・・・何か良いな・・・

 「じ、じゃあ菊理くくりで・・・ふぁ・・・と、ごめん。」


 色々とあった事や確認でかなりの時間を費やしたのか不意に欠伸が出る。


 「ま、しょうがねぇやな。此処じゃ分かりにくいが、そろそろお天道様が顔を出す頃合いだからな。」


 「もうそんな頃合いか。儂等は良いとして浅太にはきつかろうて。」


 それで眠気が急速に来たのか。

 本来ならば俺達百姓が普通に起き出す時間なんだ。今の今まで眠くなかったのが不思議なくらいだ。


 「ふむ。俺ぁ職業柄慣れてっからな。良いぜ、此処で休んでな。その間におかみに報告してくるわ。」


 「ならば儂も共に行こう。その方が信憑性が増すであろう?」


 「おう。黒猫の、頼む。おめぇさんが居れば案件を2つ程片付いた事になるしな。ま、良い様にしてやるから心配すんな。」


 長谷川様は報告に瀧を連れ立って行く。少し不安はあるが長谷川様が一緒に居るなら大丈夫だろう。


 「妾はあの爆発の後が気になる故、少しばかり仲間内に探りを入れておこう。」


 「あ、じゃさ。俺も付いて行って良い?喚ばれてからろくに人間界観光できてないんだ。」


 朧さんの情報収集にビフロンスが付いていくと言い出す。



 不安しか無いな。



 「来るのは構わぬが・・・」


 「流石にこの姿じゃないよ?ちゃんと人間の姿になるからさ。」


 そう言うとビフロンスは黒い異国の服に身を包み、長い髪を後ろで括り白い手袋をした好青年に姿を変えた。


 「ビフ君なにその格好。」


 「これは、此処から遠くグレートブリテンのバトラーが着る服 。燕尾服って言うんだ。」


 「ぐれーとぶりてん?ばとらー?」


 「正式にはグレートブリテン王国。今の時代だと百年戦争、薔薇戦争を経てアイルランド王国とイングランド王国が、後、数年程したらスコットランド王国と合併してできる連合国でね。この服はそこの執事達が着る服だよ。」


 うん、良く分からん。


 「この国にも執事が居るけど貴族階級の所に居るぐらいだから気にしなくて良いよ。」


 「・・・ビフ君が博識なのは分かるけどさ、


 菊理の言葉に何かしら含みが感じ取れるがビフロンスはケラケラと笑いながら、


 「。皆が関われそうに無い事なら今みたいに喋る事もあるけど、歴史が変わりそうな事は喋らないからね。それに未来から来てても全部知ってる訳がないし。」


 「そうなの?」


 「じゃあ聞くけど、君が未来から来てたとして、昨日の晩に江戸で殿様が食べた晩御飯が何か分かるの?」


 成る程。確かにそれは分からない。


 「つまり、経験した事なら知ってるけど、してない事は知らないって事。それに・・・いや、これ以上は君が今以上の存在になった時にしよう。」


 俺が今以上の・・・つまり彼は「」の事を・・・


 「・・・あの事を知っているんですか?」


 ビフロンスは頷く。


 「君がそうだとは知らなかったけどね。でも、君がその時は力を貸すよ・・・直接ね。」


 「今は違う・・・ですね。」


 「今の契約者は「お菊ちゃん」だからね。」


 「そろそろ妾達も行かんか?せっかく上がったお日様がお主の長話で傾くのは頂けぬ故な。」


 痺れを切らした朧さんがビフロンスをせっつく。


 「OK~じゃ、ちょっと行ってくるね。では参りましょう、madameマダム・・・いや、時代的にmademoiselleマドモアゼルかな?」



 朧さんが「何を言っとるのかえ?」と突っ込みながら2人は出掛けていった。



 「・・・じゃあ俺も休ませて・・・」



・・・グゥゥゥ・・・



 「・・・の前に腹拵え・・・かな?」


 よくよく考えてみれば昨日の朝に軽く食べただけで丸一日何も食べずに戦い続けていたんだ。無意識に受けていたその緊張感が解け、空腹を感じられる程の余裕が今になって漸く出てきた。


