夫婦じゃない!

 用を足し、普段着に着替えた俺はプリプリしている姫の前でたたみを額で磨いていた。・・・世に言う「土下座」である。



 「まっこと申し訳御座いませんでした。」



 「のう、姫よ。いい加減許してやらんかい。」



 黒猫殿が擁護ようごしてくれるも姫はうつむいたままだ。


 「あの時はどうしても厠へ行きたかっただけなんです。」

 「声も出せんぐらい縛った儂にも非はあるんじゃ。へそを曲げるのもそろそろやめにせんか?」



 しばしの沈黙。




 辛い。




 「・・怒ってるんじゃありません・・・」



 お。凄く消え入りそうな声だがようやく声を発してくれた。



 「では何故?」

 「そないにもくしとるんじゃ?」



 2人で至極当然の疑問を投げ掛ける。すると姫は肩を震わせ顔を真っ赤にしながら叫んだ。



 「怒ってるんじゃなくて只恥ずかしいだけなんですぅ!!大体殿方の、あの、その、あれを見るのだって何百年か振りでいやそうじゃなくて起きたら居ないわ探しに行ったら知らない女性と一緒だわ死にかけてるわ一体何なんですか契約者としての自覚あるんですか無いんですかどんだけ心配させるんですかもー!!!うわぁぁぁぁぁぁん!!」



 姫はまくし立てるように一息に叫びながら俺をポカポカ殴りあげく泣き出してしまった。



 「よ゙がっだよ゙ーい゙ぎででよ゙がっだよ゙ーうわぁぁぁぁぁあぁん!!」



 俺は幼子の様に泣く姫をあやす様にそっと抱き寄せ優しく頭を撫でる。昔、お菊が泣いた時にも同じ事やったなー。こうしてやると直ぐに泣き止んでいたな。うん、未練かな?未練だね。



 「心配かけてすまんかった。俺はもう大丈夫だからな?」

 「ぎげん゙な゙ごどばも゙ゔじな゙い゙でぐだざい゙!」



 まだ涙声ではあるが少し落ち着いてきた姫をあやしていると何やら視線を感じ、その方を見ると、黒猫殿がニヤニヤしながら見ていた。


 「な、なんすか・・・」



 「いやぁ、別にぃ。ただ2人は良き夫婦めおと何じゃなぁと思うただけじゃてなぁ?」

 「夫婦じゃない!夫婦じゃないです!



 思わず声がハモる。

 まあ、確かに会って数日と経っていない女性にする事では無いのだが、姫の大きくなった姿を見ると、何と無くでしかないが屋敷で見た成長したお菊と姫の顔が、何処と無くではあるが似ている気がしていたので、無意識にこのあやし方になってしまったのだが。



 「くははははっ!冗談じゃ冗談。・・・愉快な童共じゃな。・・・して、童よ。どうするのじゃ?」


 黒猫殿は呵呵かかと笑いながらも問いを投げ掛けてくる。ばつが悪い思いをしながらも問い掛けに対し、これの事だろうと返す。


 「はぁ、もう、茶化さんでください・・・芦沼の事ですね?」


 うむ、と首肯うなずき、

 「良いか童。現状、我等の力量・戦力では到底勝てぬ。今夜行われるであろう儀式とやらも阻止はできん。」



 確かにあんな化け物相手に対し力量どころか武器すら無い。姫を連れても無駄死にするだろう。



 「はい。悔しいですが全く打つ手が御座いません・・・ですが諦めたくはありません。なので黒猫殿。俺を鍛えてください。」



 俺の諦めたく無いと言う言葉を聞くと黒猫殿はニヤリと笑う。


 「ククク・・・その意気や好し。時間がおしい。出掛けるぞ。直ぐに支度せい。」



 何か、心当たりが有るのか言うが早いか立ち上り外へと向かう。



 「姫よ。御主も共について参れ。」



 言いながらどんどんと進んで行く黒猫殿に俺と姫は取る物も取らず慌てて着いていく。

 追い付いた俺はちょっとした疑問を投げ掛けた。


 「しかし黒猫殿。良く俺の家が判りましたね?」


 「ん?それはの。あの後、兎に角離れようとお主を担いで走っとったらな、こっちに血相変えて飛んできよる者がおってな。まあ、それが姫だった訳じゃが。それで案内をしてもらった訳じゃが・・・」


 「それで分かったのですね。」


 「うむ。じゃがな、童。あれほどの逸材、どこで契約した?本人も気付いていないが発する気が儂等の発する妖気ではなく神々の発する神気ぞ?現世に神が降り立つ事なぞ、まずありえんと言うに。」


 と、言われましても。


 「神様が降り立つ事が無いかどうかは知りませんがね。出会ったのは、ほぼ偶然ですよ?」


 黒猫殿に出会った時の事を話す。なぜ自分がそこに行ったかは覚えていないし、恥ずかしいからごまかしたけど。


 「なるほどのぅ・・・」


 黒猫殿はチラリと姫を見やる。


 「姫よ。お主は誠に自身の真名を忘れたのか?」


 「は、はい。自分が何が出来るかはある程度は判るのですが、本来の何と言う名で祀られていたかは、未だに・・・あ、ただ、少し思い出した事の中に何かをして、その結果、更に力を無くす事に拍車が掛かったのは思い出しました。」


 「神力を無くす、か。・・・何かを行った事で力を無くしたのじゃな?」


 「はい。・・・多分ですけど・・・」


 ふむ。と黒猫殿は何か考え事をしだし、それっきり口を閉ざした。俺と姫はお互いに顔を見合せ、小首を捻る。

 黒猫殿は何かに気づいたのか?と二人で思案している内に1刻(2時間)ほど経ち、山裾の森へと辿たどり着く。


 「黒猫殿。この森に何が有ると?」


 「・・・この奥じゃ。ついて参れ。」


 それだけ言うと森の奥へと入っていく。森の中は高い木々により日の光が遮られて薄暗い。そして色々と《見える》様になったのせいか、至る所に薄く発光している小さな石をくっつけて人形ひとがたにしたみたいな妖怪が木々の枝葉えだはに列をなしこちらの様子を伺っている。


 「あれ等は木霊こだまと言う。害は無いから気にせず付いてこい。」


 黒猫殿は言いながらもどんどんと奥地へと進んで行く。しっかり着いていかなければ直ぐに迷ってしまいそうだ。そして半刻(約1時間)程進んだ所で黒猫殿が立ち止まる。


 「凄い・・・」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。目の前には樹齢1000年を越えているであろう巨木が鎮座していた。その枝葉には先程の木霊が300以上は居るであろう尋常では無い数がカラカラと頭を揺らしながら此方の様子を伺っている。



 「翁(おきな)、翁よ!!闇露やみつゆたきじゃ!!尋ねとう事柄があって参った!!」



 黒猫殿が大声を上げると目の前の巨木が音も無く動きだした。そして樹皮が目鼻口を型どり語りだした。



 「闇露の・・・久方ぶりじゃな。」



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