何も恐れる事は無い!

 「姫。俺の足はまだ付いているよな?」


 「はい。浅太様。私の首から下も付いてますよね?」



 今だふらつく足を押さえながら俺と姫は自身の無事を互いに確認し合う。



 「何時までふらついとる気じゃ?しゃきっとせんか。」



 瀧さん、何であんたは平気なんだ?得心できん。等と考えているうちに芦沼家の近く迄やって来た。


 「こ、これは・・・」


 以前来た時とは外見こそ代わり映えしていないが明らな違いが見てとれた。


 「浅太様!以前私が感じ取った瘴気が外にまで溢れています!」


 「ああ!芦沼の奴、隠す気が無くなったみたいだ!」


 「浅太。急いだ方が良さそうじゃの。」



 俺達が急いで向かおうとした時、朧車が口を開く。



 「・・・すまんが妾は此処までじゃ。」



 突然の発言に姫が驚き、疑問の声を挙げる。


 「え!?朧車さんどうしてです!?」


 「どうしてもこうしても無いわ。妾が翁に頼まれたのは送り届ける所迄。共に死地へと向かう事は頼まれてはおらん。」



 あ、と姫が思い出したかの様に声を挙げ、ふむ、と瀧が頷く。


 「確かにそうじゃの。上位存在からの指示に従っただけじゃから無理強いはできんしの。」


 確かに翁に頼まれたのは此処までなのは理解出来るのだが・・・



 「だったら朧車殿。改めて俺と契約してもらえませんか?それならば・・・」



 咄嗟の思い付きだが俺は彼女に契約を持ち掛ける。しかし、朧車は首を横に振り否定する。


 「駄目じゃ。短い間では有るが妾なりに楽しめたし共に歩んでも良いとも思う。じゃが、元来、妾とお主とは住む世界が違う、相容れぬ存在じゃ。故に契約はできん。」


 「そう、ですか・・・」



 頑なな態度でこうも否定されては諦めざるを得ない。姫と共に肩を落としているとからからと朧車が笑う。



 「そう肩を落とすで無い。今宵は満月。妾の様な闇の者でも気がたかぶって力を貸す者達も出てこよう。しかし気を付けよ。普段協力的な者達も同じく気が昂っておる故、話が通じぬでな。」



 思わぬ助言に俺は精一杯の感謝の意を表す。


 「ありがとうございます!・・・では、また出会える日まで!お元気で!」



 「くくく・・・面白い人の子よのう。ではの。他の者達も達者での?」



 それだけ言うときびすを返し夜の闇へと消えていった。







 朧車が去った後、俺達は芦沼家へと再び視線を向ける。


 「よし、では向かうとす・・・どうした瀧?」


 芦沼の家を見る瀧の表情に戸惑いを感じ、自信もそちらを見る。辺りは暗く見辛いが闇の中で何かが動くのが見えた。



 「浅太、何者かは判らんが先客みたいぞ・・・あれはもしや・・・」



 俺には何かが動いた位にしか判らないが瀧には見えているらしく、その表情が戸惑いから恐怖に変わるのが見てとれた。


 「瀧?」

 「瀧さん?」


 明らかに怯えている瀧に、俺と姫は互いに首を捻る。


 「い、いや。何でも無い。・・・時間が惜しい故、向かおうぞ・・・」


 何でも無いと言いつつも明らかに腰が引けている瀧に俺達は互いに瀧の手を取る。



 「・・・何があったかは知らないけど俺達が付いている。だから・・・」


 「そうです。共に浅太様に仕える者同士、私が後ろから支えます。ですから・・・」



 「何も恐れる事は無い!何も恐れる事は無いです!


 「お、お主等・・・すまぬ。詳しくは全てが終わった後に話す。」



 瀧の手が俺達が握った手を強くしっかりと握り返してくる。昔、何があったかは後で良い。今はただ・・・



 「よし!行くぞ!」



 俺達は芦沼家へと再び向う。



 「先程の者は以前儂等が使った勝手口を使ったみたいじゃな。」



 確かに勝手口が開いている。以前はびくともしなかった扉をどうやって・・・


 「浅太様。この扉、袈裟斬りにされています・・・」


 良く観ると確かに綺麗に斬られた扉の上部が地面に転がっている。

 改めて扉を調べると内開きの扉で、内側に確りとかんぬきが有るにも関わらず、木製とは言えそれごと切り捨てている。しかも偶然だろうが鉄製の閂鎹かんぬきかすがい(閂を支える為に門戸のざんに取り付けた箱金物。)すらも斬っている。



 「凄い腕前だな・・・」


 「急いだ方が良さそうですね。私は直接見た訳ではないですが、お菊さん、人の姿を歪められているのでしょう?これ程の腕前です。怪異として問答無用で切り捨てられるやも知れません・・・」


 「姫の言う通り、確かに急いだ方が良さそうだ・・・」



 脳裏に切り捨てられるお菊の姿が過る。妄想とは言え、その姿に怖気が走る。人として生きる事も死ぬ事も許されない彼女が、只の怪異として滅される。そんな慈悲も何も無い終わり方をする位ならせめて俺の手で終わらせてやりたい。それに彼女が生きたいと願うならば、今の俺ならばそれも可能なはず。



 「浅太?怖い顔になっとるぞ?」


 「ん?あ、ああ。すまん。少し・・・な。兎も角、追いかけよう。」



 瀧の気遣いに気を取り直し、俺達は屋敷の奥、芦沼とお菊が待つ場所へと向かった。

 俺はこの時、もう少し余裕を持っていたらと後々後悔する事になる。




 なぜ気付けなかったんだ、と。




 笑顔の裏に悲壮な決意を秘めた彼女に。


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