 「はい。では何か作るね・・・出来るまでに寝ちゃわないでね?」


 菊理は寝てしまわないよう俺に釘を指してから備え付けの釜やおひつを開けては何か無いか探している。



 「・・・何か良いな・・・」



 「何か言った?」



 「いや、何でもないよ。」



 何でも無い様な、ただ目の前で好きな人が朝食を作ってくれている。たったそれだけの事がこんなにも幸せを感じられるとは思っていなかった。

 俺の両親は俺が10歳頃に流行り病で早くに逝ってしまった。

 それ以来、近所の幸太兄ぃ鶴姉ぇ夫婦や他の百姓達にお世話になって今に至る。







 それ以外はずっと独りだった。







 孤独を忘れる様に畑を耕した。







 菊に渡す為のかんざしだってその気になれば数年と経たずに買えた筈だ。

 今にして思えば、全く情けない事この上無いな。

 しかし、菊理と出会ってまだ数日しか経ってないのに、色々な事があった。



 いや、ありすぎだ。



 「なあ、菊理。」


 「なあに?浅兄ちゃん?」


 「この数日、菊理と出会ってから色々あったけど、2つ、いや3つかな?確認しておきたい事があるんだけど良いかな?」


 「うん。良いよ・・・作りながらだからごめんなさい、ですけど。」


 菊理は調理しながらも答えてくれる。



 俺自身が一番気になっていた事・・・それは・・・


 「・・・最初は妙な違和感だったけど確信したのは異形化した菊を見た時だ。

 俺が黒水の妖怪と対峙した辺りから俺の心に膜?みたいな物を張って俺自身が壊れないようにしてくれていたよね?」



 菊理は驚いた顔で振り向く。



 「浅兄ちゃん気付いて・・・」



 「そりゃね。失恋するわ化け物に襲われるわ挙げ句の果てに「魔王様」やら「大天使」やら「女神様」だよ?普通は気が触れてあの世に逝ってるって。」



 「・・・ごめんなさい・・・言わなきゃって思っていたけど言い出せなかった。」



 菊理は調理を止め謝りながら俺の前に座る。



 「良いさ。どの道そうしないと狂い死にしてたしね。それと聞きそびれていたけど菊が芦沼家に嫁いだって言うのは操られたからだよね?」


 「うん・・・声を掛けられた時から既に意識は無かったよ。

 意識を取り戻せたのはビフ君のお陰、かな?嫁いだ事になってるって知ったのもビフ君が教えてくれたからね。

 今思い返してもあの時は芦沼様と思っていた、いえ、思い込まされていたけど、誰かが化けていたんだと思う・・・あ、ビフ君じゃないよ?ビフ君は私が捕まった後、召喚されたから・・・」


 「やっぱりか・・・今までの流れ的にそうじゃないかと思ったんだ。

 とするとネビロス・・・いや、ネビロスと少し話したけど、違う気がする。

 やはりその裏に居る何者かが・・・」



 そこまで考えはしたが、確証も無いし、そう言った情報収集は長谷川様の様な方々にお任せする方が、より確実だ。



 「まあ、そこはその道の玄人にお任せする方が良いよね・・・後、俺自身の力の事なんだけど、あの人1人を吹き飛ばすあの力って・・・」


 「えっと・・・力その物は浅兄ちゃん自身の物なんだけど、本来人間はそんな力には耐えられないんだよ、体は。」


 「じゃあ、やっぱり菊理が?」


 「うん。多少の怪我なら無かった様に回復力を高めてる。」


 「成る程・・・ありがとうな。」


 「いえいえ。」



 何となくではあったがやはりと言うか自分が思っていた以上に菊理に助けられていた様だ。それが契約に依る物で有ろうと無かろうとこのまま俺自身が何もしない、と言うのは勝手が過ぎると言う物。

 何か無いかと考え、自分の懐に忍ばせている物をふと思いだした。

 俺は少し考えたが彼女にこれくらいしか返せないし、元々に渡す為の物だから、意を決して懐から包みを取り出し菊理に差し出す。



 「菊理。これを受け取ってくれないか?」



 「え?・・・これは・・・」



 「姫と出会った日の昼間に菊に渡そうと思っていたかんざしだよ。

 戦っている間、壊れないかと冷や汗ものだったけどね。

 色々あったけど菊理が居てくれたお陰で俺は生き延びる事ができた・・・お礼に受け取ってくれるかな?」



 「え?良いの?こんな高そうな物・・・」



 「勿論。何故なら・・・」



 俺は姿勢を正し、菊理を見つめながら思いの丈を告白する。



 「・・・。俺と契約してくれてありがとう。正直、契約による主従関係なんて、俺にはどうすれば良いか分からないし、当初の契約の「力を取り戻す」は満了しているけど、できればこれからも側に居てください。

 そして、。10年も放っておいて今更何を言うんだと思うだろうけど、この10年の間、菊の事を忘れた日は無かった。

 だけど自信が無かったんだ。百姓の自分なんかにってさ。

 ・・・その挙げ句10年も経ってしまっていたんだ・・・本当に済まなかった。

 だから・・・その・・・今更ですまないけど・・・俺と夫婦めおとになってください。」





 そう言って俺は頭を下げる。




 まるで永遠の様に感じる沈黙が続く・・・




 「・・・・・・・・・遅いよ。遅すぎだよ。私が・・・がどれ程待っていたか分かる?10年だよ?本当に今更すぎるよ・・・」



 「・・・済まなかった・・・」



 只々謝るしかできない・・・



 「浅兄ちゃん、10年前に私が言った事、覚えてる?」



 「えっと・・・確か、待ってるって・・・」



 俺の記憶違いでなければ、そう言ったはずだ。


 「そうよ・・・私は、女将さんの所に奉公に出る10年前のあの時から、いえ、その前からずっと浅兄ちゃんのお嫁さんになるって決めていたの!!

 そしては!!

 貴方と出会っていなければそのまま消滅してた!

 だからって訳じゃないけど、無理に無理を重ねて、ボロボロになってる貴方を助けなきゃって思ってるし、これからもそうしたいと願ってます!!」



 何故、頭ごなしなのかは分からない為、言われている俺自身が混乱する。



 「あ、えっと、その、ごめん?」



 「だから・・・だから!!不束者ですが、私を、私達をよろしくお願いします!」


 ガバッと勢い良く菊理が三つ指をついて頭を下げる。


 「あ、いや、その、こちらこそお願いします?」




 俺も慌てて再び土下座する。



 「・・・何だ・・・これ?」



 「・・・そ、そうね・・・」



 「は、ははは・・・」



 「・・・ふふっ。」



 何だか良く分からなくなっているけど、お互いがお互いに想い合っている事が理解できた。



 色々あったがこうして俺達は夫婦となり、この先、共に生き、共に戦う事にな・・・






 「・・・えっと、あるじがととさまでおねーちゃんがかかさま・・・でいいのかな?」







 ・・・タマが居る事忘れてた。





弱者の章


                   完

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