妾の速さは世界一!!

 「何よ・・・」


 「何さ・・・」


 2人は吹き飛ばされた後、姫に治療をしてもらい一旦は落ち着くも今だ得心していない様子でお互いに睨み合っている。


 「お主等、いい加減にせんか。人の子よ。余り猶予は残されていないのだろう?」


 翁が鶴の一声で纏めてくれた。2人は渋々矛を納め、漸く話を進められる様になった。


 「ええ。急いで向かわなければ儀式が始まってしまいます。」


 「ふむ。なれば朧よ。彼等を送り届けてはもらえんか?お主の速さならば遅れも取り戻せようぞ?」


 じろりと翁に睨まれ朧車は一瞬苦い顔をするも直ぐ様折り目を正し、


 「はっ!翁の頼みと有らば。」


 翁に一礼し俺達の方に振り向く。



 「妾に任せよ。刹那の間に送り届けてやろうぞ!」




――――――――――――――――――――


亥の刻(夏場なので20~21時頃)

とある百姓の家


 「いやぁ今日も暑かっただな。」


 畑仕事を終わらせたおらはかなり遅い夕餉(ゆうげ。夕食の事)まったりと食べながら一人愚痴る。夏場は日の出が早く、日の入りが遅い為、やる事が多くなりどうしてもゆっくり出来ずに飯が遅くなりやすい。とは言え他の家は上手くやっているらしいのでおらが不器用なだけかもしれないが。


 「愚痴ってないでさっさと飯ぃ喰っちまいな!洗いもんが片付きゃしないよ!」


 2・3年前に嫁いで来た時とは違って肝っ玉な貫禄が出てきだした女房の怒号が響く。

 三十路手前のおらと違ってまだ二十代前半の女房は元々美人とか可愛いとかと違い、太っとい眉が特徴の人好きのする顔立ちで、何時も笑ってる印象が強い。



 ・・・まぁ、そこに惚れた訳だが。



 最近は肉付きが良くなってきて本当に「肝っ玉おかん」な感じが出てきだした。

 そんなおかんな女房に「へいへい」と言いながら飯を喰らって、そろそろ寝ちまおうか思い、女房に声を掛ける。


 「おっかあ、そろそろ寝んベ?」


 「あいよ。」


 洗いもんを片付けて女房が既に布団に寝っ転がっているおらの側に座る。


 「・・・なぁ、あんたぁ・・・いい加減、稚児ややこ作らんか?」


 女房が甘えてくるが、もうすぐ夏場になるこの時期は暑い中での畑仕事でくたくたになっているし、体は汗でベタベタだ。悪いがそんな気になれん。


 「明日も早いんだからとっとと寝んぞ。」


 「そう言ってまぁたはぐらかす。最近ご無沙汰なんだからさぁ・・・そんなんじゃ浅坊の所に先越されちまうよぉ。」


 「・・・あ?浅太がどうしたって?」


 何で浅太の名が出てくんだ?


 「あんた知らないのかい!浅坊んとこにすんごい別嬪さんが居るの!」


 「はぁ?」


 女房の瞳がキラキラと輝く。

 町で歌舞伎役者を見かけた時みたいになっとるの。



 しかし、すんごい別嬪さんって、何じゃそら。



 あいつんとこは二親ふたおや亡くしてからずっとおら達、御近所連中で面倒見てんだ。浮いた話が有るなら直ぐに判るし他の連中からも話一つ聞いたこたぁない。


 「今日の昼間にね?遠目だったから顔立ちははっきり分かんなかったけどちょいと見かけてねぇ。前を歩く浅坊の後ろを甲斐甲斐かいがいしく歩く別嬪さんがいたんだよ。身なりからしてありぁ何処ぞの姫さんかね?あたいもあんな綺麗な(着物をいう幼児語・女性語。地方によっては隠語なので注意が必要)着て町を歩きたいわぁ。」


 「いやいやいや・・・はっきり分からんのに別嬪って・・・流石にそれは無いわ。何かと見間違えたんだべ?」



 「いや、でも・・・」と食い下がろうとする女房に背を向けながら寝っ転がり目を閉じた。昔居た2件隣のお菊ちゃんが奉公から戻ってきたのなら話は解るが、何処ぞの姫さんみたいなお偉方がどうやって浅坊のとこに来るってんだ?



 とその時、遠くの方からキーンと闇を切り裂く金切音が聞こえてくる。


 「ん?何か聞こえんか?」

 「?」


フォッン!!・・・イヤアンッ――・・・・・・


 「??」


 遠くから聞こえてきたその音は一瞬にして遠ざかっていき「何ぞ・・・」とか「声?」とか思った瞬間凄まじい轟音と爆風が襲ってきた。


ドッコオォォォォォォォン!!!!!!


 「ひいぃぃぃ!!」

 「ひいぃぃぃ!!」


 咄嗟に女房を強く抱き締め庇う。


バンッ!!

バキバキボッ!!

ガンッゴンッヒュッ!!


・・・―――ィィィイイインドンッ!!

ドスドスドスドスッ!!

ボタボタボタボタボタパラパラパラ・・・


 何かが当たった様な引っこ抜かれた様な轟音と色々落ちてきた様な落下音は直ぐに収まり、何も無かったかの様に夜の静けさが帰ってくる。・・・良く家が吹っ飛ばなかったもんだ。



 「あんたぁぁぁ・・・」



 唖然としているとおらを呼ぶ声が腕ん中から聞こえてきた。

 ぼーっとした思考のまま其方へ目をやるとおらの腕の中で今だ震えが収まらず縮こまっている女房を見て一瞬心の臓が止まりそうになった。

 恐怖に怯え、潤んだ瞳で見上げてくる女房はとても愛らしく、また、庇護欲を掻き立ててくる。


 「あ、あ安心せい!おらがついとる!」


 おらもまだ怖いが、精一杯の虚勢を張り女房を抱き締める。女房の柔こい体を全身で感じ、お互いに見つめ合い、その距離は徐々に近くなって・・・




 ・・・問題は明日に投げ捨てて短いが長い夏場の夜を過ごすとするかいな・・・



――――――――――――――――――――


同刻・朧車車中





 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(姫)」


 「おおお朧殿!!はは速すぎぎ!!(俺)」


 「良いぞもっともっと飛ばせー!!(瀧)」


 「ふはは!!妾の速さは世界一!!(朧)」


 何なん?馬より速い牛車って何なん?馬と言うよりむしろ雷鳴の如き速さだ。

 一瞬、とても世話になっているお隣の幸太こうた兄ぃと鶴姉ぇの家の近くを通り過ぎた気がしたが、多分、気のせいだろう。とは言えこの速度。例え多少離れていても通った後の被害が尋常では無いと思うので、後々騒ぎになりそうで怖い。




 後の世でこの時の速度が音速を超えていた(とは言えマッハ1)事を知るのは、また別のお話である。





 暫くして(と言っても現代の時間にして15秒と掛かっていないのだが)町の外れに着く。


 「ふむ。此処なれば町に無用の騒ぎは起こすまい・・・どうしたお主等?」



 ぐったりした俺と姫を「何かあったん?」的な表情で見る朧車。



 「いやー楽しかった、楽しかった。ん?何じゃお主等。あれしきでへばりおって。」



 「情けない」と言わんばかりの表情で俺等を見る瀧。





 ・・・・・・お前等おかしい。

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