幕間~とある同心の厄日

 あの日の事を俺は今でもはっきりと覚えている。



 その日は比較的穏やかな日で行き付けの茶屋でくつろいでいる時だった。

 一人の若者・・・歳は17・8ぐらいか?この茶屋の中をキョロキョロとうかがうと「すんませーん」と声を上げ奥から出てきた女将と何やら親しげに話し込んでいる。


 「ん?あいつは・・・いや、他人の空似か。」


 その若者の顔を以前見た気がするがうろ覚えの部分が多い為、多分空似だろうと一人得心する。



 「「あっはっはっは!!」」



 と、互いに笑い声を上げた後、若者が去って行ったが、そのこぶしは血が出るんじゃないかと思うぐらい強く握られているのを俺は見逃さなかった。


 「女将。ちょいと良いかい?」


 「へいへい。旦那、何でしょう?」


 「さっきの兄ちゃん、知り合いかい?」


 聞くや否や女将の顔が少し曇る。


 「へ、へい。去年、嫁いで行ったお菊の幼なじみで・・・」


 「お菊、お菊お菊・・・あぁ。芦沼んとこの。」


 確か両親が早死にしたとかで此処に奉公って形で引き取られた、可愛らしい娘だったと記憶している。


 「あの旦那?彼が何か?ちっちゃい時から良く知ってますが何かやらかしたんですかね?」


 おっと、いけねぇ。何気無しに聞いたつもりがか警戒させちまったか。しかし小さい時から知り合いか。少し聞いてみるとするか。


 「いや、別に何でもねぇんだけどよ。ちょいと気になってな?見たとこ百姓みたいだが何しに来たんだい?」


 女将は不安そうな顔を浮かべたままだが「へい」と言って答える。


 「何でも久方ぶりに手が空いたとかでお菊に会いに来たんですが嫁いだ事を知らなかったらしくて・・・昔は実の兄妹見たいに仲が良かったのにねぇ。便りの一つも寄越さないなんてねぇ。」



 「仲が良かった?・・・ふーん。まぁまぁ便りが無かったのはよ、多分だが忙しかったんだろうさ。」



 こりゃだな。



 「女将。悪いけどな。あの兄ちゃんの名とすんでる所。ちぃーと教えちゃくんねぇかい?」


 「へい。そりゃ構いませんが・・・」



 得心してないみたいだがばっかりわな。


 「なぁに。只のお節介って奴だよ。」



 その後、その兄ちゃんの住んでる所へそれと無しに行ってみたがその日は見つける事はできなかった。



 あれから3日後、その日も町の見廻りがてら散歩がてらに茶屋へ向かいつつ、このあいだの兄ちゃんの事が気になっていた。


 「馬鹿な事してくれるなよ・・・」



 、人の心の機微って奴は見慣れている。あん時の兄ちゃんは顔じゃあ笑っていたが、心ん中はさぞ穏やかじゃあ無かったはずだ。


 「怒り散らすか泣き倒すか・・・それとも?」


 何にせよ、まともじゃいられない。出来れば泣き倒して貰いたい。その方が世間様に迷惑が掛からんし、気も紛れてお天道様を見上げて生きられるってもんだ。

 俺は何時もみたく大通りへと出て、ふと、見知った顔を見つけ物陰へ咄嗟に隠れる。



 「おいおい。ありゃまたどう言うこったい・・・」



 見張っていた訳じゃなくたまたまではあるが、この間の兄ちゃんが町を歩いていた。



 それも笑顔で。



 「・・・こりゃどっちだ?」



 吹っ切れてくれたんならそれで良し。違うってんなら愚行を犯す前に止めてやるのが人情って奴だろう。

 俺は見極める為にじっくりと観察する。


 「・・・あ?ありゃなんだ?」


 よくよく見やるとあの兄ちゃんの周りを小さいお姫様ぽいのがぐるぐると飛び回っている。兄ちゃんに何か言われた見たいで慌ててふところに飛び込んで行った。

 その存在は確かに普通の人じゃあ視る事はできないが、あんなに飛び回っているとは無警戒にも程がある。


 「あの兄ちゃん・・・何があった?」


 この3日で何が、いや、もしかしたらずっと前からと関わりがあったのかもしれん。もしそうだとしたら・・・


 「ちぃとばかり厄介だな・・・」


 じっと見ていると兄ちゃんはあの芦沼家へと向かって行ったと思ったら血相変えて引き返して行った。

 さっき見えたが芦沼ん所に何かを感じ取ったか兄ちゃん自身が感じ取ったのかどうやら芦沼ん所に何か有るってぇ事だ。



 「てことは、だ。」



 芦沼ん所は前々から様子がおかしいと思い睨みぃ効かせてたがってぇ事になるわな。

 そして、力の弱い木っ端が尻尾巻いて逃げる程の案件ならば刀一本じゃあ心許ない。



 「大将に報告して、ちぃと探り入れてみるとするかね。」



 俺は色々と準備をする為、一度へと戻りついでに上へ報告する事にした。



――――――――――――――――――――



 まさか準備に丸一日費やすとは思わなかった!

 それと言うのも直前で他の守護職がやっかみ半分でうちの大将に厄介事を押し付けてきたからだ。

 確かに俺の挙げた案件(芦沼家に怪異の感有りの報告。兄ちゃんに関しては個人的な部分も有る為、俺の心ん中で保留)は確定してはいないし調査が先に必要なのは解るが、後回しにして良い案件でもなかろうに。

 おかげで調査は俺一人、つこっちに逃げてきたと言う「化け猫」の討滅とうめつまでしなければならなくなった。


 「全く縄張りだの利権だのと・・・怪異どもには関係なかろうに・・・厄日なのかねぇ・・・」


 とは言え愚痴っていても始まらん。溜め息を一つ吐くとその屋敷の勝手口を見る。

 うちの大将からは「探る位ならば本番の腹積もりで装備を整えてから行け」と許可を賜っている。



 「ともかく、向かうとするかな。」



 呟きながら潜入調査がそのまま本番にならない事を祈りつつ俺は芦沼家に潜入していった。





 あの日の事を俺は今でもはっきりと覚えている。





 これが最悪な日の始まりであり、末代まで続く友との出会いの日である事を。

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