幕間~ある転生者の憂鬱

・・・つらい・・・

芦沼家爆散後―――加賀藩前田家下屋敷にて






 「次は無いと思え。」





 圧倒的強者的な捨てゼリフを吐いてはみたものの、事実上儀式が失敗した後、私は項垂れながら帰還の途に就いた。

 私が帰還した江戸から離れた場所(と言うか郊外)に位置するこの場所は「下屋敷」と呼ばれる大名屋敷の1つで、中には菜園だったり数多くの蔵があったりで火事の時の避難場所にもなる。

 私がこの様な、現代ならとてもじゃないが一般人が住める様な場所に来たのには、とある事情が有る訳で・・・


 「お帰りなさいませ。ネビロス様。」


 「・・・ただいまぁ・・・っちゃん。」


 この大名屋敷に勤める女中の律っちゃん事春部律子(はるべりつこ)が私を出迎えてくれた。

 彼女は姿右も左も分からない私の為にお付き役として世話をしてくれている。

 歳は確か13歳だったか、本来の私の年齢より一回りは下なのだが・・・


 「ネビ・・・ミッチー、その様子だと失敗したんやね?」


 私の部屋に入り他に誰も居ない事を確認してお律がこっちに来る前の私の本名「根津美津(ねずみつ)」の愛称で話しかけてくる。


 「・・・それ言わないで律っちゃん。この後、報告しに行かなきゃダメなのにへこむじゃない・・・」


 「そら知らん。」


 「酷くない!?」


 「まあ、うちの藩主、抜けとう所あるさかい大丈夫やない?」


 何を言い出すんだこの娘。

 抜けてるのはわかるが一様、私達の主だし、私達を助けてくれた恩がある。


 「律っちゃん、問題は殿じゃない。問題なのはその横。」


 「あー・・・やっぱそっちか。あいついけすか無いのよね~。でも知ってる?藩主って言い方は歴史上だけで実際は封地名にこうを付けた呼び方なんだよ?」


 「え!?マジで?」


 「歴女舐めんなよ~・・・と言っても大学で専門とかやってないからwikiとかだけどね。」



 もうお分かりだろう。

 そう、彼女も私と同じく別の時代から転生してきた、元(?)歴女である。

 本当に偶然だったが、8年前に道端で「マジかー!!今が元禄6年だから綱吉(つなきち)の時代かぁ?!」と5歳児が叫ぶもんだから姿を消していたのに思わず「いや、それ綱吉(つなよし)だからぁ!」と突っ込んだのが始まりで、それ以来、同じ転生者同士で助け合いながら今日までやって来た。

 私自身、なかなかにオタ(腐ってます)だけど彼女もなかなかだったから、寂しくは無く良く話(カップリング)に花が咲いたもんだ。

 更に言えばこっちに来る前は私はアラサーで律っちゃんはアラフォーだったらしい。


 「でもさ、今回のはかなり大規模だったんやなかったっけ?それを失敗なんて・・・何があったんよ?律子お姉さんに話してみんさいな?」


 「・・・こっちじゃ私の方が年上何ですがそれは。・・・えっとね?」


 私は今回の事を話してみた。

 何も変わらないのは分かっているがこのまま報告しに行ったって怒られるだけだ。

 ならば、分かってくれる同士は多い方が楽と言うもの。


 「何そのラノベ展開。絶対、ワザとだろ。」


 「けどマジで助けてくれたんすよ?自分の魔法で自滅するんだって思った途端に。」


 「いあ、間抜けにも程がある。・・・はっ!まさか天然か!?天然なんか!?」


 「フヒヒ、サーセン。」


 「で、その彼に惚れたと言う訳か。」


 「それは無い。あ、でもその横に居た渋イケメンの侍・・・同心だったっけ?彼なら有りかも。」


 「なぁにぃ!渋い同心だとぅ?!・・・いや、待て。まだ慌てる時間や無い。落ち着いて素数を数えるんや・・・1・2・3」


 「ダー!ってそれはプロレス的なサムシング。」


 「あるぇ?」



 凄い気楽にどうでも良い事を何も考えずにこうして話せる。嫌な事とかを忘れてられる。



 本当に彼女に出会えて良かった。




 「美津!お美津は帰っておるか!!」


 無駄に良く響く声が屋敷内に轟く。

 その声が聞こえると律姉と私は居住まいを正しその場で平伏する。

 ドタドタと足音が聞こえ私の部屋のふすまがスパーンッ!と開かれる。


 「殿、只今戻りまし・・・」


 「美津!怪我は無いか?何処か痛いとこは無いか?良く顔を見せておくれ・・・」


 勢い良く飛び込んできたのは50代のおじさん・・・もとい、この屋敷の主であり私が転生してきたばかりで右も左も分からず貧困に苦しんでいる時に拾ってくれた恩人だ。

 そして律っちゃんを連れて来た時にも二つ返事で受け入れてくれた。




 ・・・つまりはとても良い人なのだ・・・なのだが・・・



 「はっ、ご覧の通り無事に御座りますれば・・・」


 「・・・はぁぁぁ。無事で良かったわい。お主に何かあったらと思うと参勤の勤めもままならなんだわ・・・」




 そう、過保護・・・それも「かなりの」である。



 「のう、律よ。何をしとるか儂にはさっぱりだが、もう止めにせんか?嫁に行かんのは構わんがの、お主に何かあったらと思うと儂は・・・わしゃ・・・」


 大の大人がしくしくと泣き出した。

 心配してくれるのはありがたいが、この時代に20歳越えて嫁に行かないのは問題だろ。



 行く気無いけど。



 「殿。お気持ちは分かりますが、彼女にしかできない重要な事柄。どうか御理解を。」



 何時の間に来たのか、長身痩躯ちょうしんそうくの眼光鋭い男が立っていた。



 「しかし黒岩の・・・」


 「これも全て救世くぜの為。どうか御理解くださいませ。」



 黒岩と呼ばれたこの男。

 名を黒岩 成三(くろいわなりみつ)

