「だっしゅ」と言う奴じゃ。

 「・・・・・き・・・さい・・・」



 何処か遠くの方で声が聞こえる。



 「・・・・おき・・ださい・・・」



 その声は段々近付いて明瞭になっていく。



 「浅太様、おき・・ださい・・・」



 俺に覚醒を促すその声に、しかし、この微睡まどろみは心地好く、もうちょっとだけ寝させて貰いたい。



 「さっさと起きんか!馬鹿者が!!」


 「はい!すみませんでした!!・・・あれ?」


 凄く怒られ、思わず飛び起きる。

 だが、起きたは良いが自分が何処に居るのか一瞬理解できなかった。


 「ようやっと起きたか。この寝坊助め。」


 「御早う御座います。浅太様。」


 二人の声でようやく目が覚め、思考力も戻ってきた。


 「そうか・・・修業してて、倒れたのか。そうだ!修業は!?」


 まだ曖昧だが、修業が終わった記憶が全く無い。


 「修業の方は既に終了しておりますよ。終了と同時に倒れられましたので実感は無いでしょうが。」


 そうか、終わっていたか。まだぼんやりとしている思考に振り払うかの様に頭を小突いて思考力を取り戻す。


 「・・・どれぐらい寝ていた?奴の言ってた「儀式」まで、後、どれぐらいだ?」


 「安心せい。半刻(1時間)ほどじゃ。日は既に傾いとるがの。」


 半刻だけだったので少し安堵する。とは言え町までの距離的に考えてどうなんだろう?


 「今、もうすぐ夏ですし日が大分傾いていますので、もう半刻経っていたら儀式に間に合わなかったかもしれません。」


 「確かに。夏場は日が長いもんな。急いだ方が良いかもしれん。」


 「うむ。恐らくは儂等のようなが力を増す丑三つ時(夏場なのでこの場合深夜0時)が刻限じゃと思う。向かうならば急いだ方が良いじゃろう。「だっしゅ」と言う奴じゃ。」


 だ・・・?ちょっと意味がわからない。俺は怪訝な顔をしつつ起き上がる。


 「だ、だ?何だって?」


 瀧はしたり顔で、


 「ふふん。この国の外の言葉じゃ。意味は「走れ」じゃ。」


 へぇ、と感心しながらもあんまり理解できていない。色んな言葉があるんだなー、位にしか思わなかったが、ついでなので翁の元に向かいながら瀧に解らなかった事を聞いてみる事にした。


 「・・・良く解らんが兎にも角にも町へ向かおう。あ、そうだ瀧。前に芦沼が言ってた事だけど、「すとりーと」とか「ふぁいたー」、後「ふぁーまー」ってどういう意味?」


 「ん?それはの・・・あー・・・確か「すとりーと」は、ま、町?み、み、道?じゃったかな?「ふぁいたー」はこの国における「侍」かの?「ふぁーまー」は何じゃったかの?えーと、「花」?の「お母さん」?」



 「えーと、つまり芦沼は俺を叩きのめして「所詮は「お花のお母さん」。町の侍・・・「同心」の方がましって言ってたのか?」



 同心の方がましなのは解る。きちんと剣術を学んでいる人間と俺みたいな百姓とでは雲泥の差がある。でもお花のお母さん?って何だ?全くもって意味がわからない。



 「うん、さっぱりわからん。」


 「儂もわからん。」


 「私もわかりません・・・」


 3人揃って首を捻りながら森の翁の元まで戻った。ちなみに4つの言葉の意味を真に理解するのは、遥か先の事である。




 「人の子等よ。修業に耐えよくぞ戻った。闇露の、お主もご苦労であった。」



 森の翁はそう言って俺達を優しく見やる。そして翁の影から今回の修業に付き合ってくれた妖怪達が姿を現す。


 「・・・お主等もご苦労であったな。この森の主として感謝する。」


 森の翁から謝辞が述べられると1体の妖怪と思しき姫と同じく十二単を着た御公家様のような女性が前に進み出てきた。


 「なぁに、翁の頼みと有らば断る道理は皆無。それに妾も久方振りに走り回れたしのう。」


 左手で口元を隠しホホホと笑う公家の女性に俺は全く見覚えが無い。知ったか振りをするのも逆に失礼かと思い訪ねてみる事にした。



 「えっと・・・ど、どちら様でしょうか?貴女様のような高貴なお方とはお会いした覚えが・・・」


 「あらま、情けなや。あれだけ激しくぶつかりおうたと言うに、もう妾の事を忘れてしもうたと申すかえ?」



 よよよ・・・と泣き崩れるのを見てとても申し訳無い気持ちに捕われたが、姫と瀧が溜め息をつきながら救いの手を差し伸べてくれた。


 「あまりうちのを揶揄からかわんでくれんか?」

 「浅太様はまだ「こっち」の世界は不慣れなので止めて頂きたいのですが。」


 公家の女性は面白く無さそうに、


 「なんじゃ、つまらん。揶揄からか甲斐がいの無い事よの。」


と口を尖らせながらも、


 「まあ、良いわい。妾の名を教えて進ぜよう。」


 と言うと何処からともなく彼女の後ろに2つの大きな車輪がついた金銀に彩られた絢爛豪華な牛車が後ろ向きに現れた。そして女性はその後口ごくち(後方の入口)に足を組んで座ると高らかに名乗りを挙げる。


 「妾は朧車!平安の時より永きを生きる大妖怪よ!」


 パンッと何処からともなく取り出した扇子を広げ、どやっとした顔をする。俺はそんな大妖怪と戦ったのか!と驚いていると瀧が溜め息混じりに答える。


 「何が大妖怪ぞ?無駄に永く生きとるだけの儂と変わらん妖怪では無いか。お主よりも格が上の真の大妖怪を儂は知っとるわ。」


 言われた朧車は眉を引きらせながら、

 「ほ、ほう。野良猫如きが何ぞほざいておるわ。・・・その大妖怪と言うのはもしやとは思うが、翁の事ではあるまいなぁ?」


 「はっ!戯言を言うで無いわ!儂が妖怪に成り立ての頃に彼の大魔王「山本五郎左衛門さんもとごろうざえもん」様にお目通りしたわ!」


 「それこそ戯言ではないか!山本五郎左衛門殿は行き方知れずではないか!お主の様な木っ端如きが逢えるわけ無かろうが!」


 「何を!」


 「何さ!」


 まるで子供の喧嘩だが、両者共に力有る妖怪な為、次第に熱を帯びる舌戦に誰も止める手立てが無く・・・


 「いい加減にせんか!!!」


 この森全体が震える程の怒号と共に地面を盛り上げ鞭の様にしなり現れたは瀧と朧車の2人を遥か上空へと吹き飛ばす。



 「全く見苦しい見せたの、人の子よ。」



 突如現れたは翁の根で、徐々に先細るとは言え、根元は高さだけで1丈(約3m)は有ろうかと思われる。その根の末端が当たったみたいだがそれでも普通の人間の胴回りの太さなので洒落になっていない。



 「い、いえ・・・お構い無く・・・」



 俺は心の中で翁だけは怒らせ無い様にしようと心に誓うのだった。

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