策謀

品川宿


 「本日の夕餉でございます。」


 襖を開けこの宿の女中がお膳を運び入れると速やかに退出する。

 男は連れの女の子を手招きして座らせると黙々と食べ始める。


 「いやー、日本食って質素でヘルシーだね。食った気しねぇな。」


 「・・・私はこれで十分。」


 「それは他をつまみ食いしたからだろ?」


 「・・・そうとも言う。」


 二人が食べ終わると同時に襖の向こうから声が聞こえる。


 「旦那様、お客様がお見えです。」


 「おう。通せ。」


 襖がスッと開くと顔を隠した、所謂虚無僧が入ってくる。


 「飯時であったか。すまぬ。」


 「気にすんな。丁度食べ終わった所だ。座んなよ。」


 座れと言われ虚無僧は適当な場所に座る。


 「そいつは外しても問題ないぜ。既にここは俺の領地だ。」


 「領地?ここは江戸だぞ?御主の物では有るまい。」


 「ん?あー、そう言う意味じゃなく・・・なんて言うんだ?ニホンゴムズカシイネ。」


 虚無僧は深編笠の奥で呆れる様な声で「良く言う・・・」と言いながら深編笠を外す。そこから現れたのは・・・


 「久しぶりだなぁ黒岩の旦那?」


 「我が名を出すな。それよりくだんの件、準備は整いつつある。よって日取りを決めたい。」


 「日取りね・・・本当にやるのか?」


 「当然だ!我が悲願、必ずや成就させねば我が殿に申し訳が立たん!」


 「oh!Cool it!Cool it!熱くなりすぎだ。」


 「む・・・すまん。しかし、関ヶ原の屈辱から今日こんにちまで人の身を捨ててまで周到に練ってきた策、滾りもしよう。」


 黒岩は大きく息を吐きながらも自身の拳が固く握られているのに気づいていない。

 男はその様子を一瞥するとため息混じりに自身の疑問を投げ掛ける。


 「関ヶ原ねぇ・・・俺も遠くで観戦してたが、徳川よりもいきなり裏切った小早川が悪いんじゃねぇの?」


 「はっ!酒に溺れ肝を患って死んだ者の事なぞどうでも良いわ!ただ、離叛により討ち死になされた大谷殿や平塚殿、戸田殿が浮かばれんがな・・・」


 「だから取って代わった徳川を潰すと?」


 「左様。だがそれにはそれ相応の仕込みが必須。それ自体はほぼ完了してはおるが、後一手足らん・・・いや、不確定なのだ。」


 「それを俺にやれと?」


 「何、大した事では無い。ただ、風を吹かせて貰えればそれでよい。」


 風、と言われ男は訝しむ。

 それはそうだ。

 風が吹いて何になると言うのか。


 「風?風がどう・・・・・・あ。」


 突如として男の脳裏に古来より行われた戦略・計略・策略の数々がよぎり効果的かつ最も被害の大きい策に思い至った。


 「・・・マジか。黒岩・・・それをこのJAPAN・・・日ノ本で、それも江戸でやろうってのか。」


 「我が策が分かった様だな。」


 にやりと笑う黒岩に男は睨み付けた。


 「何がしたいかは何となく理解した。てめえ、被害の規模が何れだけになると思ってやがんだ!」


 「貴殿には関係無かろう?」


 お互いがお互いを睨み付けるも男は諦めた様に溜め息を吐く。


 「ちっ・・・確かに俺等には関係はないがな、余り派手に動かれるとこっちの身もヤバイんだ。報酬は倍にしてくれ。」


 黒岩は少し考えると即座に懐から布に包まれた物を取り出すと男に差し出す。


 「倍とは中々に吹っ掛けて来る・・・今はこれで納得してもらいたい。残りの報酬は成功後に。」


 男はそれを受け取り懐へしまうとほくそ笑む。


 「1/4程か・・・やれやれ、なるべくなら一般人は巻き込みたくは無いんだが?これを貰っちゃあ、そうもいかないな。」


 「現金な奴め。では契約成立でよいな?」


 「あぁ、それで良いぜ。後は細かい調整だけだな。」


 「そこは・・・」


 この後、日が傾くまで二人は協議していた。


 「これで良いな?」


 「あぁ、それで行こう・・・もうこんな時間か。」


 「では、某は他の準備がある為に帰らせてもらおう。」


 そう言って黒岩は部屋を後にした。残された二人は大の字に寝転び大きな溜め息を付くとそのままお互いを引き寄せ抱き締め合う。


 「はぁ・・・めんどくせ。」


 「・・・言わない。これが終わればこの国を出る。それまでの我慢。」


 男の懐へと伸ばされた細腕に気付き、彼女の顔を見ると幼子とは思えぬ妖艶な気配を醸し出され男は顔を引きつらせる。


 「・・・き、昨日もしましたよ・・・ね?その前の日も、そのまた前の日も・・・」


 「・・・お腹、空いた・・・」


 男が何かを言おうとしたその口は幼子の口に塞がれ声を出せない。


 (こりゃ今日も夜更かしコースだ・・・)


 か細い嬌声が品川宿の夜に夜明けを告げる暁鶏ぎょうけいの声が鳴り渡るまで響き続けた。

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