 背の高さは190以上でちゃんと食べているのか分からないくらい痩せていて、髪は侍の癖に伸ばし放題に伸ばしている少し、いや、かなり気味の悪い男だ。

 ある時ふらっと城にやって来て、何処で覚えたのか分からない知識でうちの殿の参謀に召し抱えられた経緯を持つ。



 そしてこの男は私が律っちゃん以外には秘密にしている事・・・つまり人外の力である死霊術が使える事を知っている。



 何時バレたのだろう・・・



 「それよりも殿。この後も予定が詰まっておりますし、私も美津様と今後の方針を煮詰めとう御座いますれば。・・・律よ。殿のお世話を。」


 「・・・御意。では殿。」


 「・・・ふむ、相わかった。

 美津、くれぐれも無理をするでないぞ?」


 殿が律を連れだって去っていくと黒岩と2人になり私は気を引き締める。



 「・・・では失敗の経緯を御聞きしましょうか。」



 私は今回の事を掻い摘んで話した。



 「ふむ・・・では其奴等に邪魔をされたと・・・他の場所の儀式は終わったので御座いますね?」



 「・・・はい。」



 「なれば良し。」



 私は以前から気になっていた事を聞いてみる事にした。


 「黒岩様?今回の儀式・・・あれだけの死者を使って本当にこの世が救われるのですか?私にはそう思えないのですが・・・」


 「これは然り。良いですかな?「彼の地」に溢れる悪鬼羅刹共をあえて此方に喚び、これを美津様のお力で討滅する。此により「彼の地」からの侵略の気勢を削ぎ、あわよくば彼奴等の首魁を滅する。これしかこの現世を救うすべは無いのですよ?」


 彼の言う「彼の地」とは、恐らくファンタジー物に良く出てくる「魔界」の事だと思う。

 少なくとも初めて話を聞いた時にそれと無しに聞いてみた時には「地獄」と言っていた・・・「煉獄」だったかな?

 ともかく言ってる事は最もだか、今回の様な規模でもし私が御せない奴が顕れたらと思うと腑に落ちない。



 あえて聞いてみるか。



 「しかし、私が御せない程の者が顕現してしまったら、どうなさるお積もりですか黒岩様?」


 「御心配には及びません。そう成らぬ様に規模・術式の調整を抜かり無く行っております。それよりも美津様がその様なお気持ちでは成せる物も成せませぬぞ?」


 そう来たか。

 そう言われてしまえば返す判断材料も言葉も私には無い。


 「・・・分かりました。ですが、やはり私一人では正直、手の届かぬ事が多いのです。もし、仮に同調し協力を惜しまない者が居た時は私の一存で雇い入れてもよろしいですね?」


 これならばどうだと第三者を引き入れる案を出してみる。勿論、「私の一存で」と言うのが肝だ。

 もし本当に協力を惜しまない者ならば問題は無く、また、より早く解決に向かうだろうし、私一人では御せない奴が出てきても、手数があれば討滅出来なくても封印や彼の地に叩き返せる事が出来るかもしれない。



 何より「」の事が信用できない。



 「・・・出来ればこの事を知る者は少ない方が良いのだが・・・良いでしょう。」



 うしっ!言質とったどー!



 「では次の儀式の日取りですが明後日には取り掛かりましょう。」





 もう少し休ませてくれませんかね?




――――――――――――――――――――

別室にて



 「殿、よろしいので?ミッ・・・美津様がこのままでは黒岩の言いなり・・・いえ、傀儡となってしまいます!」


 「律、迂闊な事を申すで無い。」


 言いながら振り向いたその顔は、先程涙を浮かべていた時と違い、全てを見通すかの如く鋭い眼光をしている。

 そして辺りを一瞥し、温和な表情に戻る。


 「やれやれ。道化を演じるのも疲れるわい。律よ、近う。」


 言われるがまま殿に近寄る。

 殿の手が私の頭をポンポンと叩く。


 「案ぜずとも今、草を放ち彼奴の企みが誠に救世であるかどうかを調べさせておる。

 十中八九、悪しき物であろうがな。」


 「成ればこそ!」


 「律よ。儂は早くに妻を病で亡くした。そして血族のさがなのか妻以外の者を継室(けいしつ。正室が亡くなった後に迎えた正室)として迎える事は儂には出来ん・・・側室は居るがな?

 だが、15年程前に見慣れぬを施された子を非人小屋(1670年の寛文の飢饉の際に建てられた生活困窮者を助けるための施設。殿は藩主就任当時から構想していた。)にて拾った。

 そしてその子が13の時にお主を連れて来た。

 ・・・儂はな、お主等2人を若くして死んだ妻が甲斐性の無い儂を見かねて遣わしてくれた御使いでは無いかと思っておる。」



 「勿体無き御言葉・・・」



 「故に儂は何があろうともお主等2人を護り抜く。お主等の父親代わりとして。絶対に、じゃ。」



 殿のその言葉には口調こそ優しいが、はっきりとした意思が、決意が感じ取れる。



 「なに、案ずるな、律よの事は任せよ。」



 「・・・御意に・・・お父上・・・」



 私はに撫でられながら静かに涙を流し、決意した。




 いざと言う時は私が2人を護ろうと。

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