丁度良い機会です。

武蔵野台地・多摩川


 この武蔵野台地は、関東平野西部の荒川と多摩川に挟まれた面積700kmの台地であり多摩川は南に位置する。

 また古くから丘陵やその周辺で田畑が拓かれ、農民が雑木林から薪炭や堆肥にする落ち葉を採取し、里山としての景観や生態系が形成された為、現在では狭山丘陵以外は首都圏西郊にありながら里山の環境が広域にわたり保持されている。

 そして多摩川の河川に沿って組まれた砦の中、帳簿を片手に資材置き場で確認を取る役人に声をかける者がいた。


 「うおほん。九郎殿いや御頭殿、本日の候補者はいかほどか?」


 その九郎と呼ばれた役人が振り向くとそこに居たのは痩せた背の小さな、一見すると妖怪か?と思われそうな1人の老人で身なりからして僧と分かる者だった。


 「叡漠えいばく殿、私は頭では無いと何度も言っているでは無いですか。」


 叡漠と呼ばれたその僧は可可可と笑う。


 「何を申されますか。この地にてお役目を頂き人員の合否を任されている小生から見れば、あらゆる物の流れを御決めになっているのは九郎様、貴方様では御座いませぬか。故に貴方様こそがこの場の御頭で御座います。」


 九郎は頭を振りとんでもないと否定する。


 「私は我等の頭領より留守を預かっているのみ。その様な事は・・・」


 「いやいや、貴方様こそが御頭に相応しい・・・そう貴方様こそが・・・」


 叡漠の眼が怪しく光る。


 「・・・いや・・・私は・・・私は・・・わ、わた・・・」


 瞳が虚ろになり、徐々に力が抜けて・・・


 「くろー!」


 突如九郎の脇腹に何かがぶつかり九郎はごふぅ!と叫びながらも倒れぬ様、そして自身にぶつかってきた相手が怪我をせぬ様に 踏ん張りつつ受け止める。


 「な、直ひ・・・なお、危ないぞ。前々から言っている通り体当たりは止めなさいと・・・」


 ぶつかってきた相手は年の頃なら5歳と言った所か。大して悪びれもせず、にかーっと笑いながら九郎に抱きついてくる。


 「直!待ちなってー!・・・あ、九郎殿お久しぶりです。」


 直を追いかけてきたのだろう10歳ぐらいの少年が九郎に気付き挨拶をする。


 「貴方までこんな所に・・・はぁ・・・久しぶりですな。」


 その少年を見た九郎は密かに頭痛がしてきたのを堪えながら挨拶を返す。


 「九郎殿。此方の童等は?」


 「えっと・・・・・・し、親戚の子達でして・・・」


 「初めましてお坊様。・・・武野たけの吉忠よしただと申します。」


 幼さの残る顔の少年は最近元服したのだろうか、腰に刀を帯びている。ふむ、と叡漠はそれをみやると1人の大人として扱うように心掛けながら礼を返す。


 「これはこれは武野殿。御初に御目にかかります。叡漠と申す者で御座います。失礼ながら武野殿は御何歳おいくつで御座いますかな?」


 「はい、今年で十になりました。御覧の通り元服は致しておりますが、未だ未熟な若輩者で御座いますれば。」


 そう言って腰に帯びた太刀を見る。


 「此方には?もしや志願をしに来られたのかえ?」


 「・・・そう、ですね。そのつもりで来たのですが許嫁に会ってしまいまして。」


 はははと苦笑いを浮かべながら吉忠は直を見る。当の本人は良く分かっていないのか九郎にべったり張り付いている。


 「そのお年で・・・さぞや名のある御方の跡目を・・・」


 「いえいえ。私めは・・・旗本の・・・三男坊故、気楽な物で御座いますよ。」


 吉忠は大した事はないと言わんばかりに笑って見せた。が、叡漠は何か値踏みをするかの様に吉忠を見つめる。


 「・・・ふむ。武野殿、合格で御座います。」


 は?と思わず聞き返す吉忠。


 「志願をしに来たので御座ろう?」


 「あ、ああ!そう、そうで御座います!合格で御座いますか!それはそれは、父上に良き報せを送れます!」


 「うむうむ。では九郎殿。武野殿を待機所に・・・勝手知ったると言う感じでありましょうがな。では拙僧は見回りと言う名の散歩でもしてきましょう。」


 叡漠は未だ九郎にへばりついている直をちらりと見ると笑いながら去っていった。


 「・・・くろー、もういいよー。」


 直がそう言うと九郎はその場に尻餅をついた。


 「・・・肝が冷えましたぞ・・・」


 「くろー危なかった。」


 「そうだね。偶々、余達が通りかからなんだら傀儡となっておったな。」


 先程までの幼さの残る顔だけとは打って変わって、気品に満ち溢れた吉忠の顔はとても10歳とは思えない。

 九郎は周りに自分達しか居ないのを確認するとその場に跪く。


 「良い。今はお主の言う「親戚の子」として扱え。」


 「はっ!しかし、何故貴方様は此処に?今は直姫様の結納では御座いませぬか?」


 「だから・・・まあ良いか。結納ついでに進捗具合を見たくてな。更に言えば直にも会いたかったんで余自ら足を運んだ訳だ。」


 その言葉に九郎は頭を抱えた。


 「御忍びで来られるのは構いませんけどね・・・今頃大騒ぎになってますよ・・・」


 「だろーねー」


 「直姫様もです!」


 「そこは何とでもなる。しかし久方ぶりに来てみれば厄介な事になっているな。」


 その言葉に九郎は大きく頷く。


 「は。吉忠様が御越しにならなければ篭絡されていました・・・」


 「そこは直に礼を。悪しき者の企みを見抜ける才は直の専売特許だから。余にはできんよ。」


 「なおはやくだったー?」


 「直姫様、助かりました。」


 礼を言われ嬉しいのか両手を頬に当てくねくねと踊りだす直姫に2人は思わず笑みが溢れる。


 「頼もー!!」


 この陣の門の方から声が聞こえ、九郎は帳簿をしまう。


 「余も行こう。何せ合格、だからな?」


 「ええ。直姫様、吉忠様。丁度良い機会です。あの坊主の化けの皮を剥いでやりましょうぞ。」


 「その作戦、俺にも噛ませてくれんか?」


 何時から居たのか、物陰から男の声が聞こえ九郎達は咄嗟に刀を抜く。


 「あ、ごめんなさい。俺です。安藤です。」


 その男が安藤と名乗った事で九郎は警戒を解く。それを見た吉忠は九郎が刀をしまうのに習って刀を納める。


 「安藤さんか。吉忠様。この御仁は安藤。余りにも強すぎた故に叡漠が否を出せなかった御方です。」


 「ほう・・・そなた・・・何処まで聞いた?」


 「詳しくは・・・ただ、吉忠様?が偉い人と言うくらいは分かります。」


 はぁ、と息を吐き肩の力を抜いた吉忠は安藤を見てふむと一人頷く。


 「では安藤殿。余と直姫は九郎の遠い親戚と言う事で今は接してくれ・・・そしてその力を貸して貰いたい。」


 その言葉を聞いた安藤はにやりと笑う。


 「OK!!」

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