天へと還りましょう。

 以前来た時と変わらず薄暗く無駄に長い廊下を以前とは違い警戒しながらも早足で俺達は進んでいく。


 「先の者、やはりと言うか流石と言うか。」


 瀧が独りごちる。


 前は猫の子一匹見当たらなかった空間を歪められた廊下に無数の死体が、ある者は袈裟斬りに、またある者は首を撥ね飛ばされ倒れていた。


 「このおびただしい数の死体は一体・・・」


 「恐らく芦沼の・・・いや、あの怪異の犠牲者達じゃろうな。ほれ、良く見てみぃ。この国以外の人間も混ざっとるわ。」



 瀧に言われ良く観てみると確かに他の国の人間も混ざっている。それだけでは無く老いも若きも性別も関係なく死んでいる。



 「むごい事よ。確かに我等怪異の大半は人を喰らう。じゃが、これは殺り過ぎじゃ。恐らくじゃが、奴は人の肉ではなく魂を主として喰らう怪異。そう言うやからは脱け殻となった肉体はそのまま捨て置く事が多いのじゃが、奴め、其れ等全てを己が駒としとるようじゃの。」



 先へと進みながら瀧は語る。


 「くっ・・・あの野郎・・・」


 そのとやらはざっと見回しただけで既に百を越えている。ともすれば二百に届いているかもしれない。正直、入った当初からの無数の死体に吐き気がして吐きそうだったのだが、今では怒りの方が勝っている。


 「むっ!浅太!怪異じゃ!」


 瀧のその言葉に反応し、暗い中その視線の先を俺も目を凝らし見つめるとカチカチと硬い音が聞こえてくる。



 「・・・!浅太様!この怪異に言葉は通じません!!・・・嘘!囲まれた!」


 「不味いぞ!!・・・儂が最も戦いたくない怪異の群れじゃ!!」



 カチカチと足音を立てて闇の中から現れたその怪異は・・・



 「んなっ?!・・・あ、赤子・・・だと?」



 その姿は紛れもなく赤子なのだが胴の部分から蜘蛛の脚が生え、カチカチと音を立てている。そして虚ろな目をしたまま獲物を見つけたと言わんばかりに邪悪な笑みを此方に浮かべ、



オギャャャャャャャャャ!!



 と、一斉に叫び出す。


 「くっ!」


 「浅太よ!此奴等は佐渡の島に生息する妖怪「うぶ」ぞ!」


 「さ、佐渡!?そんな所の妖怪が何でこんな所に!」


 「ま、まさか・・・嘘・・・何て惨い事を・・・」


 「姫?何か分かったのか!?」


 姫の言葉に振り向くと、その顔は烈火の如き怒りと悲しみの涙が混ざり元々女神だと言う彼女本来の神気が滂沱ぼうだの如く溢れ出る。


 「・・・浅太様。この子達は純粋な妖怪ではありません・・・」



 純粋な妖怪では無い?だとしたら・・・



 「・・・なるほどのぅ・・・奴め、何処まで命の冒涜をすれば気がすむんじゃ・・・」



 瀧が怒りとも悲しみともつかない表情で身構える。



 「・・・そう言う事かよ・・・手が出せないじゃないか・・・」



 只の妖怪であれば、気は進まなくともやり様はあった。無視して先へと行く事もできた。だが、目の前の妖怪もどきが奴の犠牲者と言う事はこの赤子達は・・・ならば此処で救ってやらねば浮かばれない。


 「くそっ!時間が無いって言うのに!」


 ジリジリと間合いを詰めてくる「うぶもどき」、その数ざっと20。その異様な光景に思わず後退りする。と、その時、姫だけが前へと進み出る。



 「姫?」



 「浅太様、瀧さん。合図を出しますのでこの子達を飛び越え先へと進んでください。此処は私がこの子達の相手をします。」


 「なっ!危険だ!いくら修業したからってこの数は・・・」



 「・・・のう、姫や。何か考えがあるんじゃな?」



 瀧の言葉に姫は「はい」と答え、俺の方へゆっくりと振り向く。



 「浅太様。後で必ず追い付きます。なので此処は先へと進んでください。」



 俺はその瞳に強い怒りと揺るがない意思を感じ取る。


 「・・・分かった。必ず・・・必ず追い付いてこいよ。まだ、姫の本当の名を見つけて無いからな。」


 「はい。必ず。」


 「姫よ無理だけはするでないぞ・・・では、浅太、行くとするかの。」


 「あぁ!」



 俺と瀧は「うぶの群れ」に向き直る。と、同時に姫の両手に冷気が宿る。



 「氷烈!」


 姫の言霊と共に両の手から放たれた冷気は辺りを「うぶの群れ」ごと凍てつかせ道を開く。


 「今です!行ってください!」


 姫が叫ぶと同時に真っ直ぐ走り出す俺と瀧。視界の端では凍りついた「うぶもどき達」が冷気の戒めから解放されだしている。

 だが俺と瀧は振り向かず、唯一点薄暗い廊下の先だけを見つめ駆け抜けていく。

 凍てついた棺から解放された「うぶもどき達」は唯一その場に残った姫に視線を向けギャアギャアと喚きながらその距離を縮めていく。


 「・・・さぁ、憐れな子供達。天へと還りましょう。」


 両の手に光を携えた姫は廊下を埋め尽くす群れの中に飛び込んでいった。




 

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