのと同時くらいにママが大笑いをしながら、トイレットペーパーを投げたおじさんに注意をしている。
おじさんもビックリしてしまったらしく、私の顔に纏わり付いたトイレットペーパーを剥がしつつ、すみません、すみません、と謝っている。
かと思ったら、懐かしいカラオケが始まって、そのおじさんは私のトイレットペーパーを剥がしおわると優雅にお店の真ん中へ歩いて行き歌い始めた。
「どこの誰だか知らないけれど〜」
この歌はもしや、月光仮面!というかなんで私この歌知ってるの?
よく見ると、そのおじさんはターバンよろしくトイレペーパーを頭に巻きつけ、マフラーよろしく首にもヒラヒラ巻きつけている。
それで、お店の外から中に入って来る時にそのヒラヒラが入り口側に座っていた私の顔面にまとわりついたらしい。
お店の中は、掛け声やら、手拍子やら、サンタと呼ばれていた彼も
「いよ!待ってました!助けてえ〜」と声を裏返して手拍子をしている。
彼ってこんなベタな歌芸で盛り上がる人なんだっけ?今は商社の鉄鋼部門の課長だったはずだけど?
あれ?もしかして、これは彼のお得意様で接待中だった?
扉を開けてからの私の頭は「?」だらけの連続だ。向かいに座ってくれているママへ
「あのトイレペーパー仮面の方は彼の、いや、サンタさんのお得意様か何かで、その、今夜はご接待中とかですか?」と聞くと、
「あら、嫌だ!うちのお店は皆さま常連の楽しい方たちばかりなんですよ」
と笑いながら、私はママにタンバリンを渡されてしまっていた。
なんだかいろいろな謎はほぼ解決されてはいないのだが私も取りあえず、常連さんたちの一味になったつもりで、でも控えめにタンバリンを鳴らす。
こうなると、とりあえず飲むしかないか。私は目の前に置かれていた赤ワインを一気に飲み干す。今日は記憶がなくなりそうだ。いや、無くしてしまえ!と、今まで会ったことのないもう1人の私が私に囁く。先を考えずに飲むなんて、いつ以来だろう。
嘘をつきたくない女と真実を知りたくない男 @kawano-aki
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