・・・で、どうする?まだやるかい?


 「え?・・・菊、なの、か?」



 腕の中で目覚めた姫が菊しか呼ばない呼び方で俺を呼んだ。



 「えっと・・・両方?」



 戸惑った笑みで微笑む彼女に俺は訳が分からず、思わず長谷川様と瀧を交互に見ると、長谷川様は俺と同じく混乱した感じで首を捻り、瀧は誤魔化す様に苦笑いしている。



 「う、うーんとえーと・・・ビフ君!!説明!!」


 「俺に振るのかよ!まぁ、さっき説明するって言ったからするけどさー・・・けどさ、今はあんまり時間が無いんだよねー」



 時間が無い?儀式は止めたはず。もうこれ以上何も起きないはずじゃ?



 「どう言う事だ?姫のお陰で儀式は止まったはずでは・・・」



 「だからだよ・・・まさか儀式が此処だけだと?無い無い!魔王を復活させるのに此処だけでは大した魔王は復活できないって!」


 「なにぃ!此処以外でも儀式をやってるてぇのか!!」


 驚きを隠せず思わず叫ぶ長谷川様だが、俺も瀧も驚きのあまり表情が凍る。


 「ともかく、とっと逃げないとヤバい奴が・・・来ちゃったか・・・」


 ビフロンスの言葉に全員に緊張が走る。



 「何をしている、ビフロンス。貴様には此処の儀式をとどこおり無く進める様に命じたはずだが?」



 突如、暗闇の中からくぐもった男か女か分からない声が聞こえ、咄嗟にそちらを見る。其処には赤い外套を頭から羽織り右手に人形を持った人物が何時の間にか立っていた。その顔は白塗りで髑髏どくろかたどっていて、不気味さと得も言われぬ恐怖感をかもし出している。


 「旦那・・・悪いけどさ、その御命令を俺が聞く義理は無いんだけど?」


 「ほう?態々わざわざ喚んでやったと言うのにか?」


 「喚んでくれた事に関しては礼を言うよ。ありがと。でもねー、旦那と契約した訳でもないしさ。それに・・・」


 「それに?」


 ビフロンスがダンッと一歩前に出て両手を広げ、現れた人物の前に立ちはだかる。


 「何をしている・・・」


 「契約者を護るのは悪魔の義務っしょ。」


 「・・・契約者?生贄の娘の事か?・・・何時の間に契約を・・・律儀な事だ・・・」


 言うや否や暗闇の中でなおはっきりと見て取れるほどの闇が現れた人物から溢れ出す。


 「・・・覚悟は出来ているな?」


 その人物がスッと左手を前に出した瞬間、その闇が此方に向かって襲ってきた。


 「皆、俺の後ろに固まれ!」


 ビフロンスが叫ぶと同時に全員が一塊に集まる。


 「俺に呪殺は効かないよ!」


 「だが、ダメージは受けてもらう。」


 襲い来る闇がビフロンスを包み込みその巨体に次々と小さな爆発が起こる。


 「グガァァァァッ!!」


 爆発が収まり、ビフロンスが片膝を着く。


 「・・・この程度では吹き飛ばない・・・か。」


 「・・・契約者の前でダサい事出来ないから・・・ね。」


 片膝を着きながらもビフロンスは強気に立ち上がる。


 「私はそんな気概を持つ者は嫌いじゃあ無い。・・・が、この私、ネビロスにも夢がある!」


 ネビロスと名乗った者は両手を一度横に広げ、ゆっくりと天へと挙げる。


 「退けぬ理由があるのなら!耐えて見せろ!!ビフロンス!!」


 両手を挙げるネビロスの上空に天井や屋根を巻き込みながら闇が巨大な球体を象っていく。


 「や、やべぇっ!!」


 「砕けち・・・」


 「させるかぁ!!」


 その時、何故そうしたのかは、覚えていない。ただ、止めると言う思いしかなかった俺は自身でも気付かない内にネビロスに向かって体当たりをしていた。


 「ぐはっ・・・!」


 ネビロスと共に地面に倒れた俺は、直ぐにその黒球が消えたかを確認する為、上空を見上げる。

 だが、黒球は止まる事も消える事も無く一塊になっている皆の元に落ちていく。

 

 「くっ・・・ん?」


 黒球が落ちる中、視界の端に一瞬見覚えのある影が写る。

 その影を見た瞬間、意識が飛んでいる様子のネビロスを庇い、凄まじい爆発と共に俺はネビロスと一緒に吹き飛ばされた。






 「痛っつ・・・」


 どれ程気を失っていたのだろう。

 うつ伏せで目を覚ました俺は立ち上がろうと上半身を起こす。


 「・・・やっと起きたか。」


 くぐもった声が下から聞こえドキッとし固まる。


 「貴様、何をしたか覚えているか?」


 ネビロスの問いに首を傾げる。体当たりをして攻撃を止めようとしたの迄は覚えているが・・・


 「確か止めようとしてそれでも止まらなくて・・・」


 「そうだ。そこまでは分かる。が、何故だ?何故?」



 ああ、その事か。



 「い、いや、あのままだとお互いに吹き飛ばされると思って咄嗟に・・・ね。」


 「貴様は馬鹿か?それとも考え無しのアホか?敵を助けて何がしたいんだ?」



 返す言葉も無い。



 「自分でもそう思います・・・」


 「それと・・・」


 「?何か・・・」


 「いい加減退いてくれ。好きでも無い男に跨がれ胸を揉まれ続けられるのは正直不快で不愉快だ。それとも何か?貴様はこんなスカルメイクの女がタイプか?」


 言われて手元を確認すると左手がネビロスの胸を鷲掴みしていて、端から見ると俺がネビロスを押し倒したみたいに見える。


 「うわぁっ!す、すまない!!・・・あんた女性だったのか?てか、すかるめいく?たいぷ?何の事?」


 慌てて飛び退いたが聞き慣れない言葉に戸惑う。


 「・・・やっと起き上がれる。女性ですが何か?まぁ、どうでもいいが。」


 立ち上がりネビロスは誰に言うでもなく1人呟く。


 「そうか、まだこの時代の日本には無いんだったな・・・いや、ポルトガル語はあるのか?」


 1人呟くネビロスに首を傾げながら辺りの状況を確認する。

 あの攻撃で異界の様になっていた屋敷の外へ飛ばされたらしく、人気の無い裏路地に俺達はいる。そして丸い月が煌々と瓦礫の山と化した屋敷を照らしている。


 「・・・どうやら威力が有りすぎたらしい。異界化を解除してしまったな・・・これは騒ぎになりそうだな。」


 ネビロスの言う通り、表通りから様々な人の声が聞こえてくる。

 このまま行けばこの裏通りにも人が溢れてくるだろう。


 「・・・で、どうする?まだやるかい?」


 ネビロスの言葉に緊張が走り身構えるが、ネビロスは「冗談だ」と言い放つ。


 「・・・今回は見逃す。次は無いと思え。まぁ、貴様1人で何かを為せるとは思わんがな。」


 ネビロスはそう言うと赤い外套をひるがえし、闇の中へと消えていく。

 俺はネビロスが消えた闇を見つめながら1人ほくそ笑む。



 「・・・悪いが俺は1人じゃないし、あんたが次に何かをする時、必ず止める。」



 俺はそう呟くと表通りに向かって歩き出した。

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