何をやっとるんじゃ・・・

 どれ程時が経ったのだろう。




 気が付いた時、自身の家で目が覚めた。

 外を見るとやや薄暗く薄っすらもやがかかっている。



 (もしかして夜、かな?)



 軋む体を無理矢理起こそうとすると、両の足にずっしりとした重さを感じ、何事かと首だけ浮かし月の明かりを頼りに目を凝らし見やると俺の両足にだらしない顔で寝こける体躯の良い黒髪の女性との姫が俺の動きを阻害していた。



 (これでは動けんし喋れないな・・・)



 苦笑いを浮かべ俺はつつ、自身の身体を見る。巻木綿(包帯の事)で簀巻すまきにされ全く身動きが取れない。口も開かなければ眼も右目のみ見えるだけだ。



 (道理で手すら動かない筈だ。)



 簀巻きミノムシ状態に苦笑しつつ芦沼の姿の悪魔との戦いを思い返す。





 (まさかあれ程とは・・・)




 何も出来なかった、手も足も出なかった、大人と子供、いや、赤子か。それほどの力量差があったと認めざるを得ない。




 (このままではいかんな。)





 もう一度、足元の女性達を見る。

 恐らく彼女は黒猫殿だろう。

 その証拠に腰の辺りまでの長さの黒く艶やかな髪に腕の中頃から指先迄覆う毛皮。

 胸元から足先まで体の線に沿った黒い衣服を着ている様に見えるが目を凝らせばそれも毛皮と解る。

 そんな姿の女性の知り合いは人間には居ないので、まず間違い無いだろう。



 (人に化けた黒猫殿かな?此度の事で借りが出来てしまったな・・・何れ恩を返すとしてどうする?時間は無いぞ?)



 芦沼の姿の悪魔の言葉を思い返す。





 ((やってくれたな。・・・まぁいいか。どうせ明日には儀式も終わる。人間と雑魚一匹見逃してやるよ。))





 俺は兎も角、黒猫殿を雑魚扱いとはどれ程の力量なのか全く想像もつかない。

 俺は目を閉じ再び思考する。


 (俺が寝過ぎていなければ今夜が刻限。体はガタガタ、力量は足りていない。・・・どうする?「儀式」とやらは止めるとしても圧倒的にこちらが不利。黒猫殿の御力を借りれたとしても俺は秒殺、黒猫殿はぎりぎり勝てぬかもしれない。姫は出来れば連れて行きたく無いなぁ。)





 何れだけ考えても不確定要素しかなく、自身はともかく黒猫殿の力量と姫の今の力量、敵の力量。未知の部分が多すぎる。



 (案は有るが付け焼き刃にもならなそうだが、目が覚めた後、黒猫殿に頼んでみるか?・・・兎も角、今は回復に努めるのみ。)

 そう結論付け、俺は再び眠りにつくのだった。











 鍋の香りと日の光で俺は目が覚めた。

 ゆっくりと腹筋の力で上体を起こし色々と確認する。


 (体の痛みは消えている。両の手足も問題無さそうだ・・・が、そんな事よりも!)

 かわや(トイレの事)へ行きたい。


 それも今すぐにだ。


 (この巻木綿を何とか外さないと!!)

 もがけば少し緩むかな?とか考えて手足を軽く前後左右に動かしてみる。




 (全く動かん!)



 少し動かす程度ではダメなのだろう、そう思い、今度は全力で動く。



 (ふおぉぉぉぉぉ!!)



 俺は雨の日におぼれもがく蚯蚓みみずか?てか、どんだけきつく縛っているんだか知らないが、微動だにしないのは如何なものか。


 (少し・・・いや、かなり危険だがやるしかない!)


 俺は全力で外側に向け力をめる。



 「ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!



 口まで塞がれているので牛みたいな声が出たが、ギチッと音がしだし少し緩んだ気がしたので胸元を良く見るとわずかだがたわみを確認できた。



 (・・・行ける!行けるぞ!!更に力を込めて!!!もう一度!!!!)



ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 ギギギ・・・ブッ、ブチッブチチッチチチチチッ !


 (い、良いぞ!もう少し!後少し!!)



 俺は、最後の力を振り絞り全力で力を籠める!


 「うほうぁぁ!!うおらぁぁ!!


 ブチチッブッチーン!



 引き裂かれた巻木綿ははらはらと舞い落ち、俺は自由の身となる事ができた。その時、俺のくぐもった声が聞こえたのだろう、姫とおぼしき女性が外から入ってきた。


 「浅太様起きていらっしゃいま・・・」


 「お。姫、おはよう。心配させてすまなかったな。それにしても遂に人と変わらん大きさになったのか。これでまたやれる事が増えたな。」



 腕が動く様になった為、顔の巻木綿を外しつつ昨日までと違い人並みの背になった姫を見る。何が切っ掛けかは判らないが、人と変わらない見た目ならば他者と交流もしやすくなる。姫のこれからを考え内心良かったと喜んでいるのだが、当の本人は何故か固まっている。


 「あ・・・あ、あ・・・」



 小刻みに震えだした。


 「ん?どうし「うっきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 「な、なんだぁ!」



 姫は突然叫び出すと逃げる様に飛び出していき入れ替わりで黒髪の女性がやって来た。



 「あ、黒猫殿。おはようございます。」


 「おう、目が覚めたようじゃな。しかし何じゃ?騒がし・・・あー・・・童よ。」



 黒猫殿がチョイチョイと俺を指差す。

 正確には俺の下腹辺りを。



 「?」



 疑問に思いつつ指差す所を見る。







 「・・・真っ裸じゃねーかー!!!!」

 股間を隠しながら俺は全力で厠へと逃げ込んだ。





 その場にポツンと黒猫殿だけが取り残された。



 「何をやっとるんじゃ・・・」



 

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